出発前夜
『青龍の丘』から帰ってきた私達は、学園に行くために荷造りをしたり文房具を買う等、入学の準備を進めていた。
そして、魔法学園の入学式、1週間前。
明日、私とメイ様はいよいよ魔法学園に向けて、出発する。
学園のある魔法公国は、王国から馬車で3日程かかる。
学園生活は寮暮らしになり、部屋の片づけなどがあるので早めに学園に行くことにしている。
わたしは、今日はメイ様の護衛をお休みし、騎士団の演習場に足を運んでいた。
学園に行っている間は、騎士を休職することになる。
その為、仲間の騎士達に挨拶にきたのだ。
「あっ師匠、師匠も皆に挨拶をしに来たんですか?」
騎士団の演習場に入ろうとしたところ、後ろから声をかけられた。
わたしが後ろを振り向くと、騎士団の服を着た赤い髪の女の子が手を振りながら駆け寄ってきた。
「ちょっと、カリン。お師匠様は辞めてって言ってるでしょ。同年代なんだしミルロと呼んでくださいよ」
「いやいやお師匠様はお師匠様ですよ。いろいろ教わりましたし、これからもいらいろ教えて頂きたいので!!」
カリンはわたしの隣に立つと、屈託ない笑顔を浮かべた。
そんなカリンをみて、わたしは、はぁと溜息をつき項垂れた。
カリン=ルージュ
ゲームではミルロと同じ悪役令嬢の取り巻きBだった。
そして3年前にわたしと騎士団試験でぶつかった相手だ。
あの敗北の後、彼女は変わった。
しつこいというか諦めの悪い性格は未だに健在なものの、彼女もまたメイ様と同様にゲームとは性格が変わったものの1人である。
ゲームでは度々威圧的な態度を取り、喧嘩っぱやい性格だったのだが、今ではすっかり穏やかになり、その性格は影を潜めている。
翌年、騎士団試験を首席合格すると、わたしに試験でのことを謝罪し、わたしの弟子にして欲しいと志願してきたのだ。
わたしは謝罪は受け入れたものの、もちろん弟子になる件は断った。
だが、試験の時もそうだったが彼女は諦めが悪い。
毎日毎日、弟子にして欲しいとわたしの元に通いつめ、ついにわたしが折れたのだ。
だがわたしはまだ10代の少女で、同年代の女性に師匠と呼ばれるのは心外だ。
その為、師匠ではなく練習相手の同僚として了承した。
そういう約束だったはずなのに・・・、彼女はこうして私の事を師匠と呼ぶ。
そして彼女もまた、わたしと同じく今年魔法学園に入学する。
「うおおおお。寂しいぞカリン、そしてミルロ。二人とも体に気を付けるんだぞ」
涙を流し、私達との別れを惜しむのは、第2部隊隊長兼副団長のゲイルさんだ。
身長は3メートル近くあり熊のように大きく威圧感が凄いのだが、中々情に厚い人物なようで、こうしていろいろ気にかけてくれるのだ。
「ちょっちょっと隊長、苦しいです。ギブギブ。潰れちゃいますよ」
特に部下であるカリンがお気に入りのようで、ぎゅっとカリンさんを抱きしめる。
カリンは苦しそうに体をジタバタともがいていた。
一方、わたしはそんなカリンを横目で見ながら、第3部隊隊長のミミルさんと、第4部隊隊長のハヤブサさんと話をしていた。
どちらかと言えば、わたしはゲイルさんよりも、この2人の隊長と仲がいい。
「あーあミルロが居なくなると、お風呂に入れないのか。寂しいなぁ早く帰ってきてよね」
「君と弓の練習ができなくなるのは、寂しいな。また戻ってきたら相手をしてくださいね」
ミミルさんはドワーフで、故郷は火山地帯にあり、温泉が豊富に沸いていたそうだ。
その為、お風呂が大好きなのだ。
毎日とはいかないが、週に1回は一緒にお風呂に入るお風呂友達だ。
一方、ハヤブサさんは弓つながりの友達だ。
メイ様の護衛騎士になってからも、わたしは時間を見つけては騎士団の弓道場に通いつめていた。
時には一緒に弓の練習をしたり、共に競い合ったりと切磋琢磨している間柄だ。
「わたしもミミルさんとハヤブサさん達と離れるのは寂しいです。魔法学園にいったら、たまにお手紙を書きますね」
「あー楽しみにしているよ。」
ハヤブサさんは私の言葉に笑顔で答えてくれた。
「ミルロ!お酒よお酒!手紙と一緒にお酒を買ってきてね」
一方、ミミルさんはお酒を買ってくるようにと鼻息荒く、わたしに迫る。
そんなミミルさんにわたしは一歩引くと、呆れながら答えを返した。
「ミミルさん、流石に学園にお酒はないですよ。そもそも学園はお酒禁止ですし」
「ははは。まったくミミルはお酒好きだね」
それから、わたしとカリンは騎士団の隊長達そして同僚達と世間話に花を咲かせ、しばしの別れを惜しんだ。
◇◇◇◇
マルチーズ家に帰ってきたわたしは、お父様、お母様と一緒に夕食を取ることになった。
いつもはお父様は騎士団長の仕事に忙しく家にいることが殆どないのだが、わたしが明日学園に経つということで、こうして一緒に食事をする為に戻ってきてくれたのだ。
お父様がわたしを気にかけてくれていることに、じーんと胸が熱くなる。
「ミルロ、明日出発するのだな?」
食事が落ち着いたところで、お父様は食事の手を休めてわたしに話しかけた。
お父様の言葉に、わたしは笑顔で答える。
「はい、明日、メイ様と一緒にこの国を経ちます」
「寂しくなるわね。ミルロ気を付けていくのよ。アーサーに宜しくね」
お母様も話に入ってくると、寂しそうにわたしを見つめた。
わたしは孤児で、養子としてマルチーズ家に来た。
マルチーズ家で過ごした3年間は、わたしにとってかけがえのないものであった。
前世での生活は、一般的な家庭であった。
最後の方は病気で動くことができなかったが、お父さん、お母さんはわたしのことを精一杯気にかけてくれていた。
親不孝にも先に亡くなってしまったが、麗華はたしかに幸せものであったと思う。
だが、死んでしまってはもう両親には会うことはできない。
いきなりの異世界の生活に混乱していたが、わたしは確かに転生した時、寂しかった。
そして一人だったことが、凄く不安だったのだ。
だが、マルチーズ家に引き取られたことで、わたしの寂しさや不安さは影を潜めた。
マルチーズ家のお父様とお母様は、時には厳しく、時には優しく。
まるで、本当の子どもの様に接してくれた。
そんな二人に対して、わたしは凄く感謝している。
人間は一人では生きていけない。
こうしてわたしが異世界で3年間生きてこれたのは、両親のサポートがあったからだと思う。
前世の時、麗華は両親に感謝の気持ちを伝えることができなかった。
だが、こうしてミルロとして生まれ変わったわたしは、後悔のないように生きようと決めている。
人間いつ死ぬかわからない、学園に行く前に両親にこの思いを伝えよう。
わたしはそう思い至るとナイフとフォークを置き、両親に言葉を伝えた。
「お父様、お母様、わたしは孤児としてマルチーズ家に引き取られましたが、こうして本当の子どのように接してくれて感謝しています。3年間ありがとうございました。
マルチーズ家の一員になれてわたし幸せです。わたしを選んでくれてありがとうございます。
学園生活が始まると暫く離ればなれになってしまうが、これからもミルロを見守っていてください。
これかも宜しくお願い致します。」
今の気持ちを正直に伝えると、わたしはぺこりとお辞儀をした。
その言葉を受けたお母様は突然立ち上がると、わたしを強く抱きしめた。
「ミルロ、わたしも貴女が娘になってくれて幸せよ。本当に寂しいわ。月に1回は手紙を書いてくださいね。学園生活が元気で過ごせるように、毎日祈っていますからね」
抱きしめたお母様の目から、涙がしたたり落ちる。
「お母様、ありがとうございます。」
対するわたしもお母様を抱き返し、涙を流した。
暫くわたしとお母様は抱き合った。
すると、そんな私達をさらに大きな体が上から抱きしめる。
その体は、お父様であった。
二人を抱きしめたお父様は、ゆっくりとわたしに語り掛ける。
「ミルロお前はマルチーズ家の誇りだ。ミルロが護衛騎士になったことで、メイ様は本当に変わられた。そのことを王様は非常に感謝している。もちろんわたしもだ。本当にありがとう。
学園に行ったら、くれぐれも体調には気を付けるのだぞ。
わたしもミルロの成功を見守っていよう。 」
「お父様・・・」
わたしは幸せ者だ。
こんなにもわたしを愛してくれる両親がいるのだから。
ありがとう神様、ミルロとして転生させてくれて。
こんな素敵な人達と出会わせてくれて。
わたしは、今、凄く幸せです。
わたし達家族は別れを惜しみ、暫く抱き合うのであった。
こうしてゆっくりと時間は過ぎていった。
翌朝・・・。
メイ様を送り届ける為に用意された王家の馬車に、わたしとメイ様が乗り込む。
馬車の外では、多くの方達がメイ様とわたしを見送りに来てくれた。
騎士団の隊長達、非番の隊員、お城に勤めているたくさんの人々、マルチーズ家の両親、そして王様と王妃様。
わたしとメイ様は、馬車の窓から顔を出すと、見送りに来てくれた人達にお礼とお別れの挨拶をする。
「皆さん、今日は見送りにきて頂いてありがとうございます。気を付けていってきますね」
それに対して、見送りの人達から口々と別れを惜しむ挨拶が飛ぶ。
すると、王様が馬車の前に近づくとわたしの手を握り話かけた。
「ミルロ、そなたには本当に感謝している。君のおかげでメイは前よりも明るくなった。そして今や立派な王女だ。本当にありがとう。これからもメイの従者として支えてくれるかな?」
もちろんだ。
メイ様は尊敬する仕えるべき主だ。王様に言われずとも、わたしの心は決まっていた。
わたしは、笑顔で王様の言葉に答えた。
「もちろんです。この命に代えてもメイ様をお守りいたします。このミルロ=マルチーズにお任せください。」
「ああ、よろしく頼む。」
わたしは握られた手を握り返し、王様と固い握手を交わすのであった。
そして暫くして、馬車が発車した。
わたしとメイ様は、馬車の窓から顔をだし見送りの人達が見えなくなるまで、手を振るのであった。




