表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
21/46

章 第一〇「20120512-0519fragment■///姫巫女の見る夢」第二幕

挿絵(By みてみん)


 稚雁が滞在するようになって一週間が経過した。この間、稚雁はタマヨリに乗って二度出撃した。いずれも小物が数体のみで、八鶴湖にいるはずの蛟はすっかり気配を静めて沈黙し続けている。

 夜は相変わらず稚雁を抱いて百鬼夜行を耐え忍ぶ日々を送る玻那華は不眠症を拗らせつつあった。不足した睡眠時間を授業中の昼寝で補っている。

 学校には今まで通り通い始めたものの、人数が一人減ったクラスの雰囲気は今までとはすっかり変わってしまった。彩雲の告別式に参列して以来、玻那華は学校の制服に袖を通していない。見ているだけで心があの日に引き戻される。あの時から彼女にとって鳴濤中のセーラー服は喪服になった。登校から下校まで、一貫してジャージで過ごす玻那華の気持ちを知ってか知らずか、それを注意する教師はいなかった。しかし注目は集めることになる。

 玻那華の名前と顔がニュースに映ることはなかったが、長勝寺に神騎があるという話は今や全国に知れ渡ってしまっている。目立つことの苦手な玻那華にとって奇異の視線を向けられ、ひそひそ噂されるのは苦しかった。

 それでも今日は朝から明るいニュースがあった。玻那華にとって今日は特別な日だった。蛟との戦いで欠損したフドウのパーツが、夕方には全て仕上がると白河組の棟梁が約束してくれたのだ。

「明日は丁度土曜日だし、朝から組み立てられるように支度をしておきますよ」

「パーツは仕上がるんでしょう?今日じゃだめ?」

「だめってこたぁねえけど……色々と調整がね。失敗があっちゃいけねえし……。それに、本体が直ったって燕三条の刀鍛冶に渡した三鈷剣が戻って来るのはまだまだ先の話ですよ?」

 玻那華の顔に一瞬悲しげな表情が浮かぶ。

「んな泣きそうな顔はやめてくださいよ、反則だ……。……分かりました!お嬢さんが学校から帰るまでには何もかも済ませて組み立てられるようにしておきますから」

「ありがとう、親方」

「全く、お婆様に似て人遣いが粗いお方だ。おいお前ら!組み立ては今日やる!塗装は後で良いからまずは仕上げるんだ。クレーンも搬入するからな、作業小屋も撤収の用意を進めておくように」


 放課を告げるチャイムが鳴り止まない内に校門を出た玻那華は全力で自転車を漕いだ。こんなに待ち遠しい気持ちは随分久しぶりのような気がした。

 五分足らずで帰宅した玻那華が不動門をくぐる。境内へ入ると、仕上がったパーツが馬(※)の上に並べられていた。まだ朱色に塗られていない材木の色そのままなのが新鮮だ。無事だった左腕以外の手足と、胸部装甲と頭部。夜の間も常夜灯を焚いて交代しながら行われた急ピッチの作業が見事に実を結んだのだった。

「わあっ……どれもきれい……」

「お帰んなさい、お嬢さん。待ってましたよ。約束した通り、いつでも組み立てを始められます」

 新造された右手の指先に優しく触れてみる。荒々しく彫り込まれた手の甲と対照的に、手の平側はすべすべとしてずっと触っていたくなるような心地良さ。その内部は全くの空洞だ。

 修理の初日、フドウがパーツ単位に分解される過程で玻那華は神騎の内部構造を初めて見ることになった。驚くべきことに、搭乗者のイメージする通りに複雑な動きをトレースできる神騎の内側には茶運び人形レベルのギミックしか積まれていなかった。疑問を口にすると、棟梁は茶碗を手に取って丁寧に説明してくれた。

「この器を見て下さい。空っぽですね。もし水を汲もうと思ったら、開いている側は上を向いてなければこぼれてしまうでしょ。それは水が上から降って下に流れていくからだ。だがもしこの器に神霊カミムスビを容れようと思ったら?」

「……ぜんぜん、言ってる意味がわかんないけど……」

「神霊ってのは神様の魂です。それを、こうするんです」

 そう言って棟梁は水道水を満たしたばかりの茶碗を引っくり返して材木の上に置いた。

「霊魂は下から上に昇っていきます。風船みたいなもんです。閉じ込めておくには口は常に下に向けておく必要があるゆうことです。埴輪もそうでしょ。口が上を向いてるものは物質を容れることができる。口が下を向いてるものは物質ではない、別の何かを容れることができる。いずれにせよ、器は常に空っぽでなければならない。空っぽであることに意味があるんです……そんなところなんですが、お分かりになりますかね?」

 目の前の造作物を見て、玻那華はそんな説明を受けたことを思い出した。器の真理については結局よく分からずじまいの玻那華も、それらが見事な出来栄えであることははっきり分かった。

「設計図面をお婆様から拝借できたおかげで、元のものと瓜二つに仕上がってるはずです。きっとうまくいきますよ」

「ほんとにありがとう……これでやっと、あやちゃんの代わりに……」

 棟梁が目を伏せる。彼にとって玻那華は自分の孫と同じ年頃。そんな子に戦う義務を背負わせなければならないことに、棟梁はいたたまれない気持ちを抱いていた。だがどれほど屈強な男でも巫の代わりを務めることはできない。


 クレーン車のエンジンを点火させ、三階立ての足場には一〇人あまりの大工衆が配置された。

「いよいよね」

 離れた場所から組み立ての様子を見守る玻那華が稚雁の肩に置いた手に、ぎゅっと力が入る。直接作業に当たる訳でもない玻那華まで緊張していた。

 まずは胸部装甲を吊り上げ、内部の歯車が噛み合うよう充分注意しながら所定の位置に固定していく。続いて頭部。棟梁自身がノミを振るい、設計図面を忠実に再現した自信作が頸部に据えられる。

 続いて右腕を据え付けると、フドウを慎重に仰向けに寝かせて両足を据え付けた。クレーンで吊り上げながら金具で締め具合を調整する。不用意に揺れないよう残りの全員で支えながらの根気の要る作業が続いた。

「さあ、良いだろう。これで全部組み上がった。こっから先はお嬢さんの番だ」

「うん……」

 再びフドウを吊り上げて膝の関節を人力で曲げ、正座をさせる。時刻は一八時を回っていた。常夜灯が点けられる。安全第一印のヘルメットをかぶった玻那華がふらふらと慣れない足取りで足場に登り、コクピットに乗り込む。

 キャノピーが閉じられると、玻那華は深く息を吸い込んだ。密閉された空間に新鮮な木の匂いが充満して心地良い。

「お嬢さんはフドウに乗るのは今日が初めてなんだろう?どうだい、感想は?」

「えーっと……、新築のお家にいるみたい、かな」

 神騎の外でがやがやと楽しそうな笑い声が聞こえて、玻那華の口にも自然と笑みがこぼれた。

「はは、そりゃあ良いや!長月のお嬢さん、新しく据え付けた部品が正常に動作するか試してみてくれ」

「大きなパーツを差し替えると神騎自身が認識できないことがあるの。動かなくても慌てないで、慎重にやってみて」

 稚雁の助言に従って、自分が立ち上がるイメージを思い描き神騎を通してアウトプットを試みる。玻那華は一心に念じた——動けと。

「おお、動いてるぞ」

「いや、駄目だ。胴体だけがカクカクしてる。あそこには一切手を加えてないから、動くのは当たり前だ」

 正座の状態から立ち上がる時。まずは上半身を前のめりにして重心を前方にずらし、その勢いと連動して片足をスイングさせ、片膝を突かなければならない。しかし棟梁の指摘した通り今のフドウは最初の重心移動までしかできておらず、半ばブランコのようにゆらりゆらりと跳ねてしまっている。

「お願い、動いて……あなたもそうしたいって思ってるはずだよ」

 カラカラカラ……と歯車の噛み合う音が響いた。自分の気持ちがフドウに届いている感覚は確かにある。動けるようになるには、一体何が足りないのだろう。

「新しく取り替えた頭が機能してないなら、目も開けていないんじゃないのか」

「何も見えない状態で動かそうとしてるのか。それは危ないな。親方、今すぐやめさせた方が」

「黙っておけ」

「フドウに選ばれたのははなかよ。はなかはフドウの意志を汲み取って動く。はなかが諦めない限り、わたしたちにやめさせる権利はないわ」

 フドウの感覚に慣れると、感じていた違和感がはっきり浮き彫りになってきた。まるで神経が通っていない、ただの棒きれを当てがわれているかのようで気持ちが悪い。これ以上は何もできることがない。全くの手詰まりだった。

 重いキャノピーの内側からコンコンと叩く音が響いた。大工衆の一人が開くと、気まずそうな表情を浮かべた玻那華が顔を出した。

「ごめんなさい、せっかく急いでもらったのに……。なんか、だめみたい……」


■注釈

 馬……木造建築の建設現場で材木を置くために用いられる台。二台で一対となり地面から離した状態で材木を安置することで湿気から守る。また、作業台としての使い道もある。そのため、丸鋸まるのこの刃が毀れないよう釘やビスを使わないのが原則である。長年愛用されるものばかりではなく、余った材料で即興で作られ、その現場限りで廃棄されることも多い。新人の大工が材木を扱う恰好の練習として作るよう親方に命じられたりする。

次回は8月4日(水)更新です

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ