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章 第十三「20120605-0608fragment■///名づけの魔力」第三幕

挿絵(By みてみん)


 二日後の登校日。昼休みの教室で、耳をつんざくような警報音が鳴り響く。いつものように罔象の出現位置と予測される移動ルートを告げると、中断されていた校内放送の音量が回復する。教室を立ち去る間際、昨日話しかけてくれたクラスメイトの二人が壁に備え付けられたスピーカーを指差して笑みを浮かべた。昨日の夜承一と選んだのはBoys Town Gang「Can't take my eyes off you」。今この瞬間、学校にいる誰もが自分が持ち込んだ音楽に耳を傾けていると思うと照れくさくなった。

 校庭に鎮座するフドウは、既に幌を外されて搭乗者を待っていた。フドウの警護に当たっていた数名の自衛隊員たちの敬礼にぎこちない会釈で応える。重いキャノピーはありがたいことに既に開かれていて、玻那華はコクピットに乗り込んで重さに任せて閉じるだけで良かった。

〈子之神社周辺から大規模な霊障を検知、蛟のパターンと一致しています。とうとう動き出したようです。いつものように、何の前触れもなく。勝手ながら玉前神社への応援要請を出させてもらいました〉

 密閉されたコクピットにオペレーターの須崎の声が響く。

「海に向かってるって警報で言ってたけど、それで合ってる?」

〈ええ、海への脱出が敵の最終目標で間違いないんでしょう。これ以上は前進を許す訳にはいきません。レイラインを挟んでいるとは言え、海はもう目と鼻の先ですから〉

「そうだね、一曲終わる前に片づけよう」

〈何の話です?〉

「いいの、こっちの話」

 持ち込んだトランシーバー越しに会話しながら、玻那華は戦支度を整えた。二〇mを超える槍をいつものように六本担いで、霊障を感じる方角へフドウを走らせた。

 迫り来る罔象を蹴散らす間、玻那華は一昨日の晩に見たはずの夢を想った。フドウに乗り込んだ瞬間から、夢で見たはずの何かに近づいているという予感があった。甲殻類を思わせるフォルムをした甲羅と関節の隙間に槍を差し込んで急所を串刺しにすると、その場から逃げるために腹嚢に取り込んでいた人間を吐き出す。分厚い鉄の甲羅を剥げば逃げだそうと暴れていた敵もだらりと腕を垂れて動きを止める。罔象本体の黒い筋組織によって有機的に接ぎ合わされた内部の機構が露わになる。二度と動くことがないよう、筋組織に隠された大きな内臓を引きちぎって取り除くところまでが玻那華にとっての調伏だった。罔象の肉体には他に内臓らしき部位は見当たらない。恐らくそれが心臓なのだろう。

 罔象には二種類いた。それぞれみずのと型・みずのえ型と呼ばれていて、壬型の方が大柄で防御も堅いが基本的な構造はどちらも同じだ。それらを調伏する一連の動作は蒸した蟹を解体して味噌をひり出すのに似ていて、要点さえ掴めばほとんど力を必要としない。だがその、生物的に入り組んだ感動的に高度な内部構造を蹂躙する度、玻那華の心には何とも言えないしこりのようなものが蓄積していくのだった。

〈注意してください、既に蛟の霊障を検知したエリアに踏み込んでいます。いつどこから襲われても不思議じゃありません〉

「りょうかい」

 エリア内部から出現する罔象は、雑魚同然のものも強い個体が多かった。五、六体の敵を同時に相手するのはさすがに骨が折れる。

 両手に槍を持って薙ぎ払い、敵を分散させる。隙を見せれば蛟につけ込まれるだろう。一体一体確実に仕留めるのが妥当だ。

 迫り来る敵に向かって片方の得物を投げる。狙い澄まされた槍は敵の甲羅を貫通して動きを止めた。残った一本の槍で、倒れた仲間を踏みつけにしながら迫る敵を片づけていく。一体一体、確実に。依然として数では不利なものの、今では立派に押し返せるようになってきた。


「……蛟は?」

〈不明です。姿は確認されていません〉

 玻那華は痺れを切らしていた。既に四〇分が経過していた。エリア内の罔象はほとんど全て倒しきって、残るは蛟のみのはずだが未だに姿を現さない。

「ほんとにいるの……?」

〈罔象が発する霊障にはパターンがあって、特に蛟は他のとは大きく異なっているので間違えるはずはないのですが……〉

 機能を停止した罔象の筋組織は灰になって風に吹かれ、跡形もなく消え去る。残るのは機械の外骨格のみ。仲間が霧散していく中で地面に伏して未だに動いているものがあった。四〇分前、投げた槍で串刺しにしたあの個体だ。急所を外れて一命を取り留めていたらしい。

「あなたで最後かな」

 死に損ないから容赦なく槍を引き抜くと、とどめを刺すため再び構えた。

「え……?何をやってるの」

〈これは……〉

 死を悟った罔象の取った行動に二人は言葉を失った。その個体はあろうことか、自分の腹部を庇うような仕草を見せたのだ。そこには生命力を供給する人間が取り込まれている。身の危険を感じた罔象は人間を吐き捨ててその隙に逃げるのが普通の振る舞いであり、人間をまるで大切なもののように庇った罔象は玻那華にとって初めてだった。

 そのおぞましい行為に玻那華は声にならない叫びを発しながらやたらに槍を振り回した。その先端が罔象の肉体に刺さる度赤い血が飛び散り、弱々しい悲鳴が吹き出た。分厚い甲羅を利用して防御の姿勢を取った罔象を引っくり返そうと槍を捨てて投げ飛ばす。よろめく足取りで逃げ出す罔象を透かさず羂索けんじゃくで絡め取って引き寄せ、腹嚢ふくのうをこじ開けにかかる。鉄の装甲の頑丈さに力んだフドウの指が負けてめりめりと音を立てる。それでも構わず引き剥がすと、ようやく囚われた人間の姿が露わになった。

「あ……あああ……」

 見間違えるはずもなかった。そこで眠っていたのは、伊能彩雲だった。

 驚きのあまり固まっている間に敵は体勢を立て直した。フドウが真正面から突き飛ばされても、真っ白になった玻那華の頭の中は依然として彩雲が生きていたというこの一事に占められており、地面に仰向けになったまま目を見開いて厚く雲の張った空を見ていた。

〈はなか!目を覚まして!!〉

 トランシーバーから入った声にはっとして倒れたまま頭を向けると、彩雲を乗せた罔象は変態を開始していた。黒い筋組織が内部から盛り上がって機体を変形させていく。そうして甲殻類を思わせる外骨格から脱皮して新たに立ち上がったその姿は、あろうことかフドウにそっくりだった。

 大きく張り出した肩のプロテクターから独特な脚部の機構、頭部の細かな造作に至るまで、黒いオーラをまとったカラーリングの他はフドウそのものと言って良かった。自分で脱ぎ捨てた鋼鉄の抜け殻から一振りの剣を取り出すと、ゆっくりとフドウに近づいていく。自身の背丈ほどもある長大なバスターソードを引きずる敵に対し、座り込んだままのフドウは両手を無防備に差し伸べた。彩雲を乗せた罔象がそれに応じる気配はない。

 激しく空気を切り裂く音と共に両者の間に突き刺さった鏑矢かぶらやを皮切りとして、降り注ぐ矢の雨が敵を襲った。鬱陶しそうな仕草をかすかに見せると、背後に現れた紫色の妖しい光がたちまち迦楼羅炎となって燃え上がり、罔象の背後で輪を描いた。後ろに退いてその中へ入ると姿が消えて、残った迦楼羅炎もじきに消えた。

〈蛟の霊障が、消えました……〉

次回は8月15日(日)更新です

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