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章 第二〇「20120619-XXXXepilogue■///祭礼の誕生」

最終回――

挿絵(By みてみん)


 片貝漁港の埋め立て地に迦楼羅炎が生じると、その向こう側からフドウとタマヨリが顕れた。一連の騒動を収束させた神の化身に、集まった人々は惜しみのない拍手を送った。そこにいたのは自衛隊や政府の関係者だけではない。避難命令が解除されたことで英雄の帰還を一目見ようといち早く戻った地元の人々も大勢いる。

 遭難した調査隊を乗せたゴムボートをタマヨリが降ろす。フドウも両手で抱えていた彩雲の身体を慎重に降ろすと、すぐさま待たせておいた救急車に運び込まれていった。彩雲の両親の姿はないが、知らせが届けばじきに再会を果たせるだろう。

 太陽を背にした二台の神騎を崇敬の眼差しで見つめる人々の顔を眺めて、玻那華は耐えられない気分になった。

 その嘘は誰にも話せない。誰も検証できない。

 稚雁が最初に言っていたことを信じるなら、伊能彩雲は蛟に喰われてずっと前に死んでいた。罔象姫に乗っていた彩雲は、玻那華が夢と現の間にさまよう中で罔象に対して「伊能彩雲」と呼びかけたことでその姿を得た偽物に過ぎない……はずだった。だがそれなら罔象の一形態に過ぎない彩雲の偽物がフドウの浄火に灼かれても灰にならずに済んでいることの説明がつかない。だがもしその偽物が本物の彩雲だったとしたら、自分が興奮するままにフドウに殴らせ胴体部分をぺしゃんこに潰した時点で生きているはずがないのだ……

 自分が論理上のパラドックスに陥っていることを、そんな難しい言葉を知らないにしても玻那華はきちんと理解していた。無事を願い続けていた親友を助け出せた喜びが、そうではないのかも知れないというたった一滴の疑念によって酷く汚染されて玻那華の心に消えることのないわだかまりを残した。助け出された伊能彩雲の正体については稚雁でさえも疑っていない。その事実が、尚一層玻那華を暗い気持ちにさせた。


 神社本庁ビル、最上階にて。時刻不明、出席者不明——

〈では何かね。あれだけのことが起きていながら、隆起した鹿島海山からは何も見つからなかったと?〉

「ええ。マスコミが撮影していた映像も含めて、その時そこに五月蠅なす者が出現していたと言える証拠は全て消えました……いえ、正確ではないですね。映像にせよ写真にせよ、それらはいずれも五月蠅なす者(・・・・・・)など最初から存在して(・・・・・・・・・・)いなかった(・・・・・)という事実を裏付けています」

 出席者の声から苛立ちと落胆の溜め息が漏れる。警視庁から左遷された跳ねっ返りの和泉の姿はない。代わりに上層部が居並ぶ席でレポートを報告しているのは和泉の部下であるはずの山岸だ。会議室のスクリーンに断片的な映像を更にいくつも映し出した。時間帯も場所も異なるが、その映像の全てに神騎の姿があった。フドウ、タマヨリ、フトダマ、ヒリトメ。迫真の立ち回りを演じてあたかも何かと闘っているかの(・・・・・・・・・・)ように見える(・・・・・・)が、あくまで虚空に向かって剣を振るっているに過ぎない。その鮮やかな動きは神に捧げる舞……「神楽」そのもの。

〈二者が敵味方に分断されることで成り立つ『相克』という相対的・二元論的な相互作用は、敵の消滅によってその意味構造を変容させる。『神』あるいは『怪異』と呼ばれる観念が絶対的なものに成り変わる時、その働きかけは決着の余地を失う……。あくまで現実的・物質的な利得を巡って争っていたはずの動きの全ては当事者の意志とは無関係に否応なく祭礼へと昇華される。これが踊り、歌、その他全ての芸術の始原なのかも知れない。我々は祭礼の誕生を目撃したのだ〉

〈だがなぜ今になって?〉

〈我々がそれを忘れたからだ〉

「人々の記憶から忘れ去られた過去の堆積物が何者かの深層心理によって呼び覚まされたことで実体化した、かつての共同幻想。以前、我々は怪異をそう定義づけました」

〈そしてその対抗手段も。誰かが思い出したことで現実に力を得た存在を無力化するには結局のところ『忘れる』より他にないとの結論に達した。それは我々に予め組み込まれた防衛本能であり、今も既に進行されつつある。いかなる方法を駆使しても、我々は今日までの一連のできごとをいずれは完全に忘れてしまうだろう〉

〈この不可解な事象に対して我々は議論することすらできないと言う訳か……〉

 それは「不思議」「不可思議」の語原である。

〈今日この場で決定された事項を我々がどの程度果たせるかはなはだ疑問ではあるが、義務を放棄する訳にはゆかぬ……決を採る。まずひとつは、鹿島海山頂上に残された鳥居の処分について。破壊に賛成の者は?〉

 しんと静まりかえる。

〈ひとまず放置し、経過を観察することに賛成の者は?〉

 満場一致。

〈良かろう。では次に、プロトコル・オクタブリス発動を見据えての軍備増強計画について。全国に現存する主立った神騎の情報はひと通り出揃った。また、適合者と神騎のマッチングについても有意の結果が得られ実戦にえうることが証明された。そこで、次の段階に進みたいと思う〉

 突然会場がざわつく。多くは事前に聞かされていなかったという様子。

「あまりにも性急過ぎるのではないですか?」

〈悠長に構えることはできない。既に一刻を争う事態に突入しているのだ。庚型に相当する高レベルの怪異を調伏しうる神騎が全国に何騎あるか、正確に答えられる者はいるのかね〉

 沈黙。

〈誰も答えられまい。五月蠅なす者の研究は今後も進まないと思って間違いない。我々にできることは、軍備を増強し、効率的に運用することだけなのだ。手強てごわい脅威に、相手以上の戦力をぶつけてこれを叩く。これ以外に国防を果たす道はない……改めて尋ねたい。プロトコル・オクタブリス発動への第二段階、神騎の量産に、反対の者はいるか?〉


 全てが終わり、再開された学校生活でそれなりに忙しくしている玻那華は放課後ふと思い立って子之神社ねのじんじゃを訪ねていた。つい二週間前まで罔象姫が根城としていたその場所に妙な既視感を覚えながら傾斜の急な石段を登っていく。頂上にそびえる神社には待ち合わせていたかのように稚雁が佇んでいた。

「ちかちゃん……?」

「すこし久しぶりね、はなか。最後に別れた時、なんだか悩んでるふうだったから気になって。ここにいたら会える気がしたのよ」

 姿は相変わらず大人びた口調に似つかわしくない小さな女の子のままだが、初めて会った時よりも幾分身長が伸びているようだ。普段着のゴスロリでなくノーブルな白いワンピースが若葉の萌える木々の緑色に映えて眩しい。

 頂上から見渡す景色は、その標高の高さゆえに長勝寺の本堂をも凌ぐ絶景だった。罔象の度重なる襲撃を受けて町は様変わりしてしまったものの、それでも少しずつではあるが復興も進みつつある。

「前まで、こんなとこに神社があるのも知らなかった」

「誰からも忘れ去られてしまうと、わたくしたちは目の前にあるものすら見落とすようになってしまうものよ。目に見えるものはごくわずか……それを大切にしなければね」

「お願いしたいことがあるんだけど……」

 小さな預言者はどうぞ、と言うように目配せした。

「わたしのお母さん、ね……わたしが六歳の時に交通事故で亡くなって……。もう声も覚えてないの。顔も……写真が残ってるからこんな感じだったのかなって思えるけど、もうあんまり自信がなくて。それで……ちかちゃんって……」

 言いづらそうな玻那華の心を汲み取った稚雁は、そっけなく答えた。

「悪いけど、それはできないわ。それははなかのためにならないから」

 その目は景色に向けられたまま。

「生きているものが死んだら、どこへ行くか知ってる?」

「よく……わかんないけど、天国とか?」

「死後の世界を信じているのね」

 頷いて、稚雁は言った。

「生きているもの、既に死んで今なおさまよっているもの……やがて辿り着く先はみな同じ。無よ」

「え……」

「死は生きているものが創り出す夢に過ぎないの。夢から覚めると夢が消えてなくなるように、生が終わればその瞬間に死も消えてなくなる……死後の世界なんてものは存在しないの……。意外?巫女なのにそんなこと言うなんてって?でも真実よ。この世にあるのは夢と現、生と死ではない。夢と本当の夢、死と本当の死だけなのよ」

「死と、ほんとうの死……」

 玻那華は遥かに広がる景色の中に白亜のビルを探した。山武医療センターを見つけるのは容易だった。あの窓の中のどれかに、彩雲が眠る病室がある。白いカーテンがそよぐ大きな窓に面した個室に一度だけ見舞いに行った。昏睡状態に陥ったまま目覚める気配がないものの、眠る彩雲の表情は至って穏やかで、できることならあの時のことをさっぱり忘れてそばにいてあげたい……だが玻那華は、それを自分自身に許すことができずにいた。

 精密検査の結果、彩雲の身体は多少衰弱が見られるものの命に別状はないと診断された。少女のかたちをしたその個体が至って普通の人間であると断定されたことで、玻那華の疑念はもはや向かう先を失っていた。


 もし、稚雁でさえも見落としているものがあるとしたら――それは一体何だろう。

これにて本編は最終回!長い間ありがとうございました!!

明日は完結後のおまけパート、明後日はあとがきを投稿します。お楽しみに!

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