章 第一二「20120520fragment■///玻那華の初陣」第三幕
全てを終えて長勝寺に帰還した頃、時刻は既に一五時を回っていた。
「やはり坊主八人を降ろすのは稚雁にもちと厳しかったようでのう。タマヨリの出撃が出遅れたのは申し訳なかったと思うておる。じゃがな娘、わらわは見ておったぞ。誠、初陣とは思えぬ目覚ましい働きぶりじゃった」
稚雁に取り憑いたまま出て行こうとしない玉依姫が玻那華を上機嫌に褒め称える。
「お姫様に褒めてもらえるようなこと、わたしなんにもできてないよ……」
「若い者が謙遜などするでない。周りの大人はあれこれ指図するじゃろうがの、身の程を弁えぬくらいで丁度良いのじゃ。それともわらわに人を見る目がないとでも申すか?縁結びをも司るわらわに?」
「め、めっそうもないです……?」
「安心せい、見込みは充分ある。じゃが信じることができないなら奇蹟も起こりようがない。日々の鍛錬を続けながらまずはわらわを信じ、自らを信じることから始めるべし」
玉依姫の話し方は何だかおみくじに書かれた教訓みたいだな、と玻那華は思った。その横では気が気でない様子の相楽が不安を口にした。
「姫様……それもそうですが、稚雁様はご無事なのでしょうか」
「無事に決まっておろうが。案ずるでない、稚雁のことはわらわとて大切に思うておる。無下に扱うつもりは毛頭ないが、しかし回復には時間を要する。しばらくの間わらわが預かろうと思う」
「しばらく!それは一体どのくらいです?!」
「どのくらいと言われても……。わらわとそなたらでは時間の流れ方からして違うからのう……。なるべく急ぐが日数の確約はできぬ。わらわが離れれば稚雁はしばらくの間目を覚まさぬ。その前に諸々《もろもろ》用件を言い渡すぞ、良いか相楽。まず……」
玻那華は二人の許を離れた。白河組の大工衆の方では、忍海が重ね重ね礼を述べている。
「今回のことは感謝してもしきれないよ。大破したフドウを見た時は内心、もう手の施しようがないと思ってたんだ」
「長月さん、俺たちにはあなたのお礼の言葉はもったいなさ過ぎますよ。フドウが必要とされる限りいずれまた俺たちの助けも必要になるでしょう。いつでも呼んでください。電話一本で駆けつけますから」
「そうだそうだ、もったいなさ過ぎるし、早過ぎる。新造したパーツを朱色に塗装する作業がまだ残ってますぜ。最後までやらせてくだせえ」
「ああ、宜しく頼むよ」
「お嬢さんもやってみるかい?」
棟梁の目が突然玻那華に向く。
「えっ、いいの?でもわたし工作とかあんまり得意じゃないよ……?」
「お気になさんな、思い出作りですよ。ペンキを塗るのと何にも変わりゃしませんから」
「うん、それなら……やってみたい」
内気な玻那華の返答に清々《すがすが》しい笑みを浮かべた棟梁が声を張り上げる。
「白河組の衆、聞けぃ!フドウの復活も無事に見届けたし、残りは塗装だけだ。それ以外は今日中に撤収するぞ!荷物をまとめろ!」
「俺たちは良いけど姫様は?」
「稚雁様も玉前神社に戻られます。静養するにはご実家が一番でしょうから」
玉依姫が離れて昏睡状態に入った稚雁を抱き上げた相楽が答える。
相楽の言葉で初めて実感が湧いたことを、玻那華は苦々しく思った。フドウの修繕が終わって玻那華が問題なく操縦できると分かった以上稚雁が滞在する理由はない。当たり前のことだ。なのに、およそ一〇日間べったり一緒に過ごした稚雁が、稚雁本人にはお別れの挨拶もできないまま帰ってしまうことを思うと玻那華の胸はきりきり痛んだ。
「タマヨリとフドウのお手合わせを見られなかったのは正直残念ですが、仕方ありませんね」
「姫様、目を覚まして自分が玉前神社にいると知ったら怒るだろうな」
「三鈷剣の鍛造にはまだ日数がかかると思います。できあがり次第お届けに上がりますが、それまでの代用として槍を一〇本ばかり置いて行きます。使ってください」
「恩に着るよ、本当に。玻那華、あんたも礼のひとつも言いな」
「ありがとうございます」
「どういたしまして。それでは、我々はこれで」
「ああ、何から何までありがとう」
「あの、相楽さん……」
別れの挨拶は済んだといった様子の大人たちを玻那華が引き留める。その不安げな表情の真意を相楽は汲み取った。
「稚雁様がお目覚めになったら、お電話を差し上げます。玻那華様のお声を聞けば稚雁様も元気が出るでしょう」
自分の気持ちを見透かされたことに内心驚きながらもその言葉を聞いてようやく、玻那華はひと時の別れを受け容れることができた。はにかんで頷いた玻那華に背を向けて、深く眠り込んだ稚雁をトラックの助手席に降ろす。
今日の戦いで活躍したタマヨリに防水シートをかぶせ終わると、トラックのエンジンが唸った。
こうして、玉前神社の一行は去っていったのだった。
神社本庁ビルにて。その日の夕方、会議室では臨時の評議員会が取り持たれていた。話し合われている内容は極秘中の極秘であり、窓から入る外の光は全てブラインドで遮られている。蛍光灯のぼんやりした薄暗さがこの部屋のぱっとしない雰囲気を表しているかに見える。
出席者はいずれも上層部の面々が占める中で一人、和泉が現場を知る者として招かれていた。
「皆も知っての通り、長らく沈黙していた蛟が今日再び活動を始めた。まずは事実の共有も兼ねてこれまでに分かっていることを手短に」
総長の言葉で立ち上がった和泉が壁一面に広がるモニターに映像を出す。ミカヅチ・ミナカタによる共闘に続いてフドウの戦闘シーンが流れる。つい数日前に撮影されたばかりのタマヨリの戦闘シーンも流れた。
「国内における怪異の出現が複数回観測されたことで、敵の特性が見えてきました。彼岸から顕れ出た異形が人間に取り憑き、機械と融合する。そうして純粋に霊的な存在に過ぎなかったものたちが物質界に影響を及ぼすようになる……。その目的は現時点で一切不明」
「基本的なシステムは神騎と同じという訳ですか」
「ええ、確かに。神と木造の依り代との間を適合者が取り持つことで駆動する神騎とは瓜二つと言って良いでしょう。物質界において本来干渉する力を持たないものが人間による媒介で力を得ている点は大きな共通項です」
「そう考えれば確かに、怪異に取り憑かれた人々が衰弱しきってはいてもいずれの場合も命に別状がなかったことも納得できる」
「生命力の源を殺しては元も子もないということでしょうね。これまでの調査ではっきりしたことが言えるのはこのくらいです」
「よろしい。では次に今日の動向について、和泉君が思うところを述べてみて欲しい。君はこれをどう見る」
映像が切り換わる。つい数時間前の東金—片貝間におけるフドウと怪異の戦闘が映し出された。
「まず言えるのは、知能が日に日に高度化しているということです。蛟をボスとしてそれを庇うように無数の怪異たちが手足となって統率された動きを見せている。今回に関してフドウは完全に手の平の上で転がされていたと言って良いでしょう。怪異を調伏する手際は悪くはありませんでしたが、蛟が本拠地としている八鶴湖から遠くへ遠くへと誘導されてしまった。しかしほんの子どもに戦略的に犠牲を取捨選択させるのが困難なのも事実。我々が通信機器類を積み込む前にフドウが出撃してしまったこともこの失態の一因です」
「それは確かに。だが神騎の指揮系統には今後防衛省のサポートが入る。それについては追々改善されて来るだろう。続けて」
「八鶴湖で観測された霊障の痕跡を辿ったところ、フドウを遠ざけた隙に蛟は隠密に移動していた模様です」
「どこへ」
フドウの移動経路がマークされた地図上に蛟の移動経路が加わる。
「子之神社……?」
「山じゃないか、頂上に池でもあるのか?」
「いえ、ありません。今まで水辺を渡り歩くように移動していた蛟がなぜ山に建てられた社に登ったのか、全く不可解です。ひょっとしたら陸上での生活に適応したのかも」
「蛟第三形態と言う訳か」
「だが常識外れの展開はこの頃では日常茶飯事になりつつある。作戦を計画し、協力して実行に移すだけの知能があることは既に証明されている」
「そして、計画は飽くまで手段に過ぎません。確かに驚かされはしますが、我々が追究すべきはその目的です。蛟を指揮系統として今現在も計画に基づいて行動しているとすれば、その目的は何なのか。今回、敵は明確な意志を僅かながら見せたように思います。即ち、海へ向かった。単に逃走を図るだけであれば、彼らは我々の追跡の目から身を隠す術を持っています。単にフドウを釘付けにしておきたいのであれば、普通に戦っている方が時間稼ぎにはなるはず。レイラインが想定以上に機能していたことで海への到達は阻止されましたが、目指した先に何があるのか、それが敵の目的を知る鍵になるはず」
「実に素晴らしい、面白い憶測ですな」
評議員の一人が口を挟む。その言い草に和泉はつい反射的に睨みつけてしまったが、相手は意に介す様子もない。
「ご存じかも知れませんがねえ和泉さん。九十九里浜を泳いだ先には何もないのですよ。太平洋を横断してアメリカ大陸まで突っ切るしかない。それが奴らの目的だと?五月蠅なす者には知性がある。それは間違いない。しかし混沌を好む彼らに目的があるとすれば、それは我々人間が築き上げた秩序を破壊すること以外にはない。それが神社本庁の見解のはずです。それとも何です、あなたにはもっと他に何か有力な手がかりでも?」
言い返せない和泉を見かねて総長が助け船を出す。
「霞ヶ浦は元々海だった。国内で二番目に大きな湖とは言え、長らく陸に閉じ込められていたのに耐えかねて海へ出ようとしているのかも知れない」
「総長……この女の味方をするんですか」
「五月蠅なす者については依然として不明瞭な点が多い。生き物なのかどうかすら判別のつかない存在の目的が、果たして我々に理解できるものなのか。それさえも断定しきれない中で我々は彼らの目的を現世に災いをなすためと結論づけた。これが早まった勘違いである可能性は大いにある。和泉君、君のような独創的なアイディアの持ち主を私は常に歓迎する。今日は時間を取らせて悪かったな。君はもう行って良い。我々はまだ少し話し合うことがあるのでね」
会議室を立ち去るまでの間、和泉は言い返さなかった。言い返せなかったのではない。怪異の出現は甚大な災害の前兆かも知れないという、長月忍海から聞いた話を口にすべきか迷っている内に黙り込んでしまったのだ。総長のおかげで少しは胸の空く思いがしたが、誤解されたままになったことに変わりはない。
だがそれでも自分のオフィスへ戻っていく間、そのことについてはやはりまだ口にしなくて正しかったのだと思えてきた。それは和泉にとって切り札となるはずのカードだ。上層部の小男にムカついたくらいで出して良いカードではない。まだまだ不確定な部分が残る言説を話した結果鼻で笑われて否定されでもしたら、今後仮説を展開するための軸を失ってしまうことになる。
「待ってましたよ。会議、思ってたより早く出られましたね」
和泉の姿を目に留めた山岸が立ち上がる。
「ええ、下っ端には聞かせられない話があるそうよ。一体何を企んでるのやら……。それより、フドウがもう戦闘に復帰してる。防衛省とのコンタクトは順調に進んでる?」
「ええ、予定通りに。でもそうなると早めないといけませんね」
「調整は任せても良いかしら」
「やっておきます。それと、さっき防衛省から必要があれば自衛隊の特殊車両を貸し出してくれるなんて打診があったんですけど、どうします?」
「是非お願いしましょう。使えるものは何でも使う。玉前神社の小さな巫女さんを我々も見習わなくてはね」
次回予告
加熱する神と怪との代理戦争。復讐を重ねる中で、少女の心には迷いが生じ始めていた。真相を確かめるべく、少女は勇気を奮い立たせる。それが、事態を思わぬ方向へ転がすとも知らず……
次回!木造ロボ フドウ「名づけの魔力」
次回は8月15日(日)更新です




