章 第四「20120423-0428fragment■///フドウ大地に立つ!!」第一幕
※本作はシナリオライター笠間裕之先生の小説『木造ロボ ミカヅチ』の二次創作です。こちらだけでも読むことができますが、両方合わせてより楽しく読めるよう工夫しました。ぜひ原作もチェックしてくださいませ※
https://ncode.syosetu.com/n4681ci/
笠間裕之先生公認 巨大ロボ×日本神話 異色のご当地ロボ小説 まさかのスピンオフ!!
中学生になったばかりの伊能彩雲はちょっぴり剣術が得意なふつうの女の子☆ ひょんなことから幼馴染のお寺に隠されていた木造のロボットが明るみに出てもう大変!>< え?鹿島に出現した未知の脅威が私の故郷にも迫ってるの?それを防げるのはこのロボットだけ?そーゆーことならやるしかないじゃん!行くよフドウ!! そんなこんなで純情乙女の一大バトルスペクタクル、始まっちゃいます!鳴濤山不動院長勝寺で私と握手!!
1週間に3話ずつ、月・水・金辺りで更新予定。既に完結していますので最後まで安心してお読み頂けます。
この作品は「n4681ci」の二次創作です。作者より許可を頂いています。
「えー……嘘、ほんとに辞めちゃうわけ?やっぱあれだった?一年生で一人だけ朝練出てたのが上級生にも同級生にも妬まれて居場所がなくなったりー、とか?」
「いや全然!みんな良い人ばっかりですっごい楽しかったし、別に不満があって辞めるわけじゃなくて……」
職員室にて、女子陸上部顧問を務める教師・村井が彩雲の退部届を眺めながら口を尖らせる。いかにも新米教師といった感じで頼りなさは否めないものの、生徒の目線に立って話してくれると評判で好かれている。
「そーお?なら今の言葉、信じるけど。伊能さん、何か悩んでるならちゃんと誰かに相談しなさいね。私でも良いし。力になるから」
「うん、先生ありがと」
彩雲が会釈して職員室を去ると、横で話を聞いていた同僚が村井に近づく。
「平気ですかね、あの子。何か隠してません?」
「隠し事の一つや二つはあって当たり前ですよ。思春期なんだもの」
「まあ、それはそうですけど……」
自転車に跨がって校庭を横切る。いつも玻那華がしているように。初めて外側から見た陸上部は青春の色に輝いて見えて、あの場所に昨日まで自分がいたことが半ば信じがたいことのように思えた。それでも不思議と名残惜しいとは思わなかった。
まっすぐ城址公園へ向かうと、倉庫は既に開いていた。鎮座するフドウの前に昨日見た男性が立っている。フドウの装甲を外して内部を点検しているようだ。
「えーっと、承さん、だっけ?」
「やあ、お嬢さん。この間はお疲れ様。勇ましくって、頼もしい限りだよ。面と向かって話すのは初めてだね。俺は鮎貝承一。フドウ様は祖父さんから任されたんだ。昔は地元の船大工が専属でフドウ様の整備をしてくれてたらしいんだけど、俺が子どもの頃にはもうそんな人はとっくにいなくなってしまっててね。若い頃に年季を入れた大工の技術と趣味の車いじりの知識で何とか悪くはならないように維持してるって感じ」
「うっわー、初対面でいきなり不安になる自己紹介ありがとうございます」
「挨拶は済んだかい」
音もなく近づく老婆に二人は悪気なく驚く。
「ばあちゃん、いたの?」
「今着いたとこだ」
よく考えたら玻那華と承一、年の離れた従兄妹二人の祖母である忍海は一体何歳なのだろう。彩雲が寺に出入りするようになった小学一年生の時には既にこの仕上がりだったのだが、昨晩の山を登り降りしても全くへたれない健脚ぶりには素直に感心した。
「神騎の操縦は習うより慣れろだ。承、天蓋を開けとくれ」
「へい、じゃあ早速……」
正座のまま停止しているフドウの背中へひょいひょいっと登って、手慣れた様子で重いキャノピーをこじ開ける。
「何をぼさっと眺めてる、あんたが乗り込まなきゃ始まらないよ」
「分かった分かったって、」
促されるまま背中をよじ登り、コクピットを覗き込む。内部は暗くてほとんど何も見えない。忍海の威圧するような視線を感じながら恐る恐る身体を滑り込ませる。
「へえ、中ってこんなふうになってるんだ……」
倉庫天井の薄暗い照明を頼りに周りの様子を探る。外装と同じく内装も全て木でできている。角や出っ張りが一切なく、身体をぶつけて怪我する心配はない。じっと息をひそめていると不思議に気分が安らぐ。
がこん、という鈍い音と共に視界から光が消える。キャノピーが締められたらしい。
「は?何も見えないんですけど。この中電気点く?」
「そんなものないよ。必要ないからね」
「え、じゃあモニターはどこ?レバーは?ボタンは?何かしらのスティックは?!」
「そんなものないよ。必」
「いや必要だよね?!よく分かんないけどこれ多分ししょーがしょっちゅう叩いて直してるテレビより精密な機械だと思うよ、ボタンもなしに動くわけないよ?」
「分かった彩雲ちゃん、一回落ち着こう、今開けるから、急に締めたりして悪かったよ」
「いいや、早過ぎる。開けるな」
「開けて……?」
訳も分からず閉所に閉じ込められて半狂乱の彩雲への承一の気遣いは、忍海の一言でしゅんと引き下がってしまった。
「良いかい、彩雲。神騎にはそんなもの必要ないのさ。」
「でもこのままだとあたし閉じ込められてるだけ……」
「そこに座ってる間、あんたは不動明王と一体になる。外を見るのは不動明王だし、歩くのも敵と戦うのも不動明王がやってくれる」
「それだとあたし何のためにいるのか分かんなくない……?」
「まあ、それは……」
珍しく忍海が言い淀む。
「人柱だわね」
「ほんっと身も蓋もないなー!」
木製のコクピットは音を吸収する。密室で騒ぎ立てる声も反響せず即座に消えてしまう。異様な静寂に耐えながら、彩雲は携帯電話を懐中電灯代わりに使うことを思いつき周囲を探ってみることにした。手元には操縦にまつわるあれやこれやが一切なく、床と平行に取りつけられたバーが両側にあるだけだった。このバーを握り締めていれば激しい衝撃を受けても無闇に身体をぶつけなくて済むだろう。きっとそのためのものだ。
正面には丸い銅鏡が安置されている。こわごわ手に取るとひんやりとして気持ちが良かった。背面は年月を感じさせる美しい緑青をまとっているが、鏡面はぴかぴかしていて擦り傷ひとつない。今は彩雲の体温が伝わって少し曇っている。丁寧に手入れされているだけでこんなに綺麗な状態で保たれるものなのだろうか。そんなことを思いながら、写り込んだ自分の不安げな表情が急におかしく思えた。じっと見つめて気を取り直す。
「それで、まずは何すれば良いの?」
神社本庁本部ビル。渋谷区代々木の夜景を一望できる一室に特異干渉対策班のオフィスがある。無人の会議室で一人PCと向き合う和泉の横に、缶コーヒーを二本持った山岸が座る。
「先輩、まだ帰れないんすか」
「そういう訳でもないんだけど、採取できた資料を今日中にまとめてしまいたくて」
「そういう雑務は俺がやりますから」
「資料を眺めながら、あれこれ推測を巡らせていたいのよ」
モニターには、山岸が日中撮影した写真と、霞ヶ浦との位置関係をマークしたGoogleマップが開かれている。
「ああ、さっき俺が行った場所だ。蛟魍神社、でしたっけ。やっぱり霞ヶ浦の件と関係あるんですか?」
「まだ何とも言えないわ。ただ、ここが祀ってるのは罔象女神で、霞ヶ浦に封印されていた蛟とはかなり近しい神格だから気になってる。地下には水の通り道が網の目のように張り巡らされていて、水神はそこを自由に行き来できるとも言われているでしょう?鹿島神宮にカチコんだ黄印とか言う偏執狂、無作為に見せかけて実は厄介なとこばかり狙ってたんじゃないかって思えてくるわ」
「俺も調査するにあたって少し調べましたけど、かなり謂れのある神社だったみたいですね。成立が紀元前二八八年って知って驚きましたよ」
「ええ。それも決して大げさな話ではない。蛟魍神社と言えば延喜式神名帳(※)にも記載があるし、関東では最古の水神社と言われている」
「現場は悲惨でしたけど、それを除けば綺麗なとこでしたよ。今度一緒に行きません?仕事とか関係なしに」
「危険な心霊スポットを巡る旅という訳ね」
「違いますって……」
アプローチをことごとくはぐらかされて、山岸は取り繕う術もなく苦笑した。
「話は変わりますけど鹿島の一件、上の方で揉めてるらしいですね。ここに来て防衛省が幅を利かせてきたとか何とか」
「図体ばかり大きい木造のガラクタ……文字通り木偶の坊呼ばわりして憚らなかったと言うのに、露骨な手の裏返しようね」
今日、自衛隊は適合者・武見衣乃理が神騎の搭乗者としての立場を放棄したことを理由にミカヅチを強制的に接収していた。
「現代兵器でさえ対応の結果が未知数の脅威に、神騎は目覚ましい効果を上げた。その理由を探りたいらしいっすよ。防衛装備庁が神騎を欲しがっていると聞きました」
「分解されでもしたら取り返しがつかないわね」
「やっぱり非常事態の立ち回り方は、防衛省の方が何枚も上手です。うちらの上層部は防衛省相手に喧嘩をして勝てるんでしょうか」
「正攻法ではまず無理ね。そのことは上も分かってるはず……神騎に兵器としての利用価値があると知られてしまった以上、文化財の保存のため、なんて理由では返還を承知してはくれないだろうし」
「現場の人間ばかりが駆けずり回って、上はおもちゃの取り合いか……何だかばかばかしいな」
「焦っているのよ。神騎が国防の要になる、そんな未来が思いの外早く来てしまったことに対してね。今後の計画のためにも、防衛省には手出しさせない。こんなところで出鼻を挫かれる訳にはいかないわ」
静かに熱のこもった和泉の言葉に頷いていた山岸がためらいがちに尋ねる。
「……プロトコル・オクタブリス(※)は、発動されると思いますか」
PCにレポートを打ち込む手が止まる。ややあって、和泉が答える。
「ええ、いずれは。確かな方法で決着をつけなければならなくなる時はやって来ると思う。でもそれはまだずっと先の話よ。上層部もいくら焦っているとは言え、勢い余って無闇に最終手段を行使するほど追い詰められている訳ではないし。それに、あれを発動するには関わるもの全てを神社本庁の支配下に置く必要がある。今はまだ、あの子たちを自由に泳がせておきましょう」
そう言って、和泉がモニターへ向き直る。白熱電球に照らされた朱色の神機が映されているが、正座したまま動き出す気配がない。
「ああ、例のお気に入りの。まさかミカヅチとミナカタ以外にも活動してる神騎があるなんて。よく見つけましたね」
■注釈
延喜式……平安時代の律・令・格の施行細則を集成した法典で、三代格式の内のひとつ。醍醐天皇により延喜五(九〇五)年に編纂を開始、延長五(九二七)年完成。全五〇巻ある内の巻一から巻一〇までが神祇官関係の式をまとめた神祇式であり、その内の巻九と巻一〇が当時重要視されていた全国の官社を一覧表にした神名帳である。ここに記載された二八六一社を「式内社」と呼び、当時既に存在していたはずであるのに記載のない神社を「式外社」と呼ぶ。式外社には単に格式を認められていなかったという理由の他に朝廷の勢力範囲外であったり独自の勢力を持っていたりするために外されている場合がある。
プロトコル・オクタブリス……五月蠅なす者との抗争が激化することを想定して神社本庁が立案した戦略防衛構想の最終段階を意味する隠語。全国で同時多発的に出現する怪異を出雲一カ所に誘導し、そこに予め集合させた神騎によってこれを調伏せしめるという大規模かつ組織的な総力戦、というのがその概要である。
毎年一〇月一一日~一七日の間に全国の神々が出雲に出向いて会議を行うという伝承になぞらえて、ラテン語で「一〇月」を意味するOctorbisをヘボン式ローマ字風に読み換えたのが名称の由来。
尚、伝承では鹿島神宮の武御雷槌命は鹿島の地で大地震を引き起こすナマズを抑えているため会議には参加しないとされている。また、諏訪大社の建御名方神も会議には参加しないとされる。かつて会議に出るため大蛇の姿を取って出雲へ行ったもののそれがあまりにも巨大だったため、驚いた他の神々が気を遣って「諏訪明神に限っては出雲にわざわざお越しにならなくても構いませんから」ということになったらしい。……どういうこと?
次回は7月5日(月)更新です