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お見合い結婚します「紫電一閃乙女物語」  作者: あやぺん
本編

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番外【振り返れば紫電一閃】

 衝撃的な縁談が我が家へやってきた翌日。俺はソワソワし過ぎて失礼ながら9時にデオンのところへ突撃した。

 朝早いことをまず謝罪。それから大切な相談がありますと頭を下げた。

 8歳から通っているけど道場ではなく屋敷へ入るのは初。非常に緊張。玄関近くの応接室へ通された。

 6畳の部屋で机1つと半座椅子が4つ。床の間があって掛け軸にはまるで読めない書。

 白いつやつやした花瓶に草花が生けられている。


「ネビー君。相談とは妹さんの縁談についてかな。ロイ君からネビー君か君のご両親が訪ねてくるだろうと聞いていた。ロイ君、君の妹さんと結婚したいそうだな」

「デオン先生にも話があったんですか」

「彼は父親と来てネビー君かご両親が来た時は何でも答えて下さい。お時間を取らせますがよろしくお願いしますと挨拶をしてくれた」

「デオン先生。だからおかしいんです。俺はロイさんとは友人ではないし卿家の跡取り息子ってことすら知らなかったですけど、人柄とか根性とか面倒見の良さに優しさと色々知っています。なのに格下過ぎる我が家の次女を嫁に欲しいなんて変です」

「取り持つつもりはないし、しなくて良いと言われている。だから特に理由も聞いていない。質問に答えて欲しいと言われたから質問には答える。君が望むなら一緒に考える」


 よろしくお願いしますと頭を下げた。


「先生から見たロイさんの人柄はどうでしょうか」

「君が言った通りだ。卿家跡取り息子らしい男。門下生の模範。仕事でもきっとそうだろう。卿家とは仕事だからな。家の中ではどうなのか知らないけど、あの雰囲気や姿勢などは身に染み付いているもの。だから家の中で様変わりするとは思えない」

「多くの門下生を見てきた先生の目から見ても立派な方ということですね。やはり釣り合いが取れません」

「自分が思う彼の欠点は愛想の悪さだな。だいぶ直ったように見えるけど人見知りもある。あとたまに面倒くさがりというか強か」

「強か?」

「わりとあれこれ外堀から埋めるからな。卿家の男らしいといえばらしい。仕事が出来そうだと思う」


 愛想の悪さは分かる。人見知りなのか。リルと同じ。でも強かなのか。リルはぼんやりだから味方なら心強いか?


「趣味は剣術。次は将棋と龍歌。酒も好むけど仕事柄曜日を選び節度を保っている。料理上手でしっかり家を守ってくれる女性が良いそうだ。君のお弁当を何度も見ていたから妹さんの料理の腕に問題がないと知っていると。これは伝えてくれと言われた」


 弁当?

 出稽古の時の弁当?

 リル以外も作ってくれることがあるけど……リルって名前は道場でも出していたし、主な出稽古先は俺の家の近くを通る。リルが料理をするところを前から知っていた?

 いや、料理上手でしっかり家を守ってくれるお嬢様はわんさかいそう。


「ロイさんの母親はどの程度具合が悪いのでしょうか。ご存知ですか?」

「日によるけど手足が少々と聞いている。家事はしていて父親とロイ君で手伝っていると。ロイ君が成人門下生になってから一昨年まではこの道場の花見弁当の一部を頼んでいたけど昨年は断られた。1月に家族全員で挨拶に来てくれたけど見た目ではどう悪いか分からない」


 予想と違った。去年から料理がしんどくなったけど寝たきりではない。


「ありがとうございますデオン先生。我が家は貧乏過ぎて母も長女も主に働く側に回ったので妹は家事育児の中心人物です。寺子屋に通わしてやることも出来なくて下には3人の妹。明日元服なので今より良い家へ嫁がせて楽をさせてあげたいです。全く学も教養もないのに卿家の嫁は務まりますか? 先方は花嫁修行を希望しています。その後も学ぶ意思、努力をと。妹は素直な頑張り屋です」


「卿家は仕事と言われるから基本的には妻達に家のことを任せたい家だ。親戚、町内会、この道場、父親がどこかに通っているかは知らないけれどその関係に仕事関係と色々ある。家事を全部任せて他は奥様。他はゆっくりで良いと思っているのだろう。卿家は華族とは違って庶民。多くは要求されない。足りないところは家族が補助するだろう」


 デオン曰くリルみたいな女性でも無理ではない。これは後押し。


「最初から学も教養も兼ね備えていて家事もしてくれるお嬢様はいますよね? ロイさんの人柄や家なら」

「もちろんいるだろう。同じ卿家の男と並べても人気だと思う。彼は基本的に選べるし選ばれる」


 そうだよな。そうでないと世の中狂ってる。


「同じ卿家の男と並べても……具体的にはどのように人気ですか? 本人以外のことで」

「彼の祖父母の世話はない。弟妹がいないのでわずらわしいかなり身近な親戚付き合いもない。子どもを産めば跡取り息子や娘の母親なので大事にされる。産む前からだろう。血縁ではなくとにかく跡取りだから子どもが産めない、そういう理由で追い出されることはない。卿家は嫁に逃げられる方が恥。なので血縁主義の家系より気楽だ」


 子どもを産む前から大事にされる。ロイのあの面倒見の良さは演技ではないと思う。リルはきっと大事にされる。

 嫁に逃げられたら恥。格下嫁は逃げにくいと思われた?

 とにかく跡取り……母親似ならリルはしっかり子どもを産んで本人も子どもも健康。このことは条件が合ったと言われている。


「少し納得しましたけど選べるのに俺の妹なのはやはり謎です」

「彼は柔軟性があるように見えるけど、家のことは母親とかなり同じようにしてもらいたい男かもしれない。そうなると同格には少々嫌がられるかもな。わざわざ手間暇のかかりそうな格下の家の娘を選ぶということは言うことを聞いて欲しいという意思表示だ。1から教えたいのかもしれない」


 1から教えたい。また少しだけ納得のいく理由登場。それでリルに別の縁談がある話をした。


「門下生なのもあるし卿家跡取り息子。明らかにロイ君だな。妹さんのことや家族についてしっかり調べた上での本縁談。今後向こうが断ることはない。申し込んだ側の卿家がそのような人道外れたことは出来ない。訴えられて損をするのは向こうだ。通常華族でも卿家相手は部が悪くなるが、君には職場の上司や私がいるから泣き寝入りしなくて済む」


 父が俺を兵官にというのはこういう時のためでもあったのか。


「来週結納と言われています。祝言は約3ヶ月後です」

「それは早いな。卿家の男は1回目の出世後に祝言か縁談探し。ロイ君の歳だと2、3年早い。普通はゆっくり相手や相手の家族と向き合う時間を作る。お嫁さん側は母親と宿泊することもあるぞ」


 知らない世界や価値観。相談にきて良かった。俺をこの剣術道場へ通えるようにしてくれた両親に感謝。


「急ぐ理由があるということですね」

「そうだな。奥様の体調がかなり不安なのかもしれない。それなら1から教えないか。妹さんは寺子屋に通っていないんだよな。文通なりしていて恋仲で家族を調査して問題ないと判断したなら分からなくもないのだけど」

「ロイさんと妹は喋ったこともありません」

「それはますます不思議だ。明日の稽古後に彼に直接聞いたらどうだ?」

「はい。そうします。デオン先生、朝早くから長々とありがとうございました」


 デオンは首を横に振ってくれた。


「あんなに小さかった君やロイ君が縁談話とはまた歳を取ったと痛感する。良いご縁でロイ君と妹さんに息子が生まれたらこの道場の門をくぐるかもしれない。ありそうなのに門下生同士が義兄弟はこれまでない。長生きしたいなぁ」

「妹は夢みたいと嬉しそうでロイさんの家と人柄なら今よりうんと良い生活です。たとえ苦労しても。この縁談はこのまま進めると思います」

「そうかそうか。ロイ君からの挨拶を楽しみにしよう」

「ありがとうございました。失礼します」


 こうして俺はデオンの家を出て家に帰った。

 リルの超玉の輿は夢だったとかあるかも、と思うくらいだったのに昨日より衝撃的なことになっていた。


「誰?」

「リルだろう。どう見ても」

「いや母ちゃん。リルはこんなんじゃない」


 家の中にリルと両親しかいない。両親は午前中休むと言っていたからいるのは当然。

 ルル達が不在なのは汚すからだろう。聞いたらやはりルカとジン夫婦の家へ「いつも働いてるから3人で遊んでな」と追い出したそうだ。

 結納用の着物、帯揚げ、帯、帯紐、足袋、下駄が届いたらしい。

 着飾ったリルは少々ブサイクではなく平々凡々。兄の贔屓(ひいき)目と笑顔を加えるとかわゆい。


「ルルには勝てないけど悪くない。やはりお金ってすごい。悪くないっていうか、これはかわゆいな」と思った。

「皇女様みたい」と笑っているから余計に。

 とりあえず両親の間に座ってリルを眺める。

 結納品は要りません。衣食住には困らせません。その通りらしい。むしろこれはまるで向こうの家からリルへの結納品みたいだ。


「兄ちゃん似合う? 大丈夫かな? 変?」

「いや明日はその格好だ。元服祝いにすこぶるええ華やかで素敵な着物だし似合ってる」


 本気だ。ロイは本気。

 先輩は「簡易お見合いで気が合えば」だった。

 彼は他に良い縁談があってリルより良いと思ったらそっちへ行く。やはり気が変わったと会わないこともある。

 簡易お見合いとはそういうもの。ロイは違う。デオン先生が言うようにこれは本縁談。

 裏があってもリルだと決めた。調べた結果と何かしらの思惑があって他の女性ではなくリルだと選んだ。

 こちらが「お願いします」と言ったのに今さら理由を並べて断るのは規則違反。こういう場合は無効です、という条件提示をされていない。


「先方から結納前に家の外で着ないようにって。盗まれたら困るから口の軽いルル達には見せない。だから明日の元服祝いには着せられない」

「確かに。見せてええのはばあちゃんとルカとジンさんか」

「祝言翌週にこの辺りでここら辺らしい宴会の席をお願いしますと頼まれた。リルの花嫁修行代と我が家からの持ち出し内で。だからその時に家族全員に見せる」

「えっ。リルの花嫁修行ってお金が出るの?」

「特殊奉公だけど働いてもらうからと手紙に書いてあった」


 正座してふむふむ、と聞いていたリルが立ち上がった。


「宝物だから盗まれないように隠す」


 ルカやルル達は父や兄の前で肌着姿でウロウロするけどリルはしない。

 リルだけは母の口先だけ教育を「自分はしていないくせに」と言わずに守っている。本当に素直な妹だ。リルは奥の部屋へ移動して襖を閉めた。


「ネビー、どうだった?」

「うん」

「うんって何だ」

「リル、着替えたらこっちにこい。兄ちゃんお前に大事な話がある」

「はい」


 しばらく正座で待機。正座は好まないけどこの話は正座が必要。この家の大黒柱は今後の稼ぎや与えられた学や教養からして俺だと思っている。

 すすすっと襖が開いた。

 脱いだ着物がピシッと畳まれてる。針子の祖母からしっかり学んでいるからルカとリルは着物の扱いは手慣れている。リルの物の扱いが丁寧なところは小さい頃からずっと。生まれつきの性格なのだろう。

 4歳で布団が曲がっていると直していた。厳しい家でも大丈夫かもしれない。

 リルの欠点はもたもたと言われるけど長所と捉えれば丁寧。昔からずっとそう。


「兄ちゃん何?」


 リルは俺を見て正座をした。しろ、と言われてもグズるルル達とは違う。リルは妹達をあまり叱れない。

 母の目が離れているルル達には母の教育が必要。母親との時間という意味でも必要。特にロカ。

 リルは本人の為と妹達の為に嫁いだ方が良い。


「リル。来週結納だ。この意味は分かるか? 結納の日に話をしてみて嫌な相手だと思っても断るのは無理。でも今はまだ違う。ロイさんについて知りたいだろう?」

「兄ちゃんの知り合いでお父さん達がお願いしますと言うたなら何にも心配ないでしょう?」


 リルは首を傾げた。

 心配ないの?

 そうなの?


「確かにそうだ。ロイさんはすこぶる条件がええ。金持ちの息子だからではなくて人柄だ。俺は友人ではないけど9歳から知っている。お前を殴るとか蹴るとか何かあって助けてくれないとかは絶対にない。うんと真逆の人だ」

「嫁の仕事頑張る」


 すまし顔なのでリルの気持ちが分からない。嘘は基本的につかないから頑張ろうと思っているのは確か。

 裏があるかも、辛い目に合うかもと言うか悩む。

 

「ご近所さんや向こうの親戚からバカにされるかもしれない。我慢するんだぞ」

「いつも言われてる。向こうに迷惑だから励む」


 いつも言われてるって……。貧乏子沢山に変な子に喋らないとか確かに色々言われている。


「リル。昨日も言うたけど帰ってこられても困る。帰ってくるな。分かってるな? 泣きべそかくより励みな」

「うん」


 母のこの伝え下手はどうかと思う。多少我慢した方がリルのためになる、と言いたいのだろう。

 親の面倒までみたくないから放置。

 

「リル。明日の夜、稽古を見にくるか? 兄ちゃん明日は日勤で夜はデオン先生のところで稽古をする。明日はロイさんが通っている日だ。話してみたらどうだ。全く気が合わないとか嫌なら断れる。向こうではなくて断るか断らないか決めるのは我が家とリルだ」

「断らないから結納の日でいい。行かない」

「結婚お申し込みは本来はお見合いして下さいという意味だ。喋ってもいないだろう? 心配じゃないのか?」

「調べてお申し込みしてくれたなら大丈夫」


 そうなの?

 喋ったら断られると思っているのか?


「兄ちゃんは私は役に立たないと思う? 頑張っても働けないかな」


 リルの中で嫁は仕事なのか。働いて下さいと言われたらしいしな。

 ロイと気が合うかどうかよりもそっちが大切ってこと。リルはやはり少し変わっている。


「私、評判悪いんでしょう?」


 悲しそうで不安げな表情。

 そうか。選ばれたから嬉しい。励みたい。

 調べられて選ばれたからロイと気が合うと期待しているんだ。

 

「ロイさんはお前に好評価をつけた。卿家の跡取り息子だからしっかり調べた。期待されている。結婚して欲しいと頼まれた。1から教えてくれるつもりというか家に合わせて欲しいんだと思う。素直に聞いて励めば大丈夫。兄ちゃんはリルなら大丈夫だと思う。ロイさんならリルを大事にしてくれる」

「うん。励む。私もうんと大事にする」


 安心したというようにリルはニッコリ笑った。

 俺は不安で仕方ないけど両親の言う通り、リルには2度とない幸運な縁談だ。

 でも不安。俺泣きそう。せめて裏を知りたい。


 この後リルは「読み書きの予習をしたい」と言ったので母が教えることになった。

 父は「稼ぐぞ」と仕事へ出掛けた。

 俺は明日のために何か魚をとるかと海へ出掛けた。


 ★


 こうしてリルは3ヶ月間旅館かめ屋で特別奉公扱いの花嫁修行をしてルーベル家の跡取り息子の嫁として迎えられた。

 欲しいのはリルでその家族ではないというような雰囲気だし、元々ロイとは稽古以外で接点はなかったので結婚後の生活がどうなったのか心配でヤキモキしていたけれど様子はすぐに分かった。

 ロイはリルに出稽古日のお弁当を持ってこさせて師匠のデオン先生、出稽古先のリヒテン先生、自分が親しくしている門下生達に紹介。

 俺は稽古を少しだけ見学して帰ろうとしたリルを追いかけて声を掛けた。

 それで幸せそうだと分かって安堵。衣食住は大切だけど幸せはお金では買えないこともある。お金は大事であるだけで幸福に近づくけれどそれだけではない。

 我が家では与えられなかった勉強はしてみたら楽しくて、新しい家族は優しく特に義母はなんでも教えてくれると満面の笑顔を浮かべたリルと別れた後に俺はこっそり泣いた。


 両親というか母は俺、ルカ、ジンにこう告げている。ルル、レイ、ロカには教育下地を作って理解出来ると思った頃に同じ事を告げるだろう。


「リルの幸せをぶち壊すような悪さをしたら許さない。特にネビーは切腹。飢え死にすると思う場合でもルーベル家にたかるな。貧乏人が畜生になったら終わりだ」


 なおこの後は当然大喧嘩。誰の方が心配だとか誰はこういうところを治せとか。

 ジンだけは「皆そんなに心配しなくてもリルちゃんの足を引っ張ったりしないって」とおろおろ。

 

 でもリルが結婚した翌年の年始に俺はロイに説教を食らうことになった。


 とある日。日勤から帰宅するとロイとリルが我が家へ来ていた。初めてのことだ。


「ネビーお義兄さん。ご存知のように妻の父はもう煌護省勤めのガイ・ルーベルです」

「こ、こう、煌護省? そ、そ、そうなんですか⁈ そうなの親父……は話せなそうだから母ちゃん」


 夏に結婚して年明けまで知らなかった事実。親父はなぜかメソメソ泣いている。


「忘れたけど、お2人ともうんと偉いお役人さんだ」

「忘れたけどって、俺が兵官でそれは忘れるなよ! 言えよ! えええええ……」

「兵官だとそのこうごしょう? と何か関係あるの?」


 母、ルカ、ジンが首を捻った。父はまだ同じ体勢でぐすぐずしていて情けない状態。寺子屋しか出てない家族達なので誰もそういう知識がないようだ。いや知っている人は知っているはずだけどな。


「自分は両親の反対を押し切る形でリルさんを妻に迎えました。今回の旅行は両親が妻を完全に受け入れるという意思だと思っています。今のでますますはっきりしましたが、ネビーお義兄さん。はっきり言って、妻の近しい親戚の中で貴方の事だけは心配です」


 反対を押し切った? 旅行? そういえば聞いたかも。リルがなんと旅行に連れていってもらえるという話。


「ご両親やお義兄さんお義姉さんご夫婦からは個別にご挨拶されました。両家の交流は一先ず無しとしても結婚は家と家の結びつき。親子、家族の縁は切れませんと、そのようにご相談いただきましたが、ネビーお義兄さんからは特になにも」


 そうなの?

 それは確かに俺は説教を食らう。1番ルーベル家に影響を与えるかもしれない仕事をしていて俺だけなにも動いていないとか情けなすぎる。


「職人、奉公人は犯罪さえしないでいただければ何の問題もありません。父や自分の仕事を知らなくても全く問題ありません。我が家は卿家ですので基本的にご迷惑をかけることないかと。犯罪どころか小さな賄賂で下手するとクビですから」


 その自覚はあった。同じ公務員だからだ。下級と上級だけど公務員。

 卿家は役人の手本だから親戚の公務員が悪さをしたら困るはず。付き合いはありませんは通用しないだろうから俺は真面目に仕事をしてルーベル家というかリルの幸せの足を引っ張らないようにする。

 妹の幸せをぶち壊したら親に言われなくても切腹だと思っている。


「妹の嫁ぎ先が卿家という時点で結婚お申し込みの際の自分の家歴、略歴に目を通すべきだったと思います」

「は、は、はい。はいそうです。その通りです」

「ネビーお義兄さんは広くとれば父の部下。貴方の名声は父に跳ね返り、逆はルーベル家卿家存続に関わることもあります。その辺りをしかと自覚して、卿家の男のごとく励むようにお願い致します」

「は、はい。はい……」と震え声が出た。情けないのと怖くて。師匠や上司の叱責より怖え。

 ロイは酒瓶を手に持つと俺の前へ差し出した。お酒の名前「質実剛健」である。


「と、両親はそのうち貴方を呼び出してこう言うと思います。お気をつけ下さい」


 ロイは足を崩して苦笑いした。それから「うんと疲れました」と微笑んだ。

 はあ?


「銘、質実剛健。卿家の男らしく、そしてご活躍されれば父は貴方に縁談や出世の後押しなどの手配をするでしょう。この地区では決して手に入らないお酒です。両親から何か言われて愚痴や相談があれば酒盛りに声を掛けて下さい。自分は酒好きです。試飲では足りません」


 しばらく誰も何も言わなかった。


「いやあ、ネビーさんに練習と思ったけど疲れた疲れた。大人しく母の選んだ女性と結婚すれば、こういう板挟みも減ったんですけど。酒はご家族全員へのお土産です。試飲して気に入って、重たい思いをして運んだので飲む時は声を掛けて下さると嬉しいです」


 ロイは真剣な表情も姿勢も崩して苦笑いをしている。つまり「お前は早く俺の両親に挨拶に行け。特に親父」という彼からの気遣い。

 長男として「兄ちゃん」と呼ばれてきた俺に出来た「義理の兄」との交流はこの日から増えたし我が家とルーベル家自体の付き合いも本格的に始まっていった。

 そうして俺はある日ロイと話している時に「甲斐性なしって貧乏の原因はネビーさんの各種学費でご両親は大変立派だと思います。期待に応えたネビーさんもご立派ですけど。レオさんはまさに大黒柱です」と告げられた。

 ロイの父親は兵官と災害実働官——火消し——を管理する煌護省勤めなので学費半額免除などの情報は結婚前の家族調査の時にルーベル家に全て筒抜けだった。

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