第005話 理の収集家
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12/6(日)に5話ほどアップする予定です。
12/7(月)に7話ほどアップする予定です。
盾として構えたブロードソードがギリギリと嫌な音を奏でる。
2本の剣が交わり十字の形を作る意味は、力の拮抗だ。
何故受けれたという疑問もあったが、必死すぎて思考が追い付かない。
「面白れぇ。これからが本番ってか? カイル」
拮抗と言っても、未だグレインの力に分があるようで徐々に後方へと押し込まれていく。
眼前に迫るグレインの上腕二頭筋にスジが浮かぶ。
先の一撃は挨拶程度と言わんばかりに、強烈な圧力が全身に襲い掛かる。
「くうっ!? 強い……」
背後に迫る酒場の壁。
このままだと挟まれて圧死する。
危機的状況をよそに脳内に響く声は淡々としていて、
『スキル【理の収集家】
解放率
都市:14.8%
ダンジョン:15.2%
秘境:01.0%
エリア【地】:14.8%
エリア【海】:0.00%
エリア【空】:0.00%
加算ボーナス
HP:+864
MP:+291
STR:+385
VIT:+177
………』
うおおおぉぉぉい!
意味分からん言葉を連発しないで……!
「早くしなさい!!!」
聖女候補リルアの命令に対する謎の声の回答は、
『ステータス付与が完了しました(棒)』
膨大な記憶の奔流が脳内を駆け巡る。
幼少時に遊んだ川や山、野原の光景。
軍隊ガエルに襲われ大泣きで逃げ惑った初めてのダンジョン。
パシリとして何度も往復した各都市を結ぶ街道。
ギルドの雑用をこなすため足しげく通った多くの都市や街、そして村落。
30年――いや、ギリギリ29年。
これまでの雑よぅ、冒険の記録が、地図上に光の軌跡となって線を結ぶ。
出現した蕾は花弁を開かせ、我先にと咲き乱れた。
1つ1つは小さな華だ。
それが積み重なり大きな力を僕に与えてくれる。
背中に羽根が生えたような身の軽さに大きく息を吐く。
押し返すことは無理だが横に逃げる事はできるかもしれない。
この場から逃れるため全力での横っ飛びを決行する。
最後に華麗な着地を決めて脱出成功、と思ったのが間違いだった。
勢い余って酒場脇に重ねられた樽の群に身体ごと突っ込んで、
「痛た、相変わらず恰好がつかないな、僕は……」
それでも助かった。
散らばる樽の残骸に尻餅をつく形にはなったが……。
全身の感触を確かめつつ、シュタッとその場で飛び起きる。
「スゲェな、聖女の加護ってのは。雑魚だったお前をここまで強化するとは」
グレインの言葉に答えを返したのはリルアだった。
「私はキッカケを与えただけ。カイル君の冒険者としての軌跡が今の力を生んでいる。そして、これから旅を続けることでもっと輝くはずよ」
厳密に言うと雑用で世界を走り回ったのだけど……、言わない方が良いだろう。
「ありがとう、リルア。君はこの結果を見越して僕と契約したんだね」
返事が返って来ない。
リルアをジッと見つめると冷や汗を浮かばせながら、
「………………………………………………そうよ!」
嘘だった。
大分、間があったんですが……。
目の前の理不尽が許せなくて、後先考えずに喧嘩を売ったんだろうな。
そもそも僕が情けないがために起こった戦いだ。
感謝こそすれど、彼女の行動をとやかく言う権利はない。
それに、ありがとうを言うにはまだ早すぎる。
グレインとの闘いはこれからが本番だ。
まだ、彼は自身が持つスキルを解放していないのだから。
「野次馬には悪いが使わせて貰うぜ」
グレインに一番近い初老の男性がいきなり嘔吐した。
それが次々に伝播するように野次馬達を襲う。
フラフラとよろける者や酷ければ気絶する者まで……。
グレインのスキル【超威圧】。
自身の周囲10メートルを対象に恐慌状態付与および能力を下げる効果を持つ。
これからはハイプレのハンデを背負って戦うしかない。
リルアにハイプレの影響が及ばぬよう壁となるため正面に立つ。
全て防ぐことは無理だが多少なりともマシになるはずだ。
「えっ?」
ガクリと膝が折れる。
そんな馬鹿な。
今の僕は多少なりとも強化されているはずで……。
「喜べよ。ハイプレの効果をお前だけに絞った」
グレインのスキルが対象を任意に選べるなんて知らなかった。
しかも1点集中することで効果を増大させるなんて……。
『Bランク:トラベルの解析を開始……、解析完了』
「早くして! 詳細は後で聞いてあげるから」
聖女候補様はとても厳しかった。
謎の声にとって説明する場面こそ一番の見せ場なのではないだろうか。
昔、自分で考えた必殺技に設定を付けてニヤニヤしていた僕には分かる。
設定なんぞに興味ねぇ、なんて言われた夜は涙で枕を濡らすだろう。
この切ない気持ち、凄く分かるよ。
『……精神ボーナスを付与します。諸所の理由でハイプレを無効化しました』
哀愁漂う謎の声が示す通り、ハイプレによる脱力感がフッと消えた。
それだけではない。
浮足立っていた心に静寂が訪れる。
脳内に蔓延っていた雑念も一切消え、この世の全てがクリアに見えた。
――成程ね、そういう効果もあるのか。全て理解したよ。
「大丈夫? カイル君」
「問題ない。下がっていてくれるかい、リルア。"俺"の大事なお姫様を傷モノにするわけにはいかないんでね」
「姫、って急に恥ずかしいこと言わないでよ!」
何故かプンプンとご立腹な姫様の相手は後で沢山するとして……。
グレインは未だ俺に対してハイプレが効いていると思い込んでいる。
それを利用して少し脅かしてやるのも悪くはない。
冷静に分析した結果、先程の衝突の際に気付いたことがある。
力はグレインに分があるが、速さは俺の方が上だ。
油断しきったグレインの懐にスッと飛び込む。
グレインには俺が消えたように見えたはずだ。
瞬時に鞘付きのブロードソードを喉元に突きつけ、
「動くな。今すぐハイプレを解け、グレイン。そのスキルはもう俺には効かない」
「クソッ、状態異常耐性か……。それも聖女の力かよ」
耐性があっても、普段の俺なら拙い動きで攻撃を見切られていただろう。
だが、今の俺は違う。
相手と自分、お互いの手札を瞬時に判断して最善手を選ぶことができる。
Bランクの解放は戦士として必要な判断力や冷静さも付与するらしい。
ただ、普段の俺ではないためこの状態を長く保つことは出来ないようだが……。
「今すぐ負けを認めろ、グレイン」
「断る。喉を潰されたと同時にお前を八つ裂きにしてやる! 相打ち覚悟でな!」
「相打ちか……。アンタには15年分の恩義がある。今、それを返そう」
大きく後方に跳躍してグレインから距離を取る。
先の状態でもグレインに一撃を与え、昏倒させることは可能だった。
それをしなかったのは俺なりの感謝と決別の証を示すためだ。
左腰にあるホルダーにブロードソートを固定し、抜刀の構えを取る。
「次の1撃に俺の全身全霊を込める。グレイン、お前も最強の技を撃ち込んで来い。これを俺達の最後の勝負としよう」