闇に堕ちた勇者
ビュンビュン
月の光が照らす夜の演習場。
そこに1人の男性がひたすらに剣を振っていた。
その男性はここ1週間前から、毎日夜遅くまで剣を振っている。
辺りには誰もいない。
ただ剣を振る音だけが、夜の闇に響き渡るだけだった。
俺はゼノン=ウィシュタリア。
ウィシュタリア王国の第1王子だ。
ここ1週間前から、ひたすらに剣を振っている。
1週間前、俺は妹のメイに剣術の模擬戦で敗北した・・・。
完敗だった。
メイの剣戟は視認すら困難で、何をされたのか全くわからなかった。
気がつけば、俺の頬を掠めて切られていたのだ。
俺は初めて相手に対して、恐怖というものを感じた。
別に初めての敗北ではない。
この前の生徒会戦では、帝国の第1王子であるアークに敗れている。
だが、その敗北は決して絶望的なものではなかった。
たしかに負けはしたが、次に繋げるような打開策が見つかったからだ。次戦った時は、勝てる自信がある。
だが、メイとの試合は違った。
何をされたのかわからなかったのだ。
攻略法等思いつくはずがない。
まさに手も足もでなかった。
妹の剣戟は視認すら困難で、力も速度も完全に俺を上回っていたのだ。
さらにこの前の戦いは魔法無しだった。
真剣勝負では、その速度に魔法の力が加わると思うと目眩がする。
攻略法が見つからない・・・ただ闇雲に剣を振ることしかできない事実に、俺は苛立ちを浮かべる。
「くそっ」
俺は思わず、剣を叩きつけた。
こんなのではダメだ。
こんな剣さばきでは、絶対に勝つことはできない。
メイ=ウィシュタリア・・・。
俺は敗北した妹のことを思い浮かべる。
妹は病弱でひきこもりだった。
嫌違う。
俺は本当は気づいていた。
妹は、優秀な俺と比べられてそれで心を痛めていることに・・・。
俺は妹が可愛かった・・・。
そうだ、何も出来ない俺以下の能力しかないない妹が。
俺は心の中で妹を見下していたのだ。
たいした能力もなく何もできない。
万が一にも妹には負けることがないそう思っていた。
今回の模擬戦もそうだ。
1年生で序列1位になったかしらないが、2年生の序列1位であるこの俺に適うわけがない。
そもそもメイが序列1位なのは、何かの間違いか今年の1年生のレベルが低いそう思っていた。
俺が敗北する等、微塵にも思っていなかった。
妹が憎い。
俺よりも才能のある妹の存在が許せない。
俺の心の中は怒りに煮えたぎり、怒りでどうなにかなりそうだ・・・。
「ゼノン?どうしたの?」
すると後ろから俺を呼ぶ声が聞こえた。
鈴の音のような綺麗な声。
その声を俺は知っている、俺が1番大好きな声だからだ。
その声を聞くと俺の怒りは消えて、現実に引き戻される。
「カトレア、来てくれたのか。」
後ろを振り向くと、俺の大好きな女性。
婚約者であるカトレアが立っていた。
◇◇◇◇
「そう、そんなことがあったのね・・・」
俺はカトレアに模擬戦で妹に敗れたこと、そして俺が持つ妹への思いを正直に伝えた。
妹を見下していたということ等、普通だと口が裂けても言えないだろう。
だが、カトレアなら全てを受け止めてくれる。
俺はそう信じている。
その言葉を聞き、カトレアは沈んだ顔をする。
月明かりに照らされるカトレアの姿は沈んだ顔でも美しく、彼女を見た俺の胸は強く跳ねた。
俺の思いに共感してくれるそれだけで嬉しかった。
「ゼノン様が負けるなんておかしいですね。わたし思うんですけど、メイ様は何か良からぬ力を使ったのではないでしょうか?」
「良からぬ力?」
カトレアの思わぬ発言に、俺は疑問の顔を浮かべる。
その顔を見たカトレアは話を続けた。
「メイ様が入学する時からおかしいと思っておりました。彼女は引きこもりで何もしていない。そんなお方が才能に溢れ努力を怠らない、ゼノン様に勝てるわけがない。彼女はおそらく・・・」
「おそらく?」
「闇の力です。入学式の日、メイ様から禍々しい力を感じました。そしてご存知かもしれませんが、この前の1年生のダンジョン実習の日に魔人が出現したという騒ぎがあったそうです。おそらく、メイ様と何かしら関わりがあるのではないかと・・・」
俺はカトレアの言葉に絶句する。
メイが闇の力を・・・?
まさか。
だが、あの途方もないメイの力はそれで説明がつく。魔人が出たという噂も聞いていた、まさかメイとの関わりが・・・。
カトレアがこう言っているのだ。
おそらくメイが闇の力を使っているのは、間違いないのであろう。
闇の力とは、伝承に残された魔王の力だ。
国と民を守る使命をおびた王族がその力を使うことは、決して許されないことだ。
同時に、仮物の力で勝負をけがしたメイに対して、激しい憎悪が生まれる。
「くそ、メイの奴。ここまで、堕ちていたのか。最初からおかしいと思っていたんだ。あいつが序列1位なんてあるはずがない。だが、俺はメイを止めなければならない。それが同じ王族であり兄である俺の務めだ。」
すると、カトレアは懐から何か瓶のようなものを取り出すと、俺の前に差し出した。
瓶には紫色の液体が入っていた。
「これは闇の力を打ち破る薬です。闇の者は暗黒オーラというものを身にまとい通常の攻撃では傷1つつけることはできません。
しかし、この薬を飲み干せばメイの闇の力を打ち破ることができるでしょう」
俺は瓶を手に取り、中に入っている液体をじっと見つめる。液体は紫色に怪しく輝きを放つ。
それを見て心なしか邪悪な気配を感じ嫌な予感が頭によぎった。
心配になりカトレアを見る。
だが視線を受けたカトレアは笑顔になり、ゆっくりと首を縦に振った。
その笑顔を見た俺は不安な気持ちを捨て去り、この液体を飲む決意を固めた。
愛するカトレアが用意してくれたものだ、大丈夫だ。
そして、瓶の蓋をあけて中の液体を一気に飲み干した。
「お・ち・た・な!」
だが、俺がその薬を飲み干した直後にカトレアは豹変した。
地獄の底から響くような低い声を出し、邪悪な笑みを浮かべたからだ。
だが、俺はカトレアを問い詰めることはできなかった。
同時に激しい痛みが全身に発したからだ。
俺は思わず膝をつく。
膝をついた俺の体から紫色の邪悪なオーラのようなものが漏れる。
変わる・・・俺の体が作り替えられていく。
そう思った直後、俺の意識は闇に沈んだ。
ゼノンはそのまま意識を失い、地面に倒れ込むのであった。
側に立つカトレアは、満足そうに倒れたゼノンを見下ろすと言葉を発した。
「勇者は堕ちた。後は聖女に復讐するのみ。計画は順調ね。でも計画は急がないといけないわね。バルデスを倒したメイ・・・。奴は厄介だわ」
カトレアはそう言うと倒れたゼノンを担ぎあげ、夜の闇へと消えていくのであった。




