章 第〇「20120605prologue■///火界咒」
※本作はシナリオライター笠間裕之先生の小説『木造ロボ ミカヅチ』の二次創作です。こちらだけでも読むことができますが、両方合わせてより楽しく読めるよう工夫しました。ぜひ原作もチェックしてくださいませ※
https://ncode.syosetu.com/n4681ci/
笠間裕之先生公認 巨大ロボ×日本神話 異色のご当地ロボ小説 まさかのスピンオフ!!
中学生になったばかりの伊能彩雲はちょっぴり剣術が得意なふつうの女の子☆ ひょんなことから幼馴染のお寺に隠されていた木造のロボットが明るみに出てもう大変!>< え?鹿島に出現した未知の脅威が私の故郷にも迫ってるの?それを防げるのはこのロボットだけ?そーゆーことならやるしかないじゃん!行くよフドウ!! そんなこんなで純情乙女の一大バトルスペクタクル、始まっちゃいます!鳴濤山不動院長勝寺で私と握手!!
1週間に3話ずつ、月・水・金辺りで更新予定。既に完結していますので最後まで安心してお読み頂けます。
この作品は「n4681ci」の二次創作です。作者より許可を頂いています。
悲しみは一つの果実てのひらの上に熟れつつ手渡しもせず
寺山修司
章 第〇「20120605prologue■///火界咒」
ぎい……という重々しい音と共に、密閉されたコクピットに白熱電球の暖かい光が細く射し込む。重いキャノピーをこじ開けて背面部から細い身体をするりと滑り込ませ、丁度左右の手を置く場所に突き出た二本のバーを撫でる。床と平行に立ち上がったそれを掴んですっかり手に馴染んだ感触を確かめると、持ち込んだトランシーバーの電源を入れた。
〈……三六km西南西、ザザ旧市街で敵影複数確認ザ——ッ……警戒レベル:癸……まっすぐ海岸線に向ザッ……す。レイライン到達までおよそ一〇ザザ——ッ……玉前神社への協力要請は保留にしてあります、管制塔からは以上、どうぞ?〉
「こちらフドウ、とりあえず一人で様子を見てみる」
〈ザッ——ッツ——……訳ですね。奴ら、徐々にだがずる賢くなってます。油断は禁物ですよ〉
トランシーバーから聞き取れるびりびりに破けた若い男性の声の端切れから、接近する標的の情報と共にそっけない労りの気持ちが伝わる。
「雨、降るかも」
〈本当ですか?確かに湿度は昨日より高いようですが、よく晴れています。星が見えるはずですよ。雨雲レーダーを見ても、二〇〇km先まで雲らしい雲もありません〉
「雨が降ると思う」
出撃前の精神統一。目を閉じてすうっと深呼吸。少し埃っぽい空気と、木質の古ぼけた香りが鼻孔をくすぐる。
モノコック構造を採用したコクピットのフレームは強度の高い樫材で支えられているが、内装には手触りの良い桧材が用いられている。その爽やかな香りは今でもかすかに匂い立ち、この機械が生きてきた長い年月を偲ばせた。
再び深呼吸。出撃前の独特の緊張感と高揚感がないまぜになって搭乗者の体内に漲り、発散されたかすかな汗の匂いが密閉された空間に混じる。
かつてここに座った少女がいた。かつて未知の脅威に立ち向かい、散っていった少女がいた。大切な人を、大切な故郷を守ろうとした少女がいた。自分は今、あの子と同じ立場に立ち、同じ場所に座っている。同じ目的を、果たすために……
眼下に広がる景色に目を移す。不用意に敵の注意を惹かないために、信号機を含め一切の灯りが消えた寂れた街並みの角張った輪郭が、青白い星明かりに照らし出される。長引く敵の襲撃で避難勧告が発令されたこの町では多くの住民が疎開して、現在の人口は二週間前のおよそ四割程度にまで減っている。無人の町並みに漂う不気味な静けさに、彼女は既に慣れつつあった。
接近する敵の気配。モニターや、操縦桿や計器類、その他の近代的な設備は木造のコクピット内部には一切なく、目につくのは中央に供えられている一枚の丸い古い鏡だけである。しかし、神の依り代の操縦者たる彼女にはそれで充分だった。
右腕につけた孔雀色の輝きを放つ数珠を愛おしげに撫でると、決心したように白い帯を頭に結んで目隠しした。そうして「神騎」に呼びかける。不動明王の真言のうちの一つ、火界咒。それが出撃の合図。
「全ての諸金剛に礼拝する。気高き忿怒尊よ、砕破せよ」
次回更新は6月18日を予定しています