開幕前
大陸中央煌国。
この国の結婚は基本的に家と家の結びつき。上流層になればなる程そうなる。
私は上流層の家に生まれた。多分上流の中では下という身分。稼いで納税額などを満たすと苗字や特権を与えられる代わりに義務も果たさなければならなくなる豪家に生まれた娘。
煌国は不平等な国。稼げば稼ぐ程寄付や納税額は増えていく。苗字無しの平家だろうが華族だろうが家業を継ぐ関係では優遇されて逆は冷遇される。
煌国の身分は皇族、皇族の血脈である華族、豪家と商家、平家。
豪家は「お金持ち」が定義なので家業を問わない。収入調査をされるので許される理由がない限り豪家拝命は拒否出来ない。裏道はありそうだけど見抜かれたら犯罪者。
商家は何かを売る家業の家で豪家と似たような家柄だ。この家は商家ではないの? とか豪家ではないの? と思うこともあるけど大差ないから誰も気にしていない。
そこに特殊な立ち位置、国の犬と呼ばれる役人家系の卿家と苗字はないけれど平家とは呼ばれない農家、漁家がある。
それぞれの身分にそれぞれの特権と足枷があり華族の中でも格の違い、豪家の中でも格の違い、それぞれの身分を超えて家業による優位性などがあり、身分ごとの法律や地域性も加わるので上下関係は多種多様。
農家や漁家が集団で激怒すれば飢え死にさせる気かと賛同した平家や賛同者が蜂起して皇帝陛下交代や、多くの平家に敵対されて商家が潰されるということが起こる国なのでどの家柄なら偉いとは一筋には言えない。
我が家は茶道に並ぶ女性の嗜みである琴と三味線を教える一門の頂点。
この国が祀る神々に捧げるのはお酒と音楽と舞なので芸事は娯楽だけではなく国の運営に関わる必要文化。
なので東地区ムーシクス琴門宗家はかなり良い家柄。ムーシクス琴門宗家次女ウィオラ・ムーシクスお嬢様とは私のこと。
長女ハルモニアは分家から婿を迎えて2人揃って家業を継ぐ。弟のウェイスは跡取り予備なので嫁取り予定。
この2人に挟まれた私に求められる結婚は家業を堅実に守るための結婚か事業拡大のための結婚。
両親、主に父が事業拡大を選んだので私は東1区で人気の陽舞伎家業の大商家トルディオ家の次男ジエムと縁結び。
陽舞伎や舞踊に楽語などの演劇系、奉納演奏や祭りや宴席を彩る置き屋などの芸事の世界は花柳界と呼び琴門と花柳界は切っても切り離せない。
しかしムーシクス琴門は主に手習、学校関係、楽団などが主な事業。なので花柳界とは遠い。
トルディオ家は輝き屋という看板を掲げる陽舞伎一座で公演を行っているのでまさに花柳界に属する家。
輝き屋は音家という独自の家系を2家抱えている。
煌国では3は縁起数字。輝き屋の音家はあらゆる楽器演奏を担っているけど琴や三味線の印象は少々弱い。
琴門がそこに加われば陽舞伎役者や現在の奏者だけではなくて更なる客を呼べる可能性。そこで我が家というか父はこの3家目の音家争いに参戦。
ムーシクス宗家とトルディオ宗家を結ぶために次男ジエムと次女ウィオラは縁結び。
私と父を中心とした音家が輝き屋をさらに輝かせる。
ムーシクス琴門宗家は父の弟である一等分家と統合。
我が家はムーシクス琴門宗家と輝き屋音家宗家に分かれてムーシクス琴門門下生は贔屓で得られる陽舞伎奏者の枠を与えらるから今までとは違う種類の門下生が増える。そういう期待。
父の野心は独身の頃からで両親と一部の門下生が努力その他で輝き屋奏者に食い込んだことが始まり。
その次はジエムが私に惚れたこと。
私が6歳、ジエムが8歳の時の輝き屋の新年会は我が家の転機だった。
私を含む子ども演奏会で彼は私に惚れたらしい。らしいというか本人から聞いたし文も沢山もらった。
私が半元服の8歳の時にジエムと縁結び。ほぼほぼ結婚しますという契約である結納をした。したというかさせられた。
最低結納可能年齢は8歳。最低祝言可能年齢は成人と認められる16歳元服の日から。祝言は早くて20歳の予定。大豪家の娘としては平均より少しばかり早い。
そうして私は8歳から琴と三味線以外に陽舞伎女流役者の勉強や稽古を開始。舞、歌、演技などである。
陽舞伎は男性役者の舞台だけど宗家の女性だけは役者になる。役者をしなくても息子教育に役立つので強制勉強と稽古。
花柳界の大半は色恋の世界。陽舞伎を始めとする人気公演の舞台には色恋話が多いからだ。
私は女性は元服するまで色恋から離すという家で、ジエムは役者には経験が必要なので男性は色恋自由みたいな家。
結納後からトルディオ宗家で行われる稽古から我が家へ帰宅する際の送迎は私を見張って色恋その他から守る使用人にジエムが追加。
11歳になる年、女学校の寮に入りたかったのに「家から通える学校だし輝き屋での稽古がある」と却下された。稽古は寮からも通えるのに。
姉が寮生の方が仲の深い友人が出来ると言っていたから姉と同じように寮に入りたかった。
早朝もだけど放課後の大半を稽古に費やす。ほぼ毎日輝き屋通い。つまりほぼ毎日ジエムと会わないといけない。
そんな悲しみの春。
「今日の俺の稽古を見てどう思った?」
「昨日と特に代わりないです。つまり良かったです」
嘘。ろくに観ていない。稽古の合間の休憩時間に強制見学だから疲労でぼんやりしていて印象がない。
「ふーん。なあ、少し付き合えよ」
突然手を繋がれて茫然。走り出したジエムに引きずられるように攫われて使用人と離された。おまけに路地へ連れ込み。
「ハレンチです! 触らないで下さい! 結納していても成人まではそれが常識です。それが誠意です」
私はそう言われて育っている。男女共学だけど教室は男女で分けられる小等校でもそう言われてきた。
「それはそっちの常識で俺には俺が学ばないといけないことや常識がある。嫁いでくるんだからそっちが合わせろよ。顔がイマイチなんだから他で楽しませてくれないと」
両手を片手で押さえられて着物の裾をめくられかけたところに使用人登場。私は無事に救出された。
使用人が両親に報告してからどうなるのか知らないけどジエムのこの勝手や乱暴は徐々に悪化中。
ジエムは嘘つき。未成年の色恋は芸事のためだとしても推奨されていない。私が知っている範囲、つまり表向きなのかもしれない。
この日は手首に少しあざが出来てしばらく痛かった。
私は母に「女性は身を守れた方が良いです」と頼み込んで武術を習う事にした。
護身系の合気道の家庭教師をつけてもらえて安堵。それから姉が拾ってきて祖父その他が躾けた愛犬プラエトリアニをなるべく連れて歩くようにした。
姉曰く古い言葉で「近衛兵」らしいので名前にピッタリの役を与えることにしたのだ。
「アニ、私が合図をした時は吠えるのよ。噛んではいけません」
私はそんな風にプラエトリアニにひたすら教えた。
少し経った14歳のとある日。
女学校への登校には付き添いがついて男性と接しないようにされることが多い。
家を結びつけるための色恋が推奨されるから悪縁になるような色恋に落ちたり遊ばれないようにだ。
だから結納済みの私はジエムに恋をしなさいと毎日会わされるし、他の男には近寄るなと見張られている。厳しさは異なるけど同級生も似たようなもの。
「すみません。こちらは文通お申し込みです。そちらの梅柄袴の女性へです」
私と友人達が通学中に男子学生が付き添い人へ手紙を渡した。申し込まれたのは私の友人。
これが噂の文通お申し込み。初めて遭遇。文通お申し込み書には身分と家業と学校または職場が記載されていて祖父母や両親に見せて「文通して良いです」と言われたら文通可能。成人していれば自己判断しても良い家もある。
友人への文通お申し込み書は龍歌に押し花付きと雅だった。素敵。
文通しますと返事をしたら通学中に手紙をやり取り出来る。
卒業後なら家や手習先や職場などに文通お申し込み書が来る。街中ならなるべく両親らしき人物に渡すけど渡すだけなので本人でも良い。まずは文通が誠実で素敵。
良家の男性はそうなので文通お申し込み書を正式な方法でしっかり渡すことは格好良い。
両親の許可が出れば簡易お見合い。もう少々両者の情報を交換した上で付き添いつきでお出掛けをする。
その次は結納も考えていますので他の人とは縁結びをしませんと口約束する半結納。
ほぼ同時期に行われるか先に行われるのが家と本人の詳細情報や結婚条件を相手に提供する結婚お申し込み。真剣でこちらは他の全ての縁談を断るのでお見合いをして下さいという意味。
受け入れたら家と家をどう結ぶか両親や本人達で話し合い。同時に付き添い付きでお出掛けをして仲を深める。
それでほぼほぼ結婚しますので契約を交わしましょうというのが結納。そうして問題なければ祝言。
これが良家の恋愛でいわゆるお見合い結婚。文通からいきなり結納、結婚お申し込みでいきなり殴り込み、いきなり結納からなど色々なお見合い結婚がある。
結納後は婚約者なので見張りは緩くなりがち。契りを交わさなければ両者というか主に女性が嫌がらない範囲なら触れて良い。
いきなり結納は少ないのでこの頃にはもう沢山交流しているはずだからだ。
文通から始めたような人達だと結納中に子どもが出来たみたいな人もいるのでゆるゆるな人は本当にゆるゆる。
結納破棄には裁判や違約金発生などが関わってくるので不道徳、不義理、犯罪は禁止。
つまり私とジエムもお見合い結婚予定。この国の多くの者はお見合い結婚をする。
勝手に仲良くなって家を丸無視して結婚することが恋愛結婚。
平家でさえ中々ないそうでそのような結婚はどこにあるのか不明。恋愛結婚しようとするのは悲恋物の定番。
月日は過ぎていった。
喧嘩をしたとか、ハレンチなことに女性とキスをしていた噂や私自身が目撃したとか、暴言や強く掴んだり無理矢理ハレンチ行為をしようとするからジエムをどんどん嫌いになっていった。
ジエムは容姿が良いので私と彼と付き添いが歩くのを見かけた友人達は「婚約者さんは格好良いお方ですね」と言うし、同級生には「ブサイクのくせに」みたいな嫌味や軽いイジメに合うことがある。
私は嫌いなところや嫌な思い出ばかりでジエムを格好良いと全く思わない。
陽舞伎役者の才能があるジエムは人気役者の道へどんどん進んでいる。なぜ婚約者がアレなの? みたいな噂も飛び交う。
そうして間も無く16歳元服を迎える12月。
年末で女学校は卒業。元服日は休みなので輝き屋一座に「ジエムの婚約者」として正式に公表される。これからは主に輝き屋の奏者や役者として働くことになる。
仕事は良いけど成人結納者になると指1本触れないで下さいどころか手を繋がないでとかキスしないでと言えなくなるから最悪。常識の範囲だからだ。
知らないけどキスには種類があるらしいので「このキスなら嫌」なら拒めるらしい。
触られるのも過激なら嫌だと拒める。とにかく付き添いとプラエトリアニに守ってもらうしかない。絶望。
早く婚約破棄になりたいというか私はもう「家族も家業も門下生も知らない。耐えられない」と思うくらいジエムが嫌い。大嫌い。
「ウィオラはもうすぐ元服だな」
私は久しぶりにジエムに我が家へ送られている。年々ジエムは私の送迎をサボるようになった。実に嬉しいことである。
手を握られたくないので前で手を組んで彼から少し離れて歩いている。
「そうですね」
「お披露目式の稽古の様子を見たけど予行練習が楽しみ。お前は本当に才能がある。役者としても役者を引き立たせる演奏でも」
「そうですか」
ジエムに褒められるようになった頃には既に嫌いになっていたので会話はいつも右から左へ聞き流し。
「おい。いつもいつも腹の立つやつだな」
「こういう性格や顔つきです。ブサイクですし」
「まあ確かにこの顔はそうだな。特徴がなくて脇役や有象無象。誰も見初めないどころか覚えない」
顔を覚えてくれている家族も友人知人もいるけどね!
ジエムの片手が私の顎を掴んだ。痛い。足でこっそりプラエトリアニの横腹をなでなでするのは合図。プラエトリアニに吠えてもらった。
「またいきなり吠えてうるせえ犬だな」
ジエムはチラリとプラエトリアニを見てうんざり顔をした。
「虫がいたのでしょうね」
プラエトリアニが蹴られないように離しているけど蹴られそうになったら私が蹴られる。それで無事に婚約破棄。婚約者への暴力は契約違反。付き添い人がいるので証人になってもらえる。
私がわざと怪我をして「暴力を振るわれた」だと無駄。証人がいない。
いつからだったか覚えていないけど、ジエムは私に何か思うところがあるようで現在は彼も付き添い人をつけている。
「今度の役にはこういう場面がある。練習させろ」
「離して下さい」
「そうそう。嫌が……待て!」
「ハレンチです!」
強制的な濡れ場ってことみたいで付き添い人がいるのにキスをされそうになったけど何とか逃亡。
私はこのままではジエムとお見合い結婚。心底嫌だ。
気をつけていますが誤字脱字修正をいつもありがとうございます。
他シリーズと同じく独自大陸の話なので造語や独自設定がちょいちょい出てきます。