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妙メモリー

レーズンパンを隠したときの話

作者: みょめも

小学校の頃の話だ。

当時、僕はレーズンパンが嫌いだった。

ピーマンや人参だって食べられたけど、給食に出てくるレーズンパンだけはどうしても苦手で、よく掃除の時間まで食べさせられていたものだった。

担任の指導方針によっては、食べられないものは「いただきます」をする前に戻して良いとされていたけれど、毎年そんな優しい担任にあたるわけはなかった。




そのときの担任の口癖は「お残しは許しまへんで」だった。

給食の時間が終わろうが、掃除の時間が終わろうが、5時間目の授業が始まろうが、とにかく完食させるのだ。


そんな恐怖政治の中、1学期が終わろうかという夏休み目前、レーズンパンが出た。

当然、完食を強いられるのだけど、その日の僕はお腹の調子が悪かったこともあり、いつもよりもレーズンパンを食べるというハードルが高かった。


「食べられるわけがない。」


心の中で何回も唱えたけど、流し込むための牛乳はもうないし、時間は刻一刻と過ぎていった。

このままでは埒が明かない。

そう思った僕は担任の目を盗んで、レーズンパンを机の奥に押し込んだ。

お道具箱を使って、自分の手を汚さずに、それでいて力いっぱいに押し込んだ。

奥でパンの空気が力なく抜けていく感覚と、レーズンがブチブチとつぶれていく感覚があった。

でも素手ではない分だけ、当事者ではないような気がした。

そして同じように罪悪感も薄かったように思う。

汚れ仕事を終えて感情が昂っていた分、息も少し荒くなっていたけど、担任に悟られないように平静を装って「ごちそうさま」と手を合わせた。

レーズンパンには申し訳ないけど、パンにレーズンなんて埋め込んで魔改造している方が悪いのだと言い聞かせた。




そんなことがありながらも、翌日にはすっかりレーズンパンの事なんて忘れてしまった。

そういったあたり、やっぱり小学生だったなと思う。

何事もなかったかのように夏休みを迎えた。


夏休みは楽しかった。

悪事に手を染めた事なんて頭の片隅にさえ残っておらず、それこそ小学生らくし遊んだ。

プールで泳ごうが、自転車に乗ろうが、テレビゲームをしようが、そもそもレーズンパンに出会うわけないのだから思い出しようがない。




しかし、それは突然訪れた。


友達と自転車で町の図書館へ行ったときのこと。

何やら図書館の前で「お願いします!」と声を張り上げているのが聞こえた。

自転車を停めそちらへ歩いていくと、そこには大人のレーズンパンがいた。


「お願いします!お願いします!」


大人のレーズンパンは、叫びにも似た悲痛な声をあげながらビラを配っていた。


「お願いします!10日前、突然息子がいなくなりました!些細な情報でも構いません!ご協力よろしくお願いします!」


風に飛ばされて落ちているビラを拾い上げると、そこにはレーズンパンの子どもの写真があった。

見紛うはずのない、あの日の午後ずっと顔を突き合わせていたあのレーズンパンの顔だった。

罪の重さから防衛本能的に忘れかけていた記憶が蘇った。

ホクロの場所まで完璧に同じだった。

よく見ればお母さん似だった。


「何してるの?早く行こ。」


友達のその声に引っ張られるように再び歩き出した。

「僕がやりました」なんて到底言えるはずがなかった。




2学期の始業式の日、恐る恐るお道具箱の奥に手をやってみた。

冷たく硬くなってしまったそれはピクリとも動かない。

あの頃の僕ではもう直視なんてできなかった。








キーンコーカーンコーン


「私からの授業は以上です。」


今は僕のような子が現れることのないよう、贖罪の意味を込めて各地の小学校を訪れ講演をしている。


「どうか、みなさんが僕と同じ過ちを犯しませんように。」

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