番外【振り返ば紫電一閃】
披露宴以来のルーベル家は大緊張でもなくロイと弾き将棋をして痴話喧嘩。リルと楽しくお喋り。ロイの母テルルが優しいというリルの話が本当だと分かったり結構楽しんでいた。
俺を呼んだガイは先日の海釣りの大漁や娘——リル——が旅行後からハイカラ料理を作るので自慢をしたくて俺のことを忘れて飲み会。
ロイとリルに「多分お客様を連れてきて見せびらかしをして機嫌が良くなるから居て」と告げられたテルルにも「宿泊して明日になるかもしれないけれどすみませんがお願いします」と頼まれて帰らず。
3人の予測は外れてロイの父ガイは1人で帰宅。上座下座ではなくて机に向かい合って着席して俺の前はガイとテルル、俺の下座側にロイとリルという謎の並びでご挨拶。
仕事関係で両者にどう得があるのか説明されて「共栄」と教えられたり俺は剣術の強さではなくて「人柄」や「教育者」としての評価が高くて単に贔屓されて地区兵官になれたのではなくてずっと調査監査され続けて育てられている特別な扱いだと解説された。
王都配属の推薦兵官。それが俺。俺の知らないところで志願出征禁止や福利厚生追加に給与加算などがされていて代わりに特別指導。
「お前は兵官採用試験免除だからなんか贔屓されてるっていうかそうだよな。推薦兵官っていうらしいぜ。強いって得だな」と同僚達に言われていたけど上司達の中での認識は違くて上司達と煌護省で会議をして俺の教育方針や目標が設定されていた。
俺が自慢屋なので「教えない」方針だったっぽい。
「その時自慢屋を直せと言われませんか?」
「言われます。事実を話すことは自慢ではないです」
「それで反感を買う可能性を考慮してこういう話をしなかったのでしょう。今夜は6番隊関係者に許可を得て話しています」
「ええ、喧嘩を売られます。贔屓されているなと思ったら上に聞いてくれと言うています」
「自分が相談をしたのと直らなそうだから方針を変えるそうなので君の上司から伝言です。これは贔屓かなと思ったら俺は区民に好かれているからとか、活躍しているから特別扱いされていると言うて下さい。それで上に聞いてくれと。いつも喧嘩を上手く受け流すからそれで良いそうです」
俺とガイはほとんど話したことがなかったのに彼は俺の事を良く知っていた。師匠デオンの門下生になってからずっと調査書が作成されていて継続していたからだ。
つまり文字上だと俺の親より俺を知っていることになる。大勢の人から見た俺の長所や短所などの性格に言動や仕事ぶり。
ロイに説教される前に俺はガイに挨拶をするべきだったとヒシヒシと感じる。妹の足を引っ張らないではなくてルーベル家にも恩恵をという道があったからだ。
妹が卿家の嫁の時点でどこの役所勤めなのか調べなかったとはぼんやり過ぎる。この指摘されないと気がつかないという欠点はあちこちで怒られている。
ガイとテルルは俺に軽く頭を下げてから口を開いた。これまでよりもさらに緊迫感。緊張。うんと大事な話があるようだ。
「先程豪家になる得について話しましたが卿家には様々な恩恵が与えられています。ネビーさんは先程ご説明した通り煌護省がそのお人柄を高く評価していますのでご両親にお話してご検討していただきたいことがあります」
「は、はい。な、なんでしょうか」
「某、ガイ・ルーベルの息子になっていただき息子ロイ・ルーベルの義理の弟として我が家を共に背負っていただきたいです。ご検討よろしくお願い致します」
「よろしくお願い致します」
ガイとテルルは揃ってお辞儀。
⁈
ロイの義理の弟?
今も義理の弟だけどガイの息子?
「えっ? ああ、3兄弟のことですか?」
「いえ。それは息子が自分のご機嫌取りに考えた話です。そうではなくて本物の義理の弟です」
「……本物ですか? えっ?」
俺はロイを見た。そのロイも目を丸くしている。寝耳に水というように。
「父上、なぜそのような話が出て来たのでしょうか」
「ネビーさんの調査をして息子と10年以上も交流がありデオン先生に確認したところお前というか門下生達に慕われているとお聞きした。ロイとネビーさんは稽古での交流しかなく友人ではないとも教わった。お前からも聞いた。デオン先生にお前が彼のように人から好かれる者になりたいので励み方を教えて下さいと相談した事も教わった」
ロイは嫌そうに顔を歪めてチラリと俺を見てからガイに向かって「気まずくなるので本人の前で言わんで下さい。他の門下生でもより手本になる方というか自分の欠点克服になる方の事は先生に聞いています」と口にした。
「門下生は皆そうしています。先生に呼ばれて誰々のこういうところを見習えとかこれをしなさいとか熱心に教えて下さいます」
「ネビーさん。手習門下生にはそこまでしませんよ。息子は自ら相談に行く自慢の息子ということです」
「養子……ああ。わりと一蓮托生になりますし義理の兄弟なのでネビーさんに卿家の肩書をつけようということですか?」
「俺に? 何か意味ありますか? 俺は卿家の息子だとすごいと思われそうでよかですけど」
「ロイ、ネビーさんは分からないようだから説明してあげなさい」
ガイとテルルからロイへ視線を移動して見据えた。
「ネビーさんに卿家の恩恵はないです。響きは良いです。父は息子は地区兵官でしかも推薦兵官で期待の出世頭だと言えます。自分は弟は以下同文。母上とリルさんを含む家族の身分証明書に記載することも可能で親しい方以外はそのまま息子、弟の意味で伝わります。卿家は嫌いだけどネビーの兄ならまあいいか、そういうことが発生すると親戚より効果は強いです」
「ああ。お互いに都合の良い肩書ってことですか。代わりに俺が何かやらかすと親戚の立場より足を引っ張ることになります」
「代わりにこちらもそうなります。卿家ルーベル家が不祥事で平家落ちとなると家族の指導も出来ないのかとネビーさんの評価も下がります。父上、そのように下がりますか?」
「その通りだ。つまり親戚関係よりも一蓮托生感が増します。ロイ、なのでお前も考えて欲しい。改めてそういう目でネビーさんを調べて返事をもらいたい。ネビーさんは逆。ツテはないでしょうけど息子と息子の友人にこの町内会とリルさんなどから情報を集めてご両親とご検討していただきたいです」
ロイと見つめ合う。俺は尊敬するところの沢山ある兄弟門下生との縁結びは少々嬉しいけどロイは少し嫌そう。
「自分はネビーさんの性格や人柄、長所に短所を父上達よりも生の声や目で見てきて存じ上げているつもりですから構いません」
「なんで嫌な顔なんですか。嫌いですと言われたのかと思いました。今夜は楽しく遊んだのにと」
「父上、次男から三男にして下さい。跡取り認定は自分で当主は長男次男三男などは関係ないです。亡き兄上が長男。次男ネビー、三男ロイでお願いします。身分証明書上では自分は次男ですね」
つまりここから長男の譲り合いが始まる予感。ロイはやたら「長男はどうぞ」と俺に押し付けてくる。それで今夜も痴話喧嘩。俺に説教をしたロイが弟とは解せないから却下。
「俺も大事な妹を任せられると思った家で大変良くしていただいているので不安はないです。不安は足を引っ張らないかという自分の事です。長男なんて畏れ多いので押し付けようとしないで下さい。ご両親も反対するから大丈夫か」
「自分が兄だとネビーさんはリルさんの弟になりますよ。血筋は兄、身分証明書上は義理の弟。なんだか愉快です。両親に守られてきて嫁取りまで自分のことしかしてきていなかった自分と、大家族をご両親と背負った方を比べたらどちらが長男なのかは一目瞭然です」
「俺は家族の足を引っ張ってきました。貧乏の原因です。それなら俺は常にこう言いますからね。弟だからしろ。それは弟の仕事。兄が命令するからしろ」
「それなら三男の座をお渡しします」
「言いましたね。今確かに言いました」
勝利!
ロイはしまった、みたいな表情になった。なぜそんなに弟が良いのだろう。ずっと期待の1人息子だったから気楽になりたいのか?
俺が兄だと気楽になるのか微妙だし跡取り息子はロイだから意味ないと思う。訳が分からん。まあ交流を続けていれば分かるだろう。
「それなら単に兄なので頼む。兄の仕事。そこに跡取りの仕事を追撃です。両親と長女夫婦に今の話をしますけど……書類上ってことですよね? 同居がどうこうではなくて肩書のため。家計も別。そういうことでしょうか」
俺は何か言いたげなロイを遮った。無視してガイとテルルを見ておく。
「何なんだロイは。ネビーさんも。まあ話の続きです。ネビーさん、その通りです。申し訳ないですが財産分与放棄の契約を交わしていただきます。その代わり私達に関する義務も放棄。しませんけど借金をする時の保証人などですね。ちなみに親戚ではなくて息子だから出世の後押しをしやすくなります」
「そんなの二つ返事で了承します。家族は反対しないでしょう」
「立派な自慢の息子を横取りされるのですから抵抗があると思いますよ」
「俺の身分証明書は地区兵官で自分だけなので父の長男という肩書がこの国に出来たことはありません。見習い前にお前に職人は無理だと言われたので1度もないです。それでも地元でレオの長男ネビーだと認識されています。それで十分ですし尊敬する両親が4人になると言います」
ガイが少し目を丸くした。テルルは目つぶり。なに?
「ネビーさんとはほとんど話したことがないのに尊敬とはなぜですか? 腹の探り合いをする意味はないので今後は色々ズケズケ聞きます」
「卿家としてそのご年齢まで過ごされていてロイさんを育てた方々です。俺の目よりうんと沢山の目が入っています。今似たような話を教えていただいたのでよく分かりました。俺の支援も若造ではきっと無理なことですよね?」
「バカなのでと言うていたし学科試験の成績がめちゃくちゃというか極端だからそこは心配していたけどそんなに心配なさそうですね」
俺は「いやいや」と手を振って苦笑いを浮かべた。
「鶏頭で覚えても覚えても忘れるんです。あと両親に興味が無いとすぐ忘れる。疲れるとすぐ忘れる。他に気になることがあると忘れる。直せとガミガミ怒られています。あとさっきも言いましたけど自分で気がつくのは沢山教えてもらわないと中々無理です。ロイさんは理解が早かったですね」
「ネビーさん、未だに防具の着方を忘れますからね。しかも突然。あれはなんだと遠目で見ていましたけど疲れや考え事ですか? 盗み聞きしたらバカだから分からなくなったみたいな台詞しか聞けなくて謎でした」
全員に「こいつはおかしい」みたいな目をされた。俺をよく知るリルでさえ「えー……」みたいな呆れ顔。
「防具無しの稽古や試合が続くとたまになんだっけ? ってなります。自分ではよく分かりませんけど両親やデオン先生にお前は疲れているのかとか、何が気になっているのかとか聞かれて段々自覚しました。約束は書き付けたりできますけど防具の着方とか突然のことはどうしたことやら」
「生活に支障がなくて許されていますしね。手を動かしたら思い出すからやってみろとか、無理なら防具無しにするとか言われていますよね。自分は防具無しなんていつまで経っても許可されません」
リルが防具を付けないで稽古って何? みたいな顔をして首を傾げている。
「旦那様、兄ちゃん。防具無しは体を強くするためですか?」
「うんと余裕を持って相手から身を守る練習です。その上で相手をあしらうとか色々あります。危ないから下手な人は出来ません」
「怪我の可能性もあるから拒否出来るけど俺は仕事中は軽装備だからそういう稽古をつけてもらってる。重装備出動もあるから防具付きも稽古する」
「教えてくれてありがとうございます」
オホンとガイがまた咳払いをしたので俺達は口を閉じて前を向いた。
「大事な話はここからです」
「はい。なんでしょうか」
「ネビーさんに検討していただきたいのは特別養子縁組制度です。条件を満たしていれば適応されます。調べた結果ネビーさんは該当します」
「条件が合うから特別で、だから得があるんですね。普通の養子よりも得があるなら逆に欠点か損もありますか?」
「5年後から実子扱いです。縁切りが面倒になります。先程ネビーさんがご自分はレオさんの長男ネビーという肩書があったことは無いとおっしゃったので不都合は財産分与関係の書類が煩雑とかです」
何が違うんだ? と考える。気がつかないという欠点直しのために励む。
「縁切りは俺にも関係しますけど他の書類はそちらが大変と言うことですね」
「そうです。このように話が上手く伝わりますからバカではないかと。興味があるとか自分に関係すると理解が深まるけど他はあまりみたいな報告はあったので、学科試験の科目ごとの落差も腑に落ちていましたけどお話するまで不安でした」
「いやバカなんで細かく教えてもらうようにしています」
「ネビーさん。実子扱いだと条件を満たすと自分と同じ跡取り認定を獲得出来ます。そうなれば得だらけです。父上、そんな離れ技があるんですか? ああ。推薦兵官は単独卿家みたいなので特例ですか? あとは火消しあたりもですかね」
つまり俺も本物の卿家になれるってこと?
俺は心の中で「はあああああ⁈」と絶叫。なにそのとんでも話。
「養子縁組を検討して調べて友人達にも相談したらそこから特例の話が出てきた。特例該当職は試験範囲だけどそんなの忘れる。職種の中でも該当者は少ないからわざわざ探さないしそもそも関連職かツテでないと探せない。困ったら卿家は卿家と縁結びが常識だ」
「つまり俺は励むと本物の卿家の男になるんですか? それは大変難しそうですけどとんでもない話です。単独卿家みたいだから一族に加わって……5年でいいんですか? 3代続けてとかロイさんみたいに長年かけて卿家なのに5年ですか?」
ガイは大きく頷いた。
「最長は16年。実子が最短で跡取り認定される期間です。ためしに仮申請をしたらネビーさんは5年でした。卿家の子が実家に何かあって別の卿家へだと年齢差し引きですけど特例は審査制です。5年が早いのか遅いのかは調べるツテがないので不明です」
「ガイさん、ロイさん、俺が跡取り認定されるにはどうすれば良いのかと何が得か教えて下さい。という解説してくれますよね?」
「ロイ、どうだ。息子が兵官になりたいと言うたらどうする。支援するとして」
説明するのはロイみたい。
「まず1つ。煌護省が行う採用試験、上級公務員試験の両者を受けて入職。現地監察担当を希望して監察官。兵官とは言わずに地元でコソコソ活躍してあの兵官さんは誰? と区民に言うてもらいます。それで凖官の話が来たらこちらのものです。安月給ですが煌護省付きの凖官なので招集訓練に参加しつつ地区兵官として名を上げられます」
「おい。なぜ裏技から説明する。むしろその裏技を使う必要はない。おまけにかなり難しい手だ」
「無理だったな諦めろ。煌護省で国の礎として、憧れの兵官や火消しの為に働きなさい。つまり父上の通った道です。ちなみに火消しでも同じで父上は火消しに憧れですね。姑息な手がバレて兵官系の業務です」
ガイは兵官や火消しに憧れていたのか。火消しは祭りもあって派手だから子どもから人気で地元の英雄。
地区兵官は祭りはなくて区民の奴隷というかお手伝いが多いので男の憧れはまず火消し、次は大捕物などで格好良い姿を見かけるから地区兵官なんて実家周りでは言うけど卿家の男もそうなのか。
「正攻法はこの道です。腕っ節に自信があって親が許可した場合です。豪家の2代目以降が目指してやがて卿家へとかもこちらの道です。兵官採用試験と中級公務員試験の両者を突破。中官認定兵官です。管理職の知識がありますという意味です。地区兵官と災害実働官、つまり街の兵官さんと火消しだけは卿家の跡取り認定が中級公務員試験突破で許される職種になります」
「へえ、そうなんですか。俺は下級公務員試験だけでした。兵官採用試験は免除だと。ああ。そうだ。補佐官が上官になったら要管理職で仕事が変わると。職場も変わるから送迎会でした。もしかして卿家でした? 実力社会だから誰が何家とかわりと無頓着です。補佐官や監察官は卿家が多いと言うことですね」
「兵官はまだマシですけど火消しは会議などが大嫌いでそういうことは得意なやつにさせろ。俺達は現場。現場で花を咲かせるのが火消しの花道。そういう訳で補佐官や補佐官の副官が誕生です。それが地区兵官にも適応されました」
「何か分かります。補佐官には補佐官の才能というかそういう能力が必要です」
「中枢の役職付きになると補佐官は禁止。何でも出来る者が尊敬を集めるからというか国が徐々にそうなるようにしたからです。ちなみにどれだけ功績があろうと中官試験や上官試験の贔屓は一切なしです。卿家でも豪家でもです。落ちたら下級公務員試験突破で兵官から中官試験の勉強を続けます」
「そうなんですか⁈ バカだけどお前は兵官採用試験免除だから下級公務員試験で贔屓されたって言うていたので中官試験も何かと思っていたらなしですか……」
「それだけ重要視されている仕事を与えられるということです」
「勉強しろと言われるから一応していましたけど俺まだ中官試験の手前です」
上中下公務員試験の違いは職種と配属先と給与で中級公務員試験と上級公務員試験は受ける前に予備試験がそれぞれ何回かある。
中級と上級はその数と受験資格条件そのものが異なる。だから卿家は尊敬される。上級公務員を輩出し続けているからだ。試験で贔屓されるけどそれでも難関だ。




