章 第二「20120420fragment■///対面・対峙・対決」
※本作はシナリオライター笠間裕之先生の小説『木造ロボ ミカヅチ』の二次創作です。こちらだけでも読むことができますが、両方合わせてより楽しく読めるよう工夫しました。ぜひ原作もチェックしてくださいませ※
https://ncode.syosetu.com/n4681ci/
笠間裕之先生公認 巨大ロボ×日本神話 異色のご当地ロボ小説 まさかのスピンオフ!!
中学生になったばかりの伊能彩雲はちょっぴり剣術が得意なふつうの女の子☆ ひょんなことから幼馴染のお寺に隠されていた木造のロボットが明るみに出てもう大変!>< え?鹿島に出現した未知の脅威が私の故郷にも迫ってるの?それを防げるのはこのロボットだけ?そーゆーことならやるしかないじゃん!行くよフドウ!! そんなこんなで純情乙女の一大バトルスペクタクル、始まっちゃいます!鳴濤山不動院長勝寺で私と握手!!
1週間に3話ずつ、月・水・金辺りで更新予定。既に完結していますので最後まで安心してお読み頂けます。
この作品は「n4681ci」の二次創作です。作者より許可を頂いています。
「はあ……どこまで歩くのー?急にだったからスニーカーで来ちゃったけど、がっつり登山じゃん!部活終わりにしんどいよー……」
「陸上部が情けないこと言ってるんじゃないよ」
険しい山道をサンダルでひょいひょいと身軽に登る老婆に案内されるまま、玻那華と彩雲は鳴濤城址公園に入った。江戸時代の廃藩置県に伴って廃された鳴濤城の跡地の山は、主な通り道以外は荒れて通行止めになっている。日が沈んでしまった中、道は倒木や崩れた土砂が放置され雑草が繁茂した足場の悪い傾斜地では懐中電灯が頼みの綱だ。
そうして道なき道の果てに辿り着いたのは山とほとんど同化するように立つ寂れた朱塗りの社殿だった。
「こんなとこにこんなものが……?」
「初めて見ただろう。誰にも見つからないように、ただ考えなしに歩いていたら絶対に辿り着けない場所に置いてあるのさ」
誇らしげな忍海に向かっ腹が立ったものの、ぜーぜーと呼吸の乱れた彩雲と玻那華に対して何の変調も来していない老婆には、悔しいが何も言い返せない。
「……さて、落ち着いてきたところで二人は浪切不動院の縁起を覚えているかい」
「そりゃ覚えてるよ、小さい頃からししょーに何度となく聞かされてきたもの」
忍海の目が彩雲に向く。
「えーっと、七三一年に東国を巡っていた行基さんが不動明王の像を刻んだんだよね……。その頃は石塚山の崖の下は全部海だったから、海難除けのために……その後、平安時代の初め頃にここに来た空海さんがその不動明王の像をご本尊として建てたお寺が、今の不動院の始まり……と。確かそうだったよね」
彩雲の答えを聞いた忍海が小さく息を吐く。それは溜め息にも聞こえた。どこか間違えただろうか?玻那華に目配せしても、喧嘩中のためか返事も頷きもしてくれない。激しい喧嘩をしたのが初めてだったので今まで知らなかったが、どうやら幼馴染は案外根に持つタイプだったらしい。
「良いかい彩雲、それは嘘だ」
「え?」
「えーっと、どの辺り?やっぱ行基さんとか空海さんとか歴史上の有名人が出過ぎだもんね、ほんとはもっと聞いたことない名前の人だったりとか?」
「失礼なことを言うねえ、そこは本当さ。良いか二人とも、尊像を刻んだ理由が「海難除け」だというのは他国にとある事実を隠すためのカムフラージュだ。実際真の理由を知る人は当時から少なかった」
「その真の理由って……?」
「海原の彼方より襲来する悪しき者共の殲滅、及び海岸線一帯の防衛」
「いやいやいやいや……」
中学生にもなると残酷な真実に直面することが多くなる。動物は人間と会話できないし、空飛ぶ車は未だに発明されていないし、サンタクロースは来ない。しかし、まさかその逆があろうとは。
「ここら一帯が海に覆われていた頃は、それはそれは荒れた海だったと云う。それを、行基や空海を筆頭とする徳の高い僧侶の法力によって鎮めてきたのさ。海を荒らしていた者共の呼び名は色々ある。怪異、妖怪、鬼、土蜘蛛……だが我々は特に罔象と呼んでいた」
「みづは……」
毎週の漢字テストに苦戦している彩雲はもちろん、本の虫の玻那華にとっても初めて聞く言葉だった。
「最初の大規模な襲撃は一六〇三年一二月だったと記録されている。それを境にあれらは勢力を拡大し始めた。今まで通りの方法では退けきれなくなり、不動院の僧侶たちは圧倒され始めた。空には常に黒雲が厚く垂れ込め連日雷が轟いたと云う。当然、農業も漁業も立ち行かなくなる。
「僧侶たちが苦慮していたところへ、紀州出身の漁師たちがある提案を持ちかけた。紀州の熊野三社にはそれぞれに巨大な神の依り代があり、それらが罔象を調伏してくれるおかげで自分たちが漁に出る時はいつでも海が穏やかで海難に苛まれることがなかった。それを造ってみてはどうだろう、と。一五五五年に西宮久助という紀州の漁師が九十九里浜に漂着したのを助けて以来、九十九里と紀州には交流があった。海が荒れていて困るのは九十九里で漁業に勤しんでいた紀州人も同じこと。不動院の僧侶たちは提案に乗り、紀州人を通して熊野三社に掛け合い、秘伝とされる強力な依り代の製造方法を知る技術者を招聘した。かくして、優れた漁師であると同時に優秀な船大工でもあった紀州人の協力を得て一台の依り代が建立された。それが」
突然ぱっと灯った照明で眼球に焼けるような痛みが走ると共に視界が明瞭になる。朱塗りの社殿だと思っていたそれは、実は建物ですらなく巨大な武者だった。厳かに正座した姿は大きな五月人形のよう。コンクリート造の大きな倉庫の中で中世の叡智が静かに息づいている。
「ししょー、まさかこれって……」
「神道が誇る可動式神籬・神騎の製造技術を密教の高僧が独自に発展させ、造り上げたのがこの機巧伽藍だ。不動明王の依り代にして鳴濤の守護者・フドウだ」
「やべえかっけえ……」
「どうしてこれを、わたしたちに見せることにしたの?」
「今日、我々の宿敵が復活した。未来の危機に備える義務が、あたしにはある。あんたたち二人に今日まで剣術を叩き込んできたのはこいつに乗せるためだ。あんたたちには今ここで勝負してもらう。勝った者には、フドウに乗って戦いに身を投じてもらうことになる。……気が引けるか?丁度良い機会だ、詳しい事情は知らないが二人とも、互いに思うことがあるんだろう。存分にぶつければ良い。それとも、話し合いで決めるかい?」
二人の少女が老婆に顔を向けたまま横目で睨み合う。
「良いだろう……承、木刀を寄越せ」
「え?承さん?」
玻那華が驚いたのも無理なかった。倉庫の中から現れたのは長勝寺の住職・鮎貝承一。七年前に亡くなった玻那華の両親に代わって彼女の保護者を務めてもいる。玻那華の父親の兄の子で、親子ほどの歳が離れているが血縁上は玻那華にとって従兄に当たる人である。
「俺も一応この寺の住職だからね、事情は知ってる。全部ばあちゃんに任せっきりだけど……黙っててごめんね、玻那華ちゃん」
いよいよ混乱してきた。自分を取り巻いていた世界が、ここへ来るまでとはまるっきり別物にすり替わってしまった。その気持ちは彩雲も同じのようだった。
承一が二人に木刀とフェイスシールドのみを渡し、一本の麻縄の両端を互いの左腕に縛りつける。こうして二人が最大でも縄が伸びきった範囲までしか離れられなくなった。決着がつくまで逃げ場はないということだろう。承一がすごすごと引き下がると、忍海は袂から数珠を取り出した。ブレスレットに丁度良さそうなサイズ感で、孔雀色の美しい石の玉でできている。
「今からこれを投げる。それを持って最後まで立っていられた方の勝ちとする……。奪い合え」
空中に投げ上げられた数珠を最初に取ったのは跳躍力で勝る彩雲だった。だが次の瞬間、静電気に触れたかのように身体を引きつらせ屈み込んだ。
「何、これ……痛い、めちゃくちゃ重い……!」
彩雲の身に何が起きているのか、計り兼ねる玻那華に体勢低く彩雲が突進。構えていなかった玻那華がすんでのところで回避する。
「あんたには……あんたにだけは絶対負けないから!本気で来てよ、ハナ!」
彩雲の気迫に気圧されて、玻那華も木刀を握った手をぎゅっと締め直した。
まだ木刀の方が自分の身長より長かった頃から稽古を積んできた仲だ。相手の手札は分かりきっている。相手に負けたくないと、より強く望んだ方が勝つ。これはそういう勝負なのだ。
左手に持った数珠を庇うようにして構えた彩雲の木刀を玻那華の一閃が弾く。数珠の輪に強引に自分の腕を通すと、彩雲の足を刈るようにして思いきり木刀を振り下ろす。彩雲は数珠を持つ手を離してこれを避け、玻那華の背中に回り込んでぴったり張りついた。互いの左腕に繋がれた縄をぎりぎり引っ張って玻那華の動きを封じる。
「あぐッ……痛い……!」
彩雲の手から離れた瞬間から玻那華の左手に数珠の重みがのしかかる。
「重いでしょ、それ……あたしとハナなら、丁度良いハンデなのかもね」
「えっ……?」
ぱっと離れた彩雲がここぞとばかりに激しい連撃を繰り出す。数珠を着けた状態では木刀で受けるのがやっとだ。万全に動けない以上頭を使うしかない。気づかれないように、照明の届かない暗がりへ誘い込む。
「ちょこまかちょこまか、ハナらしくないよ。とっととケリつけよーよ」
低く屈んだかと思うと、一足跳びに玻那華へ急接近。回転への動作を準備しながら木刀を振り抜く。回転斬りへ移行する間際、すれすれで玻那華がひらりと身をかわす。照明が当たらないために見えていなかった木立ちに勢い余って一撃を叩き込む彩雲に玻那華の反撃が
「常葉君のこと」
固まる玻那華から彩雲が数珠を引ったくる。
「ほんとはどう思ってるの?あたしだけに教えてよ」
「ばかにしないでッ!」
耳許の囁きを突き放すように刀を振るが、そこには彩雲の影すらない。
「そろそろ本気出してくれないと。不動明王様が見てるんだからさ」
そう。彩雲の言う通り玻那華も本堂で稽古している時にずっと感じていた視線と同じものを今いるこの場所で感じ取っていた。忍海の話は冗談としか思えないが、しかし目の前の朱塗りの神騎には紛れもなく不動明王が宿っている。それは認めねばならなかった。
「あやちゃん、冷静になってよく考えて。あれに乗るってことがどういう意味なのか、わたしたちぜんぜんわかってない……」
彩雲は玻那華の忠告を鼻で笑った。
「あんたってさー、いつもそうだよね。いつもそうやって助言するふりしてあたしを操ろうとしてくる」
「操るなんて……!そんなことしてないもん!」
「ねーししょー、どっちが乗るか、話し合いで決めても良いんでしょ?」
問いかけに忍海は何も答えない。それでも彩雲は構わず話し続ける。
「だったらこういうのはどう?あれを譲ってくれるんなら、常葉君譲ってもいいよ」
「……ッ!」
「今度の日曜日、あたしの代わりにハナがデートに行きなよ。こういう面倒なことはあたしが引き受けるから、ハナは好きな男の子とよろしくやってなって」
彩雲はまた嘘をついた。玻那華に見栄を張ってデートに誘われていると嘘をついた翌日、あろうことか意中の常葉に本当に誘われてしまった。それは全く偶発的なできごとが重なったに過ぎないのだが、恐ろしくなった彩雲はデートの誘いを断っていた。それは玻那華の気持ちを知った上で嘘をついたことへの罪の意識から選んだ行動だった。だがそもそも最初に嘘をついていなかったなら、きっと玻那華の気持ちを知りながら、彼女に黙って常葉とデートをしていたに違いない。玻那華に嘘をついて傷つけたことによって、逆説的に玻那華を裏切らずに済んだことに気づかないまま、彩雲は自分の卑屈さを苛み自暴自棄とも思える言動に出たのだった。
親友の侮辱におとなしい玻那華の頭にもさすがに血が上る。呼吸を整えながら体勢を低くし、優しい眼に精一杯の怒りを滲ませて彩雲との間合いを測る。
「来る……」
彩雲がごくりと生唾を呑む。玻那華が挑発に乗ってくれた。数日前、凄まじい太刀筋で一閃を受けた記憶が蘇る。玻那華の頭にあのことが成功体験として記憶されているなら、全く同じ一撃を繰り出すはずだ。玻那華の必殺の居合い斬りに対応する策は練り出せていないものの、全く同じ技であればさすがに負ける気がしない。彩雲は正念場を迎えていた。
玻那華は渾身の一撃を繰り出した——が、それは彩雲が予期した通りのものであえなく弾かれた。体勢を崩したところへ彩雲の反撃が迫る。
「そこまで」
気がついた時には目と鼻の先に木刀の切っ先が向けられていた。玻那華は地面に叩きつけられ起き上がれないまま試合終了の合図を聞いた。
「よくがんばったな、玻那華ちゃん。よくがんばった……」
抱き起こしてくれた承一の慰めの言葉で、ようやく自身の敗北を実感した。玻那華の目から、生まれて初めて悔し涙が流れた。
「ししょー、あたしが勝ったの意外だった?」
傷心の玻那華には一瞥もくれずに彩雲が無邪気を装って尋ねる。
「どちらが勝ってもおかしくないと思っていたさ。今の試合で基礎的な体力と剣術は身についていると判断した。明日明後日で準備を済ませておく。週明けから実際にフドウに乗ってもらうことになる。覚悟は良いんだろうね」
口の中が切れて滲んだ血を唾と共に吐き捨てる。
「覚悟ならもうとっくにできてる」
次回予告
繋がり始める点と点、こちらが動けば敵も動く。各地で起きる騒ぎの渦中に、暗躍する組織の影あり……
次回!木造ロボ フドウ「対策班、動く」
今こそ、全ての諸金剛に礼拝せよ
次回は6月28日更新です