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章 第一二「20120520fragment■///玻那華の初陣」第二幕

挿絵(By みてみん)


 警報が鳴り渡る直前、罔象の気配を玻那華も感じ取った。復讐に燃える忿怒尊の怒りが全身に燃え上がる。それは搭乗者を失ったフドウの怒りだったものの、もはやフドウと一体化した玻那華にとってそれは自分自身の怒りでもあった。

「……もう限界、まだだめなのかも知んないけど、だいじょうぶ、行けるよね?フドウ」

 玻那華の声に獣めいた叫びでフドウが応えた。それは外部に放出された過剰な法力が炎のように燃え、空気に爆ぜて発せられた声音こわねだった。

「……全ての諸金剛に礼拝する。気高き忿怒尊よ、砕破せよ」

 未だ詠唱を続けていた稚雁に断りもなく、曼華鏡を納めた筒が独りでにするすると格納される。接続を中断された稚雁は放心状態のまま虚空に投げ出される。

「なッ、姫様!」

 振り向いたフドウが羽根のように舞い落ちる稚雁をその手で掬い上げ、駆け寄った相楽に譲り渡す。

「姫様なら問題ありません。玻那華様は早く、蛟の方へ」

 相楽の言葉に頷くと、心配する気持ちを振り切って東金の方角へ向かって走り出した。

 大柄な相楽の腕の中で赤児のように眠る稚雁には最初、目を覚ます気配がなかった。八人同時降霊という無謀が彼女の精神に深いダメージを残したことを知っているのは相楽だけである。それでも程なく意識を回復した稚雁は相楽の腕から逃れようとした。

「姫様、ご無理はいけません。しばし休息を」

「何を言ってるの、はなかはもう行ったんでしょ。ちかりも応援に行かなきゃ。相楽、タマヨリを出して」

 相楽の腕から逃れ、覚束ない足取りですっくと立ち上がった稚雁を見て、やむなく手を打って合図する。一〇tトラックの荷台にかぶせた防水シートが勢い良く外されて、玉前神社所属の神騎の全容が露わになる。

 人が造りし神の器。玉依姫命の依り代たる神騎タマヨリの黒く塗り込められた装甲の上に金色の装飾が輝く細身のフォルムはミカヅチやミナカタら男神オガミのものとは大きく異なり、磨き上げられた流麗な曲線が女神の器にふさわしい女性的な美しさを引き出している。

 相楽が稚雁に道具を手渡す。緑の葉が滴るさかきの枝と一房の神楽鈴。それは銀でできていて、揺らす度に清らかな音色のベールで辺りを包んだ。

 ばさっ、ばさっ、しゃーん、しゃーん……神秘的な音を鳴り響かせて稚雁が神楽かぐらを披露する。タマヨリに捧げられたその舞が稚雁の身体に神を依り憑かせる。

 稚雁が捧げ持つ鈴の音と呼応するかのように、天上から龍笛りゅうてきの音が漂う。それが玉依姫命が応じた証。舞踊を終えたとき、その身には既に姫神が取り憑いていた。

「姫様……お帰りなさいませ」

「わが鎧の支度はできておろうな。娘の勇敢さを称えてわらわ自ら助太刀してしんぜようぞ」

 玉色に輝く声でそう言うと、ふわりと身体を宙に浮かせて四mの高さはあるタマヨリの頭を軽々飛び越え背面部のキャノピーに着地。こともなげにコクピットに乗り込んだ。

 自分自身に神を憑依させて神騎に乗るという点で、稚雁は他の巫とは大きく異なっている。神自身に神騎を操縦させることで人間では本来引き出せない性能を容易く引き出す。

「参る」

「姫様、どうかご武運を……」


 割れて使い物にならなくなった三鈷剣の代わりに、フドウは杉の丸太から削りだした槍を携えて東金の町を疾走していた。その全長は二〇m。特別な法力を具えていたりはしないが、白河組の大工衆が仕上げてくれた、皆の願いが込められた立派な武器だ。

「敵はどこ?この辺りのはずだけど……」

 なるべく人目につかないよう大通りを避けながら、東金の市街地を駆け抜ける。聞き慣れない警報に慌てた人々で車道は渋滞になっている。

「中にいた方がいいのに……これじゃ警報の意味がないよ」

 そんなことを思ったのも束の間、前方の建物の陰に気配を察知した玻那華はすんでのところで身をかわした。

 跳び出して来たのはスクラップ同然の古びた重機に取り憑いた罔象。久々にまみえる相手だ。

「こんな小物ッ……!」

 ひらりと宙を舞いながら体勢を立て直し、着地と同時に槍を構えて突進。狙いは精確。木を削っただけの槍の矛先は寸分違わず敵の頭部に風穴を穿ち血を吹き出させた。人間でもないくせに真っ赤な血を流すことに、怒りに染められた心が苛立つ。

 罔象の頭部を貫いた槍をそのまま地面に突き立てて、宙吊りになった罔象の胴体を力ずくでこじ開ける。真っ赤な血に混ざって羊水が排出され、取り込まれていた人間が大きく咳込む。宿主は解放された。動力源を失った罔象はじきに灰になって散じるはずだ。

「ここで待っててください。終わったら必ず戻ってあなたを助けます」

 罔象に取り憑かれていた男性は気を失っていて反応はない。玻那華は槍を引き抜き次なる獲物を求めた。

「蛟は……あいつはどこにいるの?」

 彩雲の仇は狡猾に姿を眩ましてどこかに潜んでいるはずだ。そうでなければいけない。しかし目につくのは雑魚ばかり。いずれも何かに急き立てられるかのように東へ向かっている。ある時は槍で敵の足を引っかけて背後から首を刎ね、ある時は槍を投げて一撃で仕留めた。それでも数は減らない。と言うよりも、一体倒すと間髪入れずにまた別の一体が視界の端を走り抜ける、それを追うと言った具合に巧妙に誘導されている気さえした。

「自分たちのボスからわたしを離そうとしてる……きっとそう。でも罔象は一匹残らず倒さなきゃ……見過ごしたらまた、犠牲が……」

 東金の街中にいたはずの玻那華は東へ東へと誘導され、いつの間にか片貝まで来ていた。海まで近いはずだ。潮の音がはっきり聞こえる。

 数十体目かの罔象を仕留めた瞬間、また背後に新しく気配が現れたことを玻那華は察知した。その動きは俊敏で、槍の狙いが定まらない。やむを得ず後を追う。

「早く片づけなきゃ……海に逃げられたら追えなくなる……!」

 しかし距離は開き続けて罔象に追いつける見込みは薄いことが明白になりつつあり、そのことが玻那華の気を余計に焦らせた。神騎から引き出せる性能は搭乗者の能力に比例する。彩雲が乗っていた時と比べて、フドウの移動速度は格段に遅くなっていた。

 海水浴場までまっすぐ伸びた平坦な道に入った。家々がまばらになり、槍を遮るものは何もない。距離は六〇〇m余り。届くかは分からないがここで仕留めるしかない。

「当ッたれええええッッツ!!!!」

 投げられた槍は美しい放物線を描いて吸い込まれるように敵影目懸けて落ちていった。が、しかし罔象は倒れることなく走り続けている。槍は狙いを外れていた。

「そんな……」

 落胆した玻那華は握ったこぶしをコクピットの壁に打ちつけた。その後で視界を戻すと、地平線に消えていったはずの罔象が力なく倒れていた。

「槍は当たらなかったのに……どうして……?」

 理解が追いつかないまま、罔象の残骸を間近で眺めた。外傷は見当たらない。

「天網恢恢疎にして漏らさず……つまらぬ邪鬼ごときに神の張った網は破れぬと言うことじゃ」

 背後から声をかけたのはタマヨリに乗った稚雁だった。

「ご苦労じゃった、娘。残りはわらわが討ち取った。今のが最後じゃ。取り憑かれていた者たちの助けに向かうぞ」


幕間まくあい

 神騎タマヨリ(玉依姫命)

  建造年:未詳

  活動期間:未詳

  全高:3.5m

  装備:長弓・短刀一対


  玉前神社は永禄年間(1558年-1570年)の戦火により社殿及び古記録等が焼失したため、創建年代は不明。他の文献等により、少なくとも鎮座以来1,200年以上経過していることは間違いないとされる。神騎タマヨリも同程度の年数を経過していると見て良いだろう。

  かつて玉前神社の祭神は「玉前命タマサキノミコト」と呼ばれる男神であり、それがいつの頃からか玉依姫命に取って代わったと云う。記録こそ残されていないものの本騎も男神の依り代「タマサキ」をその宗旨替えに応じて女神の姿に改修したと伝えられている。

  装甲が薄く戦闘には不向きの華奢な本騎は長弓による援護を担う。弦を引き絞る右腕には腕の長さを延長する機構が内蔵されており、これによって単純に物理的な意味で強い矢を放つことが可能。

次回は8月14日(土)更新です

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