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お見合い結婚します「紫電一閃乙女物語」  作者: あやぺん
本編

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13

 ねちょ、というような気持ちの悪い感触でパチッと目を覚ました。右頬にひんやりとしたものがくっついている。

 暗くて見えないし恐ろしくて震えながら光苔の灯籠(とうろう)の覆いを手探りで外して怯えながら鏡を見た瞬間絶叫。春イボ蛙!!!


「き、きゃああああ! いやああああ!」


 触りたくないし部屋の中で逃げられても困るので必死に鍵を開けて部屋から飛び出した。今何時? 誰かいる? 誰か助けて!

 飛び出したら誰かに両腕を掴まれた。


「ひっ……」


 一瞬怯えたけど月明かりで誰だかすぐに分かった。


「ネビーさあぁん! かえ、蛙がいて触れません!」


 安心したからか涙がポロポロ流れ落ちた。虐められても歯を食いしばって泣くのを我慢する性格だけどこれは無理。

 蛙怖い。愛くるしい雨蛙(あめかえる)ならまだ良いけどこれは触れない。いや雨蛙(あめかえる)も顔に張り付かれたら無理。

 これだけ動いてなぜ春イボ蛙は動かないの⁈

 努力したいけど今夜は出来ない。ネビーがひょいっと春イボ蛙を掴んで遠くへ放り投げてくれた。出勤前だから制服姿で勇ましく見える。しかも手拭いを出して頬を拭いてくれた。優しい。


「襲われたみたいな叫び声で突然何かと思いました」

「私もびっくりしました」


 今気がついたけど隣にルルもいた。何だ何だ? と他の住人も数人登場。


「すみません。慣れてなくて蛙に驚いただけです! 大丈夫です!」


 ネビーが手を挙げて会釈をしてくれたので私も袖で涙を拭いながら謝罪。


「声が小さいからそんなに起きてこなかったですね。襲われた時だと小さな声では危険なので練習した方が良いかもしれません」

「……きゃあ。ゆ、浴衣ですみません」


 自分の格好に気がついて動揺。隠せないのは分かっているけど両腕で体を包んでみた。多分意味無い。


「ウィオラさん。少し暑いからって小窓を開けて寝たんですね。覗かれるから斜めに板をつけてもらって虫網か何かをつけないと。何匹かいますし青緑蛇まで。無防備だからって言ってもこんなにわらわらは珍しい。まるで誰かにわざと放り投げられたみたい」


 ルルが提灯を片手に私の部屋を覗き込んでそう口にした。


「悪戯ですか⁈」

「私がこの部屋の裏側に鈴とトゲを置いたからおそらく自然発生です。そのくらい変ってだけです」


 それはルルに感謝。ネビーも「俺もそうしようと思ったらもう終わっていた。ルルか。お前は気が利くからな」と口にした。知らなかった。


「ほ、ほ、他にもいるのですか⁈」

「ええ。水瓶に春イボ蛙とこの時期には珍しい雨蛙(あめかえる)も浮かんでいますよ。温泉だ嬉しいみたいに。こんな風に虫が入るから常に蓋をしないと」


 蓋は忘れていた。この経験でもう忘れなさそう。


「時間に余裕があるんで水を取り替えときます。ルル、蛙と蛇を任せた」

「分かった」


 親切姉妹。ネビーは水がうんと入っている水瓶を持ち上げて近くの井戸へ水を流した。私からすると力持ち過ぎて驚愕。ルルと部屋に入って練習すると声を掛けた。


「ぬ、布、布か紙の上からなら触ります。触れるようになります」

「蛇棒を使いましょう。春イボ蛙はわりと大人しいので棒でも投げられます」

「はい」


 まずは蛇。毒がないと知っていても怖い怖い怖い!


「ウィオラさんへっぴり腰です。でもやはりただのお嬢様ではないですね。泣きべそかいてもこのように努力するとは。5年も帰らないでいられたのはこういうところなんでしょうね」

「か、噛まれても平気と分かっていても怖いです」

「数時間から半日地味に痺れるだけですから安全です」

「痺れるって、ど、毒が無いって毒ありではないですか⁈」

「えっ?」


 ルルのきょとん顔にこちらがびっくり。

 この認識の違いって土地柄? 身分格差? 何? ルルはこの辺りの人達よりも知識豊かそうなのに「えっ?」ってなぜ?


「しましま蛇とは違います。死にません」

「死ななくても痺れるのなら毒です」

「えっ?」

「痺れ毒で悪さするとか言います」

「ああ。そういえば」


 ルルは「なるほど」みたいなお顔になった。少し面白くて恐怖が減った。

 蛇、蛙、蛙、蛙、蛇、さらにはムカデを発見。ムカデは菊屋でも出たのでまだ怖くない。嫌だけど棒使いに少し慣れてきた。

 大きめの蛙がぴょんって飛ぶ方が余程恐ろしい。住まいの安全を確保して窓も閉めて一安心。しばらくしてネビーが新しい水を汲んだ水瓶を「すみません、入ります」と告げてから部屋に運び入れてくれた。


「ネビーさんはうんと力持ちですね。ありがとうございました。送迎や仕事前にすみません。ルルさんも帰宅が遅くなるのにご親切にありがとうございました」

「いえ。出掛ける前で良かったです。お休みなさい」

「今度また琴の弾き方を教えて下さい。お休みなさい」


 ネビーとルルが離れようとした瞬間、私の手は勝手にネビーの羽織を掴んだ。


「……掃除するまでこの部屋で眠れません。その……どうにか助けて欲しいです。我儘(わがまま)ですみません」


 羽織を掴んだ理由は多分これ。布を摘んだだけなのに手が震えてきた。これだけで恥ずかしくてならない。


「レイとロカの部屋に布団を運びましょうか。なあルル」

「布団に春イボ蛙が乗ったかもって思ったら嫌じゃない? 畳の上にいたもん。ウィオラさんのこの様子からして嫌だと思う。それにレイとロカは寝相がかなり悪いからウィオラさんがげしげし蹴られてあざが出来そう」

「それなら母ちゃん達のところだな」

「仲良しで何かしてたら嫌じゃない? あとお父さんどうするの。お父さんは明け方以降じゃないと中々起きないよ。ええよって言うけど睡眠関係は不機嫌になりがちだから仕事が心配になる。お父さんをウィオラさんと同じ部屋で寝かせるの?」

「親父と同じ部屋なんて却下だな。ならルカ達か。ジンとジオを俺の部屋に移動だ」

「起こしたジオがこの後寝付けなくてぐずったらルカ姉ちゃん達が可哀想。夜勤でいないから兄ちゃんの部屋にしたら? 布団を敷いてあげる。蚊帳(かや)もあるし」


 これは明らかに御託を並べて誘導だと思う。それで私に選択権はない。他の部屋は無理な理由を先に言われてしまって反論理由が思いつかない。つまり私は自分の部屋で寝るしかない。


「俺は別に気にしないっていうか得した気分になりそうだけどウィオラさんは気にするだろう。俺の布団だぜ?」


 得した気分になりそうって何でしょうか……。


「ウィオラさん。蛙布団とネビー布団どちらがええですか?」


 なぜその聞き方……。策士だ。ルルは策士。私は両手で顔を覆った。


「蛙布団は嫌です……」


 こうなるともうこれしか言えない。


「ネビー布団の方がマシだって。まあ泣くほど嫌な蛙と比較だし。ウィオラさんどうぞ」


 促されたので手を顔から離した。手招きされたのでルルと共にネビーの部屋へ入る。ルル達の部屋と配置はほぼ同じ。壁に景色の浮絵が貼ってあるけど暗くて見えない。

 ルルが布団を敷いてくれて「小さな虫でも嫌そうなので」と蚊帳(かや)も準備してくれた。天井に引っ掛けて畳の決められた位置に固定みたい。

 夜勤明けや夜勤前などに暗い中で寝られるように父親が作ったものらしい。少し暑いけどこの時期なら薄い布団で寝れば丁度良いと言われた。

 この蚊帳(かや)は買うと決定。部屋も少し改造してもらう。ネビーから彼の父レオに依頼してもらえることになった。

 それで解散。基本寝る部屋と物置らしくて貴重品はこの部屋には全然ないので鍵を買い直していないらしい。戸締りは扉につっかえ棒。

 蚊帳(かや)の中に入って布団に寝っ転がって少々後悔。


(か、蛙布団は嫌だけどこれはこれで恥ずかし過ぎる。いただいた羽織から微かにしたネビーさんらしき匂いがする……)


 香みたいな良い香りではないけど臭い訳でもない不思議な匂い。これが男性の香りってこと?

 宴席で近寄られたりいきなり触られたり最悪なことに抱きしめられた時の酒臭さとは違う。

 祖父や父の着物からはいつも香の匂いがしていた。それとも全く違う。


(部屋に戻ろうかな……。無理……。蛙布団は嫌……)


 顔を両手で覆って布団の上で左右にゴロゴロ揺れる。なぜこんなことに。


(恋……。結婚……。噂のキスとかするの? 私が? ネビーさんと?)


 この発想をすることが恋なのかも。今年で22歳ってもう子持ちでもおかしくない年なのに私はこんな状態。花街に5年もいたのに中身はやはり大豪家の箱入り娘。

 明日からネビーと顔を合わせられなそうだしこんなの眠れない。

 ガタガタする音がしてハッと気がついて起きた。図太い私は結局寝たらしい。我ながら図太過ぎる。蚊帳(かや)が暑かったみたいでそこそこ汗をかいている。脱出。

 

「んだよ。疲れて帰ってきたら扉が壊れたか? おりゃあ」


 はい?

 つっかえ棒がベキッと折れた。おりゃあって棒が折れたけど!


「とりあえず仮眠し……うえええええええ⁈ な、な、な、な、何で?」


 私と目が合ったネビーは慌てて外へ後退り。ほどほどに日焼けしているけど真っ赤な顔だった。目も落ちそうな程まん丸でわざとではないと感じた。


「俺の部屋だよな……。おおっ、そうだ! 大喧嘩とボヤ騒ぎとかで忘れてた! すみません! そうでした! 部屋を貸しました! 何も、何も見ていません!」


 もう私からは姿が見えない位置にいる。スパンッと扉が閉まった。


(何も見ていない?)


 自分の格好を確認。胸元……裾……はだけてる……。


「き、きゃああああ!」


 全部ではないのは安堵。ふくらはぎより下とか谷間くらい仕方ない?

 浴衣でうろうろして足も谷間もチラチラな住人は結構いた。

 私としては嫌だけど彼は見慣れているだろう。こちらは恥ずかしいことこの上ないけど男なら嬉しいのだろうし。


「また蛙や蛇ですか⁈」


 スパンッと扉が開いてネビーが顔を少し覗かせた。


「きゃあ! ち、ちがっ。今度はわざとですか⁈ お嫁にいけません!」


 慌てて布団を持ち上げつつ胸元を合わせた。


「わざ、わざとではないです! そりゃあ見たいですけどわざとなんて見ませんよ!」


 慌てた様子でネビーが引っ込んだ。扉もスパンッと閉まった。見たいですって見たいの。男は女の体を見たいか。お金を払って見るくらいだし。

 ネビーが帰宅って今何時?

 きゃあきゃあドキドキして眠れなくていつの間にか寝ておそらく8時より遅い時間。夜勤は朝8時までと言っていて彼は退勤も仕事だから今はきっと8時から9時くらいのはず。つまり私は朝寝坊。


「何を騒いでるんだ。そんな惚けた真っ赤な顔をして。今日は布団を干すから仮眠するならどこかの宿舎でして来いって言わなかった?」

「そうだっけ? 大捕物と大喧嘩があって……待て母ちゃん!」


 スパンッと再び扉が開いてエルが玄関に入ってきたので私と目が合った。エルは勢いよく振り返った。


「あんたネビー。本気の本気で隣に連れてきたのか! 色々おかしいと思った! しょうもない嘘はいいけどいきなり何してる! 結婚してからって小さい頃からあれ程言ってきただろう! しかも泣きそうな顔って無理矢理だな!」

「誤解だ誤解! 何もしてない! 忘れていただけ! 見るだけで楽しい姿を見て名残惜しいけどすぐ部屋から出た! 部屋が蛙と蛇に襲われてルルを送る時に泣きながら飛び出してきて蛙布団じゃ寝れないから助けてって頼まれたから部屋を貸しただけ! ルルが証人だ!」


 見るだけで楽しいとか名残惜しいとか恥ずかしいからやめて下さい。

 昨日と今日でこれは間違いないと思うネビーの性格は嘘をつけない正直者。

 あれは無理とかこれは良いとか分かりやすい。その本音をポロポロ言うあけすけなさは欠点かつ長所だろう。


「レイとロカの部屋があるだろう! 帰ってきたらあわよくばとか寝姿を見たいとかそういう魂胆で忘れてた振りをして覗きだな! このバカ息子! 片足オジジの癖に子どもみたいにお嬢様を覗くくらいなら花街に行って素っ裸を見て触ってきな! お父さん似だからヤルなよ!」


 朝からそういうハレンチな言葉をどうか使わないで下さい。

 色々聞いてきたけど女性が女性に言うのと女性が男性に言っているのではかなり気分が違うと発覚。


「忘れた振りで覗きなんてするか! そんな強姦手前みたいなことをしたらあちこちで俺の評価が下がる! バカだから忘れただけだ! ルルがレイとロカの寝相が悪いからウィオラさんの大事なお体に可哀想なあざが出来るとか、ジオが起きたらぐずってルカが困るとか、親父はなんだかんだ不機嫌になるって言うて俺の布団と蛙布団のどっちがマシか本人に確認したんだよ」


 少し沈黙が出来た。エルはルルが図ったと気がついたかもしれない。


「俺は蛙よりよかだって安心した。かわゆいお嬢様に蛙より嫌だっていわれたら凹んで寝込む。泣くほど嫌な蛙よりマシなのは当然と言えば当然だ。逆なら最悪じゃないか? 痛っ」


 ルルが図ったとは思わずそのままの意味で受け取ったみたい。素直だけど裏を返せばおバカさん? 彼は自分で自分をバカだと言うしな。


「鼻の下を伸ばしてみっともない! いや、良いのか? 自分の息子だけど変だと思っていた。理性的過ぎだろうって。男色家なら男とイチャコラして噂が耳に入るだろうしと思っていた。春画も見かけたことがあったから律儀の方か? でもおかしいと思ってた」

「女が朝から春画とかヤルなとか言うなよ。オババでも女だろう? 本当、勘弁してくれって。昔から両親そろってガミガミネチネチ言って脅すからだろう。ムラってきても赤子を連れてきて結婚しろと脅されるのを想像したら嫌過ぎる。現にいただろう。俺の子だから結婚しろって」

「ああ。あれは大変だったね」

「あの難癖事件からうんと気をつけてる。花街では遊女が可哀想。堕そうとあれこれしたりするって母ちゃんが俺に脅しで教えたんだろう」


 本人の子どもではないのに「あなたの子」と言われて結婚を迫られたことがあるんだ。それはまた創作物みたいな話。

 婚約者が子持ちになって破談も現実だから世の中そんなもの?


「何か悪かった。疑って悪かった。そうだった。そうやって育てたからそんな男もいるんだってぐらい律儀な男になったのに」

「布団を干すなら宿舎で寝てくる。そうだ。昼飯前には帰ってきて昼飯は食べずに馬で海に行くから歓迎会用に色々買ってくる。ウィオラさんも行くって。買うものは何が良いのか紙に書いておいて」

「馬? ウィオラさんと?」

「貸し出し許可をもらった。馬で行くと速いし楽しい。ウィオラさんはもう少し見せびらかして声を掛けてきた奴らに普段の気配りを依頼。昨日と今日の2日と範囲で十分だろう。それで俺の仕事は終了。ふあああ……。じゃあ」


 誘われたのは仕事か。そうなのか。そうか……。この胸の痛さは噂の切ないって気持ち?

 おやすみなさいかいってらっしゃいを言いたいな、と羽織を着て薄い布団を畳んだものを抱きしめて浴衣姿があまり見えないようにしてそうっと扉を開いた。もうエルしか居ない。


「おは、おはようございます。ご説明があった通りです。ルルさんが詳しくご存知です。蛙布団は嫌でして……」

「自覚してるのか無自覚なのか不明ですけど息子に狙われているみたいなので口説かれるのが嫌なら我が家の誰かに言うて下さい。仕事だからなんて絶対嘘。バカだから無自覚の方だな。嫌だと言うのは本人にでもええです。寝込むみたいだけど失恋で死ぬことはないので好きにして下さい。蹴り飛ばして仕事に行かせるので何も問題ないです」


 エルの言う通りなら嬉しいと思ってしまって唇が勝手に歪む。私は両手で顔を覆って小さく頷いた。

 恋愛ってこんなに突然人生に訪れるものなの?

 胸が痛くなったり急にドキドキして甘ったるくなったり恋とは忙し過ぎる。

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