表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
シルバークロニクル  作者: しお
ジルウィンダーシーズン
8/29

8 2-4 ミナキ高原とサクラテマリ



 緑グループのその後のスケジュールは、黄色グループと交代して屋外トレーニング、明日の実技で取り組む水魔法と氷魔法の撃ち分けの座学、夕食と続いた。草原を走りながら、知識を得ながら、食堂棟に移動して食事をしながら、ほとんどの子は誰かしらと言葉を交わしていた。


 いまだに周りと馴染まない、小さな二人以外。


 夕食を食べ終えたアルフレッドは食堂棟の外に出た。陽はすでに落ちていた。一晩中灯る明かりのないミナキ高原では、陽が落ちれば辺りは闇となる。


 アルフレッドは食堂棟の近くに生えている大きな木の根元から適当な枝を見つけると、地面の枝に向けて光魔法を撃つ形で手を構えた。そして初級の光魔法の呪文を唱えた。


「……シャイン」


 地面に落ちている腕の長さほどの枝の先端に、白い光が灯った。アルフレッドは光の灯った枝を拾うと、枝先の光を頼りにして闇に染まった高原を歩き出した。


 夕食の後の時間は、食べ終えた者から順次、第二訓練棟で自主練習に取り組む時間だった。第二訓練棟からは光が漏れていた。ボタン一つで一晩中灯る明かりなど、ミナキ高原どころか大陸中を探してもない。漏れ出ている光は、自主練習に励む子どもたちのために、先生方が光魔法を使って灯している光だった。


 第二訓練棟の前でアルフレッドは立ち止まった。入口の扉は開けっぱなしになっていた。光と一緒に、声がこぼれてきていた。呪文を唱える声と、指導する先生方の声の切れはし。


「うーん……。ちょっと氷が混ざり気味だなあ。集中してもう一回やってみよう。やれるかい?」


「やる! だってシアちゃんみたいな超強い魔導師になるんだから! ダブルウォーター!」


 ジオンディーヌ魔法教室の子の声ではなかった。他所の先生に習っている子でも知っている、同門の偉大な先輩。中等学校生時代、ミナキ高原訓練会には4年連続で呼ばれ、いずれの年もその才能の豊かさを存分にみせたと語られている先輩。遠すぎる人の名前に、アルフレッドはそっと目を閉じた。


「僕は……シアちゃんみたいにはなれないよ……。ここに来れることも、たぶん……」


 小さな呟きは闇へと溶けた。迷いがないなら食堂棟から転移魔法で来たって良かった。他の子たちがそうしたように。


 アルフレッドは第二訓練棟の前を通り過ぎた。ミナキ高原に来ることは今年が最後だと、彼のなかでは決まった。ならば今年のうちに、もう縁のなくなるこの土地を記念に探検してしまおう、と。


 第二訓練棟から離れるアルフレッドの背中を、ガサッと揺れた茂みが見送った。




「わっ……!」


 第二訓練棟の隣、小ぶりな第三訓練棟のそのまた隣の場所で、アルフレッドは感嘆の声をあげた。夜目が利き始めていたので、暗闇でも何があるか見ることができた。


 第三訓練棟の隣の草原に建っていたのは、四階建の建物くらいの高さの大きな柱。柱の周囲には様々な高さに積まれた木箱やタル。狭い間隔で建っているいくつかの細長い柱。高い位置に設置されている木製のリング。それらの多彩なオブジェのあちこちに、小型のフラッグが取り付けられていた。


 アルフレッドは持っていた枝に灯していた光を消すと、枝を地面に置いた。それから大きな柱に駆け寄った。オブジェ群の中央にある大きな柱は、近くで見ると高さを示す目盛りがついていた。


 アルフレッドは柱に片手をつくと、もう片方の手で両の靴底をタンタンと二回ずつ叩いた。そして、銀色の光を纏った輝く靴で、足元の草原を強く蹴り上げた。


 静かな高原の夜空に、小さな体がふわりと浮かび上がった。


 一蹴りでアルフレッドは柱のてっぺんに手が届くほどの高さまで真っ直ぐに上昇した。一蹴りでここまで上昇することは、討伐者として活躍している魔導師でも大変なことなのだけど。彼は、空中浮遊は好きだった。好きなだけでなく、空中浮遊に関してなら得意ともいえた。


 宙を蹴りながらアルフレッドは高い位置のオブジェからオブジェへと駆けた。流れ星のようになめらかに、靴が発する銀色の光が静かな夜空に輝きのラインを描いた。オブジェに取り付けられているフラッグをパシンとはたくたび、星のかけらのように笑顔がこぼれた。


 目についたフラッグを数枚はたいたところで、アルフレッドの頭をふと一つのアイデアがよぎった。


 2年前の『ザ・ワンダー』で見たもの。あれから地元住民の熱望により、特に何のお祝いかに拘らず毎年8節に開催されるようになったナザリのお祭り。そこでランドルフが見せたパフォーマンスが、強く印象に残っていた。


 大陸の有名なおとぎ話、歌姫と仮面の男の恋物語を、空中浮遊を駆使したアクロバティックなダンス主体で表現していた演目だった。アルフレッドが空中浮遊に夢中になるきっかけとなった演目。ステージを飛びまわるランドルフの動きと、楽団の演奏していた音楽を、アルフレッドはよく覚えていた。


 ここは、とても広い。

 そして、誰もいない。


 アルフレッドはいったん地面の近くまで下降した。いつかナザリの広場で見た始まりのポーズをとると、頭の中の楽団が楽器を手に取った。




 アルフレッドが第二訓練棟まで来る少し前。


 第二訓練棟のそば、茂みの陰から小さな頭がにょきっとのぞいた。マゼンタの瞳に映るのは、暗闇色に染まったミナキ高原の風景。夜目はすでに利いていた。マゼンタの瞳の主サクラテマリは、しばらく前から茂みに潜んでいたので。


 潜んでいたなんて、彼女だって好きで潜んでいたわけではなかった。ただ、タイミングを掴めずにいるだけだった。


 夕食を終えた後、転移魔法で第二訓練棟の転移エリアに戻ってくることはできた。その次、先に戻っていた子たちがすでに練習を始めている様子の訓練棟に入ることが、サクラテマリにとっては躊躇する行動だった。あの、遅刻した日に教室に入るときのような一握りの気まずさ。とてつもなくシャイな彼女からすれば、一握りの気まずさはワイバーンのような強敵だった。


 いつも通っている魔法教室であれば、彼女の師ハマカンザシ先生が「テマリ、そんなとこに突っ立ってないで早くいらっしゃい」などと声をかけてくれるのだけど、今は一人だった。


 そうして訓練棟の入口前でまごついているうちに、後から戻ってきた子たちの声を聞き。鉢合わせを避けるべく潜んだ茂みの陰から、いまだ抜け出すタイミングを掴めずにいる。


 にょきっとのぞいた小さな頭は、キョロキョロと左右に振れた。第二訓練棟の入口。続く草原。転移エリアの柵。暗闇色の風景のなかに、一つの小さな白い光。光は、歩く速さでサクラテマリのほうへ近づいてきていた。


「ふぇ……!」


 茂みからのぞいていた頭はしゅっと引っ込んだ。茂みの陰で、サクラテマリは膝を抱えてガタガタッと体を震わせた。


 なにせ暗闇に脈絡なく浮かぶ光。しかも自分のほうへ近づいて来る光。それがこの世への未練のカタマリではなく誰かの光魔法だろうと予想できても、ビビる類のものではあった。


 体はガタガタと震えたまま、サクラテマリは茂みの枝葉のすき間から様子をうかがった。光は、第二訓練棟の入口で止まった。光は、枝の先に灯っていた。枝を持っているのは、サクラテマリと同じグループの男の子だった。


 あ、と音を伴わずに口が小さく動いた。名をアルフレッドということは覚えていた。彼はとても綺麗な顔立ちの男の子だったし、一人でいたから目立っていた。サクラテマリだって一人だったし、シャイな彼女には悩みの種でしかない派手なマゼンタの髪のせいで目立っていたけれど。


 茂み越しにサクラテマリはアルフレッドの様子を見ていた。入口前で立ち止まっている彼。少し期待していた。自分と似たような行動をしている彼は、どのように訓練棟に入っていくのだろう、と。


 しかし、彼は第二訓練棟の前を通り過ぎた。


 ガサッと音を立てて、茂みから頭が飛び出した。予想外の方向へ離れていく光。選択肢は三つあった。


 このまま茂みに居座るか?

 このタイミングで訓練棟に入るか?

 光を追いかけるか?


 サクラテマリはようやく茂みから抜け出した。そして第二訓練棟を通り過ぎた。

 一番の決め手は好奇心だった。



評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ