章 第十五「20120618fragment■///警戒レベル:庚」第三幕
フドウが罔象姫の許に辿り着くと、彩雲を乗せているはずのそれは手の平を天に向け、両腕を大きく広げた。するとその背後から癸型・壬型罔象の群れがどこからともなくぞろぞろと現れ、あっという間に町並みを黒く埋め尽くした。そうしてようやく玻那華は我に返った。これは罠だ、そう思った時には何もかもが手遅れだった。
キシキシキシキシ……
罔象姫が笑っている。金属同士を引っ掻き合わせたようなおぞましい音声を背に受けて、玻那華は激しい後悔の念に駆られながら元来た道を全速力でひた走った。
レイラインの手前にいた新型罔象は矢で胸を射抜かれていたが、しかし痛みを感じている様子はない。立ちはだかる見えない防壁に鉤爪を突き立て、力ずくでこじ開けようとしている。そこにはフトダマとヒリトメの姿はなかった。津波のように迫り来る罔象の群れを前にして撤退したか。それも仕方のないことだった。最初に味方に背を向けたのは自分なのだから、責める権利はなどない。
防壁の突破を試みる新型罔象の背後に肉薄したフドウは、浄火の燃え盛る槍で下腹部から胸へ串刺しにした。これはさすがに応えたと見えて、敵は初めて悲痛な叫び声を上げた。稚雁が言っていた通り、六人余りの叫び声がひとつしかない声帯を取り合って一度にこだましているかのよう。だがその一撃ではとどめを刺すには至らなかった。罔象の動きは止まらず、背後からは今までになく大規模な群れが迫っている。悔しく思いながら、玻那華は罔象の脇からレイラインを渡って稚雁が慄然と立ち尽くしている高架橋を目指した。
〈よくもやってくれたわね、長月玻那華〉
憎しみに満ちた里亜の声が玻那華を突き刺す。
「わたしの……わたしの友達なの、親友なの、あれに乗ってるのは」
〈あらそう。で、そのお友達は何をした?あなたを見て少しでも攻撃をためらった?〉〈やめて、里亜〉
何も言い返せないまま、玻那華は立ちすくんでいた。
〈妖鬼は私たちの敵よ。妖鬼に苦しめられている人間は助けるべきかも知れない。でも自ら率先して妖鬼に与する人間は私たちの敵。良いこと?そんな奴がいたら、そいつごと調伏するだけよ〉
完全に頭に血が上った里亜の過激な主張に、今の玻那華は反論できなかった。
〈私も……里亜の言う通りだと思う。長月さん、あなたの行動の動機はあまりにも個人的な事情が絡み過ぎてる。神騎はこの国を守るために造られたの。大多数の幸福のためにあるの。それを個人的な動機のために使うというのなら……あなたは神騎の乗り手として失格よ〉〈……もう良いでしょ、私たちの視界から消えてくれない?戦いはまだ終わってないの。向こうにいるもう一人のお友達と一緒に引っ込んでなさいよ〉
言われるまま、玻那華は高架橋に登った。高い場所から眺めると、戦況は絶望的であるとはっきり分かった。無人の町が人間の生命力を糧として駆動する機械に蹂躙されていく。内陸から海へ向かって死が流れ込んでいく。堰き止めている防波堤は今にも崩れようとしていた。超自然の脅威に、自分の犯した過ちの大きさに、玻那華は言葉を失った。
正座させたタマヨリにもたれかかって立っていた稚雁が、追い打ちをかけるように言った。
「はなかにはどう見える?」
次回予告
その過ちは自らの弱さから。その後悔は自らの浅慮から。堂々巡る自己憐憫の淡い苦みに溺れる最中、思いもかけない真実が少女の心を一層掻き乱す。
次回!木造ロボ フドウ「シャーマンの本分」
今こそ、全ての諸金剛に礼拝せよ




