家が汚い 3581
しいな ここみ 様 主催の『リライト企画』(企画期間:R5.10.15〜R5.12.31)の参加作品です。
BL作品。
この作品を、煮るなり焼くなりしていただいて、作品を投稿してくださると嬉しいです♪
同じ大学の、同じ学部の、同じ研究室所属の、同性の友人に恋をして久しい。
知り合って割りとすぐの頃に恋に落ちたので、同じ研究室所属は完全後付けで完全後追いだ。
LGBTという言葉がある程度耳に慣れる程度には、社会全体で性の多様性について考えられ、広く認知されるようになった。
でも、それは表面上、上っ面。
世間は大多数に優しくできている。
少数派はまだまだ異分子で、異端で、大多数には理解できない不気味な存在。無意識的にも意識的にも受け入れがたいその存在を、大多数は排除する。
別に、だからといって、少数派側の自分が可哀想だとか、不遇だとか、そんな風には思っていない。
けれど、ただ俺は現実がそういうものだと知っているし、そういう現実の今を生きている。
同性にしか好意を抱けないこの性的嗜好を、かつては悩みもしたし恨みもしたけれど、そんなこと、もうとうの昔に諦めはついている。
願わくば、大好きで大好きで大好きな、友人の、一番近くにいる友として、仲間として、他の誰よりも近い距離で、残り少ない大学生活をただ一緒に、最後まで過ごしたい。
就職で別々になるまではせめて、この友人の一番の友でありたい。
「今日この後お前ん家寄ってい?」
いいわけがない。
何故ならば、我が家は汚いのだ。
「無理だわぁー。マジで無理だわぁー」
「お前いっつもそう言うじゃん。いつになったらお前ん家行けんの?」
「無理だわぁー。きっとずっと一生無理だわぁー」
友人からしてみれば、不公平だ、とでも思うのだろう。
というのも、俺はしょっちゅう、一人暮らしの友人宅にお邪魔している。
なんなら「ただいまぁ」と挨拶してしまうくらい、冷蔵庫を自発的に開けて「お前もコーヒーでいい?」と家主に確認するくらい、そろそろ合鍵をプレゼントしてくれてもいいんじゃないかって思うくらい、連日も連日、平日も土日祝日も関係無く、ほぼ毎日っていう超高確率、超高頻度で友人宅に日々お邪魔している。入り浸っているといっても過言ではない。
「どうして? ねぇ、どうして家に呼んでくれないの? ひょっとして、他に男がいるんじゃないの? 俺というものがありながら……」
何故だか始まった友人の、乗りに乗った恋人面演技。登場人物の性別は全員男という謎設定が俺的にはかなり気になる。
服の裾をツンツンと引っ張りながら上目遣いに唇を尖らせて喋ってくる辺り、友人はかなり役になりきっているようだが、俺までこの三文芝居に付き合ってやる必要は全く無いだろう。
ちなみに、友人はさっぱりとした感じの中性的な顔立ちだと思うから、ちょびっとだけ……可愛い、と思ってしまったのは内緒だ。内緒内緒ニョンタンには内緒だ。
ちなみに、友人の体はそこそこ厳つい。
「無いわぁー。両親に、じぃーちゃんと妹までいる実家に男を連れ込むとか、マジ無いわぁー。彼女もいねぇーのに、ハードル糞高ぇ」
自分が口にした言葉のせいで、何故だがガードルを履いた友人の姿を想像した。ラグジュアリーなスケスケ黒レースの薄い布越しに見る、正面下部のデカもっこり具合がちょいエグくてキモいが、ぐるっと背面に脳内カメラを移動させれば、引き締まった尻と厚みのある太ももから男らしい色気がだだこぼれていて、妄想の中であってもなかなかに見応えがある。
「でもさぁ、ほら。俺もそろそろ覚悟決めて、ちゃんとご両親に挨拶とかしたいじゃん?」
友人は男口調に戻ったが、相変わらず喋っている内容が微妙におかしい。じぃーちゃんの存在が抜けている。あと妹も。
「何を、どう挨拶すんの?」
どうしてもと頼まれて代返してやったことは何度かある。お礼か?
ここ最近は、友人宅の冷蔵庫にタコやらイカやらスイカやら、買った食材とじぃーちゃんが海で釣った食材とじぃーちゃんが畑で育てた食材を片っ端から突っ込んで、棚に調味料と俺の食器も追加して、友人のために食事を作ってやることも多々……というか日常的にある。お礼か?
友人が正面から、俺と指を絡める形で手を握り込んできた。惚れた相手にこんなことされてみろ、薄っぺらい俺の胸でも……キュンとする。
真っ直ぐに俺を見つめ、友人が言う。
「ちゃんと、一緒に住みたいから。お前との同居を許してもらうための、よろしくお願いしますっていうご挨拶をちゃんとしたいの。んで将来的には、生涯のパートナーとして認めてほしいですっていう、義理の息子として認めてくださいっていうご挨拶をすんの」
誓って、俺と友人は、爛れた関係ではない。
じぃーちゃんを賭けてもいい。
俺の一方的、一方通行、逆走無しの片想い。
「……いや、え? 恋人面演技、まだ続いてる?」
全部冗談、だよな?と思うが、ちょいと分かりにくくて反応に困る。それか、卒業後はルームシェアしようぜっていうお誘いか? ヤバい、どんな顔をするのが正解か分からない……というよりも、自分が今どんな顔をしてしまっているのかが分からない。
ぐっと、友人の顔が近付いて、でこと鼻先がコツンッと当たる。
友人の、くりっとした焦げ茶色の綺麗な目が、俺を見ている。
「恋人面ってお前、実質ほぼ恋人だろ。お前ってさ、ほぼカニとカニかまの見分けもつかないし……鈍過ぎんじゃね? 俺は、もうずっと前から、お前の気持ちにちゃんと気付いてるんですけど」
正解は何だろう?
友人の中で、もし今もまだ恋人面演技が続いているのだとしたら、大学期間中俺がずっと大切に育んできたこの幸せな関係は、完全に終わる。消滅する。
恐怖と、緊張と、ひょっとしたらひょっとするかもな可能性を望んで湧き上がる歓喜と……。ごちゃ混ぜな自分の内側に発生した渦潮に、どうしようもなく目が回り目がくらみ目が潤む。
……自分に、都合良く、信じてもよいのだろうか?
自爆を覚悟で、期待……してもよいだろうか?
「……両、想い?」
声が……震えて……聞こえて……くるよ?
俺を笑う、ウシガエルの鳴き声が、やや、遅れて、きこえる、気がするよ?
ゴツン。またでこ同士がぶつかる。先程よりもやや痛い。
「ちゃんとこっちを見ろよ。さすがにな、毎日毎日家に居座られてさ……好意でもなけりゃ、早々にうちから閉め出すに決まってんだろ。お前が妻なら押し掛け妻だし、俺が妻なら妻問婚だし。現状は白い結婚かもだけど、俺は、お前のことをそういう目で見てるよ」
脳みそが現実に追い付かない。
かにみそと脳みその追い駆けっこ。
かにみそと脳みそのカーチェイス。
高尾山レッドクラブ!!
願望が生み出した妄想の具現化……現実?
「そういう目って、どういう目ですか?」
弱り目に祟り目……だとマイナス思考が過ぎる。
あたりめ……だと結納品ですか?
俺思う、何故に俺、丁寧語?
ここで一句。
喋り方、忘れちまった、悲しみを、好きの気持ちで、埋めてほしいの。
「知りたい? 俺がお前のこと、どんな目で見ているか、知りたい?」
友人の言葉で、気持ちで、俺を埋めて満たしてほしいと願う。
信じられないくらいの、今、目の前にある奇跡を、現実なのだと信じられる確かなものを言葉の限り、想いの限り詰め込んで。
俺の心が不安で揺らいてしまわないように、五感全部で伝えてほしい、教えてほしい。だから。
「……知り、たい」
震える声で、俺は未来への一歩を踏み出した。