花街
龍神王様はこう告げた。人は4つの欲によって生かされる。
飲欲、色欲、財欲、名誉欲の4欲である。生来持つ悪欲を善欲へ変えれば我や我の副神が味方しよう。
煌国はそのような龍神王様の教えや数々の事件により築き上げられた国。
4欲は規制監視して国営に利用するもの。
その色恋を規制監視して国益や治安維持に利用している街が花街。
旧都では陽舞伎、楽話、舞踊、幇間遊びに芸妓遊びみたいな事業、今でいう花柳界のお店が中心になって栄えている歓楽街の総称だった。
春売り横行による治安悪化を理由に大々的に法律規制。
遷都に伴い花柳界事業と春売り関係は特殊商家、特殊商売と指定されて他の商いとは分離された。
人と金と色恋は切り離さず欲望は尽きない。それなら規制したり管理して税金を巻き上げようということである。
そうして春売り事業を許された特殊商家は指定区域でしか開店出来ず、国に監視されることになり現在の花街が誕生。
仲介人を通す私娼商いを発見したら役所や屯所に報告するもので関与や放置をすれば商い関与者だけではなくて地域住民まで「疑わしきは罰する」と老若男女問わず死罪。
死罪から逃れるためには商売関係者を国に売れば良い。逆に逮捕調査に協力すれば貢献度により報奨金が出る。
治安維持に関与する兵官達も私娼商いを潰せば規模に応じた特別手当が出るので私娼商いに厳しい。
なお摘発までに時間がかかり私娼商いの規模が大きくなる程減額もしくは特別手当無しどころか減給である。
なので私娼商い探しは小遣い稼ぎ、なんて言葉がある。
個人私娼と客が発見された場合は両者とも問答無用で死罪。未成年の場合は本人ではなくて親が死罪で本人は花街送り。
8歳未満なら国が所属先を探すけどそれ以上の年齢なら花街に関する情報を与えて放り投げるだけ。死罪が嫌なら属国で奴隷という道もある。
花街で春売り登録をすると花街から出られない。
1日登録からありお金に困って春を売って凌ぎたいなら花街へ行けである。
花街外だと死罪だけど相手に登録してもらって花街内のお店で何やらをすることは罰則されない。
なので花街は色々な商いを街の中に揃えることで歓楽街として栄えている。
花街へ入る際は通行手形を受け取り帰りは返却。老若男女出入り自由。通行手形を無くすと大変。通常従業員手形でも出入り自由。
どちらも盗んで逃げ出す春売り登録者がいて捕まると罰則が与えられるし盗まれた側も罰金。
それが私が学んだり下調べした花街や春売り関係の知識。きっと抜け道など色々あるだろう。
花街は大なり小なりどの地区にもある。南地区だと2区寄りの1区と6区に大きな花街がある。
1区花街は中央区寄りな上に花柳界関係や海を目的とした観光産業や商売も集まっているので南地区で最も大きいらしい。
関所の兵官に羞恥心をうんと押し殺して教えてもらった情報。最先端の流行り小物を買いたいですと言って教えてもらった。
(これが花街)
大緊張しながら花街大門で通行手形を受け取った。
通行手形には穴が空いていて紐を通せということかな? と思ったので着物の裏側にいくつか付けてある紐に結んだ。
大金を持つ場合は複数のお財布に分けて着物や帯に結んだり肌着のポケットに入れること。
通行手形を盗まれたり無くしたら花街から出る手続きが大変らしいのでうんと大切。
(手前は確か短期登録関係、春売りしない色恋遊び系のお店。春売りしないってどこまでを言うのかな。そもそも色事って体を見られるのと触るのとキスしか知らないし)
色関係は文学知識と女学校での会話しか情報がない。
色を知るなら春画という話は聞いたけど友人達で見たことのある者はいなかった。誰も持っていない。どこで売っているのかも不明。
人気火消しの浮絵を買った子がいたので男性の上半身裸——絵——を見たことはある。
(小物屋に食事処に甘味屋とか本当に色々ある。流行りは皇族から華族と花街から始まるって言うけど……)
ドキドキ、バクバクしながら歩いていたら噂や浮絵で見たことのある格の高そうな遊女達を発見。
これが花魁行列——旧称華蝶道中——なのかと眺める。これを見に来るだけの来訪者もいる。
輝き屋の人気陽舞伎舞台、せくらべの場面と似ているけど違う。
客を選り好み出来るような大人気遊女や高額で春売りをする遊女は花魁と呼ばれてその頂点は太夫。
彼女達は昼に宣伝して夜しか働かないらしい。
花蝶道中の時代はお客を迎えに行くことで宣伝していたけど変化して現在の花魁行列に変化。
主に太夫を先頭にして花魁達は花魁候補のまだ客を取らない遊楽女と従業員を従えて昼に姿を見せて自分達とお店を宣伝。
花街で最も男性達を魅了すると言われるのが花魁。売られてきた美少女を借金漬けにして店の稼ぎ頭にする代わりに育てて他の遊女達より大事にする。
花魁になって人生逆転したいと野心を抱いて自ら借金漬けになる者もいるとか。借金返済か40歳で引退。
そう言えば人身売買関係を調べたことが無かったな。貧乏過ぎると子どもは売られて働き手になる。女児は主に花街。そこで思考停止していた。
花魁行列は店名の書かれたのぼりと音楽と共にお披露目広場でほんの僅か何かを披露する。
浮絵が販売されて飛ぶように売れると聞いていたけど確かに売れている。浮絵は花魁達の所属するお店が売るみたい。
売り子に近寄ろうとして「春画は店で! ツシカの新作がありますよ!」という掛け声を耳にして停止。
(春画は花街の遊楼で売っているんだ……。菊屋……)
私は周りを見渡した。遊楼には格がある。
遊楼は人気順で小店、中店と大店と呼び分けられる。店の大きさではなくて人気なので入れ替わるそうだ。
その人気は誰が決めるんだろう?
私はこの街で社会勉強と春売り以外のお金稼ぎをしたい。
琴門に所属せずに勝手に手習をしたら潰される。琴門に所属して働く側に回るには時間もお金も掛かる。
腕には自信があるから横入り出来そうだけど琴門荒らしになるだろうし破門された意味がない。
花街外の芸者世界は血縁や下積み信用信頼重視なので門前払いか悪条件で雇用になる可能性。
花街では道芸が可能。人気芸者が宣伝に来るという。
この花街近くの安宿で暮らせる間に道芸を披露して小店、中店に「私がいるとお店の遊女達の芸事の質が上がってお店の格が上がる」と思わせて遊楼で住み込み手習講師を希望している。
店に必要だと思われれば衣食住の保証など強気に交渉することが可能。
花街で働くことになった友人に相談した結果たどり着いた家出後の最初の生計の立て方。
貯金しつつ南地区の女学校講師の採用試験を受ける。まずは1年間南地区で働かないと採用試験を受けることすら出来ない。
私が今稼げる方法は道芸。道芸をするなら人が集まるところで安全な場所。
花街内にも屯所があって兵官が常駐している。
店が寄付金を積む事で遊女護衛や逃亡阻止をしてくれるからお披露目広場は下手な下街より安全らしい。
関所の兵官に「花街見学や買い物は見回り兵官にくっついて奥へ行きましょう。手前は治安がイマイチです」と教えてもらってその通りにここまで来た。
見渡して花官を発見。地区兵官が配属されて定期的に入れ替わるそうなので特別な存在ではなくて身近な地区兵官と同じ。なので話し掛けることに抵抗感はない。
地区兵官は私達を助けてくれる存在だ。お金持ちが納税と寄付をさせられていて、それで公務員達が働いているのでお金持ちは優遇される事が多い。
またの名をむしり取り。平家は相談事や落とし物の受け取りも無料だけど私の身分だと有償。
地元区民にあいつら嫌いととか、あいつは嫌いと思われると地区兵官は最悪クビ。
怪我で引退時に世話してくれる地域住民も居なくなる。煌国王都は平家が多いから数で負ける。なのでお金持ちより平家優先の時もある。
困ったら屯所へ行って身分証明書と寄付で優先的に助けてもらいなさい。それが私の常識だけど本当にそうなのか不明。
南地区までの旅路では兵官は皆私に優しかった。
関所では「女性1人旅とは心配なので人の多いところで常に兵官を探すように」と教えてくれたし、見回り中の兵官が「若い女性が1人とはどうしました? 逸れましたか?」と声を掛けてくれたり。
さらに花官発見。しかも珍しい女性兵官。
「あの。あちらのお披露目広場では道芸を出来ると聞いています。どちらかで許可を得る必要はありますか? それから世間知らずなのでこの街の規則や注事項を知りたいです。懐が許すまでですが必要なだけの寄付をします」
女性花官に身分証明書を提示。私の身分証明書は【東2区豪家ムーシクス宗家次女ウィオラ・ムーシクス】という記載に判子や数字の羅列。
「元服したばかりの東地区の大豪家のお嬢様が道芸ですか? まあ偽造では無いですね。この番号は手習関係の事業の家……それで道芸ですか」
身分証明書に記載されている情報の読み方の多くは非公開。兵官は別。偽造の簡単な見抜き方、年齢の見方くらいは学んでいる。
琴門というところまでは分からないけど手習関係なのは分かるのか。
「はい。事業は琴門です。元服祝い旅行です。こっそり護衛を付けられたかもしれませんが憧れの海を観て道芸で芸妓修行をして来週には帰る1人旅です」
関所や見回り兵官にもこのように大嘘をついてきた。心臓がバクバク煩い。
「それはまた大旅行ですね。許可を得ているなら確実に私兵派遣したでしょう」
「私兵派遣とは何でしょうか。私兵ですからどなたかに寄付金を積んで個人的な依頼をお願いするということですか?」
「同じ兵官でも知らない者もいますけど煌護省へ依頼すると兵官を私物化出来る制度です。寄付だけではなくて条件がありますけど短期間でこちらの身分証のお嬢様の護衛ならお金を積むくらいでしょう」
そうなんだ。煌護省は兵官と災害実動官の管理組織なので人材を選んで派遣してくれるのだろう。
「親には秘密ですが今回の旅行は下見で独立を考えています。海を見て離れたくないと思ってよりその気持ちが強いです。この街で春売りも触られもしない芸者になる道はありますか? それか手習講師です。1年以上南地区で働いて女学校の講師を目指したいです。我が家の事業に関係するツテはありません。腕さえあれば衣食住を保証してくれる遊楼があるのでは? と考えてきました」
こんなにいっぺんに話すことは中々ない。
「海を好んで帰りたくないという移住者は多いです。東地区だと大河が主な理由らしいですね。出世して視察や私兵派遣という名の旅行をしたいものです。家出を推奨する訳ではないですが元服後ですし今回は護衛に連れ戻されて今後も計画阻止されるでしょう。この身分証明書なら試しに稼いで屯所に寄付して下されば家出用の調査協力くらいしますよ」
世間知らずのお嬢様、さあどうぞ。みたいな表情。お嬢様に道芸なんて出来るのか? という意味かもしれない。した事があるから出来る。
興味の無い者を惹きつけてこそ真の芸者だからとジエムと結納翌年から輝き屋前で行う宣伝道芸に参加。
12歳からは神社で行われる祭りで披露。こちらは舞台があるから道芸とは違うけど、輝き屋の芸者としてまだ参加出来ないからと外で場数を踏まされた。
「ありがとうございます。支度してそうします」
薄顔印象無しなので舞台用の化粧は多少映える。安いと思った甘味処でお団子を食べて、慎みが無くて恥ずかし過ぎるけどお化粧。
道芸に対する緊張感や羞恥心より人前で化粧の方が余程恥ずかしい。
ここに花魁が立っていたんだ、みたいな事を話す人達に紛れてお披露目広場の中心に立つ。他の荷物は先程の女性花官がまだいたので預けた。
嘘つき偽花官で荷物が失われてもお金と楽器は身に付けているので大して困らない。
運べないので琴は持ってきていない。三味線と人を注目させる為に持ってきた飾り鈴が私が今持つ楽器。
他の楽器は練習していない。琴、三味線、舞踊、歌が私の武器。三味線は一旦足元に待機。
シャラン。
「あけましておめでとうございます!」
シャラン、シャラララン。
今日は新年。私の新しい人生が始まる日。そうでありますように。
「珍しい他地区の芸を売ります! さあ皆さん楽しんで下さい! 見逃せば他地区へ行かないと見られません!」
飾り鈴を投げてくるりと回転して飾り鈴を手に掴む。
うるさかった心臓の音が静かになっていく。最初は注目を集めて次に花街に関連する芸の予定。
「あけましておめでとうございます!」
しばらく宣伝文句とこの台詞と舞踊の繰り返し。そうしながらお披露目広場から他の人を少しずつ追い出す。
ここは私の舞台にするから皆さん下がって下さい。
「聴いたあなたは縁起良し!」
しばらく披露して注目を浴びたら人を選んで「そちらの方は縁起良し!」を繰り返して次は「拍手すれば縁起良し!」とさあさあどうぞと促す仕草。
神社での道芸と同じようにしているけど手応えあり。人が増えたのでお辞儀をして飾り鈴を三味線に入れ替え。
有名文学「花魁恋心中」とその舞台はこの地で知られているのか不明。
花街で売られて恋慕っていた幼馴染が迎えに来てくれるお話。
三味線と動きと語りに歌で1人陽舞伎なので知らなくても問題無し。憎き輝き屋から芸泥棒。
「惚れるは血の池」
恋を知らない私にはこの台詞にどういう気持ちを込めて良いのか分からない。
「惚れられるは血の池」
これは簡単。ジエムと過ごした日々の感情がある。惚れられ続けていた気はしないけど私に惚れたから結納は事実。地獄。
何も画策していないのに婚約破棄出来たなんてやはり歓喜だけど今はその気持ちは封印。
「恋がなければ生きてはいけぬ……。格子から伸ばせば指だけでも……」
私はこの役の練習は独学。家出計画を立て始めてから役に立ちそうな芸は密かに稽古外に憎きジエムの稽古を参考に練習しジエムの写しは嫌なので独自研究してきた。
名残惜しい方が気になるものなのでこの場面、舞台の最初の方で終わり。
男性を恋しいという気持ちはサッパリ不明なので「目の前に新しい鮮やかな世界があるのに檻の中。ジエムと婚約中」と想像しながら動いて涙を流して終了。
さあ、この独立初公演でどうなる?