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 22時の鐘の音で宴会は終了で太夫に目配せされた気がして演奏を止めた。

 太夫が中心となって遊女達が置き人形みたいに部屋の端、兵官達の後ろへ並ぶ。

 上座に座る威風堂々、威厳たっぷりという感じの兵官が宴会前と同様に軽く挨拶をして解散。

 制服姿で仕事が建前なので目の前で過剰にいちゃいちゃされたりしなくて心底安堵。

 そういう時は逃げ出して良いことになっているので逃げるか耐えられるなら耐えて芸に集中だったけど、結婚を考えると私の初心(うぶ)さはもう少しどうにかならないのかな。幼い頃からの教育ってある意味すごい。もはや洗脳だ。


 立場や出自から遊女達に嫌味やら嫌がらせをされたり、初心(うぶ)さを揶揄(からか)われておもちゃにされたり、私の芸が客を呼んで仕事を得られるから感謝されたり色々あった。

 それもこれでお終い。お嬢様の世界で生きてきて花街で生きてきたので次は下街。

 簡単に女学校講師になれると思っていたけどこの国は贔屓(ひいき)の国だから5年も掛かってしまった。やはり私は世間知らずだと痛感中。

 解散になったと同時に遊女達がさあっと動き出してニコニコとお見送りを開始。


(お酒が何本も追加されたし踊ったり楽しげに見えたから良い席だったのかな? 建前が仕事だからか大人しめの宴席だったな。これはもう花芸妓遊びだ)


 芸妓を呼んで楽しくお喋りや芸を楽しむのが花芸妓遊び。飲食は客の要望次第だけどそこを増やすのが花芸妓達の仕事。花芸妓には多少触って良い。その多少は5年もいたのに調べなかった。多少では無い気がしているからだ。

 梅園屋はその花芸妓の置き屋で菊屋で大宴席や宴席があると花芸妓は単なる芸妓として呼ばれる。

 遊女が主役で彩りの枝なので客とは喋らないしお触り禁止。私は道芸でその芸妓の立場だけを勝ち取った訳だ。


(先週の新年会と同じで腕組みはそのまま部屋行きかな。ユラもお仕事と。ニヤニヤしているから例のカヤハン様の心を鷲掴みしたのかも)


 太夫はリュヤ——多分——に寄り添っている。

 リュヤは太夫をかなり安い値段で獲得というか太夫に食べられるに違いない。

 リュヤの自慢げな表情から推測するとそうだろう。本来太夫の値段はうんと高いけど彼女は自由の身なのでむしり取ったり安くしたりしているのは知っている。これぞ色欲と名誉欲。


「来た時から思っていたけどお前は帰るのか? 俺達の金が浮くから良いけど」

「えっ。花芸妓遊び代だけじゃなくてこの後も先輩達の(おご)りなんですか?」

「花芸妓遊びってこの席は遊女遊びだぞ。ここはどこだ? 遊楼(ゆうろう)だ。置き屋直営の花芸妓遊びが出来る店はもっと手前。知らないのか?」

「花街に初めて足を踏み入れたので知りません。美女達にお酌とか音楽やお喋りで楽しませてもらうのが花芸妓遊びって聞いていて今夜の様子だとそれだなと」


 実に楽しげに踊っていた新人兵官と彼より10歳くらい上に見える兵官が私の近くで会話を始めた。


「初めて? この花街じゃなくて花街って意味か? 嘘だろう。そもそもこの仕事について分かっていたらそんな誤解はしないだろう。お前は教育とか……いや、平家か」


 兵官は親が豪家でないと贔屓(ひいき)教育や試験結果に贔屓(ひいき)をされないので若い地区本部兵官といえば豪家だ。なのに平家。

 そうなると彼は叩き上げなので地区兵官としての勤続年数は長いはずだから見た目より高年齢?

 彼の背はそんなに高くないし、かなり逞しいという体型でもない。

 うさぎとかリスみたいな小動物っぽい顔立ちで童顔だから実年齢より若く見えるのかな。

 ほぼ一文字の太くも細くもない凛々しい眉毛だけが彼の兵官らしいところ。気になって彼をジロジロ見てしまった。


「ええ。俺の親父は最初の1回で俺を作ったから両親に遊ぶなとうるさく言われていて。しかも6人兄妹。つまり親父は6人も作ったってことです。親父似だと俺の相手をした女性は確実に仕事が出来なくなりそう。そんなの色々可哀想です。そもそも家族にお金を使うことと貯金が優先なので花街に興味はあっても我慢しているというか……まあ帰ります」


 彼は苦笑というかかなり嫌そうな表情。

 遊楼(ゆうろう)で「花街に初めて来た」という台詞は何度も聞いたことがあるけどその際にこのようなことを言ったりこのような顔をする男性は初めてだ。


「へえ。変わってるな。花芸妓遊びもしてきてないとはな。まさか女嫌いか?」

「両親の脅迫教育による洗脳結果です。よく言われますけど違います。あと貧乏性です。それに美女達を見たり喋ったりはお金を払わなくてもありますし。友人の嫁達とか。花見とか町内会の祭りとかで楽しめます」


 私と同じことを思っている人だ。教育は洗脳みたいって。


「友人の嫁達って触れないだろう。花芸妓はお触り付きだ。お前は人妻好きでコソコソ遊んでいるのか? 流石に友人の嫁には手を出さないよな?」

「へえ。そうだったんですか。触るだけなら……何か嫌だな。お嫁さんが出来たら好きなだけ触ります。道徳的なこともありますけど他の男のものなんて欲しくないです。いますけどね。そういうやつも。俺は逆の性格です。女性は慎んでいる方がよかです」


 理由は分からないけど出入り口が渋滞中みたいで2人の会話を聞き放題。他の人達も話しているけど気になる2人というか1人。

 男性は皆しょうもなくて街行く人も裏では……みたいに思うようになったけど、こういう人は花街へ来ないから花街暮らしの私が知ることは無かったということだ。

 下街世界で私はまた新しい事を知ることになりそう。何だかワクワクする。


「まあ他人は他人、自分は自分なんで何でもよかです。飲みに行きませんか? 緊張して食事や酒の味がよく分からなかったので安い店でそれなりの酒を飲みたいです! 飲ませて下さい! ごちそうになります!」


 他の新人兵官はウリウリ言われて頬を赤らめたり気後れ気味なのに彼に遠慮はないらしい。

 同じ若いでも他の4人より彼はいくつか年上に見えるからその年数分かもしれない。

 屈託の無い笑顔を浮かべた新人兵官とパチリと目が合った。

 

「楽しかったです。ありがとうございます。1人だけ演奏なんですね」

「私は遊女でも花芸妓でもなく芸妓で今日は琴の演奏を頼まれました。無音の部屋より華やかになりますので」


 宴席の芸妓にお触りお喋り禁止。でもそれは遊女の客を取るなという意味。彼は遊女は買わない性格みたいだし私も明日の朝にはこの街から居なくなる。


「その通りでよかな演奏でしたけど何ていう曲ですか? 特に最後。あの曲の名前を知りたいです。楽しい春だなぁ、みたいな曲」

積恋歌(つもるこいうた)です。ずっと同じ曲でした」


 何だろう。胸の真ん中が少しザワザワする。


「ずっと同じ? まさか」

「同じです。音色や弾き方を変えていましたけど旋律は変えていません」

「えええええ。何で違う曲に聴こえたんですか⁈」


 驚愕という表情にこっちがびっくり。


「おい。芸妓さんなんだから色々話したければ頼んで文通でもしろ。それか芸妓遊びで呼べ。でも確かに演奏のことは気になりました。花芸妓ではない芸妓なら花街外の置き屋の方ですか? わざわざこの遊楼(ゆうろう)に呼ばれて彩り添え演奏なんてどういうことですか?」


 芸妓は色仕事ではないので「文通から」はその通り。文通お申し込みの話題は遊女達は逆に珍しがって私にあれこれ尋ねた。

 実体験はないのかとバカにされたけどそれを含めても自分の常識を珍しがられて頼まれて語るのは楽しかったな。


「先輩も話しかけて質問しているじゃないですか」

「お前らいつまで芸妓さんに絡んでる。その方は明らかに芸妓さんだしお開きなんだからやめろ。時間だから出るぞ。時間厳守も仕事だ」

「はい!」


 こうして私の最後の仕事は終了。翌朝菊屋の皆に見送られて花街を出た。

 引っ越し先は採用された女学校のある南3区。久々に立ち乗り馬車を使用。

 梅園屋と菊屋で色々聞いたり客に調べてもらって勧められた長屋へ向かう。

 長屋隣の民家に住む大家に挨拶をして鍵を受け取った。大家に会うのは3度目。初めて来た時、契約時、それから今日だ。

 契約時に住人達に遠巻きにされて大家に「どういう人か分かったら面倒なくらい関わってきます」と言われている。


 困ったら菊屋か梅園屋か実家へ泣きつくけど頑張りたい。

 実家はまだ音家の瀬戸際らしいし、私の居場所が分かっていても迎えに来たり説得するつもりがないようなので私は第3の世界である下街暮らしを選択する。

 長屋は安いし町屋より人と交流するらしいから最初は長屋。

 女学校からあまり遠く無い長屋ならここが良い。そう梅園屋で教わった。

 下街世界で文通したいとか、文通して下さいと言われて恋が始まらないかななんて期待中。

 花街には文通なんて常識は無かったし、街を出られる花芸妓達とたまにお出掛けをしても美人ではない私に突然「文通して下さい」なんて人は居なかった。

 ジエムのせいの男性嫌いというか怖いは良くなって単に「恥ずかしい」だけになったし、下街には昨夜の新人兵官みたいな誠実そうな人が街に紛れているようだから出会えたら良いな。


 2棟ある長屋のうちの1号棟の1番端のかまどと厠のある部屋が今日から私の家。

 大家の娘に無料で琴を教える代わりに入居予約の契約金無しで家賃半額。

 うるさくすると住人達に怒られると説明されたので琴や三味線の練習を女学校で行っても良いか相談予定。

 お金はあるけど私が頼れる物はお金なので節約が大切。

 花街で貧乏や借金がどのような悲惨な状況を作るのか何度も見たのでお金があっても油断せずに財布の紐は固くしておくべき。

 新生活がこの部屋から始まる! と部屋に入ろうとした時に隣の部屋の扉がスパンッと開いた。


「腹減ったけどまだ昼飯じゃないか……ん?」


 その人とパチリと目が合ったのは昨日の夜ぶり。彼は首を傾げた。私は停止。


 こんな偶然ってある?

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