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ストーカー  作者: 菜尾
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第2話 彼女

 私はある公立大学に通っている。勉強は勿論、サークル活動に熱を注いでいて、そのうえアルバイトもしているから、毎日結構慌ただしい。もう少しアルバイトを削れたらなって思う時もあるけど、あまり親に負担をかけたくないから頑張らなきゃ。


 私は小さなころから『可愛い』とよく言われた。「え、いきなり自慢?」と思うかもしれないけど、私は決してそんなつもりじゃない。


 小学校低学年のころは、男子によく虐められた。その一方、女子には可愛いと評判で、私はクラスの中心的存在だった。


 けれど、その関係性は成長とともに変わっていった。いつの間にか男子にはちやほやされるようになり、女子には煙たがられるようになってしまったのだ。理由は私が可愛いかららしい。「ほら、やっぱり自慢」と思うかもしれないけど、これから私が語ることを聞けば、そうじゃないってきっと分かってもらえると思う。




 高校生にもなると、お付き合いの話が出るようになった。女子も大人になり、嫉妬しながらも私と仲良くしてくれる子が何人か現れるようになった。男子から手紙を貰うたびに、「さっちん(私)はモテるからねー」と彼女たちから冷やかされたりした。


 でも、それは決して私にとって幸せなことばかりではなかった。


 私と付き合いたがる男子は大抵、強引で執着心の強いタイプだった。私はどちらかというと受け身なタイプで、ぐいぐい来られると断れない性質だ。それもあり、いつの間にか強引なタイプの男子と付き合いはじめている、ということが多かった。


 男子は私を束縛したがった。どうも私は『束縛男メーカー』なようだ。でも私は束縛されることが息苦しくて、それが原因で誰との交際も長続きしなかった。後々執着されなかっただけでも幸いだと思うべきなんだろうか。




 大学生になってもそれは変わらず。最初に付き合った学部の先輩も束縛男だった。その先輩とは一ヶ月で破局。私はどこか諦めてしまって、誰とも付き合わないことにした。


 そうすれば、男子はフリーの私に群がった。ここぞとばかりに、私の彼氏になりたがったのだ。付きまとわれることも増えた。私はそれにも疲れてしまい、結果、今まで一番馴染みのないタイプだったトモくんを選んだ。


 トモくんは同じサークルの同学年で、優しい人だった。強引なところもあるけどそれは積極的といえる程度で、女の子慣れしていない純なタイプ。私が初めての彼女だって言っていた。


 私は、トモくんと付き合っていることを公言した。そうすれば、付きまとってくる男の人がいなくなるから。


 私は喜んでいた。トモくんは全然束縛しない。一緒にいたがるけどそれは情熱的ぐらいのもので、私はトモくんが大好きだった。




 ある日、バイト先で店長に声をかけられた。


「付きまとわれてるって言ってたの、大丈夫なの?」


 途端、私の顔が引き攣った。なぜって、その『容疑者』が私のすぐ近くで、コーヒーを飲んでいたから。


 普通のサラリーマンといった風情の男性だった。店長からは、私がここでバイトを始める前からちょくちょく来ている常連さんだと聞いたんだけど――。


 私はその人にあまり良い感情を抱いていなかった。それはその人が何かにつけ、私に声をかけてくるからだ。他の店員が近くを通っても何も言わないのに、私が近くを通ると時間を訊いてきたりする。今までいつも同じものを注文していたのに、お薦めを訊いてきたりする。挙句の果てに、どこの大学に通っているのかなど、プライベートに関わる質問までしてくる始末で。私は適当に躱していたけど、どうもその人が付きまといの犯人ではないかと疑っていたのだった。


 そのことを、以前店長にちらりと相談したことがあった。その客ではないかということは伏せ、ただ『付きまとわれている気がする』とだけ伝えたのだ。なので店長もあまり深刻には捉えなかったのだろう。もしかしたら店長は、私にちゃんと味方がいるっていうことを知らしめるために、敢えて客がいる中で言ったのかもしれない。ただ、あまりに急なことだったため、私は「ああ、いや、大丈夫です」と慌てて答えることしかできなかった。


 もし、あの男が犯人だったのなら、これで分かってもらえたかもしれない。自分の行いが分かっているのなら、『あなたのやっていることはストーカーですよ』と聞き取れたと思うから。




 でも、私の期待は儚く散った。


 付きまとわれているような感覚は変わらず続いた。ついには家の近所でも感じるようになり、私は堪らなくなりトモくんに相談した。


 トモくんは心配して、私の送り迎えをしてくれるようになった。通学は勿論、アルバイトの送り迎えまでしてくれるようになったのだ。


 私は嬉しかった。それだけ長く一緒にいられるようになったし、そのおかげで付きまといの気配も感じなくなったからだ。トモくんが頼もしくて仕方なかった。




 久しぶりに、高校時代の友人と集る約束をした。トモくんに場所と日にちを訊かれたけど、トモくんの知っている人たちじゃないからってこともあって、送迎は断った。


 トモくんが男子も来るのかって訊いてくるから、「女子だけだよ」って答えた。本当にそうだったから。


「分かった、楽しんできてね」


 トモくんはただ、そう言ってくれた。


 トモくんでも心配なんだなって思った。でもトモくんはすぐに引いてくれたから、やっぱり今までの男の人たちとは違うって確信した。――のに。




 約束場所の居酒屋で、久しぶりの面子と呑んだ。懐かしい話も飛び出してきたりして、本当に楽しい時間だった。


 一時間ぐらい経ったころだろうか。私は奥の席に、トモくんらしき人がいるのに気づいた。店内は薄暗く、席も離れていたため、絶対にそうだと確信は持てなかったけど、何となくトモくんじゃないかと思ったのだ。


 もしかして、場所と日にちを訊いてきたのは、送迎のためじゃなくて見張るため? 嫌な疑惑が湧いた。


 結果、その場を抜けにくい状況だったため、それがトモくんなのかは確かめられなかった。でも、私の胸に、かつて感じた重苦しさが蘇ったのは否定できなかった。




 デート中、少し席を外して戻ってくると、スマホの位置が僅かに変わっているような気がした。


 触った、のかな。証拠もないから問い詰めなかったけど、嫌な気分になった。


 彼が席を外した隙に、スマホを確認した。私は機械に詳しくないので、羅列するアプリに変なものがないか確認することしかできない。幸い、変なアプリは入っていなかったけど、気分の悪さは拭えなかった。




 トモくんが、ぬいぐるみをプレゼントしてくれた。私は可愛いものが大好きだけど、ぬいぐるみのプレゼントは好きじゃない。


 家で探ってみると、案の定盗聴器が入っていた。盗聴器入りのぬいぐるみを貰うのは初めてじゃない。まさかこんな手垢にまみれた方法で盗聴器を仕込むなんて、と呆気に取られたぐらいだった。


 でも、私の頭は不安でいっぱいだった。これをくれたのが、他の誰でもない、トモくんだったから。トモくんでなければ、取るに足らないと捨てられたのに。


 トモくんが、どんどんおかしくなっていく。


 トモくんは相変わらず優しいけれど、もう前のトモくんじゃない。不安は膨らむばかりだった。




 私は、同じ高校出身の先輩に相談した。トモくんを信じていたい。


『男の人ってそういうところあるよ』


『誤解しないで』


 先輩ならそんな言葉を並べながら、男性の心理を分かったうえでの助言をくれるんじゃないかと思って、私は期待したのに。


 話を聞きくなり、先輩は顔を(しか)めた。やっぱり、トモくんの行動はおかしいんだ。そうだよね。彼女へのプレゼントに盗聴器とか、異常だよね。


 もう、どうしたらいいんだろう。前のトモくんに戻ってほしい。私を束縛しようとしないでほしい。




 私のスマホは、私が席を外すと場所が変わる。トモくんの様子はいつもどおり。以前違和感を覚えた時には、もう少しぎこちなさが見えた気がしたのに。もう、黙って人のスマホをいじることに抵抗はないのだろうか。


 スマホに鍵をかけるのも嫌がる。そうすると、触れなくなるからだよね。


 スマホを持ってどこかに行こうとすると、必ずその理由を訊いてくる。私が隠れて誰かに連絡すると思ってるのかな? もし私が誰かに連絡をしたら、何か問題なのかな? 裏切るようなことはしていないし、私のスマホなのに。別にいいじゃない。




 先輩が、私のスマホを調べてくれた。先輩は機械に詳しいから、『念のため』くらいの軽い気持ちで調べてもらったんだけど――。


 私のスマホはGPS機能をいじられたうえ、監視アプリまで仕込まれていた。そんなことをするのはトモくんしかいない。


 やっぱりトモくんはもう、前のトモくんじゃないんだ。私は『束縛男メーカー』を脱しきれなかった。私は処理をしてくれた先輩に礼を言い、トモくんに距離を置きたいと告げた。




 トモくんは、私を諦めていなかった。しばらくは離れてくれていたけど、ほとぼりが冷めたころにまた、通学やアルバイトの送り迎えにやってくるようになったのだ。


 私は、別れたつもりでいた。やんわりとした言い方だったけど、私はもうそれでお別れした気でいたのに。トモくんは違ったのだった。




 部屋を出ると、トモくんの姿が見えた。何で? 今日、私が友達と遊ぶ約束をしているのをトモくんは知らないはずなのに。私は怖くなって、すぐ部屋に引っ込んだ。


 先輩に連絡を取る。元彼だからって甘い顔をしていたのが悪かったのかな。もっと厳しく接していたら良かったのかな。毅然とした態度を取らなかった私が悪いのかもしれないけど、もう気持ち悪い。限界!


 先輩はすぐに私のところに来てくれた。先輩は前のトモくんみたいに優しい。でも、それだけじゃない。トモくんより心に余裕があって頼りがいのある、大人の男性だ。




 救急車の音が聞こえたので、何があったのかと、私は先輩とマンションを出た。


 マンションの前に、常連の男とトモくんが倒れていた。


 トモくんは血まみれだった。常連の男も血まみれだ。なぜなんだろう。二人が争った? それとも、二人でいるところを誰かに襲われた? 分からない。


 今ではストーカーみたいになってしまったけど、トモくんは元彼だ。まだ完全に情を捨て切れているわけじゃない。私はトモくんの傍に寄ろうとしたけど、それを先輩に止められた。ストーカーに優しくすると、付け上がるだけだって。救急車が来たこともあって、私は先輩の声に従った。


 私は先輩の肩に体を預け、その場を離れた。


 ごめんね、トモくん。でも、私もう『束縛男メーカー』を卒業したいの。次こそ、本当に私を守ってくれる優しくて強い人とお付き合いするわ。




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