俺の選んだ日常
俺は高島さんの告白を断ってからはゾンビのような雰囲気をまとっている。家に帰ってから何をしたか覚えていないし、次の日も何をしたか覚えていない。
しかし、月曜日はやってくる。
学校に行くために朝起きるが、最近寝つきが悪く早くに目が覚める。全然寝た気がしないが、2度寝をすることもできなさそうだ。
だから、早めに準備をして学校へ向かう。
学校に着いて教室に向かっていると違和感を感じる。今までにないくらい、人の視線が刺さる。
なんか嫌な予感がする。
沢山の人に見られているが、声をかけられることはなかった。俺は気にしないふりをしながら、教室に入り、自分の席に座る。
相変わらず、俺に話しかける人はいない。
まあ仕方がない。
1時間目の準備をして、予習をする。
予習をしていると、3人組の女子生徒が席の前にやってきた。誰だろう?と思い、見上げると顔の知らない3人だった。しかし、初対面とは思えないほどの表情で俺のことを睨んでいる。
「犯罪者のくせによくも学校に来れたわね!!」
はんざいしゃ?え?なんの話?
俺は昔に後ろめたいことがあったとかそう言う過去はない。まあ、信号無視とかはしたことはあるけど、いきなり犯罪者呼ばわりされる筋合いはない。
身に覚えのない発言に困惑しているのが顔に現れたのか、女子生徒の怒りはさらに増している。
「しらばっくれるんじゃないわ!!」
「いや、本当に分からないんだけど……」
「本当に言ってるの!?」
真ん中にいた女子生徒はそう言うと、俺の胸ぐらを掴んできた。女の子が近くに来て、良い匂いがするが俺はそれを感じるほどの余裕もない。
誰か止めてよ、と心の中で思う。俺の気持ちを理解してか、隣に居る女子生徒が口をひらく。
「ちょっと、やめなよ。あんたも襲われるわよ」
襲う?俺が?
俺みたいな草食系を通り越した、絶食系の俺が。この人たちは一体、なんの話をしているんだ。
「そうね。こいつが美歩にしたことを考えると警戒しないといけないね」
美歩?
高島さんのことだろう。まさか、土曜日のことを言っているのだろうか?
確かに傷付けたけど、襲うって言うのはおかしいと思うんだけどな。
「絶対に許さないから。あんたが美歩にしようとしたことは!」
「いや、俺が何をしたって言うの?」
パチン!と俺の頬を叩く。急なことで頭がついていかないが、少し時間が経った後にビンタをされたのだと理解した。
ヒリヒリした、頬を撫でながら、凄い剣幕の彼女たちを見上げる。
「あんたは!告白してきた美歩に対して、その好意を利用して美歩の嫌がることをしたでしょ!?
美歩が泣きながら、私たちに話してきたの!あんたに無理矢理に身体中を触られたって。あんたはそのことを悪いとも思っていないとは!
本当にクズね!!」
……
……
……
そうか、そうなったのか
もちろん、そんな事実は一切ない。俺は高島さんに、指一本触れていない。と言うことは高島さんは他の人には嘘を話していることになる。
ただ、仕方ないのかもしれない。俺の身勝手な理由で告白を断ったのだ。
高島さんは俺と付き合うためにカースト上位の奴らとも対立してくれた。しかし、俺たちは付き合うことはなかった。彼女に残ったのはカースト上位陣との対立だけ。
それで、俺たちが付き合わなかった理由が俺だけにあるとすれば、全ての恨みや悪意は俺の方にくる。高島さんは俺に騙された可哀想な被害者になる。そうすれば上田たちやその周りは同情するだろう。
まあ、全て推測でしかない。ここまで深く考えないで、ただ俺への嫌がらせかもしれない。
しかし、これが嘘とわかっていようと俺ははっきりと否定することはできない。
約束したんだ。守るって。
彼女の地位が守られるなら、俺はいくらでも敵を作ろう。俺が敵になることで彼女を守る。これはなんというか、自分犠牲にして誰かを守っている。こういうのをなんというんだったけ?
あぁ、そうだ。自己犠牲だ。
かっこいいではないか、自己犠牲。
俺は自分自身を犠牲にして、女の子を守る行為に酔っている。しかし、現実に返される。
「おい!なんか、言えよ!」
「最低のクズだな!高島にそんなことをしていたなんて!」
「もう、学校に来るな!犯罪者め!」
「あんたみたいのと同じクラスなんて、恥ずかしいわ!」
いつのまにか、3人組の女子生徒以外にもクラスの連中も俺の周りにいた。それでまあ、好き勝手にいいたい放題。
否定したいけど、否定してはいけない。
我慢するんだ。
たとえ、俺の残りの学校生活が血塗られた生活になったとしても、それを受け入れる必要がある。
「なんの騒ぎ?」
その言葉でさっきまで罵詈雑言が舞っていた教室がシンッとする。かしましかった教室内に響いた声の主を見ると俺が今、一番会いたくない人だった。
それは数週間前に俺の告白を断った、佐々木愛だった。
「ねえ。随分、彼を責めているみたいだけど何があったの?」
佐々木さんは俺の方をチラッと見て、すぐに近くにいた女子生徒に質問した。
「佐々木さんも聞いて!こいつが隣のクラスの高島美歩っていう子にレイプしようとしたの!!」
あぁ、もう完全に終わったな。
いや、元々、終わっていたんだ。でも、幼馴染として、友達くらいには思われていたかもしれなかったが、それすら無理だろうな。
それにしてもレイプって、言葉が悪すぎないか。そこまで行くとマジで犯罪じゃん。てか、俺は何もしていないし。
佐々木さんもこの話を聞いて、俺に敵意を向けると思っていたが、無表情のままだった。
佐々木さんはそう。と呟き俺の方を見た。
「彼女の言っていることは事実なのかしら?」
佐々木さんは俺の方をはっきり見ていった。俺に聞いているのだろう。
一体、いつぶりの会話だろうか。告白してからは会話を一切していない。
それにしても、久しぶりの会話がこれとは……
「話すことは何もない」
俺は事実を言うことができないため、適当にはぐらかす。佐々木さんは少し寂しそうな顔をした気がした、しかし、そんな事を気にしないで近くにいた女子生徒は
「あんた!今の状況わかっているの!?何も話さないって!」
「そうだ!そうだ!そんなもの、認めてるのと一緒のことだ!」
また、俺への罵声が増えてくる。この教室が騒がしいからか、覗きに来ている野次馬もどんどん増えている。
そして、その野次馬も事情を知って、俺へ罵声を浴びせる。
早く、予冷がならないかな……と時計を見るが、まだ5分以上ありそうだ。
俺がサンドバッグのように好き放題になっていると、
「やめなさい!」
佐々木さんが珍しく大きな声をだして、止めた。
「どんなことがあっても、寄ってたかって1人の子をいじめてはダメだよ!
それに!彼はそんなことをする人じゃない!」
驚いた……。
というか、泣きそうだ。
彼女は正義感が強いからこんな状況なら止めてくれると期待はしていたが、その上で俺のことを庇ってくれるとは。
しかし、これを面白く思えない連中もいるみたいだ。
「優しいね佐々木さんは。こんな奴とはいえ、幼馴染だもんね。庇ってあげたくなるよね」
いつのまにか近くにいたイケメン、伊藤が佐々木さんにそう言った。
佐々木さんは少し顔を赤らめながら、伊藤に反論する。
「幼馴染とか関係ないよ」
伊藤と話すだけで、佐々木さんは顔を赤くするとは。
あぁ、また後悔してきた。あの時、高島さんと付き合っていれば、こんなことには。こんな思いはしないで済んだのに。
「まあ、確かにみんなもちょっとやり過ぎだな」
「ひゅー!薫くん、かっこいいー!」
伊藤が俺の味方?をしてくれてからは一気に風向きが変わり、俺への批判はなくなった。その後、生徒たちは自分の席に戻っていった。しかし、どのクラスメイトも俺への視線は冷たいものだった。
これが俺の選択によってできた、新たな日常か。
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教室にいるのは本当に辛い。先週までも無視されてきたけど、一部の人には同情されていた。しかし、今回のことで態度が一貫している。俺への視線は敵意のみとなった。
自分のせいで陥った結果だし、どうこう言うつもりはないが、辛いものである。まあ、いずれかは忘れてくれるだろう。
しかし、ひとつ問題があるとすれば生徒だけの話にすまなかった場合だ。ここまで生徒たちに広がっていると、先生の耳にも入る可能性が高いし、もしそうなったら生徒指導室にご招待されるだろう。
そのまま、親に連絡とかなったら終わる。とはいっても俺にできることはない。死地に招待されることがないことを祈るしかないか……
授業中はそんなことを考えながら過ごしていると、いつのまにか終わっていた。ちなみに授業は頭に入ってこなかった。
まだ、1時間目が終わったところ。今から恐怖の休み時間が始まる。
休み時間はそっとしてもらえると嬉しいだけど、まあ、そう都合良くはいかないよね。
「土曜日ぶりー。あの後に襲うとか、モテない奴は必死だなw」
ニヤニヤ顔で近づいてきたのは、相変わらずの上田たちだ。土曜日は悔しそうにして去っていったのに、今日はテンションが高そうだ。
そのせいか、今まで体育前の男子しかいない時しか、絡んでこなかったのに今日は女子の前で絡んできた。
クラス中が見ているが、誰もが楽しそうにこの様子を見ている。もちろん、誰かが間に入ってくることはない。
チラッと、佐々木さんの席を確認するが、居なかった。一瞬、また庇ってもらえるかもと思ったが、よく考えたらいなくてよかった。こんな姿を好きな人に見られるのは恥ずかしいし、悔しいし、泣きたくなる。
「土曜日ぶり。なんか、テンション高いね」
適当に話を逸らそうとするが、まあそうはいかなかった。
「そりゃテンションも高くなるよなー。だって!クラスメイトに犯罪者が生まれたんだぜ!?」
「そうそう!警察がやってきて、ニュースに取り上げられるんじゃね?」
「不謹慎だろ。ちょっとは考えろよ」
上田と大久保の言葉を聞いて、自分がそんなことになる未来を少しだけ想像してしまった。そのせいで、足が震えてきた。
しかし、直ぐに俺は何もしていない!と自分に言い聞かせて、なんとか答えた。
「あぁぁ!?お前、何様だ?」
「犯罪者が俺たちに命令だと?」
案の定、キレてきた。
2人は俺を見下ろして、睨んでいる。
正直、めっちゃ怖い。
これ以上、反抗してもさらに怒らすだけだと思い、目を閉じて俯く。耐えるしかない。
俺のそんな様子に満足したのか、2人は気を良くしたのか、さっきまでより大きな声で話し始める。
「ニュースになったら、俺たち取材とかされるんじゃね?」
「おー!確かにー。その時はなんて答える?w」
「もともと、根暗でいずれはそういう事をする人だと思っていましたー。って言ったらいいんじゃね?」
「おいおい。事実を言ってどうするw。ここはよくある、そんな事をする人ではなかったんですよーーとか言わないと」
上田と大久保は腹を抱えて笑っている。クラスメイトも一部は笑っているが、流石に2人がやり過ぎていると感じているのか深刻そうな顔をしている生徒もいる。
俺は俯きながらも、時計を確認する。
秒針を見つめながら、早く授業が始まれと祈る。
祈ることしかできないなんて、情けないな……
急に笑っていた上田と大久保は真顔になる。先生でもきたのか?と思ったが、違ったみたいだ。
佐々木さんが席に戻ってきた。そして、俺の席に寄ってきて
「何を話しているの?」
睨みつけるように上田たちを見ている。2人はそれに臆することもなく、何事もなかったかのように
「世間話をしてただけー」
「そうそう。当たり障りのない世間話。なあ!宮野くん?」
こいつら……
佐々木さんの前だと猫を被ってやがる。
さっきみたいに佐々木さんが間に入ってくる事を予想して、いない間に俺に話しかけたのか。それで帰ってきたら何事も無かったように振る舞う……
性格が腐ってやがる。
「そうだね。世間話だよ」
ここで、佐々木さんに助けを求めればよかったかも知れなかった。しかし、好きな人にそんな情けないことはしたくない。
こんな状況で未だに見栄とかを張っているんだから、笑えてくる。
「そう……。ならいいけど」
佐々木さんがそう言い終わると、上田たちは席に戻っていく。俺の方をチラチラ見て、嘲笑っている。
佐々木さんも席に戻ると思ったが、なかなか動こうとはしなかった。
心の中で早くどこか行ってほしいと思いながらも、近くに好きな人がいる瞬間が続けばいいな、と思っている自分に泣けてくる。
「ねえ。大丈夫?何かあったら、言ってよ」
佐々木さんが小声で俺のことを心配してくれた。
俺は自分の太ももを強く握りしめて、嬉しいのか、悔しいのか、情けないのかもう、なんかよく分からない感情を抑え込む。
「キーン。コーン。カーン。コーン」
チャイムが鳴って、生徒たちは席に戻っていく。しかし、佐々木さんは俺の前から動かない。
そのことでクラスメイトから注目されるが、佐々木さんは気にする様子もない。
俺は早く、何かを答えないと思い、咄嗟に小さな声で
「佐々木さんには関係ない。放っておいて」
と、冷たく言うことしかできなかった。
言った瞬間、なんて事をしたんだ、と思ったが冷静に考えると、問題なかったと断言できる。なんていったて、これで少しの見栄を張ることができたんだから。
「そう」
佐々木さんはそう言うと、席に戻っていく。
俺は戻っていく佐々木さんの顔を見ることはできなかった。




