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拝啓 名前も知らないあなたへ

作者: 光宮 桜

小学校の図書室でこんなお話を読みました。それは手紙を書いて瓶に詰め、海に流すと、海の向こうに住んでいる人がそれを拾ってお返事をくれる、と言うものです。

なんて素敵なことだろうと思いました。早速試してみようと思い、家に帰ってお母さんに便箋をもらいました。漢字はまだ少ししか書けません。お母さんにもらった便箋の枠に収まるように書くことも出来ませんでした。でも、この胸の高鳴りを止めることは出来ません。


海へ流しに行くときに、近所のおばあさんに出会いました。

「こんにちは、ゆりちゃん。そんなに急いでどこへ行くの?」

「おばあさんこんにちは。今ね、手紙を瓶に詰めてこれから流しに行くところなの。」

「あら、それは素敵なことね。返事、届くといいわね。」

「うん、それじゃあ!」

私は小走りでその場を後にしました。


海に着いて瓶の蓋が締まっているのをもう一度確認し、素敵な人に届きますようにと願いながら少し遠い所へポチャンと投げ入れました。


それから何回か海へお手紙を流しに行ったけれど、なかなか返事は返ってきません。

おばあさんに相談しに行くと、「海の向こうから返事が届くから時間がかかる」と言われました。確かに、と私は納得して、気長に待つことにしました。


それから数日後、ポストに私宛の手紙が入っていました。

私は嬉しくなってその手紙を握りしめ、おばあさんの所へ走っていきました。

封筒を開けると可愛い丸文字で文章が書かれていました。読めない漢字があったのでおばあさんに読んでもらいました。


-----------------

お手紙拾いました。

私も海の向こうの人とお手紙を交換してみたいと思っていたのでとても嬉しいです。

実は私もゆりちゃんと同じように海の向こうの人へ瓶に詰めた手紙を書いたことがあるんですよ。

仲間が出来て嬉しいです。

これからよろしくね。

-----------------


手紙にはそう書いてありました。

私はまた手紙を書いて瓶に詰めて海へ流そうとしましたが、おばあさんに「今度は送る相手が決まっているから海に流しちゃダメ」と言われました。


私は家に帰り今度は便箋と封筒をお母さんからもらい、手紙をしたためました。私は書いた手紙を封筒に入れ、お母さんに預けます。そうするとお母さんが郵便局へ持って行き、手紙を相手に届くようにしてくれます。


それから何度か海の向こうの相手とお手紙の交換をしました。それはとても心が躍り、わくわくするようなそわそわするような不思議な感覚でした。

いつもと同じようにポストに入っている私宛の手紙を受け取り、おばあさんの家に行くと、出迎えてくれたのはおばあさんではなく娘の祥子さんでした。

祥子さんの話によると、おばあさんが体調を崩して今は休んでいるとのことでした。

私はおばあさんに「早く元気になってね」と伝えてもらうよう約束すると、手紙を持ったまま家に帰りました。


その日はお母さんに手紙を読んでもらいました。


それからおばあさんの体調が良くない日が増えていき、それと同時に手紙が送られてくる頻度も減りました。

私は楽しみを二つ同時に失うような、寂しい気持ちになりました。


それからしばらくして、おばあさんは亡くなりました。

おばあさんが亡くなってから、手紙はパタリと来なくなりました。

私は毎日ポストを確認しましたが、もう私宛の手紙は届きません。悲しい足取りで玄関に入ると、これまた悲しい顔をしたお母さんが教えてくれました。

「ゆりちゃんが文通していた相手、あれ、近所のおばあさんだったの。」

え!?と、私に衝撃が走りました。

おばあさんの字を見たことがあるが、とても達筆で私には読めませんでした。それに手紙に書いてあった字はとても可愛らしいものでした。

お母さんの話によると、文字を書いたのは娘の祥子さんで、海に手紙を流して返事が返ってこずにがっかりする私の顔を見たくないので、お母さんにお願いしてやりとりをしてくれれていたと言うことでした。


そう言えば、私は相手の名前も住んでいる住所も知りませんでした。

私はもう一度お母さんに便箋と封筒をもらいました。そしてリビングの椅子に座り、鉛筆を持ち、ありったけの気持ちを込めて手紙をしたためました。

書き終わって封筒に入れると、お母さんには渡しません。手紙を送る相手を、私はもう知っているから。


書きたてほやほやの手紙を持って、おばあさんの家へ向かいます。チャイムを鳴らし、祥子さんが「はーい」と言いながら玄関の扉を開けると私はこう言いました。

「おばあさんに手紙を持って来ました。」

祥子さんはびっくりした顔で私を見つめ、そして優しい表情になり、私を中へと通してくれました。

仏壇にはおばあさんの遺影が飾られています。私はその前にそっとおばあさん宛の手紙を置き、手を合わせました。


おばあさんは子供のころ、私と同じように手紙を瓶に詰めて流したことがあるのだと、祥子さんが教えてくれました。それは、手紙に書いてあったことと同じです。おばあさんは返事が返ってこなくてがっかりした経験があるので、私にはそんな思いをしてほしくなかったのではないかと、祥子さんは言いました。


私はおばあさんの気持ちが嬉しくて、その場で泣いてしまいました。祥子さんは私の背中を優しく撫でてくれます。もっとおばあさんとおしゃべりがしたかった、もっと手紙のやり取りをしたかった、いろんな感情が私の中に押し寄せてきます。


おばあさんは私に手紙のやり取りの楽しさを教えてくれました。手紙を書く楽しさ、返事を待つときのドキドキ感、小学生の私にとても素敵な経験をさせてくれました。


私はあの頃よりも書ける漢字が増えました、英語も書けるようになりました。今は学校でペンパルの制度を使って海の向こうの、外国の人と手紙のやり取りをしています。

おばあさんからもらった手紙は、今でも私の宝物です。もうおばあさんからの返事は来ないけれど、あの日送った手紙は、きっと天国に届いているよね?


---------------

拝啓 おばあさんへ

今まで私に付き合ってくれてありがとう。

手紙のやりとりも、おしゃべりも、とても楽しかったです。

天国はどんなところですか?

天国でも手紙のやり取りをしてくれる人が見つかるといいね。


ありがとう、さようなら。


ゆりより

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