章 第九「20120511fragment■///気になるあの子は一宮の姫巫女」第一幕
わざとらしく咳払いして、女の子は言った。
「上総国一宮・玉前神社が宮司が娘・玉前稚雁、一〇歳。玉依姫命の依り代・神騎タマヨリに選ばれた巫として上総国の平和を預かる身です。以後、どうぞお見知り置きを?」
「ほう、大きく出たね」
堂々とした様子に今度は忍海が感心した。卒のない挨拶に育ちの良さが伺える。
「私は姫様のお世話を仰せつかっております相楽」
「相楽。お世話なんて幼稚な言い方はよしてって言ったはずよ?」
「そうでございました……執事の相楽吟慈と申します……はい」
「あたしが長勝寺の長月忍海だ。それじゃああなた方が、フドウの修繕をしてくれる訳だね」
小さな主人にたじたじの大男に向かって、忍海も挨拶を返す。
「遅くなってしまって申し訳ありません……私どもの支度さえ間に合っていれば、あんなことになることもなかっただろうと思うと……」
「それは言いっこなしだよ。全部あたしの不手際が招いたことだ。よその神騎を治しに来てくれたあんた方には感謝しかない」
「何分タマヨリ以外の神騎の修繕は初めてのことで……ともかく、全力でやらせて頂きます」
「宜しく頼むよ」
「ねえ、もういいでしょう?早くその神騎を見たいわ。どこにあるの?」
待ちきれない様子の稚雁が玻那華に案内を急かす。
「うん、あれだよ」
「あれって……あんなに小さいのが神騎なの?」
手足をもがれたフドウは確かに軽トラくらいの大きさしかない。稚雁が戸惑ったのも無理なかった。
相楽が境内の片隅に置かれたフドウから防水シートを剥がす。湖から引き上げた騎体には戦いの爪痕が生々しく残っている。
「まあ!尊い神の依り代がなんておいたわしい……」
「大規模な改修になりますね……。本体もそうですが、この剣ももう見るからに使い物になりません。一度原料の玉鋼に戻して改めて鍛造し直すか……」
「これじゃあいつになったら手合わせできるか分からないじゃない!!相楽、修理にはどのくらいかかるの?」
「今見た限りでは何とも申し上げられません」
「……手合わせって?」
稚雁の口から当たり前のように漏れ出た言葉について玻那華が尋ねる。稚雁と相楽があからさまにまずい、という表情を浮かべる。
「姫様、無理なお願いをするのは相手方と充分打ち解けてからと申し上げたはず……」
表情をこわばらせたまま二人は忍海を見る。
「ん?ああ、手合わせぐらい好きにしておくれよ。どうせ修理するのはあんた方なんだから」
「いいの?!ほんとにいいのね!?そうと決まれば相楽、とっとと治して差し上げなさい?」
「承知致しました!」
小さな主人がきゃっきゃと命令を下すと、一体どこに控えていたのか大工衆と思しき男たちがフドウを囲うようにコの字型の足場を取り付けにかかる。その横ではプレハブの作業小屋の設置が始まった。呼吸のぴったり合った連帯感の下、凄まじい早さで作業が進んでいく様子に玻那華は圧倒された。
「すごいでしょう?白河組のみなさんよ。日頃からタマヨリのことについてぜんぶお任せしてるの。上総で一番の神騎の修繕は、やっぱり上総一の宮大工でなければいけないもの」
「ああ、紛れもなくプロの集団だね。これなら何の心配も要らないようだ。あたしは斎場に戻るから玻那華、この方々の昼飯を支度していてもらえるかい。買い物して帰るから、あんたはとにかく米を炊いといとくれ」
「はい」
「ねえあなた、フドウが治ったあかつきにはわたくしのタマヨリとどっちが強いか勝負するのよ!」
甘えた声でせがむ稚雁に玻那華は困りながらも期待を裏切りたくなくて頷いた。
「あのトラックの後ろに載ってるのがそうなの?」
「ええ、その通りよ。よく分かったわね。あなた、見かけより鋭いのね」
「見かけより……?」
稚雁が乗っていたトラックの荷台には防水シートがかぶせられている。その形は大きく膨らんでいて不自然だが神騎が載っていると聞けば納得できた。
「今はみんなの作業のじゃまになるから、後でたっぷり拝ませてあげる!」
「ちかりちゃん、周りの様子を見て我慢できるなんてえらいね」
「そんなの当たり前でしょ?子ども扱いしないでよね。わたくしは上総一宮の姫巫女なんだから!」
えっへん、と言わんばかりに鼻高々の稚雁に自然な対応を見せる玻那華。そんな二人を車に乗り込む間際遠巻きに眺めていた忍海に相楽が話しかける。
「初対面だと言うのにずいぶんお話が弾んでいるようですね。やはり巫同士通じ合うものがあるんでしょうか」
「ああ、何というか……。それ以前にあの子に子供の世話ができるなんて初めて知って驚いてるよ……」
広報無線の時報が午前一一時半を告げる。
「みんな、手ぇ休めて昼飯にしようかえ」
忍海の声を合図にわらわらと作業小屋へ集まる大工衆に玻那華と稚雁が駆け寄っていく。玻那華が手にしたお盆の上には豚汁が、稚雁の方には大きな握り飯が載っている。
「おおっ!このおむすび、姫様が握ったんですかい。こりゃあまたとない大御馳走だ」
「まあ!親方、一人で四つも食べるつもりなの?!ほんとに底なしなのね。みんなの分までちゃんと足りるかしら!」
ちやほやする大工衆に愛嬌を振り撒きながら甲斐甲斐しく務める稚雁の姿に、玻那華は不思議と元気づけられていた。
総勢二〇人はいる男たちの給仕が終わって自分たちの食事ができる頃には、二人はへとへとになっていた。再開された作業を眺めながら、二人は少し遅い昼食を摂る。
「そう言えばあなたの名前をまだ聞いてなかったわ」
「そうだったっけ。えっと、わたしは長月玻那華。よろしくね」
「改めて、玉前稚雁よ。よろしく、はなか」
稚雁に差し出された手を優しく握り返す。瞬間、冷たくなってしまった血が突然温められたかのような感覚が稚雁の手を通して玻那華の心に込み上げた。内に秘めていた感情を全て見通した上で受け入れてくれたかのような、そんな気さえした。目の前の童女の顔を悪気なくまじまじ見つめる。その眼差しには不思議な引力があった。ぷっくりしたほっぺたにご飯粒をつけたままはにかむ年相応の幼い表情に比して、瑪瑙のような複雑な色合いを湛えた茶色の眼は不釣り合いなほど蠱惑的に輝いている。
「玻那華ちゃん、どうかしたのか?」
呆気に取られた様子の玻那華に承一が声をかける。
「ううん、へいき……」
「ごちそうさま!ねえはなか、わたくしあの本堂まで登ってみたいわ。案内してくださる?」
「うん、いいよ。行く?ああ、でも……」
「後片づけはやっておくから、玻那華ちゃんは稚雁ちゃんの相手をしてあげな」
承一の提案に頷いて、食べかけの握り飯を慌てて口に含んで豚汁で流し込むと稚雁の後を追った。
「あんまりにも当たり前のようにしてたから言えなかったけど、玻那華ちゃんおにぎりも豚汁もきれいに平らげましたね。あの子、今朝まで三日もの間絶食状態だったんですよ」
「ええ、そうですね。稚雁様は胞衣に包まれたままお産まれになりました」
「え……?急に何?」
突然思いがけないことを言い出した相楽に承一が引く。
「いやあの、うちの玻那華が絶食状態だったことと稚雁ちゃんが胞衣に包まれてどうのこうのって、全然繋がらないですよね」
「承、あんたは分からないなら黙ってな」
「失礼しました。古くから胞衣を頭にかぶって産まれた子供は特別な力を授かるという言い伝えがあるのです。稚雁様は更に珍しくて、全身をほぼ完全に包まれた状態で産声を上げたのです」
「はあ……」
「稚雁様には人の心を癒す不思議な力があります。普通の人が目に見えて大怪我を負っている人を心配するのと同じくらい当たり前のこととして、あのお方は心が傷ついた人とそうでない人を容易く見分けます。そうして、心の傷を治癒する方法も生まれながらにして熟知していました。そういうお方なんです」
「だが、それだけじゃないんだろう」
忍海の言葉に相楽は目を丸くした。至って真面目な様子の忍海を見て、その指摘が自分が受け取った通りの意味であると知った相楽の口調は途端に重々しいものとなった。
「玉前家は代々霊的感応性の優れた方がお生まれになる家系ですが、しかし今現在宮司を務めている通隆様にはそのような力はありません。通隆様が稚鶴様との間に設けた三人のお子も同様です。ただ一人、四番目に生まれた稚雁様を除いて……」
■幕間
玉前稚雁
・誕生日:2002年9月13日
・身長:122㎝
・好きなお菓子:大きなシュークリーム(和菓子は食べ飽きている)
・千葉県一宮町立一宮小学校 4年霧組 出席番号4番
上総国一宮玉前神社で代々宮司を世襲する家系の長女。3人の兄がおり、その生意気ながら憎まれない性格は末娘として猫っ可愛がりされてきた証。
聡明であると同時に類い稀なるシャーマンの素質を持ち合わせており、他人の感情の機微に敏感。また魂の階層が常人とは異なり、接した人間全員に慕われる特性を持つ。
次回は7月28日(水)更新です




