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ここまでとは知らなかった!
婚約破棄の時と同じように心の中で大躍り。ジエムなのか輝き屋なのか分からないけどささいな不正でも卿家の点数稼ぎ祭りで食い物にされる。
卿家は上級公務員の家なのであらゆる役所が参加だ。犯罪系なら煌護省、脱税や賄賂系が関わっていれば財務省みたいに増えるし漁家がくっついている件なので農林水省は絶対参加。
むしろ農林水省が調査捜査依頼を各種方面に依頼の方だ。卿家だけ動くと華族はダメだとか卿家以外は税金泥棒と始まるので公務員達はこの祭りに乗っかってくる。
国の犬は卿家だけではなくて公務員達もなので漁家その他は公務員を支援してくれみたいな形で政治家自体が参加。
ここでツテやコネ関係に不正な動きをすると卿家に普段は目つむりされている程度のことでも引きずり落とされるから動けない。
なにせ飲み会で飲酒を少々強要程度でも卿家だと厳罰なので「自分達は清廉潔白。そもそも彼等こそこうだ」みたいに日頃から蹴落とし用の材料集めをしているらしい。こういう時のために。
ツテやコネよりまずは自分達のことだろう? とお尻を叩かれるし公務員仕事に誇りを持っている者は「やり甲斐のある仕事が来た!」とバシバシ参加。
普段は卿家と卿家その他で足の引っ張り合いをしている公務員達が共通の敵を目指して動く。
国は犬の働きが皇帝陛下や皇居への評価に繋がるから後押しをする。
なにせかつて皇帝陛下を交代させたことのある漁家がお怒り。
狭い範囲なら良いけど俺達の兵官ネビーの為ならと農家に川漁師に西地区の漁師達へ広がるしその俺達の兵官は国が用意した税金泥棒ではない国の犬なので漁家達をこれ以上激怒させるよりも政治家上げに利用したい。
そこに罰金祭りにも出来るから懐が潤うというか潤す方が得。
花柳界は春売り関係と縁が切れないので普段は目をつむられている緩っと許されている件の重箱の隅をつついて死罪祭り。
死罪から逃れる為には諸悪の根源を突き出すしかないので裏切り祭り。
こういう時のため、国は区民の味方だぞと示して罰金で儲ける時のために国は小さな不正や犯罪の芽を放置していたりする。
そのように範囲は広がり他の家や人も巻き添えだけど巻き添えになった結果滅ぶのは悪党達。
火に油を注いで祭りの範囲を増やすと政治家達の評価が上がり、罰金で国庫も政治家達の懐も潤い、公務員全体の給与が上がったり待遇が良くなり、法の抜け道を使っていた者達は食い物にされ、真面目に働くも搾取されていたような者達は救われる。
同時にとばっちりに合う者もいるけどそういう国だと示されているので仕方ない。
この国はこういう国。家族親戚やご近所や友人知人を互いを監視しなさい。監視して道を正せない者も被害者ではなくて加害者。
例え暴力を振るわれていたとしてもそれでも悪。
あの家の悪党の誰々を必死になって苦労して売った他の家族は立派。
生来4欲が悪欲から変化しない家族を持ったとは気の毒でならないけど立派な家族だから龍神王様や副神達に背中を押されてついに家族の厄介者を追い払えたとは縁起の良い家だ。
裏切ればこのようにして一蓮托生から一転栄華や名誉を掴める。先に家族を裏切ったのは相手なので裏切れば反目。それが世の常。
この祭りによって法の抜け道や目つむりで逃げられなかった被害者は逃げやすくなったり救われる可能性大。
この国は疑わしきは時に問答無用で罰する国。普段はその「疑わしき」が緩めでも国の利益になるなら難癖くらいまでその範囲は狭まる。
カラザがかなり良い者で必死に働いていたとしてもジエムをどうにか出来なかった時点で悪。それがこの国。逃げるにはジエムを売るしかない。
これまではのらくら売れなかったか、ジエムが上手く逃げていたとしても今回の祭りになるとジエムはもう包囲されたので売れる。
ジエムを売って彼に関するなにかしらの悪いものも売り続けるとカラザは逃げ切る事ができて風通しの良い輝き屋が完成。
小さな権力ゆえに問題解決が出来なかったとか、証拠がなくて困っていたことがこのお祭りの巨大権力と「こう言った」くらいの疑い程度で強制捜査、粘着捜査、難癖処罰が起こるので問題解決。
輝き屋が諸悪の根源でなければそうなる。
私が生まれてからこういうお祭りは2度見ている。小等校の時はよく分からずにやたらと家に役人が来るなと思った。
次は4年前の花街。死罪祭りに私も巻き込まれたけど特に自分に非がないので聞かれたことに答えてついでに横柄に思えたお客の話をしたりしてあっさり「死罪放免」である。
希望絶望は一体也。
救援破壊は一心也。
求すれば壊し欲すれば喪失すは関係無さそうだけど破壊と救済祭りが開催される。結果はこれまでの自らの行い。真の見返りは命へ還るとはこのこと。
別名、内乱の芽を摘み取る区民不満の空気抜き祭り。学校でなんとなくだけど習う話。
祭りの火種になるとはこんなことある?
過去の祭りにも火種がいたはずなのであり得る話。祭りにするかしないかは国が決める。祭りにしないのなら火種を徹底的に潰して鎮火。
つまり今回だとジエム関係。
卿家で長い人生を生きてきたガイなら祭りのことは知っているし理解している上に自分達の業務範囲。
兵官は祭りの最前線の先兵なので何年も働いているネビーも良く知っている。4年前の死罪祭りでもなにかしら働いていただろう。
自分達の仕事や家やツテやコネにネビーに乗る権力なら祭りの火種を作れるというか、漁家が勝手に火を起こしたとすぐ気がついたに違いない。
だからガイはもう書類を色々用意してある。
私はこうやって提示されるまで気がつかなかった。大きな事業を営んでいる祖父、父、カラザなら両家の問題がどういう大事件になろうとしているのかもう理解しているだろう。私が気がついたくらいだから。おバカジエムは気がつかないな。
これは絶対に私とジエムは縁切り出来る。
「あのなあ。もう少しマシな嘘というか台本を書け。紙の山はまあ褒めてやる。真実味が増す。大狼襲撃事件に関与とか3大銀行の副頭取みたいな明らかな嘘ならウィオラの芸に魅了された皇族と祝言したから俺を潰すっていう方がマシだろう。豊漁姫はまぁ……姫は全く似合わない単語だけど海を魅了か。さすが俺を高みに登らせる芸者だ」
……ジエムはやはり私の芸が欲しいということみたい。姫は全く似合わない単語とは以前と変わらない失礼発言。
別にいいや。毎日くらいの勢いでネビーが美人やかわゆいと褒めてくれるのでジエムなんかに言われなくてもというかむしろ言われたくない。
3大銀行はさすがに覚えているんだ。それで自分は潰される相手という自覚はあるのか。
今の話は墓穴だと思う。言質取ったぞ。農林水省のレアンが言質を取ったから「お心当たりがあるのですね」と話を始められる。
疑わしきは罰すると動くはず。私の予想通りお祭りを始めてくれるかな?
「これまでの話に資料もありますので明日こちらのムーシクス家関係とトルディオ家関係の事業に停止命令を出します。業務再開をされたいのでしたら問題解決調査にご協力お願い致します」
レアンはジエムを無視して祖父、父、カラザと順番に見てカラザを見据えた。
規模がどうなるかは不明だけどお祭り開催決定!
これが噂の農林水省特権!
試験勉強をしたけど忘れていた!
漁師達や農民達が事業を潰そうとした際に正当主張だと判断したら他を巻き込まないように「難癖程度でも疑わしきは罰する」として対象事業を強制業務停止に強制調査開始。
ジエムの先程の発言だろう。それから支援者が大勢でおまけに卿家だから不当に火に油とは言わないという家柄信頼が加わっているネビーの「何かある」発言は業務停止を出来る理由になるかもしれない。
我が家は巻き添えだけど何か関係あるかもしれないので仕方ない。
真の見返りは命に還るのでどうか良いものが我が家に返ってきますように。そういう家でありますように。
勉強ってやはり大切。これを覚えて意味はあるの? 歴史って大事? それより稽古関係の文学を知りたいと思っても渋々勉強してきたから今の状況理解に繋がっている。
「私は全てに協力致します。息子はこちらのウィオラお嬢様に恐ろしい程執心です。息子がウィオラお嬢様と 陽舞伎輝き屋一座とムーシクス宗家とその事業関係者に今後一才関わらないようにして下さい」
恐ろしい程執心。やはり怖い!
玄関前のやり取りからヒシヒシと感じている。先程俺を高みに登らせる芸者と言っていた。まさかあのジエムが実は看板役者になり損ねているとか?
カラザがレアンに向かって頭を下げた。ジエムは父親に農林水省へあっさり売られましたの図。
「交際関係が怪しいので調査と我が家との縁切り手続きと東地区への立ち入り禁止もしくは……とにかくどうにかして下さい。両家とお嬢様のためにこのバカ息子を捨てる準備をしていたので一緒に捨てて欲しいです」
カラザは更に深々と頭を下げた。交際関係が怪しいのか。それはやはりこの5年間我が家は何かされていただろう。
ジエムを捨てる準備をしていた……それが終わったら家に帰ってきてだった?
玄関前での印象通りカラザは味方みたいな雰囲気。
「捨てる準備をしていた? はあ? 大看板役者の俺を縁切りして衰退する気なんて正気か? 俺は輝き屋6代目だぞ?」
ジエムは拳を握って思いっきり机を叩いた。あの高速突きや遊女達からすぐ逃げた強くて素早いネビーが絶対に守ってくれそうだけど暴力は怖い。
ジエムはヴィシュヌを差し置いて6代目なの?
大看板役者なら私は要らなくない?
高みに登るってもう登っているんじゃないの?
カラザが5年間もジエムと格闘していてまだ捨てる準備中だったのなら、大権力持ちのネビーが居なかったら私も我が家も破滅していた気がする。
「誰がそんな事を言った。6代目はヴィシュヌだ。衰退って縁切りして輝くだこのバカ息子。お前のせいで業務停止になるって聞いただろう。レアンさん。息子のせいなので徹底的に潰して下さい。詳しく調査して欲しい事件などを提出できます」
やはり事件。詳しく調査して欲しいだから手が出せなかった何かがあるということ。
「訳の分からないカニの話ばかりに卿家兵官が地区本部兵官なんて大嘘をついているのに業務停止ってあり得ないだろう! そもそも農林水省にそんな権限がねえ! むしろ脅迫罪でこっちが訴える方だ!」
怒声は怖い。色々おバカ。試験勉強を教えるのに苦労して最終的に「なにも考えずに台本だと思って覚えて下さい」だったな。
暗記は得意だけど応用力や発想下手だからこんな感じなのだろう。
卿家兵官が地区本部兵官なんて大嘘という発言で卿家兵官が補佐官中心みたいな知識が微妙にありそう。
思考や解釈が変でこの性格で5年間で明らかに性格が悪化して見えるので厄介かつ面倒くさい人。カラザは苦労してきたのだろうな。
「昔から頭が悪いというか学ぶ気がないし頭の中が常に自分中心。下手な人脈や人たらしさや役者の才能があるからと勘違いバカ息子。これでようやく終わりだ」
「バカ息子バカ息子って俺を誰だと思ってるんだ!」
ジエムはカラザの胸ぐらに掴みかかって立ち上がった。持ち上げられて苦しそう。それなのに彼は毅然とした態度でジエムを睨みつけている。
ネビーはこのカラザを助けないの?
祖父と父は固まっているように見える。私もジエムの凄みが怖い。
「ご自分はどなたなのかご説明致します」
このタイミングでネビーが口を開いた。カラザを助けてくれるみたいだけど動かないみたい。
睨みつけはやめたようですまし顔でジエムを見上げている。
「雇われ役者は黙ってろ。金をいくら積まれたか知らないけど地区本部兵官の変装なんてしてただで済むと思っているのか? それとも一応本物か? 俺より少し年上でようやく地区本部兵官なったなんて父親の栄光でどうにか地区兵官になれた落ちこぼれだ。何浪したんだ? そりゃあ金が欲しいよな。本物でも偽物でもどちらにせよ訴えたらお前の負けだ」
おバカ。おバカ過ぎる。あと勝手に「最近地区本部兵官になった」と話を脳内変更。なぜそうなったの?
まさか27歳でなったって誤解⁈
父親ガイに頼まれてあれこれ仕事をしていた話は聞いていなかったの?
「喉から手が出る程欲しそうなウィオラお嬢様に断固拒否されるバカ息子。大変ご立派そうな父親に捨てられるバカ息子。自分の関係者を除いても東地区の商売人を敵に回したのでこの地で貴方が生きられる道はありません。捜査祭りで真っ先に食い潰される。己の人生が積み上げてきたもので地位名誉金全てを失うバカ息子。それが貴方です」
ネビーは淡々とした声で表情もすまし顔のまま。捜査祭り時だからやはりこれはお祭りの前哨。
「てめえ、俺に喧嘩を売ってただで済むと思っているなら大間違いだぞ」
「貴方に喧嘩を売ったのではありません。貴方に関する全てに喧嘩を売るってことです。髪の毛程度の関係性でも食い尽くすという話です。ただで済みます。自分からしたらどうせしがないチンピラです。丁寧に説明したのになにが始まったのか分からないとは愚か過ぎる」
ここでネビーはニコリと笑顔。ジエムはカラザから手を離した。
「へえ。俺をわざと怒らせてどうにかしようってことか」
「ええ。それには流石に気がつきましたか。いくらバカでも。バカな自分よりバカは久々です。大バカです」
ネビーはゆっくり立ち上がりつつ私に目配せした。
下がれ? そう思ったので立ち上がって後退り。
「おいウィオラ。何逃げようとしてるんだ。つまらない三文芝居は一応聞いてやったぞ。こんなバカな猿芝居って脳みそ腐ったか? そこそこ賢いのにな。俺が話したことがどういう意味を持つのか考えろ。それともそこそこ賢いのは俺の勘違いで一から百まで説明しないと理解出来ないバカだったか? もう1人では生きていけないと帰ってきたんだろう? 従うならこの家は栄えるしお前に居場所をやるって話だ」
もうこの人嫌だ。話がまるで通じていない。暴れてカラザやネビーを殴ったりしたら本職兵官のネビーに「暴力罪で連行」になるのにそれは回避する微妙に冷静。頭も微妙に回っていて腹が立つ。
業務停止命令をされてそれは自分のせいで父親に売られたというのにその現実は彼の頭の中でどう捻れて歪んで変化したの?
怖い。暴力というよりその思考が怖い。こんなに怖い人だったっけ。
触られた時以外はのらくらしながら「はい。そうですね」みたいに接する事が多かったから気がつかなかったとか?
「おいジエム。お前のウィオラお嬢様はもう俺がもらった」
ネビーの口調が変わった。声も低い。
「はあ? そもそもウィオラが兵官なんて相手をするか。しかもお前。落ちこぼれ浪人親の七光り地区本部兵官。いやその羽織や装備で偽物って分かる」
「南地区の制服の色と警兵装備だ世間知らず。結納お申し込みに来たと言ったけど家出娘だからこっちで勝手にもう祝言済みだ」
「5年振りに帰宅だぞ。親の許可もねえのにあり得るか」
「バカだから知らねえのか? 元服後は親の許可は要らねえよ。家を捨てて家の為の結婚はしないんだから親の意思なんて確認するか」
ネビーは「家出娘さんとの正式な縁結び方法を知りたいです」と言ってくれたけど本来は彼の言う通りである。
ジエムがカラザから手を離して机の端へと移動。それに合わせてネビーも動いてお互いの間になにもないところで向き合った。
私からはジエムのお顔は見えるけどネビーは背中しか見えない。元々広いけどうんと広く見える頼もしい背中。
「知らねえとは付き合いが大してねぇんだろう。ウィオラが家を捨てるか」
「捨てただろう。5年も各地を旅していたと言ったけど俺のところだ。5年間ずっと俺のところ。5年も経ってわざわざ来たのはなんでだと思う?」
般若みたいな表情のジエムは返事をせずにそのままネビーを睨みつけている。
「子どもだ子ども。さすがにそれは教えようかと。相続関係とかあるしな。指で触る練習からされたから5年もかかった。まあ、お前が触らせてもらえなかったところは隅々まで俺のもの。何もかも全部。ほらよ、証拠だ。落ちこぼれ浪人豪家兵官ではなくて成り上がり平家兵官だ。もうすぐかなり珍しい叩き上げ卿家兵官に変化」
ネビーは私の隣に移動してきて懐から紙を出してジエムに投げつけた。折り畳まれている紙の端、それも角がジエムのおでこに直撃。
子どもとか隅々まで俺のものって……えええええええ⁈
「はあああ⁈」
ジエムの顔が激怒みたいになり青筋も発生。鬼とはこういうお顔かと怯えていたけどそこからさらに次の怒りがあるの……。怖い。でも目の前に頼もしいネビーの背中がある。
ジエムはネビーに投げつけられた紙を拾って広げて顔をしかめた。
「この俺から見たら小物のチンピラ。ウィオラはお前なんかお呼びでねぇんだよ。俺とお前を比べてお前を選ぶか。良い女は格下三下なんて相手にしねえ。しばらくこの地で働いてお前の交際関係をぶっ潰す。その前にお前はどこかに……父上、どうなるものですか?」
「調査結果による。身分証明書を抹消して焼印後に王都外へ追放もあり得る。国が儲けたいとかその他思惑があって捜査祭りになったら徹底的に叩き潰しなさい。また異例出世かもな」
「そうらしいぜ。何をしてきたか知らないけど反省謝罪をするなら考えてやる。お前は俺に土下座する立場。今すぐ平伏せ。それでも許さねえけど少しくらい気にかけてやる。お前じゃなくて主にお前の親父や輝き屋のことだ。俺のウィオラには2度と触らせないし近寄らせない。本人も多分もう2度とお前とは喋らない」
ネビーにそっと優しく肩に手を回された。その通りで喋りたくない。唇を貝のように結ぶ。
「おい! てめえ! 触るんじゃねえよ!」
ジエムがこちらに向かってきた瞬間ネビーは私から手を離して前へ出た。
でもカラザのようにネビーは掴みかかられて軽く持ち上げられてしまった。
カラザ同様に毅然とした態度で呻きも喚きも暴れもせずに抵抗しないでジエムを睨みつけている。
「だからもう触ってるんだって。山程。ほくろの位置でも教えてやるか?」
どう考えてもネビーはジエムを挑発しているけど内容的に釣れなそう。釣れていない。
「てめぇ! ついて良い嘘と悪い嘘がこの世には存在するのを知らないのか⁈ 浮絵偽造までしてくるとは手が込んでるなっ!!」
釣れていないと思ったけど釣れた。なにに怒ったの?
悲しい事にネビーはジエムに顔を思いっきり殴られた。
ひっ、と身を竦める。痛そう。絶対に痛かった。また殴られた!
彼なら絶対に避けられるのにジエム連行のために……さらに殴られた!
「こんな弱いのが地区ほんっっ……⁈」
ジエムの4発目はネビーの手で止められた。腰が抜けそうだけど体が強張っているから動かないみたいで震える足で私はなんとか立っている。
「弱え拳に力だな」
ネビーはそのままジエムの腕を捻り上げて足払いをして畳の上に押さえつけ。
「てめえ離せ! 撤回しろ! お前みたいなブサイクが俺のウィオラと結婚なんてあり得るか! 高望みしてヤリ込めたんだろう! 許さねえ!」
俺のウィオラ……イラッ。
「私は貴方のものではなくてこちらの素敵な方のものです! 彼が話した通りです!」
2度と喋りたくないと思ったけど思わず叫んでいた。ジエムなんて断固拒否。5年前より拒否だけどさらにだ。
なぜか青ざめて放心気味になったジエムは後ろ手で手を縛られている途中で足で暴れようとしてネビーにさらに畳に押さえつけられた。
「もしかしてと思って釣ったら釣れたな。農林水省の強制捜査協力拒否と暴行罪で現行犯逮捕。反省が全く見られないので拘束を強化します。皆さん証言して下さい。まあされなくても顔を殴られた跡と俺なら余裕で有利です」
ネビーの足で背中を踏まれて足も捕縛されるジエムと目が合った。
「ウィオラ! 殺してやる! この家ごとぶっ殺すからな! こんなんで連行されてもすぐ出てこれるんだよ俺は!」
……私はジエムにそんなに憎まれていたの?
こんなの家は絶対に無事ではなかった。
「よーし脅迫罪も追加。目撃者も聞いた者も多数。バーカ」
「うるせえ! てめえ離せ! 俺に逆らって不当逮捕でクビになるからな!」
「ちなみにヤッてねぇ。触る練習をされている。いいか、触ったんじゃねえ。触られる方だ。指でつつかれるとか手を乗せられるとかそういう風にウィオラから俺に触るんだ。お前とは真逆だ」
ネビーは後ろ手に縛られて足も縛られた畳にうつ伏せのジエムの胸ぐらを掴んだ。何かと思ったら片手でさるぐつわ。
縛り始めた時から実に華麗な動き。
「触るんじゃねえはこっちの台詞だ。俺のウィオラの腕をあざか下手したら傷が出来るほど掴みやがって。あれだと暴行罪にならない上に状況もまだ分からねぇしおまけに助けてという目をしない。ましてや言いもしないから嫌々見ていた。これで2度と触られることがなくてせいせいする」
……私の腕がどうなっているかネビーには分かるの?
この格好良い姿のネビーが俺のウィオラとは素敵な響き。素敵過ぎる。
「ウィオラ腕を見せろ! そんなに強く掴まれたのか⁈」
「ウィオラそうなのか⁈」
祖父と父の叫びに私は思わず首を横に振りかけてやめた。ジエムは呻きながら主に足を暴れさせ中。
「ぼ、暴行罪に追加になりますか? あの状況だと無理ですよね……」
「聴取の奴を後で連れてくるので見せて執着されていた証拠として提示します。以前もそうするべきでしたよ。今回のこととか他などは後で」
そういうことが出来たのか。知らなかったというか思いついていなかった。
「は、はい。教えて下さってありがとうございます」
「父上、3発です。これで1発くらい殴ってもよかですか? 今日もですけどウィオラさんにかつてあざを何度も何度も作ったってことにムカついているんで」
祖父と父が「あざとはなんだウィオラ!」とほぼ同時に叫んだ。言ってなかったっけ? 言ってないな。ジエムは嫌だみたいな話しかしていない。
「ネビー君、実力差的に殴るな。分かっているんだから聞くな。ただでさえ君の実力だとわざと殴らせたと勘繰られるのに殴ったら分が悪い。実際わざと殴られた。まあそれは許される。殴った方が悪い。挑発に気がついているのに攻撃をしてきて無抵抗の相手を一方的に3発。難癖つけても無駄な抵抗だ」
「ですよね。結局殴る方法は思い付きませんでした」
ガイやネビーなしで帰ってきてジエムに見つかっていたら悍ましいことになっていた気がしてずっと体が震えている。
逆にこれこそ天命というかネビーは私の運命の人? という気持ちも込み上げている。
私のためにネビーが3発もジエムなんかにわざわざ殴られたことが悲しい。
血が出ている口元や頬のあざはどう見ても痛そうで涙がポロポロ止まらない。
「長年何かしらあった上での脅迫みたいなので交友関係を洗い出します。ああ。殴れる方法があった。苦手で嫌で地区兵官の担当を外れ気味の拷問。父上、ですよね?」
「投獄中の小悪党の仕事で第三推薦兵官の仕事には絶対にならない。分かっていて聞くな。監視者には1回くらいなれるけど君の性格なら憎い男でも苦悶は見たくないだろう? なので私は動かない」
「1発分参加出来ないかと念のため確認しました。そもそも拷問までいかないでしょうし。そんな根性は無さそうだし裏切り祭りでしょうから。弱くて少々態度が悪ければ1発殴れたのに強くて高評価を積み上げてきたことで損をするとは辛いです」
「どれだけ1発殴りたいと主張しても無駄。それは協力方法がない。ゴネてないで連れて行きなさい」
「チッ」
ネビーも舌打ちするんだ。もの凄い不機嫌顔。これがネビーのゴネなんだ。とにかくジエムを1発殴りたいけど合法的に。実に常識的で理性的。
「うっかり転んで落として蹴飛ばすとかもするなよ。堂々と歩いてその目立つ羽織で目立ってきなさい」
「俺はもう少し怒りで我を忘れられる性格なら良かったです。忘れっぽいのに理性はわりと忘れられない。カラザさん、彼は暴れ組と交流があったりしますか?」
ネビーはジエムを両肩に担いだ。ジエムは暴れているけどネビーはどこ吹く風。頼もし過ぎる。素敵。
「怪しげな者や裁判所の役人と繋がっているようですが証拠を掴めていません。叩けば埃がわんさか出ると思います」
「色々知りたいので屯所に預けてきます。どなたか1番近い屯所へ道案内と証言役をお願いします。農林水省が動かなければ厳重注意で解放でしょう。その場合は明日の朝に父親が身元引き受け人として来ると伝えます。ご希望があればその際は同行致します」
「第3者が良いと思いますのでレアンさんお願い致します。戻られたら農林水省へ持ち帰る書類作成をしましょう」
「ええ、そのように。先月から南東農村区にかなり賊の被害があるので便乗して炎上かもしれません。特別報奨金狙いで働いていきましょう」
不敵に笑ったレアンの言葉の意味は「私は火種に風を吹きます」だろう。その笑みにガイも似たような微笑みを返した。
ネビーと目が合う。大丈夫というように微笑んでくれた。とっても安心していると伝えたくて、嬉し泣きになっていると伝えたくて大きく首を縦に振る。
顔が近づいてきたので思わず目を閉じたけど今日の桜吹雪の景色の中と同じように頬に少し肌が触れたような感じになったので瞼を開いた。
「このようにずっと大丈夫です」
抱きつきたい衝動とはこういうきっとこの気持ち!
嬉しさで体が動く前にネビーが私から離れていった。彼はスパンッと足で襖を開けてこちらを向いて一礼。
「釣るためとはいえお嬢様に対する侮辱を使うなどすみませんでした。戻ってきたら改めて謝罪致します。一度失礼致します。輝き屋やこの家などが危険なようでしたらしばらく東地区で働きます。父上、その時はご協力をよろしくお願い致します」
威風凛々。ネビーが背を向けた瞬間私は脱力して畳の上で放心。格好良いしかない。素敵。
こうしてジエムはネビーに屯所へ連行されていった。
きっと紫電一閃。5年も続いていたらしい何かしらの問題をネビーは一刀両断。こんなのもう私はさらに深い恋穴落ち。
龍神王は告げた。
人は4つの欲によって生かされる。
飲欲、色欲、財欲、名誉欲の4欲である。生来持つ悪欲を善欲へ変えれば我や我の副神が味方しよう。
裏切りには反目。信頼すれば背中を預ける。
希望絶望は一体也。救援破壊は一心也。求すれば壊し欲すれば喪失す。真の見返りは命へ還る。
さらに古。西の地では蛇神がこう告げた。
この世は因縁因果、生き様こそがすべて。
善因は善果に通じ悪因は悪果へ至る。
裏切りには反目。信頼すれば背中を預ける。
さあ殺せ。
殺してみろ。
殺せるものなら殺してみろ。
我等の加護を得る者は悪者の毒牙で決して貫けぬ。




