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お見合い結婚します「紫電一閃乙女物語」  作者: あやぺん
本編

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14

 エルはうんと頼もしい。無事に布団の覆いも肌着も洗えたし「練習しな!」と炊事も一緒にさせてくれる。

 この生活における効率や物の置き場所、使い方など勉強になる。かまどはあるけどまな板を置く台は? という当たり前の疑問にさえ私は気がついていなかった。

 暮らしが長いと好きなように部屋を改造してしまうそうだ。私の部屋は前の住人達がわりと戻して行ったので使い勝手が悪め。

 厠はともかく3間にかまどは要らなかったのでは? と指摘されてしまった。

 今日は晴れているので1号棟と2号棟の間の机で野菜の皮剥きや切りをした。

 私の部屋は鍵をかけたけどネビー家族は昼間は基本的に入りたい放題にしているみたいでかまどが8つもある。それで半分を貸している。

 ネビーの部屋に中年女性はともかくウキウキして見える若い女性が入るのはなんだかモヤモヤ気分。なんと呼ぶのか分からない感情。


 ネビーの父レオは9時過ぎにロカと共に「送ってくる」と出掛けた。そのまま出勤らしい。その少し前にルカとジンも仲良さそうに寄り添ってお弁当を持って出勤。

 彼等の勤務先は日用品店「ひくらし」の作業場だけど主に特注品担当。レオは中流層向けの作品を作る看板職人だそうだ。

 日用品店「ひくらし」を経営する商家が店舗なしの「彩り屋」という店名を掲げていて「彩り屋のレオ」と言えば知っている人は知っているという。

「ひくらし」は日々の暮らしに必要なもので「彩り屋」は暮らしに花をという意味だろう。

 ルカはその彩り屋の補助職人の1人でジンは分店として店構えをするかもしれないということで店主について経営学を学びつつレオの仕事も補助。他にも彩り屋専属の職人がいるそうだ。

 天気が良いからエルとジオは合間机で昼食中。野菜とキノコと豆腐のあんかけ丼で美味しそう。

 あんかけは数年前に初めて食べて大変好みだったのでたまに食べるので見てるとお腹が空いてくる。

 今日は人生で初めてお豆腐屋さんに行ったので楽しかった。八百屋で値切るのも初体験。

 ネビーが「昼飯は食べずに馬で海に行く」と言ったのでエルとジオの食事を眺めている。他にも住人達が集合してそれぞれが作ったお昼を堪能中。やはり思う。お腹減ったな。

 旅装束に着替えて出掛ける準備をしてあるけど、いつ出掛けるのか分からないからソワソワ落ち着かない。

 

「遅いから食べ終わったら迎えに行きます。どこかでって屯所……ああ、帰ってきた」


 エルが私の背後に視線を向けたので私も体の向きを変更。


「兄ちゃんお帰りなさい!」

「ジオ、食べ物が口に残っているから喋るな。こっちに来ないで座ってろ」


 ネビーは笑顔ではなくて軽い睨みで椅子から降りて走り出したジオを見据えた。このような怖いお顔もするんだ。


「はい」


 小さな返事をして俯いたジオがとぼとぼ戻ってくる。ネビーはそのジオを後ろからサッと抱き上げて長椅子に座らせた。


「ただいまジオ。お帰りなさいと挨拶をありがとう。噛み終わったらもう1回挑戦だ。沢山失敗しろよ」


 少ししてジオは「兄ちゃんお帰りなさい」と元気な声を出して会釈をして笑顔を浮かべた。


「注意してすぐ反省とは偉い。俺は不貞腐れたりしていたぞ。ジンの息子なだけあるな。それともどこかの国の皇子様か? 皇子様は馬に乗るから少し乗せてやる。動かさないけどな。遅くなりましたウィオラさん。出掛ける準備は出来ているみたいなので行きましょうか」

「馬? あっ! 馬だ!」

「はい。皆さん失礼致します」


 椅子から立って軽く挨拶をしてジオを肩車したネビーの後ろに続く。馬が縄で井戸の柱に結ばれている。

 そういえばレイが馬に乗せてくれないって言っていたけど私は乗せてくれるんだ。

 

「ジオ、馬に蹴られたら死ぬから虐めるなよ。強くて逞しくて格好ええから尊敬して乗らないと振り落とされて死ぬ。家族皆が辛くなるから座るだけ。足を動かすなよ」

「うん!」

「返事ははいだ」

「はい!」

「お前らは近寄るなよ! 近くに来たら蹴り飛ばすからな。整列したら乗せてやる。座るだけなのは同じ」


 なになに? 馬だ! とかジオだけズルいと集まってきた子ども達をネビーはキッと睨んだ。かなり怖い。


「乗りたいやつは整列! 返事は元気にはいだ! 逞しく乗りたいやつはこっち。勇敢にも触りたいやつはこっち。両方は無し。見たいだけのやつは危ないからそこから動くな」


 集まったのは全部で7人。全員10歳以下に見える。5人は乗りたい子で2人は触りたい子。男の子しかいない。女の子達は遠くから見ている。

 井戸の上に立ったネビーはほいほい子どもを馬に乗せたり触らせたりして、しゃがんで女の子達を手招きして「触るか?」と尋ねた。

 3人だけ近寄ってきてネビーはまたほいほい馬に触らせて終了。時間が掛かるかと思ったけど流れ作業で早かった。


「あー! 兄ちゃん何で馬がいるの!」


 昨日釣ったり買ったりした海の幸を佃煮や干物などにしてくれていたレイが登場。


「歓迎会用に漁師さんから色々買おうと思って。休みって言うてたから何か考えてくれただろう? お遣い用紙をくれ。あとカゴだカゴ。背負いカゴ。はいはい、お前ら解散。俺なしだと危ないから下がれ。ウィオラさん、子ども達を見張って下さい」


 下がれ、母ちゃんのところへ行けとネビーはどんどん子どもを馬から遠ざけながらレイに近寄った。


「乗っていい? もう料理は終わりで後はお母さんに任せるから一緒に出掛けたい。ぷらぷら散歩しながら友達に会ったりお父さんの新しい作品を見に行こうかなぁって思っていたけど馬に乗って海に行きたい。椅子がついてるんだね」


 はい、とレイは懐から紙を出してネビーへ渡した。いつの間にかエルが背負いカゴを持ってきていてネビーがそれを背負う。


「椅子は付けてもらった。要人護送とかで使うやつ。乗っけてやるけど出掛けるのは無理。ウィオラさんと約束してるから」

「……デートだから借りたんだ! 妹の為には借りないのに女のためには動くんだ! 酷い! バカアホネビー!」

「ちょっ、叩くなよ。見せびらかしに丁度よかだと思ったんだよ。食材も欲しいし。ほらよっ。念願の馬に乗せてやるよ」


 他の住人達は誤解するけど見せびらかしの本当の意味を私は知っているのでこの「見せびらかし」は私の胸をグサリと刺した。

 これは彼としては単に仕事。胸の真ん中がじくじくするのは初めての感覚。

 レイはそもそもいくつなんだろう。そんな持ち方? という方法でネビーにひょいっと小脇に抱えられて上に放り投げた。

 次は脇の下に手を入れられて小さい子を高い高いするみたいに馬に乗せられた。


「馬の上って高いねえ。私も走る馬に乗りたい! 次の休みの日は私とお出掛けにして。全力疾走って風になれる?」

「街中で全力疾走したらクビだ。農村地区ならまあだけど使用手続きでは済まない。俺が簡単に出来る手続きで出来る範囲だと人が多いところでは歩き。速くて立ち乗り馬車くらいの速度まで」

「簡単にって無理って言うてなかった⁈」

「そうだっけ? はい終了。簡単でも面倒だからひょいひょい借りたくねぇよ」


 レイはわりと雑に馬から降ろされて少し遠くに降ろされた。


「すみません。端をあけて下さい」


 合間机の端から人が遠ざけられた。馬を柱に繋ぐ紐を解いたネビーは机に馬を横付け。どうやってかは分からなかったけど馬の上の椅子の向きを変えた。

 

「ウィオラさん。少々失礼致します」


 会釈をされて横抱きにされて草履を脱いで足袋だけになったネビーが椅子、机の上と登り私を馬の上の小さな椅子に座らせた。肘掛けも背もたれもある椅子に横向き。

 レイは大股開きで「馬で散歩ってよく考えたらあの座り方……」と思っていたけどこういうこと。確かにこのように座る女性を見たことがある。

 掴みやすいようになっている肘掛けを握るように言われた。

 ネビーは地面に降りて草履を履いて簡単、みたいな動作で地面からひょいっと馬の上に乗った。

 手綱が長めで彼の座る位置と私には少し距離がある。ほんの少し傾いたら胸に腕がつきそうだけど普通にしていたら触れない距離。


「兄ちゃん私と扱いが違いすぎない? うんと違わない?」

「そりゃあそうだ。お嬢様の恋人と妹が同じ扱いな訳がないだろう。行きますか。まずは昼食。レイがお世話になっている店で軽く食事。せっかくの馬なので甥っ子と姪っ子に自慢してそれから桜と海の予定です。天気は全く問題なし!」

「兄ちゃんかめ屋で昼食なの⁈」

「ああ。見回りついでに予約しといた。レイの日頃のお礼を兼ねて。通り道だし」


 行きますよ、と告げられて馬が歩きだした。


「土手の上へは少し荒っぽく行きますね。色々訓練をしてるんで落としません」


 その通りで駆け足からの少し跳躍。少し抱きしめられたみたいになったし心臓が口から飛び出しそう。


「大丈夫でしたか? あんまり触らないようにしていますけどすみません」

「い、いえ。大丈夫です。大丈夫です。必要な範囲は気にしません。どのような方か昨日や今朝で少々理解しています」

「参ったな。自分で提案しておいてあれなんですけど照れますね。昨日も思ったけど花街に5年いても根っこがお嬢様だとやはり奥手っていうか初心(うぶ)というか……かわゆいですね」


 思考停止というか変な汗をかいてきた。頭の中に積恋歌(つもるこいうた)の旋律が流れ始める。


(手を伸ばせば触れられる距離にいるのに動けない……。今の状態はせくらべの雨宿りの時と同じ……。私はだけどネビーさんは?)


 チラッと見たら遠くを見て優しく微笑んでいた。彼の耳は少し赤い気がする。


「わた、私は、私は口説かれているのでしょうか」


 違うなら諦めるしかない。いやそれだけで諦めなくても良いだろうけどこのネビーはなんだか曲者そう。色恋初心者の私は歯が立たない気がする。


「ええっ⁈ 面と向かって言われると……そう言われてみればそうかも?」


 しばらく沈黙。ネビーは首を傾げて「うーん」と唸っている。


「そうですね。そういうことか。逆だったから変だなあと。男の(さが)でうっかり手を出さないように年頃の女性はうんと避けていたっていうか。若くなくても要注意。金をむしり取ろうみたいな人がいるので叩き上げの地区兵官ってそこそこモテるんですよ。なんかこう、そういう避ける気持ちを忘れてあれこれ世話焼きなのでいつもと全然違います」

「その……」


 今のこの気持ちって大歓喜! と呼ぶのでは?

 私は両手で顔を覆った。今までこの仕草をした事はあまりないのに昨日から何回目だろう。無理矢理くすぐられたみたいに唇が綻ぶ。


「そういえばお嬢様って見張り付きで出掛けるものですよね。しまった。口説いていたって気がつくのが遅くてすみません。付き添いか。どうするかな」

「家出娘ですからお気になさらず。結婚前に子が出来たら世間体がとかそういう理由ですからネビーさんの常識というかお考えだと私は安全です」

「いや、男はアホなので……。思いつかないので人目があるところに常にいます。っていうか口説かれてるかもしれないのに出掛けて良いと思ってくれたんですね」

「……はい」


 またしばらく無言。


(触れられる距離にいるのに……)


 せくらべでは神社の息子と遊女の妹がお互いに叶わぬ恋だと雨を眺めてジッと耐えていたけど私と彼には何にも障害はない。

 そう思ったからか自然と動く体を止められないからか私はそうっとネビーの胸に体を傾けていた。自分の胸の音もうるさいけど彼もそうみたい。

 ジエムと婚約破棄の時に紫電一閃と思ったけど今またしても同じことを思った。うんと真逆の気持ちで。

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