開幕
花街での初公演は大成功。続きは? みたいな顔がたくさんだと思ったので勇気を出して「芸は売る物なので続きは皆さんの懐次第です」と風呂敷を広げてお金を要求。
お金持ちが多いのか想像以上に集まってホクホク。味を占めて続きが気になる場面で止めるのを2回した。まさかの荒稼ぎである。
終わると人が集まってどこの店の宣伝だと尋ねられたので怖くて慌てて花官にくっついて「芸と講師としての才能しか売りません。琴も弾けます。雇い主を探しています」と回答。
「講師? 講師の才能がありますとは若いのに随分と自信家なことで。それでさっきまでの勢いはどうした」
最初に話しかけてきた中年男性にジロジロ見られている。
芸事中はのめり込むから緊張しないけど終わったら別。怖いし恥ずかしいので兵官の影にコソコソ隠れ中。
「琴門跡取り候補で12歳から子どもに教えています。世間知らずの箱入り娘なので詐欺や騙しが怖いので契約書を兵官さんの前で作成して兵官さんと共に役所へ提出でお願いします」
「琴門跡取候補ってどこかのお嬢さんってことかい。箱入り娘さんだけど知恵や度胸はあると。しかしまあ、まるで別人だね」
「げ、芸事中より緊張しています。家族や婚約者以外の男性とお話ししたことがあまりありません」
垂れ衣笠を被ることにした。他にも何か言いたげな人達がいる。周りの目が気になり過ぎる。
男性兵官はまだ平気だったけど、女性を売り飛ばすような人かも知れないと思うと怖い。
「目的は事業の借金返済か何かってことかい? 自分で言うくらいでこの様子にその身なりに仕草からして相当箱入り娘みたいだけどその家族や婚約者はどうした」
「婚約者を年々嫌いになって事業の為に無理矢理結婚させられるなんて耐えられないと他地区から逃げてきました」
なああんた、と年寄り女性に声を掛けられた。
「琴門ってことは琴と三味線の手習が主な事業だろう? 芝居に語りに歌に舞までどういうこと?」
「演劇や舞踊関係の家と縁結びをして事業拡大するから婚約させられて相手の家業の稽古が増えました」
「芸と講師としての才能しか売りませんねえ。芸はまあ見た。琴は披露して貰えば良い。講師の才能があるというならそれも見せて貰うか試用期間を設ければ分かる」
最初に話しかけたのは自分だと中年男性が年寄り女性を軽く睨んだ。
「色も春も売らずに安全に南地区で1年以上生活して女学校の講師になりたいです。親が許したとか資金がなくなったら帰ります。花魁並みに稼ぐか人気花魁を育てることに協力すれば花魁のように守ってくれますか? 借金は断固拒否です」
ふーん、と女性花官は私を眺め続けている。彼女が私の家を突き止めて報告はしない。それは彼女の仕事ではない。
私はもう元服していて自分の意思で家を出て自ら旅行手形を発行したから家族は捜索願いは出せない。
私兵派遣に限らずお金を積んで捜索は出来るはずだけどするのかな。
私は身分証明書を使い続けるので父が私の身分を抹消しなければ父は私の何かしらの情報を得ることは可能。
「お嬢さんだから当然女学校を出ているよな? 遊楽女の教育係として試しに雇ってもいいぞ。条件が合えばだ」
「いいやうちの置き屋に来な」
「ちょっと待った。うちの店だって気になる」
「お、置き屋なら男性に触れられなければ検討します」
「それなら女性なら良いのかい?」
女性? 女性が私を触る?
「そのお顔。初心なお嬢様、この街は色恋を切り売りして大儲けする店とおこぼれを預かる店の集まりだ」
「はい。出来るだけ調べました。そのおこぼれを求めてきました。花街外の琴門や置き屋では下積みからで稼ぐどころか逆からです。それでは暮らせません」
「そうではなくて色恋が何なのかってことさ。女が男を買うのは分かっているな。色も春も売りませんだからね。色恋っていうのは男が男を、女が女もあるんだよ」
……⁈
どういうこと?
「そのような話は……私は世間知らずなので知りませんでした。そのような文学やお話しや噂に触れたことはありません。じょ、女性にもそういう意味では触られたくありません」
「世の中は甘くないと言おうと思ったのに就職先候補が出てきて驚きです。まずは屯所で私兵派遣を依頼してみたらどうですか? 資金を得たようですので」
「は、は、はい。そうします。この街のお店や仕事のことを詳しく知りたいです。調べが足りていません。交渉や契約話は必ず兵官さんの前で行って契約書も兵官同行で役所へ提出でお願いします」
「調べが足りないってあんたとっさに家出じゃないんだね。知識を与えてもらえる家に生まれて知恵も回ると。遊女達に嫌われるよ」
私は小さく頷いた。女性の仲間は女性で敵も女性なのは知っている。
知恵が回っているかは分からないけどジエムから身を守るためや逃げるために出来る限り調べて考えてきた。私はこうして花街で生活を始めることになった。
【5年後——……】
南地区の1番大きな花街の遊楼、菊屋に住み込んで5年が経つ。
住み込み仕事は今夜で終了。世間は厳しい、という現実を知る為に花街に飛び込んだけど私の知らなかった世界は私をかなり凹ませた。
最後の仕事の前に菊屋の楼主と内儀と最後の面談というか挨拶。
「給与をうんと上げるからと言うても留まるつもりは無いよな」
内儀が不服そうな顔で楼主を見ている。説得して、と顔に描いてあるけど楼主は頑固者の私を止められないと分かっているから説得する気はなさそう。拍子抜け。
「はい。最初にお話ししたように社会見学はもう終わりで故郷へ帰ります。両親が頭を冷やしたと姉からの手紙に書いてありました」
私は最初も最後も嘘つき娘。無理矢理結婚させられそうになって大喧嘩の末に家出した家不孝娘ということにしてある。
この街には多くの嘘や偽りがあるので私もそれに参加しただけ。
「ウィオラさんを雇えて良かったです。遊女以外を取り合うなんて前代未聞でしたよ」
1番私に有利な契約を提示してくれたから私はこの菊屋と契約をした。
衣食住の保証と色恋仕事禁止は最低条件で私はそこに客と男性従業員を5歩以内に近寄らせないことを追加。
男性従業員の住み込みがいるところは却下。関所や見回りの男性兵官は大丈夫だったけどジエムとの日々で男性が少々怖いみたい。でも5年ですっかり良くなった。私の常識の範囲で話すならもう平気。
仕事は道芸で店宣伝、遊楽女の教育係、お店の大宴席で単独芸披露。
私目当ての客が現れた後からはその仕事が追加された。
身に染み付いてしまっているし新しい世界で芸への理解が深まったので稽古をしたくて休みは教育係以外は自由。
「豪家のお嬢さんとは思えない勇ましさ。お座敷でも度々大立ち回りしましたし」
「その度にウィオラさんにお金をむしり取られてねぇ」
対ジエム用に励んできた合気道はジエムではなくて仕事で役に立った。絡まれかけたら逃亡だけどその前に掴まれそうになった時にえいっと払ったり投げ飛ばし。
最初からそういう契約なので菊屋が守ってくれなければ慰謝料発生。それでも構わないくらいこの店は私を欲した。我ながらびっくり。
「ウィオラさんはこの菊屋の格を上げてくれた。なのでこちらは退職金だ。東地区までは馬屋かカゴで帰りなさい。危ないからな」
「お心遣いありがとうございます。半分お返し致しますので従業員一同に平等に配って下さい」
「またそういう事を。私達が懐に入れないか確認するんだね。騙されるよ。本当に何年経ってもお嬢様はお嬢様だ」
懐に入れる人はこんなことは言わない。でもその発想は無かった。
「ご指導ありがとうございます」
こうして私の面談はあっさり終了。退職金の半分は有り難くいただく。
3階の自室へ戻って朝出発する準備が出来ているか再確認。問題なし。部屋の掃除はしてある。
押し入れに直接つけられている金庫の中に退職金をしまった。
夜の宴席での演奏がこの花街での私の最後の仕事。空き時間は稽古、というのが身に染みているので借りている琴で練習。
そうして夜になり私は菊屋最大の宴席広間で演奏に参加。
今夜の客は南地区本部第6部隊の兵官達。
1月に任官された新人兵官の歓迎会で税金が一定額投入されるという。この花街の遊楼で毎年順番に開催。
1月から新たに本部兵官に任官された兵官は3ヶ月は研修扱いか何かで4月に新人として迎えられるそうだ。
兵官達は税金で遊女達とお膳を食べてお酒を飲める。その税金は店ではなくて在籍春売り登録者全員へ直接支払い。
南地区兵官本部は12部隊まであるので毎年4月に12店舗が監査対象。ちなみに全部人気店。
監査後にお店で休んだらお店が色々してくれたので借金春売り登録者が少しでも救済されるようにお金を落として来ました、ということになっているそうだ。
花官との関係、ご贔屓客獲得に国に監査結果などが関係しているのでお店は赤字になるけど良い宴席を用意するしかない。
昼間は昼間で花街関係の役人が全店舗監査をする月なのに接待されるのは兵官達だけという謎の制度。
謎というかこの国はこういう不平等な贔屓と厳罰が蔓延る世界。
今夜のお客の兵官達は春買い禁止。春買い禁止だけど着替えて遊んで帰る者は多いそうだ。
(鞄持ちしかいなくない?)
浮絵になっている者を遊女達が取り合っている。芸者、兵官、火消しなどの人気者は浮絵になってさらに人気を集める。
その浮絵になっている人気兵官がいて、この席の兵官達の自腹分も春売り登録者へ支払われるからそりゃあ張り切る。
仲良しの遊女ユラが「カヤハン様に抱かれたい」と騒いでいたけどいない。
今夜は遊楽女以外の希望者が参加と聞いていたけど花魁は5人全員いる。それでお座敷持ちも全員参加みたい。
花魁になるとかなり我儘を言えるようになるから「格下女は邪魔」と追い出したのかも。
太夫の隣がおそらくリュヤだ。飛ぶように浮絵が売れていて絵と顔が似ている。太夫は他の者のところへは一切行かないし今のところ話しかけてもいない。
琴を弾きながら私はきゃあきゃあ楽しそうな遊女達を眺めている。
お座敷持ちが太夫か彼女を含む花魁達に追い出されて遊女入れ替え。多分だけどそうだと思う。
花魁達が結託してお店の為に皆を紹介してお客を増やしてあげるから私達に我儘を言わせろという方針なのかも。いや世話焼きかつ勝ち気な太夫主導かも。
下っ端遊女達に「太夫は私達の味方」みたいな印象を付けているから現在菊屋の店主は誰なのか分からない状態。
太夫はもう借金返済をしていていつでもお店を出て行けるけど「人気者を沢山食べたいし良い身請け先探し中」らしい。
彼女は好きな時に好きな客しか取らなくてももう借金は発生しないというか自己管理しているみたい。
色好きの女性というのは私の知識には無かったことなので衝撃的な話だ。
ユラが登場して1人の兵官を見てパアアアアアッと顔が明るくした。愛想笑いが満面の笑顔。
でも格上遊女にやんわりと追い払われて一瞬ぶすくれ顔。そこに太夫が近寄って耳打ち。ユラは他の遊女達と舞を披露し始めた。
(萎縮して見える若い人が新人兵官かな。順番に見ていったら鞄を持ってない人もきちんといる)
お客は広間を囲うように座っていて私は出入り口の前で他の芸者と共に演奏。
今夜は積恋歌を弾き続けるのが仕事。
今夜は音があれば良いから1曲を繰り返していてくれ。変更があれば言う。
そう楼主に言われたけどそれも太夫の指示かもしれない。もう居なくなるから目立たないで、という意味だろう。
どうせ誰も大して聴いていないだろうから稽古気分。
恋をしたことがないのに恋しくてならないという恋物語の舞台用の曲を弾くという不可思議さ。
それでも私は演奏者。嬉しい、切ない、楽しいというような気持ちを込めて曲を弾く。
この街には帰る家の無い女性が沢山いて、今この部屋にもいる。花魁達みたいに贔屓されない遊女がいる。
金持ち兵官が恋に狂って誰かを身請けしてくれないかな。
幸せな恋は分からないけど幸せは知っている。恋に落ちますように。そういう演奏が出来たら良いのにと思うので工夫。
(ふふっ。新人兵官さん達踊らされてる)
どうやら新人兵官は5人みたい。4人は気恥ずかしそうに遊女達に合わせて踊っているけど1人だけ様子が違う。
(酔っ払って騒いでいる感じではないな。花祭りや夏祭りの盆踊りにいる人みたいで楽しそう)
軽やかな跳ねるような演奏にして楽しく踊れる演奏になるように変えてみた。
私はこの街を出入り自由で菊屋が提携する置き屋梅園屋の芸妓達と親しくなってからはお出掛けをそこそこしてきた。
ついこの間の花祭りで皆でわちゃわちゃ踊ったのも楽しかったので彼を見るのは愉快。




