第001話 始まりの日(カイル・ルークス)
はじめまして、にゃると申します。
ブクマ・評価のほどよろしくお願いします。
12/6(日)に5話ほどアップする予定です。
12/7(月)に7話ほどアップする予定です。
重要な話があるから酒場アリアドネに来てくれ――。
ギルドメンバーのキアヌに呼び出された僕はとある期待に胸を躍らせていた。
明日30歳の誕生日を迎える僕へのサプライズパーティー。
酒場に入って席に着いた瞬間に祝福の言葉が浴びせられる、そんな期待を抱いていたのだ。
待たせては悪いと宿屋から急ぎ足で酒場へと向かう。
昨日、夜更かしをしたせいか頭の回転が少し鈍い。
「昨日は筆が進み過ぎて、寝るのが遅すぎたな。気を付けないと……」
僕の唯一の趣味である創作小説。
普段、うだつのあがらない僕のストレス解消法と言えばいいのかな。
欠伸を噛み殺しながらも、小走りに人混みを避けながら進んでいく。
「やっぱり今日は人が多いな」
その光景には理由があった。
聖誕祭—―。
1000年前に起こった勇者と魔王の戦い。
今でも語り継がれる世界救済の物語。
その勇者パーティーの1人である聖女の生誕を祝う日が今日なのだ。
また、聖女候補が従者を選び契約を結ぶ儀式の日としても定められている。
その後、聖女候補は従者と共に世界に蓄積された邪を払うべく旅に出る。
2度と魔王が復活しないことを願って……。
まあ、僕達みたいな下々の民は聖女候補の顔すら拝む権利はなく、体よくお祭り騒ぎができる特別な日くらいの認識だったりする。
祭りを楽しむ住人達を横目に酒場アリアドネへ到着。
店の門戸を開くと、待っていたのはギルドを代表する3人のメンバーだった。
正面にギルド【スレイブナハト】のサブリーダーであるグレイン。
右に同じくサブリーダーのニーナ。
左に参謀のファーカス。
僕を呼び出したキアヌが不在な点が少し気になる。
そして重々しい雰囲気があるのも……。
しかし、これもサプライズによる演出なのかと納得して着席する。
同時にグレインが1枚の用紙をスッと差し出してきて、
「カイル・ルークス、お前をギルドから解雇したい。書類に脱退のサインをしろ」
「解雇って……、誕生日のお祝いではなくて?」
「誕生日?ぷっ、あははははは!!!」
僕を待っていたのは祝福の言葉ではなく、ギルドの解雇通告だった。
ギルドメンバーの大笑いに酒場の客達がピクリと反応する。
「少し笑いすぎだと思うのですが……。周りのお客さんにも迷惑ですし……」
「あははっ……。ハァ、ハァ、お前がトンチンカンなことを言うもんでつい、な」
「……それで、解雇と言うのは本当の話なんですか?」
「幹部メンバー全員の総意だ」
スレイブナハトに所属して15年。
幼い頃から冒険者に憧れ、成人を迎える15歳の誕生日に村を飛び出た。
その後、ギルドとしては規模の大きいスレイブナハトに入団を申し出て合格。
スレイブナハトは新規ダンジョンの開拓を中心に活動する古参ギルドだ。
老若男女幅広い年齢層の人材を抱えている点も有名だったりする。
それなのに僕は30歳を目前に解雇通告を受けてしまったわけで……。
過去、自ら脱退を申し出る者は幾人かいた。
しかし、ギルドから解雇を告げられた者は1人もいなかったと記憶している。
「解雇の理由を教えて下さい。僕はまだ冒険者を続けたいんです」
「お前、15年間ウチに居て友人を作ったことはあるか?」
「ないです」
「スタンプラリーとかいう屑スキルが役に立ったことは?」
「あ、ありません」
「剣士としてのランクは?」
「大変申し上げにくいのですが、最低ランクの初等剣士です」
「それじゃ、解雇だな」
自業自得だった。
というか僕なりに日々努力しての結果なのでどうしようもない。
冒険者としての才能が全くないのだ。
才能の無い僕に関わりたくないと無視する者がほとんどで友人もいない。
そんな僕に再就職は厳しく、
「流石に僕の実力で新しいギルドに転職は……。三十路手前ですし……」
「そもそもスキルが屑すぎるんだよ。残念、消えてくれ」
20歳の誕生日に神託を受け、神から授かったスキル【理の収集家】。
神託は20歳になれば誰でも受けることが可能だ。
固有スキルを授かるため、受けたくないという人の方が稀なくらいである。
僕のスタンプラリーは、自分で言うのも悲しくなるが使い道がない。
簡単に言うと新規の街やダンジョンに訪れると、花丸が貰える能力だ。
到達難易度に応じて色々な花丸が貰えるという点で設定はかなり細かい。
能力の説明としては以上である。
悲しいかな沢山スタンプを収集したとしても特別な何かがあるわけではない。
つまり、スタンプを集める行為は単なる自己満足の世界となる。
僕自身、旅の軌跡をスタンプラリーで見るのは好きだったりするのだけど。
「冒険者としては底辺かもしれませんが、僕なりに努力はしてきたつもりです」
誰にでも出来る作業かもしれない。
けれど、ギルドのために尽くしてきたつもりだ。
雑用と呼ばれる作業も全て引き受けてきた。
各都市に点在するギルド協会へ赴いては情報収集を行って仕事を見つけたり、危険な場所でも先行して向かい事前調査を行ったり、昼夜問わずにギルドのため世界中を駆け回った。
努力ねぇ、と言いながら僕を睨みつけるグレイン。
「こっちは将来を見越して言ってるんだ。無能なスキルを持つ役立たず野郎を抱えている余裕は無い。理解できるよな、もう三十路なんだからな!」
グレインは腕組みをしながら高圧的な態度を崩さない。
彼は僕より10歳も年上だが、実力は天と地ほどの差がある。
剛健で今でも王国の騎士団からスカウトの声が掛かるほどの男だ。
しかし、性格面で多少難ありなのが玉に瑕だと僕は感じている。
「もう少し落ち着いて話しませんか? この酒場のパイは絶品らしいですよ」
「カイル、明日には消えているお前と何で仲良く食事しなくちゃいけないんだ?」
「15年間、ギルドに尽くしてきた僕の話を少しでも聞いて欲しいんです」
話す時間が欲しかった。
脱退するにしても納得する答えを得ないと……。
スキルも実力も微妙だとは思う。
けれど、これまでの人生を全否定されているようであまりにも悲しすぎる。
僕とグレインの会話を黙って見ていたファーカスが大きな溜息をつく。
「ふぅ……。屑の戯言ほど見苦しいモノはない」
「いくら何でもそんな言い方……」
「それに、三十路で花丸を貰って喜ぶとか前から気持ち悪いと思ってたのですよ」
「私も同感。出て行く気がないなら……はーい、皆さんご注目~!」
魔法使いであるニーナの言葉に客達の注目が集まる。
彼女は指先に光を灯して空中に絵を描いた。
見慣れた花柄のマーク。
僕のスタンプラリーに押印される花丸だ。
「この男、三十路近いのに、こ~んな花丸貰ってニヤつく気持ち悪い男なのよね」
確かにこれまでの冒険の軌跡を見ながら悦に浸る事もある。
けれど、その話を酒場の皆にする必要はないじゃないか!
「くそっ!」
魔法の光で描かれた線を消そうと試みるが、一向に消える気配はない。
すると酔っ払い達が下品な笑いと共に、
「ゲヒヒヒッ! 三十路の僕ちゃんはまだママに花丸貰ってます、ってか?」
「もしかしたら娼婦との思い出の数かもしれねぇぞ」
「そりゃいい。女性に優しくして貰ったら花丸ポンッてか?」
酒場が爆笑の渦に包まれる。
余りの屈辱に花丸を何とか隠そうと身を乗り出すが、
「おやおや、椅子から身を乗り出すなんて危ないですよ」
ファーカスが僕の椅子を無造作に引く。
椅子に片足を掛けていた僕は盛大にバランスを崩して転倒。
その姿にもう1度大爆笑が起こる。
身体中が熱い。
まるで血が沸騰しているようだ。
どんな顔をして立ち上がればいいのか。
耳鳴りがする、頭が痺れる。
一瞬、視界が揺らいだ事実に衝撃を覚える。
人間、これほどの屈辱を受けるとこうなってしまうのかと。
這いずるように店の出口を目指す。
きっと、虫のように這いつくばる様子を見て皆笑っているのだろう。
嵐に放り込まれたかのような酷い耳鳴りで誰の声も聞こえない。
不意に世界が反転した。
首根っこを掴まれ無理矢理、椅子に座らされる。
グレインが僕の横に顔を寄せ、ドスの効いた声で、
「逃げるな。契約書にサインしてから消えろ、クズが」
放心状態の僕は言われるがままにサインした。
その間もニーナは僕の話題を肴に酒場の人達を大爆笑の渦に誘い込んでいる。
今すぐここから逃げ出したい。
そう思った時、風切り音がした。
高速で僕の頭上を通過したそれは音頭を取るニーナの顔面へと向かい――。
べちゃり、という嫌な音が響く。
それは酒場アリアドネ名物のポテトパイだった。
酒場全体が静寂に包まれる。
客達は皆、ニーナに視線を集めていたから当然だ。
笑顔で他人を馬鹿にしていた女性に裁きの鉄槌が下ったのだから。
グレインが僕に向かって強烈な視線を向けてくる。
いや、正しくは僕の背後にいるであろうポテトパイを投げた人物にだ。
「貴様……、自分が何をやったか分かってるのか?」
ポテトパイを投げたであろう犯人を確認するため恐る恐る背後に振り返る。
そこには澄まし顔でミートパイを食べる女の子が座っていた。
身長からして10歳くらいに見えるが物凄く落ち着いている。
そして、彼女が食べるミートパイは酒場アリアドネの名物パイだ。
ニーナに直撃したポテトパイと双璧を為す名物パイの片割れであった。