章 第一「20120416-0420fragment■///翳り」第二幕
※本作はシナリオライター笠間裕之先生の小説『木造ロボ ミカヅチ』の二次創作です。こちらだけでも読むことができますが、両方合わせてより楽しく読めるよう工夫しました。ぜひ原作もチェックしてくださいませ※
https://ncode.syosetu.com/n4681ci/
笠間裕之先生公認 巨大ロボ×日本神話 異色のご当地ロボ小説 まさかのスピンオフ!!
中学生になったばかりの伊能彩雲はちょっぴり剣術が得意なふつうの女の子☆ ひょんなことから幼馴染のお寺に隠されていた木造のロボットが明るみに出てもう大変!>< え?鹿島に出現した未知の脅威が私の故郷にも迫ってるの?それを防げるのはこのロボットだけ?そーゆーことならやるしかないじゃん!行くよフドウ!! そんなこんなで純情乙女の一大バトルスペクタクル、始まっちゃいます!鳴濤山不動院長勝寺で私と握手!!
1週間に3話ずつ、月・水・金辺りで更新予定。既に完結していますので最後まで安心してお読み頂けます。
この作品は「n4681ci」の二次創作です。作者より許可を頂いています。
「何、このアラーム?何かの警報?」
母屋に避難すると、彩雲は聞いたことのない音の正体を尋ねた。四月になったというのにこたつが出たままの居間には誰もいない。
「あんたたち知らないのかい。今日は朝からこの話題で持ち切りだよ」
「いや、ごめんけどニュースの話題で知らないのかいなんてばばあにだけは言われたくないわ」
「しかし、今頃警報なんか鳴らして一体何のつもりなんだろうねえ」
台所からしわがれた声の主が顔を出す。玻那華の祖母、長月忍海。ぽやぽやした玻那華とは似ても似つかぬ厳しい性格で、彩雲も幼いころからその雷を何度受けたか分からない。
〈本日八時前後、茨城県の鹿島神宮敷地内にて、詳細不明の建設用二足歩行重機二台が突如暴走を始めた事件について……一時は自衛隊が出動する事態となりましたが、暴走した重機らに応戦したのは自衛隊の特殊車両ではなく鹿島神宮所属の二足歩行重機でした。近隣住民が見守る中、二台の重機を相手取った鹿島神宮側の重機が辛くも勝利し、事態は収束しました。しかし犯人は依然逃亡を続けており、居所は不明です。警察は、県内で頻発していた寺や神社での器物損壊及び窃盗事件との関連があると見て調べを進めています〉
ラジオのニュースが耳に入る。何やら物騒な事件を取り上げているようだ。
「なーんだ。変な警報が鳴るからよっぽどのことかと思ったけど、遠くの話だから関係ないよね」
「でも、ただの人騒がせな事件ならどうして全国ニュースなんかになるんだろう……」
玻那華の鋭い指摘にむっとした彩雲が無言でテレビの電源を入れる。そこに映された光景はラジオで受けた印象とは大きく異なっていた。
重機同士のプロレスに居合わせた近隣住民の撮影によると思われる画質の粗い縦長の画面の中で、黒光りする重機と明るい茶色の重機とが取っ組み合いの戦闘を繰り広げている。黒い方は一般的な建設用重機とは趣の異なる無骨な造りでかなり手を加えられた様子が見受けられるが、それでも合理的なフォルムを保っている。無理な改造を加えての強化ではなく、洗練された設計思想を軸にごく基本的な構造から見直して組み上げられた結果の産物であることが素人目に見ても分かる。
対する鹿島神宮の重機は全く見たことのないものだった。それは重機と言うよりは五月人形の甲冑を想起させる。黒い重機の体当たりを受けて、機械にあるまじきミシミシミシッという音が出ている。
〈そして驚くべきことに、なんと鹿島神宮が出動させた重機は木造だったのです!これについて皆さんどう思われますか、はいどうぞ〉
〈神輿の一種だと考えれば、さほどの飛躍ではないでしょう。日本には古来より法隆寺を始めとする優れた木造建築があった訳だし、一方で江戸時代にはからくり人形のような精密な細工を施す技術もあった。こういうのをナントカすればああいったこともできなくはないんじゃないですかねえ〉
〈なるほど。ところでこれだけ巨大なものが今まで表に出て来なかったことがかなり不思議に思えますが、その点についてはいかがでしょうか〉
コメンテーターの偏見が入らないだけラジオの率直な描写の方が真実味を帯びて聞こえるが、しかし後ろで流れ続けているラジオなどお構いなしに、二人はひたすらテレビに釘付けだった。
「うわー、すげー、かっけー、強えー」
すげー、かっけー、強えーを彩雲は一〇回は連呼した。まるで戦隊ヒーローものの特撮でも見ているかのよう。玻那華が祖母の方をちらと見やった。祖母も台所からテレビを眺めていたものの、何か考えごとに耽っていて意識はどこか別の方向に向いているようだった。
ラジオとテレビが一斉に同じ事件について語る中、祖母の携帯電話が鳴った。ガスを止め、台所を出て玄関で話し込んでいる様子はどこか落ち着きがない。まさか、今テレビの中で起きていることと何か関係が?しかしそれを問いただすことは玻那華にはできなかった。関係があると知ってしまうことが恐ろしいからなのか、関係がなかったと知ってがっかりするのが嫌だからなのか。そのどちらなのかは玻那華自身にも分からなかった。
翌日。学校は茨城に出没した謎の重機の話題で持ち切りだった。二足歩行重機こそ今では珍しくもなかったが、重機同士のチャンバラなど誰もが初めて見るものだった。それは二足歩行重機が世界大戦以後の発明品であることと関係している。二足歩行重機の実用が現実味を帯び始めた一九六〇年代の段階で、これを危険視した国連が即座に軍事利用を禁じる条約の草案を提起したのだ。当時国連に加盟していた一一二カ国全ての賛同を受けて条約は締結された。
その後に起きた世界各地の戦争・紛争において二足歩行重機が実戦に投入されることは一度もなかった。二足歩行重機を戦争の道具として用いることは従来の戦争の様相を大きく変貌させてしまうことを意味しており、その口火を切ることは大国でさえもためらったのだった。
かくして「戦闘用の二足歩行重機」はその発想自体がタブーとされ、長年の間特撮映画の専売特許だった。それが、全く思いがけない角度から現実になってしまった。由緒正しい神社の所属で、おまけに木造。そんな時代錯誤なからくりが最新鋭の重機を圧倒してしまったのだから大変だ。
「ねえねえ、昨日のニュース見た?何あれ」
「嫌でも目に入るよ、ずーっとそればっかだったじゃん。そのせいでドラマが延期になっちゃうしさ」
「チホはそればっかりね」
マイペースなクラスメイトの愚痴に彩雲はわざとらしく溜め息をついて見せた。
「それより木造の重機に乗ってた人、どんな人だったか知ってる?」
噂好きの出席番号三二番の携帯電話に仲間たちの注目が集まる。派手なテロップが咲き乱れるワイドショーの映像にはマスコミに行く手を阻まれる一人の少女が映されている。
「この子がそうなの?」
「うわ、実名で報道されちゃってるじゃん。何か気の毒」
その言葉は彩雲の本心から発したものではあったが、そうは言っても目はワイドショーの映像を追っていた。
「謎の木製重機に乗っていたのは、何と子どもでした。武見衣乃理さん一四歳、市内の中学校に通う二年生です」
「うちらとひとつしか歳変わんないんだ、何か普通の子だね」
「武見、衣乃理……」
自分と同じ年頃の女の子があの風変わりな重機を動かしていた。その事実は彩雲にとって、この一連の騒動が車を二時間走らせれば行ける場所で起きているという事実よりも身近に感じさせた。
テレビから目を離せない日々が続いていた。翌日には、どこに隠れていたのか黒い重機が再び鹿島神宮へ襲来、リベンジを目論むが、そこへ昨日の木造重機とは別の重機が割り込んであっという間に撃退してしまった。そして、それの機体もまた木造であるらしかった。しかし最初期のASIMOのようなぎこちない歩き方しかできず途中までやられっぱなしだった鹿島の重機とは異なり、その白木の重機の立ち回りには武芸者であればただ者でないと一目で悟れる洗練された動きが含まれていた。言わば闘いに慣れている。身の丈四mはある大柄な機体をしなやかに扱って見せたのは、これまた彩雲と同じ年頃の少女だった。
ヘリから撮影した映像で一連の展開が説明されると、まるでスポーツ実況中継のような軽快さで総理大臣の会見にスライドする。
〈遠い昔に造られた木造で可動式の神の依り代が国内にいくつか現存している、という話は私も聞き及んでおりました。しかしそれらは飽くまで仏像などと同じ扱いでありまして、〉
〈しかし映像を見れば最新鋭の重機を圧倒する性能があるのは明らかです。二足歩行重機の軍事利用を取り巻く世界情勢が極めて複雑であることは総理も充分ご承知とは思いますが、鹿島神宮がそんなものを二台も所有していて見過ごしていたと仰るのですか〉
〈いえ、鹿島神宮所有の機体は昨日のミカヅチ一体のみとのことです。今日新しく出て来たのは諏訪大社のミナカタという機体だそうで……〉
〈諏訪大社にもあんなものがあったんですか?!〉
〈木造の重機はまだ他にもあるのですか?〉
記者会見の映像から、スタジオのカメラに切り換わる。
〈——はい、という訳でですね、本日午前中の会見で例の木造重機……どうやら「神騎」と呼称するのが正しいようなのですけれども、これが全国に一体どのくらいの数あるのか。これを推測するにあたってまず主要な神社を挙げてみたいと思います、はいこちら〉
アナウンサーの背後のグリーンバックに全国の神社の一覧が映し出される。伊勢神宮や出雲大社、厳島神社などを筆頭に有名な神社が列挙されている。スタジオにいる誰もが真剣な表情で議論しているのが、中学生の彩雲の目から見ても滑稽だ。
「うちらくらいの子が乗り込んで戦ってるのに、大人は暇なんだねー」
「用もないのによその家に上がり込んでるあんたがそれを言うかね」
「ししょー辛辣ー」
小学生の内から玻那華と共に剣術の稽古をつけてきた彩雲を玻那華の祖母・忍海がぴしゃりとたしなめても、すっかり肝の据わった彩雲はこたつで寝そべりながら携帯電話をいじる手を止めない。居間には玻那華もいて静かに本を読んでいるが、昨日の言い合い以来互いに距離は取ったまま。
「ミナカタ、だっけ。新しく出て来た方に乗ってる子、どう見てもただ者じゃないよね。剣道の有段者だったりするのかな」
「さあね」
「おしゃべりなんだからもう少し長めのお返事が欲しいなー……あ、メール」
発信者の名前を見て自分の目を疑った。そのメールは南條常葉からのものだった。常葉のアドレスは部活動の連絡網を作っておくために部員全員と交換した際に手に入れたに過ぎない。時たま電話帳を開いてこっそりアドレスを眺めることはあったものの、今までメールのやりとりなどしたことはない。玻那華の様子をさっと盗み見る。彼女のいたずら?いや、玻那華も中学入学を期に携帯電話を持たされているものの、使っている姿をほとんど見たことがない。きっと電話帳の中身もこの家の固定電話と彩雲の二件だけのままだろう。こんな高度ないたずらをやってのける要領の良さも性格の悪さも玻那華は持ち合わせていない。だとすれば、発信者は南條本人で間違いない。
意を決してメールを開く。その文面は信じられない内容で埋められていた。
翌日、放課後の鳴濤中学校校庭にて。陸上部の練習の合間を狙って、彩雲は意を決して話しかけた。
「あの……常葉君」
「おつかれ。……メール、見てくれた?」
黙ったままこくこくと頷く彩雲。体操着姿でもじもじと戸惑う姿は何とも言えずいじましい。
「良かった、返事がなかったから怒ってるのかなって」
「そんな……」
「いや、いいんだ。それじゃあ改めて誘うね。今度の日曜、一緒に映画観に行かない?」
いっそ意地の悪い冷やかしなら良いのに、という彩雲の淡い期待は絶たれた。軽弾みな気持ちでついた嘘が目の前で現実になって降りかかった恐ろしさに青ざめながら、やっとの思いで返事を絞り出す。
「あの……あたし」
■幕間
長月玻那華
・誕生日:2000年3月31日
・身長:141㎝
・好きなお菓子:食べっこどうぶつ バター味
・千葉県山武市立鳴濤中学校 1年丹組 出席番号7番
6歳の時に両親を亡くし、以来厳しい祖母に育てられた。
大人びた顔立ちをしているが、今後登場する神騎パイロットの中で最も精神年齢が低い。
将来の夢として、密かに保育士に憧れている。そのためにピアノを習いたいが祖母に言い出せずにいる。
次回は6月23日(水)更新です