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子ども達が集まってきて一緒に花冠の作り方を教わることになった。
長屋と長屋の間にある机と椅子へ移動中厠についてルルからご説明。
ルルと一緒に遊ぶ! と言っていた子ども達は別の若い女性が来て「紙芝居を借りたよ」と叫ばれて林の近くへ移動。
彼女は嫁いで機織りとして働いている元住人でたまに妹に会いに来るそうだ。
「姉ちゃんは後で遊んであげるね」とは愛くるしい子達だけど皆かなり元気溌溂なのでびっくりもしている。
「厠付きって嬉しいけど汲み取りが中々来ないので臭くなるから緊急時以外はこの共同厠がええかと。それか臭い対策です。消し草を混ざると良い感じ」
消し草は林の手前だけにやたらと生る草らしい。やはり正式名称は不明。こちらも消し草戦地と言われた。
実家は水路に繋がっていた話をしたら「誰か工事してくれないかな。会議案件です」とルルに感心された。
厠が水路に繋がっているのが珍しいのは東地区もそうだけど川の近くなのに違うのは私としては不思議。しかも厠の下流側にしばらく民家はないから余計に。
「出すものは同じなのに家柄で買取値段が違うなんて驚きです」
「そうなのですか⁈」
「ウィオラさんも知らなかったんですね」
「ええ。実家は水路に繋がっていましたし他は汲み取りが来てるからみたいな話しかしていません」
「共同部分を汚く使うと大々的に虐められるので気をつけて下さい。ここら辺の人はネチネチしていないから正面衝突喧嘩です」
正面衝突……その方がサッパリしていて良いのかな?
「薪割りをしてみましょうか。我が家の斧と場所を使って下さい。薪盗みは大喧嘩になるので気をつけましょう」
大喧嘩って盗みは犯罪だと思うけどな。
「盗んだか盗んでいないのかはどのように分かるのですか?」
「自分の目と頭と勘です。普段から周りの家の生活を見ておくこと。自分の家の持ち物をしっかり把握しておくこと。不安なものは鍵をかけたところへしまう。見て分かる通りこの長屋は人が全く居ないことはありません。見慣れない人を見かけたら複数人で誰かに聞いて不審者なら追い払います」
「そうなると釣りの方はどなたかのお知り合いでしょうか」
「あそこは追い払い場所ではないです。土手からの階段2箇所の間あたりがなんとなくこの長屋の庭みたいものです」
私の部屋と大家の間の階段ともう1箇所の間。夜になるといくつかの場所に鈴縄を張るそうだ。
「一度泥棒に入られると次々続いたりするので皆で防犯です」
「ようやく大家さんが説明してくれたことと同じことを聞けました。鈴とは言っていなかったですけど夜は階段のところに縄を張るから防犯していると」
「土手なんて降りたい放題ですからあちこちに尖った木とか鈴を設置しています。面倒でも階段以外使わないようにして下さい」
「まあ。誤って転がってしまった方がいたら危険です」
「滅多にないから泥棒対策の方が大切です。仕方ありません」
薪割り場所は1号長屋と1号長屋の間、薪を積んであるところの近くだった。彼女達は薪積み場所を1つ占拠しているそうだ。
薪割りをしてみようとしたら「それではダメです」と姿勢や斧の持ち方を直された。それでもよたよた。
ルルは惜しげもなく白い足を見せて「どりゃあ」と聞こえそうな斧振り。
「まあ。薪拾いなどをしてもらう代わりに10部屋分の薪割りは2人の兄がしています。特に兄ちゃんです。鍛錬だって言うて他の家の手伝いもします。もちろん有料です。兄ちゃんと交渉して下さい」
薪は買うだけだと高くなるから近くの山へ行くらしい。近くというけど景色からして少々遠そう。
山をチラッと見ていたらルルはそのまま喋り続け、エルが近々春の山菜採りに行くから気になるならどうぞと言われた。
「そういえば3つも1号長屋ですけど呼び方はありますか?」
「兄ちゃんの話題を無視してもお顔が反応しているから無駄ですよ。今のは面白おかしくではなくて単に説明です」
「無視していません。頷きました」
「見ていませんでした。ウィオラさんはこうやって言い返せるから大丈夫そうです。皆言いたい放題なので合わない人は合いません」
私達の住む10部屋の長屋は3つ横並び。合間に共同かまどや薪の置き場所がある。
広い通路を挟んだ向かい側にも同じ。共同厠は私の部屋からは遠い、川に近い2号長屋の端、川の下流側にあって手洗い場もあった。
下流側は畑や林になっていて上流側には大家の家や町屋が転々と並んでいる。
蛇やら水害恐れで不人気らしいけどその水害でもこの長屋は少なくとも父親の親の時代から滅んでいないと教えられた。
山だけではなくて近くの林でも薪拾いをするけど勝手に「俺が林管理人だ」というオジジがいて絡まれると少々面倒。今年はもう終わったけど植林小祭りで毎年育てた苗木を植えているという。
おじい、おばあ、オジジ、オババ、姉ちゃん、兄ちゃん、こよちゃんと名称が沢山。
おばあちゃん達とかお母さん達にお父さん達とも言うし子ども達がなぜこよちゃん達なのかは不明だし普通に子どもらとも言う。区別は「なんとなく?」らしい。
ここは土手の下でさらに下るとわりと大きな川。水路がしっかりあるし川に近いのも人気と梅園屋で聞いたけど近くの町屋は不人気かつ土地も余っているとは謎の地域。
大雨の時は川の氾濫に注意だけど長屋の玄関まで水がきたのはかなり昔の大豪雨の時だけらしい。
「向こうから上長屋、中長屋、下長屋です。大家さん側から番号。あとはそれぞれにかまどさんとかウィオラさんなら長屋お嬢さんとか先生とか呼ばれるかと。兄ちゃんの口にしたたぬき美人かもしれません」
しっかり聞いたつもりだったけど大家はかなり雑な気がするし私も色々抜けている。
住所は南3区6番地トト内川辺長屋1号棟で大きな郵便受けが3つの1号棟分だから3つと思っていたけど説明はされていなくて、ルルから教わって「こよちゃん達が虫とか飼っています。泥団子保管とか」と2つは使えないと判明。
なんとなくこよちゃんはかなり幼い子達の事を指す言葉な気がした。
おまけにトト内川辺長屋は他にもあるから「橋無し」と「林隣」に「土手下」と書かないとここには届かないという。
「地元民ばかりなので郵便なんて滅多に来ませんしお節介オババとかが誰のところ? って勝手に預かって玄関に差し込んだりします。郵便配り係をしたくないからです」
「本当にありがとうございます。住所が中途半端なんて思いもしませんでした」
「あの大家は皆にヤイヤイ言われすぎて嫌になって基本住人に丸投げの道を選んだらしいです。だから説明が雑というか何だったか忘れてしまっていたり変更を分かっていません。母も説明しそうですけど次はアホな遊び男と変な人の部屋紹介をします」
「はい」
まずは、とルルが歩き出した時に「姉ちゃんただいま」とエルによく似た女性が声を掛けてきた。男性と一緒だ。
2人とも旅装束みたいな格好で女性は釣り竿を2本持っていて男性はカゴを背負っている。
「ウィオラさん、4女のレイです。隣は妹の奉公先の旅館の料理人見習いさんでヒズヤさんです。レイ、ヒズヤさん。こちらは今日兄ちゃんの隣に引っ越してきたウィオラさん。来月からロカの女学校の音楽の先生」
2人と私は軽くご挨拶をした。
「ヒズヤさん、今回も大漁でしたか?」
「ええ。リルさんが変なウツドンを釣りました」
ウツドンなんて聞いたことがない。
「変なって何ですか? リル姉ちゃんが書いた絵で見た限りそもそも変顔蛇魚です」
「赤と青のしましまです。年配の漁師さんが久々に見た。食べられると言うて捌いてくれました。しゃぶしゃぶを勧められましたよ」
「だから今夜はアサリ鍋で変なウツドンのしゃぶしゃぶ。アサリ掘りをうんとしたよ」
「それでは自分はこれで。レイさん、また職場で」
「荷物持ちありがとう」
ヒズヤは背負いカゴを近くの机の上に置いて帰宅した。彼はレイの恋人なのかな?
「ヒズヤさんって結局男色家疑惑はどうだった?」
ケホッと私は小さく咳き込んだ。ルルとレイも私の動揺には気がつかなかったようだ。
「両方だって。どっちにも惚れたことがあるけどなんだかんだ女性かなぁって。順番に誘ってるけど誰もピンと来ない。働いてる方が楽しい」
「そっか。私は夕食を食べて夜勤前の兄ちゃんに送ってもらうけどレイは明日早番? 夕食後にすぐ帰る?」
「明日休みって言わなかったっけ? ロカの先生の歓迎会はいつなの?」
「お母さんがルーベルさん家から帰ってきたらウィオラさんを長屋長さんに紹介してちび饅頭を配りつつ挨拶回りをして、そうしたら自然と歓迎会な気がする。あっ、兄ちゃんが夜勤で明後日休みだから明日の夜かも?」
「それなら今夜は勝手にしゃぶしゃぶにしようよ。ロカの先生になるって言ってもお母さんが挨拶周りの付き添いをしないといけないの? 別にルルでいいじゃん。そもそも女学校の先生が何でまた長屋暮らし? 女学校の先生って何だかすごそうだけど」
ルルは私の生い立ちも芸妓からなぜ女学校の先生なのかも全部説明してくれた。
ネビーとルルの時と同じで割と早口でポンポン会話をしていくから合間に入れない。
「ひゃあ。それはお母さんは私が世話を焼くよ! ってなるね。お母さんはお節介だから。ロカの先生で誰も知り合い……5年間お世話になった置き屋の方とか友人は?」
「さあ? そういえばそれは聞いてない」
2人が会話を止めて私を見たのでこれで喋れる。
「困ったらまたお世話になるつもりです。臨時講師として雇ってもらえたのがこの地域で置き屋は1区で離れてしまいました」
「1区と3区だと遠いですね。兄ちゃんは馬で行くか鍛錬だって走りまくりますけど海より遠いです。同じ3区内でも6番地まであって広いですもん」
1番地から6番地まではかなり遠い。幸せ区になると8番地まで広がるのは知識としてある。
「私も兄ちゃんみたいに馬に乗りたいなあ。ええなあ。乗せてって言うたら規定でダメだって。緊急時のみって。つまんない」
「レイ、つまんないって兄ちゃん下手したらクビになるよ」
「分かってるよ。兄ちゃん……長屋に住む本物のお嬢さん?」
レイはルルから私へ顔の向きを変えてニンマリと笑った。姉妹だから思考が似ているの?
「レイ、お嬢さんどころかお嬢様だよ。見れば分かると思うけど。卿家のお嬢さんと比べても違う」
「うんさっきから思ってたけど違うね」
「ここらの他の人達はお嬢さんとお嬢様の違いが分からなくても私達なら分かるね。ウィオラさんはロマン女性で根性がありそうだけど蛇や蛙に怯えていたし水汲みは1つの半分しか出来ないの。派手なしましま蛇を見つけられないし」
我ながらガサツになったなと思うけど私はそんなにお嬢様なんだ。
「兄ちゃんは? ウィオラさんにもう会った?」
ルルが今日の私と彼女の出会いからネビーとのお別れまでを説明した。
「そんなに自分で世話を焼いたの? 自分で?」
「うん。自分でおせんべ焼いた。醤油味」
「釣れないネビーなのに?」
「うん。まるで入れ食い」
「冷え冷えネビーなのに?」
「うん。あつあつおでんみたい」
何なのこの会話。醤油味は濃いって意味?
「ここまで来ると男色家かいびられないように隠して結婚をひたすら我慢させている恋人がいるのかもって思っていたけど家のこととかロカが元服するまではってやっぱり本気みたい。バカだから隠すとか無理だから当然だけど」
「ふーん。長屋に住んでる本物のお嬢様ならロカが元服するまで自分は二の次とか言わないかもね。コホン。ウィオラさん。兄ちゃんは欠点は沢山あるけど優良物件で取り合いです。ぜひ狙って下さい」
ルルとレイは全く同じような愉快そうな笑顔を浮かべた。2人に増えたからなんだかたじたじ。




