章 第十九「20120619finale■///鹿島海山決戦」第二幕
突如海上に突き出た第一鹿島海山は、上を目指すほどにその傾斜が厳しくなり頂上付近からはほとんど直角の壁をよじ登らなければならなかった。苦心して辿り着いた先で、タマヨリは意外な光景を目にした。
平坦に均された頂上の中央に、タマヨリの四倍の高さはあろうかという壮大な三柱鳥居がそびえ立っている。材質は不明。鈍い光を放つ黒い構造物の表面は深成岩のようでも銑鉄のようでもある。その麓では八体の罔象が鳥居を囲んで一心に祝詞を奏上している。この世からは遠い昔に失われた彼らの言葉で語られるそれに、玉依姫は聞き入った。
「力強く、美しい……。そうか、これがそなたらの歌なのじゃな。じゃが……」
タマヨリが弓を取り出すと祝詞は止んだ。じっと座り込んだまま動かないが、タマヨリに対して強く警戒しているのは肌で感じ取れた。
「わらわはそなたらを知っている。そなたらの正体を知っておるのはこの世で一人、神代を生きたわらわだけじゃ。そなたらは八雷神であろう!」
大雷・火雷・黒雷・咲雷・若雷・土雷・鳴雷・伏雷。自らが産んだ火之迦具土神によって命を落とした伊弉冉命に巻き付いて元の世界へ帰さなかったとされる邪なる神々だ。それが今、現実に肉体を得て目の前にいる。
「そなたらの時代はとうに過ぎた!今やわらわの時代でさえない……。人の世の安寧のために散れ。それがそなたらにとってのせめてもの手向けじゃ」
玉依姫は胸に残ったわだかまりを抑えながら弓をつがえ、放った矢は雷神の内の一柱の喉元を掻き切り、異形の頭部を刎ね飛ばした。
唖然とする由亜と里亜をよそに、フドウは持てる力の全てを発揮した。その法力によって並みいる敵を瞬時に浄化していく。鍛え抜かれた鋼で機械の身体を断ち切るのはその後のことだ。効果を上げたのは三鈷剣以上にフドウの背後に現出した迦楼羅炎だった。彼岸に属すべき悪しき者はそれに近づいただけで……
〈ははっ、見てよ里亜。妖鬼が灼かれてく〉
罔象たちはフドウを前にしても逃げる素振りは見せなかった。それどころか恐れてもいなかった。炎に魅せられたかのようにふらふらと手を伸ばしては一体また一体と消滅していく。それは稚雁が以前試していた、憎しみの連鎖からの解放を目指した新しい調伏の方法そのものだった。
癸型だけでなく、庚型と呼称された新手の罔象までもが戦意を喪失したことで、彼らに守られていた罔象姫は突然丸裸も同然になった。この時とばかり、由亜と里亜は示し合わせて罔象姫に斬りかかる。
退路を断つように周到に立ち回る二人に、罔象姫は足下の影から召喚した長大な剣で応戦。ヒリトメの刀をいとも容易く弾くが、その隙を突いたフトダマが一閃を浴びせる。罔象姫が一瞬たじろいだかに見えた。その後も肉を切らせて骨を断つ戦法で由亜と里亜が終始有利な立場を保った。
そうして詰め将棋に勝ち続けた二人は遂に罔象姫に膝を折らせた。
〈私たちの勝ちね〉
両騎揃って敵の首に刀を当ててわずかな動きも許さない状況に追い込んだ。そうして息を合わせて罔象姫の首を斬り落とした。
キシキシキシキシ……
〈……何の音?〉
油の切れた機械が出しそうな耳障りな異音に二人は顔をしかめた。だが周囲にそんな音を出しそうな物はない。
〈もしかしてこの音、こいつが……?〉
〈そうなのかも。何か、笑ってるみたいに聞こえる……〉
突如、罔象姫の骸が糸で釣り上げられたかのように不自然に起き上がった。その背後から黒い迦楼羅炎が現出。警戒したフトダマ・ヒリトメ両騎が引き下がる。
立ち上がる罔象姫の動作はゆったりとしていて、むしろ勝ち誇っているかのようだった。茫々《ぼうぼう》と燃え上がる迦楼羅炎に包まれた相手に手出しをしないことを確認すると、敵はすっと後ろに下がって炎の中に姿を消した。
〈なっ……〉〈させるかーッ!!〉
危険を顧みず黒い迦楼羅炎に腕を突っ込む。逃げる罔象姫を掴もうとしたその腕は炎が収束したことですっぱり断ち落とされて、神騎本体がそのまま虚空へ投げ出される。
「二人とも……!だいじょうぶなの?!」
異変に気づいた玻那華が駆け寄る。
〈おかしい……頭は確かに掻いたのに……〉〈それよりあいつは?どこに消えたの?〉
「須崎さん!」
〈……っと、今のところ新しい情報はありません。レーダーには引っかかってないようです〉
〈そんな……〉〈一度は追い詰めたのに……〉
落胆し、がっくり倒れ込んだフトダマとヒリトメから由亜と里亜が這い出る。
〈血が……。そんな……二人ともけがしてたの?!〉
玻那華には、神騎の内部で一体何が起きていたのか理解できなかった。
「長月さんには、あんまり見られたくなかったな」「これは私たちだけの秘密だから」
「罔象にやられたの?でもそれなら神騎が守ってくれるはず……」
「私たちの神様は守ってなんかくれないのよ」「私たちが悪い子だと、神様は罰を与えるの」
フドウから降り立った玻那華に二人は訳を話した。互いを強く思いやり、互いを常に守ることが神騎を操縦する者に課した条件であること。それを果たせなければ、即座に報いを受けることについて。
「片方が攻撃を受けて、その隙にもう片方が反撃する……。思いついたときは上手くいくと思ったんだけど、私たちとは相性が悪かったわね」
里亜が酷く咳き込んで血を吐き捨てる。
「無茶しすぎだよ……とりあえず……そう、救急車」
「落ち着いて。基地まで戻れば処置してもらえるわ」「そこまでは私たちだけで帰れるから、長月さんは自分がすべきことをして?」
「でも……わたしは二人みたいに」
「いいの、分かってるわよ」
「え?」
「あなたの渾身のポエム、私たちの心にも届いたもの」
「……ッ!きッ!聞こえてたの?!」
疑問が湧くより先に恥ずかしさで頭が真っ白になった。
「トランシーバーの音声を入れたまんま切り忘れてるんだもの。聞いてるこっちが恥ずかしくなっちゃった」
「ど、どこから?」
「最初っから最後まで、全部に決まってるでしょ」「でもおかげであなたの気持ちはよく分かったわ。私たちも頭が固かったって反省してる」「自分たちが我慢して頑張ってきたことを否定されてる気がして、ついムッとしちゃったの。ごめんなさいね」
「そんな……謝らないでよ……」
束の間の談笑の最中、トランシーバーが唸る。相変わらずレーダーには反応がないものの、第一鹿島海山を電波障害の影響を受けない距離から監視していたヘリコプターが罔象姫の姿を目撃したと言う。
「鹿島海山に……?ちかちゃんが危ない!」
「罔象姫の中にいるのがあなたのお友達なのよね。だったら早くこの悪夢から目を覚まさせてあげなきゃ」「それで何もかもが終わったら私たち……改めてお友達になりましょう?」
「……うんッ!!」
フドウに乗り込むと、玻那華は正面に人差し指を突き出してそこから再び迦楼羅炎を召喚した。そして罔象姫がそうしたように燃え盛る炎の中へと入っていった。そうすることがその時の玻那華には当然のように思えて、一分の迷いもなかった。目指す先は第一鹿島海山。そこに何が待ち受けているのかは想像もつかなかったが、ともかくそこで全てが決着するような気がした。




