表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
お見合い結婚します「紫電一閃乙女物語」  作者: あやぺん
本編

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

43/137

34

 本日は水曜日。実家へ向かう日。中央区は丸くてコマみたいに区切られていてその中央に皇居が存在している。

 その中央区の最外縁は行交(ぎょうこう)道という交易用の巨大な通り。

 煌国王都の中央区に花びら4枚みたいに東西南北の地区がくっついている。行交(ぎょうこう)道は各地区の最外縁にも存在していて戦時は砦にもなる。東西南北の地区の間は農村区。

 私の実家は東2区の北地区寄り。現在暮らす場所は南3区なので行き方は2種類。


 1つ目は南1区まで行き行交(ぎょうこう)道を進み東1区へ入って2区の北地区側へ向かう方法。

 2つ目は南3区の端から南東農村区へ入り東2区へ入る方法。

 前者は時間は掛かるけどかなり安全でいつでも中央6区へ入れる。後者は早く到着することも可能だけど何があるか分からない少し危険の伴う道で迷子にも注意。

 私は当然前者の道で家出なのに自由だ! とのんびり観光もしつつ3泊して南地区へ来たけど早朝に出発して南3区から北1区の手前まで旅する者もいる。


 今回の旅で大健脚なのはネビー。1日あれば立ち乗り馬車を使わないで北地区まで行けそうな人。

 ルルとレイも南3区から海まで約2時間かなりの早歩きを続けてそこから釣りをするくらい健脚で元気だという。

 問題は事務仕事中心でもう退職間近のガイと舞踊以外は座って行う稽古や座り仕事ばかりだった私。

 ネビーに南東や南西の農村区には馬の訓練や視察などで何度も行ったことがあるからそんなに心配ないと言われた。

 私とガイを馬に2人乗りさせてネビーが馬を引きルルとレイは歩き。私とガイはたまに歩いてルルやレイと交代。そういう方法もあると提示された。

 この場合は夜のうちに南東農村区近くの南1区の屯所(とんしょ)へ向かって宿泊。早朝から南東農村区へ入りのんびり南東農村区観光がてら東地区へ向かうという提案。

 夕方には私の実家へ到着予定で遅れたら東地区のどこかの屯所(とんしょ)に宿泊。

 南東農村区内で宿泊になる可能性は低いし中央区寄りを進めば迷子の可能性は低い。

 ネビーは農村区の土地勘が多少あって発煙筒や笛などの装備もあり兵官にも気軽に声を掛けられる。ガイの身分証明書を見せて道案内を頼むという手も存在。

 最悪の場合は発煙筒で兵官を集めて頭を下げて馬に乗せてもらい東地区へ送ってもらう。

 厠に困ってもネビーが兵官なので民家に気軽に頼める。

 王都中心部寄りの南東農村区で兵官の評判は悪くないそうなので断られる可能性は低いそうだ。

 自分達なら危険は低いし早く到着するし来た時と違う道はどう? ということである。


 ルルとレイが南1区の東寄りを散策したい! 農村地区に行ったことがないから見たい! という事と他に反対者も居ないのでこちらの珍しい旅行経路に決定。

 ネビーが護衛につくから夜に南1区の端へ行く危険性が減るし屯所(とんしょ)宿泊もネビーが地区本部所属なのとガイが手配したから可能なこと。

 我が家が私に私兵派遣を依頼していたことといいコネとツテはすごい。

 結果私が払うはずの宿泊代は菓子折りだけ。それも本来要らないけど礼儀として渡して印象上げだとか。

 煌護省本庁勤務者に推薦兵官の組み合わせはかなり強力だと改めて感じて、彼等が偶然縁結びされたというのは「天命」とか「良縁とはそういうもの」と言われるのも納得。

 納得というか信仰心のない私に少々信仰心が芽生えかけている。なにせ自分とネビーも恋の副神に縁結びされたのかな、と世にいう恋狂い状態だから。

 色恋狂いって大袈裟とか理性を忘れるって自制心が足りないのでは、と冷めていたのに掌返し。


 さてその水曜日の午後。ネビーと2人でルーベル家へ行きルルを連れてかめ屋へ行って少し休んで南1区へ。ガイの退勤を待って煌護省本庁前で合流前に4人で甘味を堪能。

 はちみつあんみつは素晴らしい食べ物で季節物の桜の塩漬け入りあんこが大変好み。私はここを行きつけにすると決意。

 お店は既にルカ達5人姉妹の行きつけだった。別々とか2人でなどで来ることも多いらしい。それぞれがお金を貯めてここでたまにご褒美だそうだ。

「ここが嫌いなら姉妹から追い出すところだった」とルルとレイに笑われた。

 この甘味代もネビー支払いで「ウィオラさんだけ。今月の妹資金は東地区用だからここは払わない」だった。

 ルルとレイはこの件には特に文句を言わず。3人とも「私達は元貧乏だからお金管理にうるさい」らしい。


 南1区の端へ移動途中に兵官の地区本部大屯所(おおとんしょ)へ寄り、ネビーは自分に懐いている馬を借りた。それから東寄り方面、菊屋のある花街近くへ進み中。

 馬を引くネビーの外側にレイ、ルルと並びその後ろにガイ、私。私はずっとネビーの背中を見て歩く位置。

 首も太いって首はどうやって鍛えるのかなとか、やはりパッと見より背が高いよなとか、首の後ろに黒子(ほくろ)を発見とかジロジロ見てしまっている。

 花街周辺はかなりの歓楽街。食事をするところには困らないのでこの辺りで夕食を済ませてお風呂屋にも入る予定だ。

 そうして南1区花街の目の前までやってきた。そそくさと通り過ぎてしばらくしたら「少し用事で」と告げてネビーと菊屋へ行く予定。

 しかしルルが足を止めて花街大門をじいっと見つめた。


「うんとたくさんの光苔を使ってそう。花街って光る街なんだね。私はここに売られていたかもしれないのか。兄ちゃん、太夫になったら大金で大金持ちに身請けされたりするんだよね?」


 ルルもレイも気が付かないか「あそこは華やかな街だね」みたいな話はあるかもとネビーと話していたけどズバリ花街と指摘。

 花街の知識は多少あるだろうけど両親が近寄るなと言っていて、そもそもどこにあるか話してないと思うと聞いている。

 色恋関係は妹と話したくないから自分は教育に関与していない分野と言っていた。


「オホン。お嬢さん達が目に入れる街ではないしこの街に入ることはないから知識を増やさなくて良いかと」


 ガイがルルとレイに「早く離れよう」と促した。ルルは今年年末で18歳でレイは今年8月で16歳元服。

 目に入れる街ではないはどうかと思う。知識を持って昼間に流行り物探しなど観光とか、入らないで一生を終えるとかは知識がないと選択出来ない。

 だから女学校では理由はぼやかして特別商業区域で出入りが厳しいのでその方法や注意点などの授業がある。それで場所は教わらなかった。そうなるとあれこれ気になって調べるものである。

 私はまだ部外者なのでガイになにか言う権利はないと思うので頼まれなければなにも話すつもりはない。

 

「花街ってなに?」


 レイがルルを見据えた。


「えっ? 知らないの? お母さんに言われてるじゃん。入るなって」

「そうだっけ」

「攫われたら花街に売られるから夜道を1人で歩くなとか言われてるじゃん!」

「ああ。言われてるね。そもそもさ、その出られなくなるとか売られるって何? お母さんは売られなきゃ良いからとか入らなきゃ良いからって言うし他のガミガミが始まるから聞いてない」


 レイは花街関係にあまり興味が無かったのかな。それで彼女の友人達もそうなのかもしれない。文学とかで出てくると自然と気になるものだと思っていた。また知らない下街の世界。でもルルは知っている様子だから性格差?


「そもそもなにをさせられるの? 人を買うってなに? 真冬の洗濯とかつらい仕事を代わりにさせるの? お母さんに酷い目に合うとは言われるけどさ」


 ……。レイ以外しばし沈黙。

 私はいつ知ったんだっけ? 輝き屋での稽古に関係する文学で出てきて気になって同級生に聞いて、だった気がする。詳細は全くもって別として。

 お金を払った相手に無理矢理キスとかされるみたいな話はかなり前から知っていたけど今年元服のレイはこうなのか。


「おお、おう、そうか。ああ基本的にかめ屋に預けてきたからな。でも知らないでここまで来るものなのか? 女の世界は分からん。まあ今年元服だから母ちゃんが教えるだろう。俺はそのあたりはレイに話さないというか話したくない」

「帰ったらお母さんに聞けばええ?」

「買うの内容はとりあえず母ちゃん。知らないで困ったら困るから母ちゃんがその調子なら花街の説明はルカ……リル? ……居ればウィオラさん。この近くの置き屋から中のお店に行って演奏をすることも稀にあったから入る上での注意点が分かる」


 レイが私を見た。うつむきがちだったルルも私を見つめた。

 ……私⁈ 適任者の自覚はある。ルルは私の5年間の大雑把な話を知っているけどレイは梅屋に居たという嘘話の方しかまだ知らないから今みたいな言い方をしてくれたのだろう。

 このままでいくのかネビーに確認したけど「本当の話だと親不孝娘でなくなるから両親の価値観だとウィオラさんの実家に激怒するので今は秘密で」と言われている。

 

「ああ、入ってみたかったらウィオラさんと行けばええんだ。社会勉強してみたい」


 ルルが食いついてしまった!


「業務上だと皆でなので入り方が違います。ルルさんと入るなら昼間で知り合いの女性花官さんにお金を払ってつきっきりになってもらいます」

「花官? 花街の兵官ですか? お金? そこまで必要なんですか?」

「ルルさんはかなり美人なので念には念をです。通行手形と身分証明書を乱暴で奪ってどこかに売り払うとかなくはないです。こうなると花官も手が出せません。花官伝いに観光は出来ますけど私みたいなのとルルさんでは危険性が違います。稀な事件でも危険は回避するべきです」


 5年前に今くらいの知識があれば私は別の居場所を探そうとしたと思う。ここまで警戒しなくて良いけどエルは「入るな」だからこの方が良い。


「ルル、配属されたら俺もなる。女性兵官の規定は知らないけど任期は2年まで。癒着がないようにらしい。私兵派遣って言うて煌護省や屯所(とんしょ)で交渉手続きをしてお金を払うと兵官を雇える制度というか裏技がある。内容とかコネによる」


 ネビーはチラリとガイを見たけど詳しいはずの彼は沈黙を継続中。


「お金がかかるならええや。兄ちゃんは私と入るのは嫌?」

「いや、それは別によか。ものによっては説明したくない。出られない人達の息抜き用に茶屋とか普通のお店もあるから絶対入るなとは言えない。兄ちゃんとしては入らなくてよか。知識不足が好奇心に繋がるならしっかり調べろ」


 ある程度の知識が必要そうなレイは特に興味無さそう。近くの食事処のお品書きを眺めている。


「買うの内容はお母さんに任せるとして他の一般的なことは私もレイに教えられるよ。花街の出入りとか危険性は女学校の範囲だってテルルさんから教わったもん」


 私の知る限りルルの言う通りである。ガイが目を丸くした。


「そうなのかい?」

「リル姉ちゃんと聞きました。ユリアが大きくなってきて質問してきた時とか危なくないように一般教養ですって」

「母ちゃんは入るな! で終わりの性格だったみたいだからな。その辺は気にしてなかった。悪い。テルルさんに感謝だな」

「そういうものなのか。そうか……」


 何歳か知らないけど5、60年くらい生きていそうなガイにも知らない世界ってあるんだ。


「詳しくは知らないからレイに教えたら2人でウィオラさんにも合ってるか聞く」

「入らなきゃええなら知らなくて良くない? なんか怖そうだから嫌だな」

「逆だって。知らない方が怖いの。あの光る街は綺麗だなってよく分からないで入って通行手形をなくしたら家に帰れなくなるんだよ。絶対失くしちゃいけないって知ってたら気をつけるじゃん。今聞いて暴行してまで盗む人がいるって知っていたら入りたくなくなるでしょう? 私は兄ちゃんとしか入らない。気になるから1回は行きたい」


 通行手形を落としたくらいなら出る方法はあるけど今は言わなくて良いか。話が逸れる。


「ええっ⁉︎ 兵官がいるなら落としましたって言えばええじゃん」

「あの街は特殊だからダメなの。兵官に落としたり盗まれた君が悪いって言われるんだよ。兄ちゃんにだってそう言われちゃうの」

「盗まれても⁈」

「レイさん。ちなみに私の身分証明書ですと屯所(とんしょ)で落とし物を受け取ったり相談するのは有料です。花街は特殊な商業地域なので通行手形を盗まれたら盗まれた側も罰金です」


 えええええ、とレイは思いっきり目を見開いた。ルルは知っているみたいでレイの反応の方に驚いて見える。


「有料ってなんでですか! 盗まれたのに罰金⁈」


 ……姉妹のルルとレイのこの知識格差はなに?


「ガイさん、かめ屋で女学校の範囲も勉強してるというか多少お願いしていませんでしたっけ? テルルさんがそうしてくれていたかと」

「その通りだネビー君。確認しておく」

「分かった。レイはサボってるんだ! 絶対にそうだ! 料理が楽しいとか上手く逃げて嫌な科目を無視してるんだ! きっとリル姉ちゃんと同じだ! 分からないから進みませんとかのらくらしてるんだ!」

「そ、そんなことないよ。まあほら、あのさ、基礎がないから単語の意味が分からないと進まないから非常に遅い科目があるというか。いちいち聞けないし必要性も分からないし面倒じゃん?」


 レイの目は泳ぎまくり。そんなことないって言いながら勉強していません宣言とは正直者。


「無事に結納が終わったらレイさんの家庭教師を少ししますか?」

「まずお母さんとテルルさんに密告します。かめ屋が大変ならまずは私がレイに教えます。私が悪い。兄ちゃん達は親でもないし忙しくても私達を気にかけてきてくれた。自分のことばっかりさせてもらってる私がレイを気にしないといけなかったのにかめ屋預かりだからって安心してた! レイはかめ屋の日を1日減らして勉強!」


 レイは奉公が許可される12歳からかめ屋で特別奉公を開始。女学校の範囲をゆっくり学びつつ奉公人業務という特別扱い。

 女学校も検討したらしいけど料理の才覚があるということで特別に料理人見習いを開始。かめ屋とルーベル家の関係性があってこその贔屓(ひいき)

 長屋からだと距離があるから住み込み。最初は数日からだったけど本人が楽しいと言うので親の休みなどに合わせて帰宅。

 そう聞いていたけど「女学校の範囲をゆっくり学びつつ」はゆっくりというか好き嫌い自由みたい。


「えええ……。色々知らなくても生きてこられて料理人になる訳だし……」


 レイは全員を見渡してぶすくれ顔になった。こほん、とガイが咳払い。


「レイさん。流行りは皇居や上流華族から花街に早く届いたりする。安全な出入りが出来ると料理やお店の経営に使えるかもしれない。知らないと必要無かったかさえ分からないから与えてもらえる教養は得ておく方が料理人として上を目指せるぞ」

「レイ、望んでも勉強出来ない人は大勢いるし知識がないから人生の選択肢が大きく減ることがあるんだぞ。前にも言うたよな? 親父や母ちゃんが勉強家じゃなかったら兄ちゃんは兵官になれてないって。そうなるとロイさんとリルは出会ってないぞ。あと無知だった親父と母ちゃんだと騙されてルルとレイはこの花街送りだったかもしれない」

「そうだよレイ! 知らないの? って言われるとすぐ()ねるのを直せって言われてるでしょう! 知らないの? はバカにされてるんじゃないの! 知らないのはバカじゃなくて学ぶ気がないのがバカなの! バカにしてきたらそう言うんだよって言うてるでしょう! 好きなことは頑張るから偉いけど嫌いなこともなるべくしなさい!」


 ルルからレイにエルに似た雷落下。

 レイは間も無く元服で成人だけどまだまだ子どもということ。かつての私と同じ。

 大人3人に大通りで責められるのは少々可哀想な気がしてくる。


「レイさん。私が八百屋や魚屋で食材を値切れると知ったのはつい最近です」

「えっ? えええええ! なんでそんな当たり前のことも知らなかったんですか⁉︎」

「買い物は使用人の仕事でした。女学校の実習で買い物はありましたけど言い値で買いました。そのように女学校では値切れるなんて習っていません」

「えっ? ええっ⁈ ウィオラさんって何者ですか? 買い物は使用人だけですか? ルル、ロカも買い物の実習なんてそんなことをしてるの?」

「ロカに聞きなよ。私は聞いてるよ。ロカはどういう勉強をしていてなにが好きで卒業したらどうしようとか! レイは昔からロカにお菓子を渋々嫌々譲ったり面倒見るのは疲れたってすぐ他の人に任せたりする薄情というか自分勝手!」


 ガイは傍観の様子でネビーとルルはレイを睨んでいてレイはさらに不貞腐れ始めた。

 世間知らずは本人のせいだけではなくて環境のせいもあると伝えたかったけど伝わってなさそう。


「譲っていますし面倒も見ていたとは偉いではないですか。レイさん、私は下街では世間知らずのおバカさんなので色々教えて下さい。逆に教えられることも沢山あります。私はまもなく先生になりますから練習させて欲しいです。環境や生活範囲で知らないことは人それぞれあります」

「薄情じゃないもん。一昨日も昨日も色々した……」


 レイはすっかり()ねている。不機嫌顔のレイはネビーに近寄ったけどそのネビーにルルと向かい合わされてしまった。


「レイ! 兄ちゃんに甘えようとしても無駄! 特技を生かして家族のために働くレイは偉くて自慢だけどサボらないの!」

「リル姉ちゃんもってさっき言うたじゃん!」

「リル姉ちゃんはテルルさんが確認して許される範囲だからええの!」

「私も確認されてる! 疲れて寝てたとか、明日までとか、この単語を調べてるとか、教科書が見当たらないとか……許されてるもん」


 レイはとにかく素直みたい。思っていることをわりと話すネビーと似てるのかな。


「まあええ。帰ったらお母さんとテルルさんと私とレイでお話。まあ、レイは料理に夢中だもんね。八百屋巡りや魚屋巡りとか食事処のお品書きを見たり、台所にいるリル姉ちゃんとテルルさんにひっつきむし。読む本も料理本ばっかりであとは茶道」

「なんで私とルルは2歳違いでいつも2人1組みたいに扱われていたというか双子くらいの気持ちだったし、同じようにかめ屋でお世話になったのにこんなに違うのかな。ルルは嫌なこともうんと勉強したの? なんで出来るの? つまんないし分からなくて時間もかかるから他のことをした方がええのに」

「私は嫌いな勉強があんまりないからだね。レイみたいな特技がない代わり? 色恋や花街は有名な古典文学を読めば気になるから調べたり誰かに聞くよ。そこらで見かけたり喋ってたりもするじゃん。ロメルとジュリーも一緒に観たのに。まあ関心が違うとそうなるんだね」


 それなりの家の娘よりも下街娘のほうが耳年増にさえならなくて箱入り純情ってこともある。またしても新しい発見。

 ルルがあっさり責めるのをやめたからレイの()ねは終了みたい。


「兄ちゃんがいけないやつを隠していたのを見たこともあるし。1人部屋になって自分で掃除しないから」


 突然ルルからネビーに流れ弾。ネビーがゲホゲホ咳を始めた。まああるある話。

 兄の部屋で見かけたんだけど知ってる? みたいに学生時代に春画の話が出て私もその単語を知った。絵の内容は「とても恥ずかしくて言えません」だったけど。その通りあの頃の私なら言えない。今も無理だな。教育として必要なら言葉を選んで頑張る。そういうことをすることは悪いことではない。時と場合によるけど。

 時と場合……ネビーをチラリと見て私は顔を両手で覆った。具体的な候補がいると生々しくて無理!


「いけないやつってなに? なんでルルは兄ちゃんの部屋が汚くても無視しないの? 怒られるよ。自立出来ないって」

「逆にあるかなって探してみた的な? 色々気になるお年頃だから。あはは」

「その通りで自分で掃除してる! おいやめろ! 俺の部屋は出入り自由だから都合が良いって誰かが置いていくだけだ。そういう話をするな。探すな。いや持ち帰れって言うておく。せめてウィオラさんが居ないところでしてくれ。布団は絶対に使うなと言うてあるけどヤリ部屋みたいに……」

「ヤリ部屋?」

「オホン! ネビー君!」

「うおっ。すみませんガイさん。いやルルさん、レイさんすみません。ウィオラさん……は俺よりよほど耳年増だからよか」


 ホッとした様子だけど私は両手を少し下げてネビーに冷めた目——多分——を向けた。

 良くないです。あと何日過ごすか分からない部屋のお隣で何やら行われるとか知りたくなかった。


「助かった。標準的なお嬢さんだと危なかった」

 

 ネビーの夜勤中が怪しいってことだ。

「仕方ないからどうぞ」みたいな話をしている男友達が使うってこと。

 彼の次の夜勤がいつか知らないけどお隣さんの期間中の夜勤時は「在宅」という紙をネビーの部屋の玄関の扉に貼り付けよう。


「うおっ。謝った方がよかでしたか? そのお顔はそうです。口が滑りました。すみません」

「私がお隣さんの間にネビーさんが夜勤の際は在宅中と貼り紙をします。お隣にロカさんがいらっしゃるのですから」

「ロカは基本的に親父達と寝ていますし、そもそもジン達が隣にいてあの部屋の壁はそんな……何でもないです!」

「不特定多数が出入りすることが問題です!」

「それはまぁ、とりあえず後で。後で説明します」


 説明ってなに! いくら勉強中心の部屋とはいえロカの部屋が隣なのにお金でも取っているの⁈

 ……私はその部屋で寝たの⁈

 蛙布団とネビー布団……はやはり蛙布団は無理。あのルルの言い方は卑怯。

 絶対に布団は使うなか。そういえばルルはネビーの部屋の押し入れに鍵をかけていたな。


「ねえルル、いけないやつってなに? 兄ちゃんがクビになるようなもの?」

「クビにはならないし男はそういうものだから仕方ない。まずお母さんに聞いて。……いや待って。私もなにも教わってない。それ関係には気をつけろってガミガミ言われただけ。肝心の中身は習ってない。お母さんがダメなら……。ええ……。えー……姉ちゃん達が忙しかったら私? リル姉ちゃんはなんか無理そう。具体的には分からないし。ぼやぼや知ってるだけだし……。えー……」

「ルカだな。いやテルルさんに誰に教えさせるべきなのか相談しとく。母ちゃんにさせるべきだからそれをテルルさんに言うてもらうとか。俺はこの件に関与するのは嫌だ」

「あの、私もなにも教わっていないです。どなたがいつ教えるのかは子育てに関係しそうなので……子育て⁈」


 こういう話題の中で「子ども」ってネビーを見られない。ルルとレイの後ろにそうっと移動してまたしても両手で顔を覆った。

 手を繋がれたいなとか、いっそ軽いキスをされてみたいと思う気持ちが芽生えているからそういうことも望む日もくるかもしれない。こういう発想がまた恥ずかしい。


「オホンオホン。嫁入り時に教えるような家もあるのでまあ。立ち止まって話し合いみたいになったがこの件とレイさんの勉強の偏りの件については帰ったら。夕食だ夕食。あれならあの街から離れたところにしよう」

「あの! 皆さんが夕食中にあちらの梅屋経由でお世話になったお店や女性花官さんなどの知人達に軽く挨拶をしたいです。知り合いが誰か亡くなっていないかを知りたいですし遊楽女(ゆうらくじょ)ちゃん達にお菓子くらい」


 私はここから看板が見える梅屋を掌で示した。

 レイに遊楽女(ゆうらくじょ)って? と聞かれてしまった。さらに亡くなるの⁈ とも言われてしまった。余計なことを口にしてしまった。ネビーのことを言えない。


「コホン。分かりました。娘達と食事をして待ちます。レイさん、それはまた話し合いが終わったら誰かが教える。ウィオラさん、置き屋経由ではなくてネビー君を護衛に連れて行きなさい」

「迷ったけどガイさんの言うてくれた通りにします。ウィオラさんよかですか?」


 迷った? 頼んで良いと言われていたけど迷っていたんだ。もう入るなとか?


「特に気にしませんが気になりますか?」


 ネビーに耳打ちされた。耳が少しくすぐったい。


「見張りで行くと話の場にいることになったりして聞かれたくないことが出てきたりするかなと。一緒に行くと言うていたのに梅屋経由で行くと言ったので」

「置き屋経由で入るという嘘に乗っかっただけです。ガイさんが提案してくれなかったらネビーさんが言ってくれる、それが無ければ事前に頼んだようにこの場で頼むつもりでした。むしろ居て下さい。私は私。飾っても無駄です。勝ち気なところとか悪い面が見られますよ」

「その台詞……。そうします」


 軽い相談会終了。距離が近くてドキドキしてしまった。


「レイさんがかなり気になっているようだからそこのルシェンという店で食事をしている」

「ねえガイさん、遊楽女(ゆうらくじょ)と遊女はなにが違うんですか? 遊女はうんと過酷で嫌な仕事だってお母さんが言うていました」

「おおおおお、そうか。レイさんはその単語は知っているのか」

「基礎がないとちんぷんかんぷんになるようで私も知識がない時はない時でふーん、そうなんだって思っていました。レイは旅行から帰るまで花街のことを忘れて。兄ちゃんと同じで興味がないことを忘れるの得意じゃん」

「こんなに色々言われたら気になるよ!」


 こうしてガイ達と別行動になった。近くのまだ営業中の茶菓子屋で絵飴(えあめ)をざっくりの数で買って花街へ。

「俺は過保護で心配なので」とネビーに捕縛用の細めの縄を帯に通されたという結構衝撃的な過保護さ。

 仕事中っぽく見えるから誰かに何かを頼まれても「手が空いてません」と断るためでもあるそうだ。

 縄に気がつかれたらまるで足抜けし損ねて連れ戻される遊女。案の定通りすがりにチラチラ見られてヒソヒソされた。

 それで菊屋へ到着。見世番にすぐ気が付かれた。


「ウィオラさん! こんばんは。どうしたのでしょうか。実家へ帰られたのでは? ……なにかあって見回りの方に保護されました? いや保護?」


 見世番は思いっきり不審な目をしている。まあそうだろう。


「自分は護衛兵官です。縄は防犯です。過保護にと依頼されています」

「実家へ帰る前にもう1度海へ行きたくなってよく考えたら南地区観光をしていないと留まっていたけどこれから実家へ帰ります。その前にご挨拶に来ました。実家までの護衛兵官を雇ったので夜でも構わないかなぁと」


 男の兵官を雇ったなんておかしい話。嘘でも指摘されたりしない。ここは虚像の街だから。私とネビーは見世番とともに菊屋へ入った。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[良い点] 前作から楽しく拝見させていただいています。 ネビー兄ちゃんの恋の行方も気になって更新が待ち遠しいですし、前作の本編完了後もいつまでも読みたいです。 独特の言葉遣いがほっこりした世界観にぴ…
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ