章 第十四「20120613fragment■///安房よりの来訪者」第二幕
緊急事態宣言の発令後、玻那華と稚雁は家に戻っていない。こうなることを予期していたかのような速やかさで海の家に隣接して設営された自衛隊の基地の一隅が玻那華のねぐらになっていた。そこはレイライン対岸の砂浜に位置し、敵の襲撃を心配する必要もない安全なエリアであるし、神騎の搭乗者として個室を与えられて格別の待遇を受けてもいる。しかし、だからと言って我が家と同じように気が休まる訳ではないと言ったら贅沢だろうか。
「それで、あんたたちは何者だい?」
胡散臭いものを見るような目で忍海が尋ねる。
「お初にお目にかかります。小角由亜と」「小角里亜よ」
海の家の食堂スペースに招かれた二人は、礼儀正しく上半身を折り曲げて見せた。先ほどのスーツから、白いブレザーが目を惹く素敵な制服に着替えている。聞けば、船橋の方の私立高校らしい。
「りあさんとゆあさんは姉妹?双子なの?それにしては……」
「あんまり顔が似てない?」
少し失礼な聞き方だったかな、と反省しつつ玻那華がこくこくと頷く。
「私たちの間には血の繋がりはありません」
「でも名前……」
「八歳の時、私たちは二人揃って小角家の養子になったの」「その時に二人で話して名前も変えました」
「…………………………ぴぃッ……」
里亜が由亜の太腿に手を置く。由亜がその上に自分の手を重ねて応じる。二人が交わした一瞬の視線の温度に玻那華は火傷しかけて小さな悲鳴を上げた。
さらっと凄まじいことを聞いたような気がするが、それが何を意味しているのかが分からなかった。単に足が速いというだけの理由で純真な恋心を抱くことのできる今の玻那華には、二人の関係を理解するのは到底不可能に違いなかった。
「まあそれはさておいても……承!一体何なんだいこの豪勢な晩餐は?!」
「俺のことは気にせず、話を続けてください」
「気にしないでいられるかッ!!」
「玻那華ちゃん、箸と小皿、人数分用意してくれる?」
「えっ……えっ……」
極めて真剣な話をしているのも構わない様子で次から次へと夕食の品々が運ばれて来る。承一一人の手でてきぱきと支度は進められて、ほんの一〇分程の間にテーブルの上は一度に食べきれない量の手料理でいっぱいになった。
「ちょっと待って承一さん、こんなに張り切らなくていいから!あの人たちはすぐ帰るんだから!」
海の家に備えつけられたキッチンでまだ何かやるつもりでいる承一を玻那華は必死に制止する。
「そんなに遠慮するなって。俺は嬉しいんだよ。玻那華ちゃんが一度に三人も友達を連れて来るなんてさ」
「友達じゃないから!」
承一のおせっかいに反発したいばかりに思わず大きな声を出した。まずい言い方で口走ったことに気づき、二人して居間を覗き込む。全員がこちらを見ている。特に稚雁は驚いた表情のまま固まって唇を震わせていた。
「はなか……?」
「ちがうよ?!ちがうから!ちかちゃんはだいじなお友達だよ!!」
「あら~、私たちだって……」「あなたとお友達になりたいのに……」
「ぴィッ!」
獲物を狙い澄ました豹のような二人の眼差しに玻那華はぞぞっとたじろいだ。
「まさか玻那華ちゃんにこんなにたくさん友達ができるなんてなあ……!さあお待たせ!突然のことで何のお構いもできませんがー!!」
そう言ってメインの大皿がででんと置かれた。目の前の光景に思わず分泌された涎が舌を付け根から湿らせる。トンカツと刺身の盛り合わせという食欲に忠実なメニューに、つんと澄ました小角家の養女二人の顔も緩む。
「これ……私たちも」「食べてもいいの?」
「もちろん、君たちのために作ったんだから。アレルギーとかはない?しまった、作る前に聞くべきだったかな」
「いえ、特にないです」「私も」
由亜と里亜は顔を見合わせながら恐る恐る箸を取った。想定外の展開にかなり困惑しているようだ。深刻な話し合いのために赴いた先で歓待を受けるなど思っていなかったに違いない。
「いただきまーす!」
「わっ、ちかちゃんお行儀わるいよ!」
由亜が取ろうとしたトンカツをわざわざ横取りした稚雁が勝ち誇るかのような表情を浮かべて口に運ぶ。
「うーん!おいしい!!」
この一言が由亜と里亜の闘志に火を点けてしまった。かくして、罔象との闘いを終えた腹ペコの巫四人による激しい争奪戦が食卓の上で繰り広げられた。
「やれやれ、これじゃあ真面目な話し合いなんてできやしないじゃないか……」
「町の平和を守ってくれたこの子たちにご褒美のひとつくらいしてあげたって罰は当たらないでしょう。ここは俺に免じて見逃してください」
「そういう言い回しはもっと人望のありそうな人が使うもんだよ」
「俺にはないんですか?」
「かけらもないね」
食事の間はひとまずの休戦状態と言った様子でほとんど会話らしい会話はなかったものの、四〇分が経ち全員が食べ終える頃には最初の緊張感はほぐれてどことなく打ち解けた雰囲気が漂っていた。承一にそんなつもりがあったかどうかは定かではないものの、玻那華は密かに感謝した。
「さて、ひと通り平らげたところで話を聞かせてもらうよ。あんたたちがここへ来たのは神社本庁の指し金ってことで良いんだね?」
ぷっくりした唇についた油をウエットティッシュで上品に拭うと、二人の賓客は答えた。
「ええ、私たちは何よりも神社本庁の命令を優先します」「東金市街戦にも参加したし、ここへも命令を受けて派遣されたまでのこと」
「神社本庁は自前の戦力を持っていると言うのかい」
「いいえ、神社本庁が神騎を所有することはありません」
「だったらあの神騎は……」
「神社本庁のエージェントである以前に、私たちは神騎に選ばれた巫です。私は安房国一宮・安房神社におわします天布刀玉命の依り代・神騎フトダマに」「私は安房国一宮・洲崎神社におわします天比理刀咩命の依り代・神騎ヒリトメに選ばれ、巫の資格を得た」「孤児院で他の大勢の子どもたちの中で埋もれていた私たちは、生まれ持った巫力のために総帥に見出され、小角家に養子として引き取られました」
「そうすい、って……?」
「小角家の家長よ」「小角家は忌部氏の傍系で、代々修験道を継承してきました。一〇年以上前、妖鬼出現の予兆を察知した総帥は妖鬼に対抗する手立てを模索し、神騎を復活させるのが最善と結論づけたと、引き取られたその日に聞かされました。」「縁のある神社に眠る神騎を見つけ、神に巫として認められ搭乗の許可を得る。それが、小角家の保護を受けるための条件だった」「時間はかかりましたが、私たちはそれを成し遂げました」
「小角家は神社本庁のシンパなのか」
「持ちつ持たれつ、ですわ。あなた方と一緒です。古い統計とは言え、全国の神騎の所在を把握しているのは神社本庁だけですから。それに、私たちの試みは彼らも興味をそそられたようで、色々と協力してくれました」
「そうだろうね。どうやらあんたたち二人は安房の出身ではないようだから」
「……それってどういうこと……?」
「はなかはこの町の出身で、長月家生まれでしょ?だから不動明王に選ばれた。わたくしは一宮の出身で玉前家の生まれ。だから玉依姫命に選ばれた。でもゆあとりあは違う」
「まあ、玉前さんはともかく長月さんは出身のアドバンテージが大きいでしょうね」
初対面ながら、小角家の二人は稚雁がただ者ではないことを察しているようだった。巫力の高い者同士、通じ合うものがあるのかなと玻那華は不思議に思った。
「神社本庁は危惧していた。妖鬼の出現を予感させる前触れのようなできごとがあったとは言え、備えは盤石とは言えなかったから」「長い間、人々からその存在すら忘れ去られていた神騎の運用には、神騎それ自体の老朽化と担い手の不足という問題が、避けようもなく立ちはだかっています」「少しでも多くの神騎を実戦に配備するためには、神騎を所有する神社に任せきりという現状を改める必要があった」
「そこで、神社本庁が介入するという訳かい」
「おばあさま、全国の神社があなたのような人物に恵まれている訳ではないんですよ?」
「それは確かに。あたしだって正直なところ、フドウを秘蔵している事実を墓まで持って行くつもりだった……。鹿島の一件でそうも言っていられなくなったので三〇〇年ぶりに起動させることになったが。だがそれまでの間神社本庁が何をしてくれた?使いが来たのはその後のことだ。今までいつ来たって良かったろうに、和泉の奴が来たのは結局事件が持ち上がってからのことだった。……遅過ぎる。そんな後手後手の対応で敵に後れを取って」
「おばあ」
ついつい熱くなる忍海に向かって、突然ぴしゃりと言い放った玻那華に全員の目が集まる。自分の一言が大人たちに対してそんな影響を及ぼすとは思っていなかったと見えて、萎縮しながら呟いた。
「えっと……今はゆあちゃんとりあちゃんのお話を聞こうよ……」
「ありがとう、長月さん」
由亜が投げかけたたおやかな微笑みに玻那華は顔を赤らめてますます小さくなった。
「八歳の時に小角家に引き取られてからは、修験道と巫としての修行を平行して積み重ねる日々だった」「私たちを受け容れてくださる神騎を求めて全国の神社に詣でるようになったのは、それから五年ほど経ってからのことです」「その旅の果てに私たちは安房国に辿り着き、晴れて巫として神に認められたの」
意外と近場で済んだんだな、と玻那華は思った。
「今、意外と近場じゃんって思った?」
「思ってないです」
「私たち、出身は奈良県なの。巫女としての務めを果たすために東京までお上りしたって訳」「まあ、古都から東国に下って来たっていうのが正確なところだけどね?」
「え?うん、そうだね……」
「そんなことはともかく、あたしにはまだ信じられない。神騎というのは巫力を具えていれば誰でも乗れる訳ではない。自分が守護する土地で生まれ育った娘が選ばれるのが大前提のはずだ。天布刀玉命と天比理刀咩命は、なぜあんたたちを受け容れた?土地に縁もゆかりもないあんたたちを?」
「その通りです。私たちもそれで苦労しました」「でも、例外もある」「巫の務めは、人の願いを神に伝えること。と同時に、神の願いを聞き届けることも立派な務めのひとつです」「人の願いが十人十色であるように、神の願いもまた千差万別、ひとつとして同じじゃない。天布刀玉命と天比理刀咩命の場合、二柱の神は互いを支え合える強い信頼関係で結ばれた巫を所望した」
「なるほどねえ……そんなこともあるのかい」
玻那華と承一を差し置いて、忍海は何やら納得した様子だ。
「……ちかちゃん、今のってどういう意味?」
「天布刀玉命と天比理刀咩命は夫婦なの。一宮はひとつの国に一社が原則だけど、安房国では例外的に二社が並立してる。それはつまり……」
「ずっと二人一緒にいたい……ってこと?!」
「急にテンション高いね、はなか」
「ロマンチックでしょ?」「私たちが選ばれた理由は、これで分かってもらえたかしら」
互いの腕を絡みつかせて、人前でもはばかる様子もなく溶けそうなほど熱い抱擁を交わす二人を、玻那華はたった今心の中に生まれた新しいカテゴリーに分類した。
ひと通り話し終えて立ち去る間際、玄関先に立つ二人を玻那華が引き留めた。
「待って、もう遅いしよかったらここに泊まっていって?神騎は置いておけるし、部屋ならわたしとちかちゃんがいっしょの部屋で寝るからひとつ空けられるし……」
玻那華の言葉に二人は顔を見合わせた。彼女の姿は新しくできたお友達との別れを名残惜しく思う子供でしかなく、それはそれは抱きしめたくなるほどかわいらしいものだったが、そんな玻那華に高校生の二人は飽くまで真っ当に接した。
「ありがとう、長月さん。お気持ちはありがたく頂戴します。でも私たち、馴れ合うにはまだ早過ぎると思うの」「私たちにとっては神社本庁の命令が最優先。自分の感情とか、独りよがりの正義感とか、そういうものを判断材料にして行動したりしない」「だから、個人的な復讐心に突き動かされてるあなたとは、いずれ敵対することになると思う。私たちは来たるべき闘いに備えて」
里亜が由亜を小突く。何か口を滑らせかけたらしいが、何のことか玻那華には不明だった。
「きたるべき、たたかい……?」
「今のは忘れて」「悪く思わないでね。これでも感謝してるの。あなたのことは好きだし、お兄さんの手料理もとってもおいしかった。特にイワシのタタキ。私たちもあなたと同じ気持ちなのよ?」「ええ、その通り。今夜あなたの家で夕食をご馳走になったこと、後悔しないように願ってる」
お邪魔しました、と最後に挨拶して二人は去った。一人残された玻那華は、二人の言葉の意味を理解しようとしばらく考え込んだ。
「……イワシのなめろうだよ、タタキじゃなくて……」
今の玻那華に言えるのはそれだけだった。しかしこの後玻那華は、二人の言葉の本当の意味を、痛いほど思い知らされることになるのだった。
次回予告
深まる対立。募る憎しみ。役者は揃い、舞台装置は廻り続ける。終わりの見えない戦いはどこまでも敵に有利。
次回!木造ロボ フドウ「警戒レベル:庚」
今こそ、全ての諸金剛に礼拝せよ




