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章 第九「20120511fragment■///気になるあの子は一宮の姫巫女」第二幕

挿絵(By みてみん)


「まあっ!なんて素敵な眺め!いい所に住んでるのね、はなか?」

「うん、まあね……」

 懸崖造りの本堂から見下ろした景色に大はしゃぎの稚雁に、屋内でくつろぐ玻那華は曖昧に返事をした。確かに美しいと思わない訳ではないものの、玻那華にとっては何しろ見飽きてしまっている。

「わたくし、ここにいる間は毎日ここに来ることにするわ」

「ここに泊まるの?どのくらい?」

 稚雁の言葉に玻那華の心が躍った。彼女がいてくれることを素直に嬉しいと思った。

「もちろん、元通りになったフドウと手合わせするまでよ?それまではわたくしがここにいて、はなかの町を守ってあげる」

「優しいんだね、お姫様は」

「それが高貴なる者の務めよ。お父様がいつも言っているもの。当然でしょう?」

 高貴なる者の務めね……と玻那華はひとちた。自分のように大切な人を失って初めて闘う理由を知る者もいれば、何の抵抗もなく宿命を受け入れてしまえる人もいる。生まれる前から定まっていた決めごとに、自分だったら従えていただろうか?きっと、反発はしなかっただろう。だがそれでは意味がない。祖母が言っていたように神騎が認めてくれない。

「ねえ、お姫様はどうしてみんなからお姫様って呼ばれてるの?」

 景色を眺めていた稚雁が振り向く。

「わたくしも昔はただのお嬢様だったわ。神騎に選ばれた人のことをカンナギとか巫女って呼ぶでしょう?でもわたくしの玉前神社は上総の国で一番の神社だからふつうの呼び方じゃもの足りないなって。だから自分で姫巫女って呼ぶことにしたの。そうしたらそのうち、みんなわたくしのことを姫様って呼ぶように変わっていった。おもしろいでしょう?」

「ほんとにすごいね、お姫様は」

 呼び名ひとつにしてもセルフプロデュースの賜物であると知って玻那華は感心しきりだった。

「ちっともすごくなんか、ないわ」

 俯くと、再び景色の方に目を移してぶつぶつと呟いた。途端に小さくなった声を聞くために、玻那華も本堂の外に出なければならなかった。

「わたくしは七つの時から訓練を続けてるけど、五月蠅なす者と戦ったことは一度もないの。今までのわたくしの役目はあの人たちの顕現を許さないようにタマヨリを通して祈ることだった。タマヨリはわたくしの力を強めてくれるから。祝詞のりとが遠く、深い所まで届くのよ。大きなスピーカーみたいなものね」

「今まで平和に過ごせてたのはお姫様のおかげだったんだ」

「ある点においては、ね。危なかった時は何度もあったし、今回ばかりはとうとう防ぎきれなかった。状況が変わってしまった。ええ、状況は常に移ろうものよ。別に驚くことじゃない。こうなることを見越して武術を学んでもいたし。でも……」

 隣まで来ていた玻那華に顔をうずめるように抱きついた。

「たまに、とても怖くなる時がある。山人界に渡って夢中で遊んでいるうちにいつの間にか夜になっていた時のような心細さよ。生まれた時から知ってる場所で、大好きな家族に囲まれているのにそんなふうに思うなんておかしいわ。でもね……。天狗と友達になって扇をもらったり地獄の門番にお願いして中の様子を覗いたり、お盆が来る度にご先祖様とお話ししたりしたけれど、それでもちかりは一〇歳の子どもでしかなくて、一面的に見れば他の人にはできないこともできるけれど、やっぱりできないことの方が多くて。だから、ちっともすごくなんかないの」

 玻那華の顔をじっと見つめる。その目はほんの少し潤んでいた。

「ねえ、はなか。はなかは、フドウに乗れる?」

「え……」

 改めて尋ねられると、急に恐ろしくなった。

「何があったのかはぜんぶ知ってるの。誰かに聞いたわけじゃない。あの時わたくしはタマヨリに乗っていて、あの人たちを鎮めたくて一心に祝詞を奏上してた。でも全然効き目がなくって……でもタマヨリで戦いに出向くことはどうしてもできなかった……足がすくんで……どうすることもできなくて迷ってるうちに、あんなことに……」

「ちかりちゃんのせいじゃないよ……」

 玻那華の頭には当時の記憶は断片的にしか残っていないものの、しかしトラウマを喚び起こすには充分だった。吐き気で倒れそうだったが、自分に抱きついてしゃくりあげている小さな女の子を支えるためだけに目眩に耐えた。三日間眺めていた殺風景な部屋の白い天井が頭の中でぐるぐる回る。

「……わたし、乗るよ」

「え……?」

「フドウに乗って、あいつらと戦う。わたしたちの大切な人がもう誰も犠牲にならなくて済むように、わたしたちで決着をつけよ?」

 言葉を吐き出した瞬間、胸のつかえが下りて目眩と吐き気がすうっと消えていった。

 こうして、レイラインの一角を担う二社の巫の間で共同戦線を誓う約束が交わされた。


 伊能家の墓前で線香をお供えして手を合わせる忍海。燃え尽きたばかりの線香の灰が、ついさっきまで大勢がここにいたことを示している。

 目を閉じて祈る背後に気配を感じる。

「ようやっとお出ましかい」

 手を合わせたまま振り向かずに口を開く。和泉が姿を見せたのは東金市街戦が勃発したあの日以来だった。忍海に対していつもの軽口を謹んで、静かに頭を下げる。

「伊能さんのことは、現場で指揮を執っていた私に責任が」

「謝る相手が違うだろう。あの子の死にフドウが関わっている事実を隠したかったあたしに、あんた方は手を貸してくれた。あたしは共犯者なんだ、謝られる謂われはないよ」

「それは我々にも思惑があってのことです……。本格的に運用開始というタイミングでいきなり死亡事例が記録されることだけは、何としても避けなければならなかった」

「互いに必要があってした取引とは言え、あたしらは真実を揉み消したんだ。その罪は永遠に消えない」

「お孫さんはこのことを?」

「知っている。全て話した。あたしが話さなくてもニュースを見ていれば勘づくだろうからね、それよりはましだろう。強いて口止めはしていない。自分の正義に従ってあたしの間違いを諫めてくれるならそれでも良いと思っている」

「あまり勝手な真似は困りますよ、我々は今や一蓮托生なのだから……」

「今のところ、あの子は誰にも話していないようだ。この不愉快な事情をきちんと理解している。この先またフドウの力が必要になった時のことを考えれば、これが最善だと……。ぼんやりしているが聡明な子だ」

「そのせいで苦労してる」

 和泉のシニカルな指摘に対して、忍海は厳しい表情を崩さなかった。

「何はともあれ、秘密が漏れていないなら何よりです。それじゃあ早速、罪の償い方について話し合いましょう」

 和泉はまず、襲撃戦に関するマスメディアの報道と、それを受けた国民との間で形成されつつある世論について述べた。状況把握が進むにつれて被害者の数は日に日に増え、現在は死者こそ出ていないものの重軽傷者八〇人余り、行方不明者四六〇人前後というところで落ち着いた。実際は直接罔象に襲われて怪我をした人数は二〇人を下回る程度であり罔象の出現に伴う交通事故の被害の方が遙かに大きいのだが、ほとんど無視されている。詳細な事実関係の差異がニュースを見た人間の感情にもたらす影響がほんの僅かであることの表れだろう。

「六〇人の行方不明者の安否が世論にとって最大の関心事です。今のところは」

「それについてはあたしも大いに関心があるね」

「でもじき、そればかり捏ね回している訳にもいかなくなるでしょう。今回の襲撃は、鹿島の一件とはまるで規模が違う。世間は知ってしまったのです。得体の知れない存在がこの国のどこかで蠢いている、それらに対抗する有効な手段が、神社仏閣が個人的に所有している重機以外にないという事実に……。昨日付けで、防衛大臣から直々の通達が届いた」

 和泉はタブレット上に文書を表示しながらその内容について説明した。画面上を滑っていく文字群を眺める忍海の表情は一層悩ましいものになっていった。

「……神騎はその名の通り神を宿す機械だ。人間ごときの思惑からは常に自由でなければいけない」

「ええ……しかし神社本庁としては防衛省の申し出を受けて頂きたい、あなたに」

「できかねるね」

「向こうも決して悪いようには扱わないはずよ。現存していて尚且つ適合者を得た神騎の希少性は理解してくれている」

「防衛省には自衛隊があるのだから、自前の装備で片をつければ良いじゃないか」

「神騎の出動は神々の諍いを鎮めるためのものであり、これについて日本政府は治外法権を認め、一切関知しないものとする……。ミカヅチが起動した時内閣総理大臣はこう宣言した。手際は良かったとは言えないけれど、決めるべきことはきっちり取り決めてくれた。神騎の戦略的重要性はまさにここにあるのよ。そもそも自衛隊を派遣することに積極的な意見を持つ人間は政府管内にはいない。それが未知の脅威を排除するためであっても。もしそれをやれば、戦後初めての武力行使を命令することになる……それも日本国内で。長い議論になるでしょうね。後々批判されると分かりきっていることを完遂するだけの信念を持つ人間が今の政府にいるかどうか。いずれにせよ、目の前で起きている事象に対応するにはあまりにも遅い」

「情けない話だね」

「ええ。でも誠意は見せてくれました。自衛隊は罔象と抗戦しない代わりに、神騎を全面的にサポートする。既に神社本庁は防衛省と提携して霊的反応の監視体制強化に乗り出している。一人きりで戦わせるよりずっと心強いはずよ」

 墓前でまくし立てていた和泉がふっと境内の方を振り返る。フドウの修繕に向けて丸太を削る音や、刻む音が遠く離れたここまで小気味良く響いている。

「今度は、お孫さんが乗るんですよね」

 返事はなかった。忍海はむっつりと考え込んでいる。

「同じ過ちを繰り返さないためにも、ここは大臣の申し出を受け入れて頂きたい。起きてしまった事件の被害に注目が集まっている内に、将来起こり得る事象への対策を早急に進めねばならないのです」

「……分かった。あんたらを信用する気にはなれそうにないが、それが玻那華の安全に少しでも寄与するなら。長勝寺は申し出を受け入れる」

 夕日を背にした老婆に、和泉は深々と頭を下げた。



次回予告

 新しい仲間の手で、新しく生まれ変わった神騎。少女は乗る。今日流した涙が、明日の笑顔のためにあると信じて……

 次回!木造ロボ フドウ「姫巫女の見る夢」

 今こそ、全ての諸金剛に礼拝せよ

次回は7月30日(金)更新です

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