第004話 親愛なる祝福
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12/7(月)に7話ほどアップする予定です。
酒場アリアドネの前には早くも人の輪が出来ていた。
吹き飛ばされたニーナも復帰したようで、パイで汚れた顔を拭っている。
2回も顔面パイを受けた影響か、化粧が全て剥がれて酷い顔に……。
女性は化粧で化けるとよく言うがそれは本当のことらしい。
ニーナの横に立つグレインが大声で、
「すぐにでも勝負を始めるか?」
「待ちなさい。契約の儀が済んでないの。勝負はその後よ」
「ならさっさと済ませろ。聖女という話もどうせ嘘っぱちだと思うがな」
聖女候補と従者による契約の儀。
僕達のような一般市民は「契約の儀」という言葉を知っているだけで、儀式の内容について全く情報を持ち合わせていない。
これから何が行われるのか、野次馬達も興味津々で僕達の行方を見守っている。
注がれる視線を気にも留めず、少女が僕の正面に立つ。
背丈が小さいせいで斜めにしか顔色をうかがうことができない。
「背が高すぎるよ。私の前でしゃがんで、リストラ君」
「分かったよ」
彼女の命令通り、片膝立ちになってしゃがみ込む。
背が高すぎると言われても、一般的な成人男性と同じくらいの身長だ。
君が小さすぎるだけ、なんて言うと犬歯を剥き出しにして怒りだしそうだ。
この言葉は心の内にしまっておこう。
「これから契約するんだから名前を教えなさい。私はリルア・リフレインよ」
「僕の名前はカイル・ルークス」
「やっぱり……」
「やっぱり?」
さっきの「会ったことない?」発言も含めて気になる事がある。
リルアは僕のことを知ってるんじゃなかろうか。
これでも冒険者の端くれである。
世界中を巡り、色々な人と出会ってきた。
その中の1人にリルアが含まれていても不思議じゃない。
「何でもないわ。それじゃリストラ君。目を閉じて」
「いやいや、そこは名前で呼んでよ!」
「は、恥ずかしいの! 名前呼びは!」
「女の子にリストラ呼ばわりされる三十路男子の世間体も気にしてッ!」
リルアは僕の言葉に対する返答として目にデコピンを放った。
目を閉じろという無言の圧力、ではなく暴力。
彼女の命令に従い、しぶしぶ両目を閉じる。
「最後の確認。本当に私と契約していいの? 怖いなら逃げてもいいんだよ」
「それは出来ない。僕が逃げたら君が恥をかくだろ」
「私のためってこと?」
「これでも一応、大人だからね。それに負けても怪我をするのは僕だけだ」
正直、リルアが聖女候補という話も半分嘘ではないかと思っている。
嘘だった場合はボコボコにされて終了、それだけの話だ。
仮に僕が逃げたとしたら、リルアはこの場に1人取り残される。
リルアも十分に強いけど、本物の「戦闘」になればニーナに勝てるかも怪しい。
特にグレインは王国の上級騎士相当の実力があり、好戦的でプライドも高い。
そんな男にあれだけの啖呵を切ったのだ。
ごめんなさい、の謝罪で終わる可能性は極めて低い。
何より僕を助けるために立ち上がった君を置いて逃げる真似だけはしたくない。
「僕なりに覚悟は決めている。ここはリルアのために戦うよ」
「……ありがとう、カイルく、ん」
ぎこちない呼び方だ。
そんなに名前呼びが恥ずかしいのかな。
それだったら「さん」付けの方がまだ恥ずかしさも軽減されると思うんだけど。
「少し、口を開けてくれると助かるかも」
「こう?」
口を半開きにしての発言のため馬鹿みたいな声が出る。
最初に目を閉じろと命じられ、少し口を開けろと言われる。
昔に見た小説で男女が口付けを交わす際に似た様なことをしている描写を読んだことがある。
恥ずかしながら桃色の経験がない僕には文書での知しきっ……。
「んむっ!」
僕の唇を捉える柔らかな何か。
熱い吐息にも似た、いや断言する。
これはリルアの吐息だ。
彼女は僕に唇を重ねている。
その事実にドクドクと脈が早まっていく。
艶めかしい音の間にカチリ、と無機物な音が鳴る。
濃密な口付けはお互い不慣れな場合に歯が当たるという。
これも本の受け売りだけど……。
少し戸惑いにも似た間があったが、雛鳥のようにチロチロと舌を絡めてくる。
お互いの舌が何度目かの触れ合いを果たした時、それは来た。
体温ではない刻印を押し付けられたような熱さ。
同時に全身へと膨大な何かが流れ込む様な錯覚に襲われる。
永遠とも一瞬ともとれる時間。
小さな唇がゆっくりと離れていく。
それを合図に僕も少しずつ目を開いた。
白銀の羽根を模った光の残滓が祝福を促すように僕達の周囲を舞う。
荘厳な光景に反して僕は何と情けない顔をしていたことか。
大の大人が顔を真っ赤にして、狼狽のあまり過呼吸で口をパクパクとしている。
けれど、目の前の聖女候補は凛とした眼差しで僕を見据えていた。
彼女にとって契約は聖女候補となった日から定められていたこと。
今更、恥ずかしがる必要もない、そんなところか。
大きな喝采やら怒声にビクリと身体が震える。
僕とリルアの契約を目撃した野次馬達だ。
それぞれが思い思いに叫んでいる。
これが噂の契約か、とか。
新手のバフ魔法だろ、とか。
戦闘を見るまでは信じないぜ、とか。
まあ、色々だ。
その中でも一際目立ったのが、
「ロリコン! ロリコン! ロリコン! ロリコン! ロリコン! ロリコン!」
「ロリコン! ロリコン! ロリコン! ロリコン! ロリコン! ロリコン!」
「ロリコン! ロリコン! ロリコン! ロリコン! ロリコン! ロリコン!」
ロリコン大合唱。
断じて違う。
僕が望んで唇を重ねたわけじゃない。
「ちょっと待ってくれ! 僕の意思で、き、キスしたわけじゃないから!」
集まる群衆に弁明する僕をよそに、リルアは意気揚々と声を張り上げる。
「さあ、契約は済んだわ。行くわよ、ロリコン!」
「リルア!? あだ名が前よりも酷くなってるし、呼び捨てになってるよ!?」
「君」付けはどこに行った?
それにロリコンよりリストラの方が世間体的に全然マシだ!
悪戯っぽく舌をペロっと出した後、リルアが微笑む。
僕が契約した聖女候補様は強気で小悪魔的な気質があるらしい。
ざわつく群衆の声音に変化が生じる。
たった1人の男が放った殺気。
グレインは鞘を装着した状態のバスターソードを掲げてゆっくりと前に出る。
あくまで模擬試合ということだろう。
まあ、筋骨隆々の両腕から振り下ろされる一撃を受けたら即死すると思うけど。
「本物の聖女候補だったとはな。あの糞寒い接吻が手品という可能性もあるが」
「正真正銘、本物の聖女候補よ。今更、後悔しても遅いけどね」
「後悔? 馬鹿言え。聖女候補の従者と戦える機会なんて滅多にない。どれ程の力を秘めてるのか、戦士としては実に興味深い限りだ」
グレインの方は準備万端のようだ。
僕の方はリルアとの契約で何か刻まれた感覚はあるが特段変わった様子はない。
恐る恐るリルアに近付き耳打ちする。
「契約することによって特別な力が使えたりするのかい?」
「私のスキル《親愛なる祝福》は従者のスキル習熟度に応じて強化が入るのよ」
「えっと、ごめん。僕のスキルは強化が入ったとしても……」
「つべこべ言わない。今、私のギフトをリストラ君に掛けるから」
ロリコンからリストラに戻って良かった……。
なんて思ってる時点で大分飼いならされてるよな。
リルアが手を翳すと一瞬だけポッと全身が輝く。
果たしてどんな効果が生まれるのか。
リルアのギフトを受けて、僕はスキル【理の収集家】を解放する。
かいほう、かいほう、解放出来ない!?
本来なら世界地図を模したボードが目の前に開かれる筈なのに、それが出ない。
意味は無いけど訪れた場所に花丸が付けられた地図が出現するはずなのに。
狼狽する僕の目の前に大男の影が……。
「じゃあ、始めようか?」
「ちょ、ちょっとだけ、待って貰えませんかね?」
「おう、この一撃を受けられたら少し待って……やるよ!!!」
バスターソードによる強烈な振り下ろし。
僕は辛うじてブロードソードを抜き、迫る攻撃と身体の間にねじ込ませる。
重すぎる!
ぶつかった剣筋は拮抗を許すことなく、弱者である僕を容易に吹き飛ばした。
「ガハッ!?」
酒場の壁に叩き付けられた瞬間、肺を満たしていた空気が一気に吐き出される。
息ができない。
辛うじて身体は動くようだ。
まだ、負けたわけじゃない。
けれど、次の一撃は確実に耐えられない。
「やっぱり、聖女の力ってのはハッタリかよ」
グレインの言う通りだ。
未だに僕の身体に特別な変化は訪れない。
疑いたくはないけど、聖女候補というのはやはり嘘だったのか。
リルアを見ると彼女の前に見慣れたボードが展開されていた。
世界地図、そして落書きみたいな花丸マーク。
聖女候補であるリルアも何故といった戸惑いを隠せないでいる。
「どうして君が、僕の力を……」
頭の中に誰かが語り掛けてくる。
直観的に思った。
恐らくこれは僕とリルアにしか聞こえない声だ。
『ギフトによるスタンプラリーへの祝福を開始します』
子供の落書きのようであった花丸が本物の蕾へと徐々に変化していく。
そして、幾つもの蕾が地図上にポポポンッと出現するのに合わせて、
『Cランク:トラベルの解析を開始……』
「解析って何? 訳わかんない!」
リルアも僕と同じ疑問を持ったのか声を大にして問い掛ける。
何かが始まろうとしている。
もしかしたらと微かな希望を募らせていた僕を覆う巨大な影。
ニヤリと口の端を釣り上げたグレインが目の前にいて、
「手品は契約モドキの光だけ、って感じか?」
「後ろッ! 後ろで楽しいことが起きてます! それに1撃受けれたら待つって!」
グレインには盛大に蕾を実らせる世界地図が視界に入っていない。
後ろを見ろと身振り手振り言葉で伝えようとする僕に対して大剣を掲げる。
「それは無しだ、俺も忙しいんでな。ほれ、ギルド解雇の選別だ。受け取れ!」
反射的にブロードソードを盾として構える。
それでも心を占める言葉は、終わった、の一言だ。
グレインの剣が僕を圧し潰そうとする刹那、またあの声が聞こえた。
『解析完了。ステータスボーナスの付与を開始します』