28 4-9 進歩の日々と年に一度の友達
この章の本編最終話です。
約6200字、長いです。
「お疲れさまでした! 12歳の子たちは、この後に入試があるので外に出てください。それ以外の子はここで解散です! 訓練会の経験を生かして、普段の練習も頑張ってくださいね!」
訓練会の最終日、閉校式が終わり今後の行動について指示が出た。第二訓練棟のホール内にいた子どもたちは年齢に応じて、外に出て行くか転移魔法で帰還していった。アルフレッドとサクラテマリは今年は12歳なので、この後に外で行われる入試が控えていた。
「……今年は、僕らの番だね」
「うん。このチャンス、絶対に掴みたい」
二人は第二訓練棟の外に出るべく、ホールの出口に向かった。歩き出して間もなく、「センパイ!」という呼びかけとともにアルフレッドの肩が軽く叩かれた。
「リック。お疲れ!」
アクアブルーの糸目をさらに細めてニコニコしているリックがいた。彼は今年は10歳なので、この後は帰るだけだった。
「あざっす! センパイ、入試がんばってくださいね! オレ、ホスラから応援してるんで!」
「──ありがとう! がんばる。絶対受かるよ」
純粋な応援にアルフレッドもまた素直な感謝で返した。リックは立ち位置を少々移動してサクラテマリから見えない位置に来ると、次はこそっと言った。
「あと、センパイ。こっちもがんばってくださいね。お話楽しみにしてるんで」
ニコニコと、手で作ったハートマークを揺らしながら。
「……早く帰って」
「くふっ……はーい。じゃあ、また!」
リックはニヤニヤと笑いつつも、アルフレッドの要望通り速やかに転移して帰っていった。ほんのちょっぴり赤い頬のまま、アルフレッドはサクラテマリに言った。
「あの……リックは気にしなくていいから……。とにかく、行こう」
「う、うん」
リックとの気兼ねないやり取りをどこか眩しそうに見ていたサクラテマリは、ほんのちょっぴり高い声で返事をした。
第二訓練棟の前に広がる果てしない草原の一角が、入試の会場に変わっていた。各課題のための的やオブジェが順番に並べられた、一本のコースになっていた。
連撃用の的は、全属性の攻撃に耐性がある高価な鉱石を織り込んで作られていた。火魔法用の的は火属性のみの耐性で、こちらは比較的安価だった。一般的な街の魔法教室で使われている的は、単属性耐性の物が主だった。
収納魔法でしまうための木箱は、サイズが4種類用意されていた。一番大きい木箱は、例の場所で二人が収納してみた木箱より一回り大きい程度だった。
空中浮遊の課題のためのオブジェは、氷製で巨大なカケウマ型だった。先生方と手伝いで駆り出された学園の生徒たちが、氷魔法と空中浮遊を駆使して作り上げた物だった。
番号が書いてあるフラッグは若い番号順に馬の鼻先、耳、しっぽのつけ根、腹、背に取り付けてあった。背に設置してある5番のフラッグの近くには、全属性耐性の的が設置してあった。
巨大な氷の馬の背には、足場となる木の板が埋め込まれている場所があった。この板の上で空中浮遊を解除し、見える位置にある低い柵で区切られた区域に転移。道中で収納した木箱を出して所定の位置に置けば試験終了だった。
スタート地点付近では、挑戦順を決めるくじ引きが実施されていた。試験の手伝いをしているゆるく波打つ黒髪にグリーンの瞳をしている学園生の美少女が、番号が書かれたボールの入っている箱を持って受験生たちの元を回っていた。順番を記録する係として、エカテリーネ先生も一緒に回っていた。
「はーい。次、きみが引いてー」
「はい……」
差し出された箱から、ふるふると震える左手でサクラテマリはボールを引いた。手にしたボールには3番と書かれていた。
「よかった……。早いうちに終わりたかったから、よかった……」
ボールをぎゅっと握って一息ついたサクラテマリに先生が言った。
「3番ね。それじゃ、お名前教えてくれますか?」
「はい。サクラテマリ・キャンベルです」
「はい。ありがとう」
「あれっ、どっかで聞いたような……? ま、いっか。隣のきみも引いてねー」
「はい」
箱を持っている学園生の美少女は一瞬首をひねったが、すぐに自分の仕事に戻って今度はアルフレッドに箱を差し出した。アルフレッドは右手で箱の中を軽くかき混ぜてから、ボールを一つ掴んで右手を箱から出した。
「…………45番」
「えっ。それって」
「んふ、それ最後だよー。今年の受験生は45人だからねえ」
「ですよね……」
引き当てた45番のボールを両手でコロコロと転がしながら、アルフレッドは短く息をついた。なおボールは挑戦する時まで持っておくようにと事前に指示があった。順番を記録している先生がアルフレッドに聞いた。
「45番ね。今年の入試のトリを飾るあなたのお名前は?」
「アルフレッド・オーウェンです……」
「はい。ありがとう」
「んー……? これもなんか……聞いたことあるかも……」
「ハナさん、次行きますよ。あの辺りまだ引いてないでしょう」
「あ。はーい」
箱を持っている美少女は先生の後を追って、まだボールを引いていない受験生のほうに行った。アルフレッドの手元にある45番のボールを心配そうに見ながら、サクラテマリが言った。
「最後……すごい、緊張するよね……」
「すると思う。けど……やるよ。やるしか、ないから」
「うん。やるしかない」
「はーい、順番決めのボール引いた人! 番号毎に移動してくださーい! 1番から10番までの人はこっちまで来てください! それ以外の人は向こうの待機場所で待っててくださーい!」
別の先生が受験生に対して指示を出していた。3番を引いたサクラテマリは深呼吸をすると、アルフレッドに向かって言った。確かな決意がマゼンタの瞳に宿っていた。
「──やってくる」
「──うん。僕も」
しっかりと頷いてアルフレッドは答えた。最後の番号を引いた彼は、待機場所に移動して自分の番を待った。
くじ引きで決まった順番通りに入試は進行していった。コースの各地点に先生方が立っていて、それぞれの課題の出来映えを評価していた。
これまでに過ごしてきた時間を勇気に変えて、受験生は一人ずつスタート地点に立った。全ての課題を終えた時には、手応えを感じて頷く者と、片手で顔を抑えてのろのろと退いていく者。どちらにせよ、挑戦を終えた者は待機場所に戻ってきて結果発表の時を待った。
早々に挑戦したサクラテマリは、上級の水魔法に若干氷が混ざり気味になった以外は、特に問題なく全ての課題をこなした。見ていた他の受験生からさえも小さく拍手が起きたが、本人は待機場所に戻ってからもカタカタと震えていた。
10人挑戦する毎にコース整備が入り、的の掃除や巨大な馬の氷像のメンテナンスなどが行われた。馬の氷像のメンテナンスには学園生も駆り出されていた。
長らく待ち、最後にやっと彼の名前が呼ばれた。
「45番。アルフレッド・オーウェンさん。ナザリ第一中等学校」
「はい」
アルフレッドは返事をすると、挑戦順決めで引いたボールをスタート地点付近にいる係員に渡した。ボールの番号を確認した係員から、「どうぞ」と言われたのでスタート地点に立った。
「……大丈夫。先生が思いきりやりなさいって言ってた。父さんも母さんも自分のやりたいことをやっていいって言ってくれて、テッドも『兄ちゃんなら絶対受かるよ!』って信じてくれて。だから──大丈夫だ」
そっと呟くとアルフレッドはコースへと踏み出した。すぐに一つ目の的があった。連続しての攻撃魔法がここでの課題だった。
「──吹き抜ける風! トリプルテンペスト!」
アルフレッドは風のエネルギーが詰まった大きなボールを飛ばした。すぐさま続けて「ダブルキネシス!」と念動魔法のエネルギーボールも同じ軌道で撃った。二つのボールは四角い的の、左上の隅のあたりに命中した。
「ちょっとズレたな……一応当たりはしたけど……。ううん。次いこう」
次の課題は火魔法だった。6属性の攻撃魔法のうち最も難しく、アルフレッドが最も苦手としている属性だった。両手で構えてしばし集中し、呪文を詠唱した。
「──ダブルファイア!」
今度は中心に近い位置に命中した。ただ、中級の火魔法にしては若干威力が弱かった。
「これは……たぶん威力不足だ……。火魔法は苦手だよ……」
やり直すわけにはいかないので、アルフレッドは次の課題に移った。収納魔法でアイテムボックスに木箱をしまう課題だった。
アルフレッドは右手の人差し指で大きく円を描き、ボックスの入口をひらいた。懐かしい物を思い浮かべると指先を中に入れて呼び寄せ、ボックスの中で触れた。出したならば紺色をしているそれのリボンを、誰にも見えないボックスの中でほんの少しだけ指先でいじった。
すぐに指先を出して、水色のラインを一番大きい木箱まで引いていった。一番大きい木箱は、アルフレッドのボックスに吸い込まれて問題なく収納された。
「次は……これだ。よし」
目の前には巨大な馬型の氷像がそびえていた。アルフレッドは両の靴底を叩いて空中浮遊の魔法を発動した。輝く靴で草地を蹴って、ふわりと飛び上がった。
一蹴りでぐんと伸び空中に銀色の軌跡を描きながら、1番のフラッグが取り付けてある馬の氷像の鼻先まですんなりと到達した。アルフレッドは下から手を伸ばして鼻先のフラッグをはたくと、さらに上昇していった。馬の耳の近くにある2番のフラッグを上からはたいた。
3番のフラッグは馬のしっぽの付け根にあった。アルフレッドは空中を強く蹴って加速した。速いスピードでも正確なコントロールを失わず、離れたフラッグまですぐに到達した。
しっぽの付け根のフラッグをはたいたアルフレッドはスピードを落としてやや下降した。4番のフラッグは馬の腹に取り付けられていた。軽やかな身のこなしで腹の下に潜り、4番のフラッグをはたいた。
最後の5番のフラッグは馬の背、正確には腰角のあたりにあった。全てのフラッグをはたいたアルフレッドは、馬の背に設置してある的に向けて空中で手を構えた。ここでは空中から撃つ攻撃魔法が課題だった。
「きらめく氷! トリプルフロスト!」
最も得意としている氷魔法をここで撃った。これは文句なしの良い出来だった。
アルフレッドは馬の背に埋め込まれた木の板の上に着地して、空中浮遊を解除した。やや息が上がっていたけれど、残す課題は2つのみだった。
次なる課題、転移魔法で降り立つ柵で区切られた区域をアルフレッドは見た。距離感を掴んだ上でしっかりとイメージを浮かべ、くるりと一回転した。
間もなく、転移の目的地として指定された区域内に銀柱が出現した。区域内のほぼど真ん中に出現した銀柱から、アルフレッドが姿を現した。
降り立ったアルフレッドはアイテムボックスの入口を大きくひらいた。試験の途中で収納した木箱を指定された位置に出した。
「はい、そこまで! 試験終了です」
近くに立っていた学園の先生が終了の合図を出した。全ての課題を終えたアルフレッドはハアハアと肩で息をしていた。最後の挑戦者である彼が試験を終えたので、残すは結果発表のみとなった。
45人の受験生たちが、第二訓練棟の前に広がる草原の一角で同じ方向を向いて待っていた。彼らが見つめる先には、今しがた訓練棟内から持ち出されてきた布のかかったボード。風にはためくカバーの布を、先生方が両側から抑えていた。
「皆さん。今日はよく頑張ってくれました。ここに試験の結果があります」
ボードの前に立つ学園長が言った。かつて美青年と騒がれたであろう頃の面影を残す、整った顔立ちの中年男性だった。
「皆さん全員と一緒に学びたいですが、学園の設備上どうしても人数が限られてしまいます。いずれにせよ今日は一つの節目となる日です。合格していたならば、おめでとう。心からの祝福を贈ります。及ばなかったとしても後期選抜がまだ残っています。諦めるのはもったいない。以上をもって僕の言葉とします」
アルフレッドは少し離れた所にいるサクラテマリや他の受験生と同じように、布で覆われたボードをじっと見つめていた。前半の攻撃魔法の課題二つが、完璧にはできなかったことが頭の中をぐるぐると回っていたが、ボードの布の下にある結果はもう決まっていた。
見つめる先にあるのは望む未来か、それとも。
「──それでは、発表します」
ポードの両側で布を抑えていた先生方が、布を下に引いてどけた。隠されていた合格者の受験番号が明らかになった。
左側が男子、右側が女子。それぞれ10個ずつの番号があった。若い番号順に並んだそれの、一番下に45番があった。
「あ──!」
ぐっとひらいた大きな濃紺の瞳も、それを見つけた。叫ぶような高い声や何度も手を叩く音がそこら中でしていたので、思わず口をついて出た「あ」など簡単に空気に溶けていった。
すぐにアルフレッドはボードの右側に視線を移した。若い番号順ならばとボードの右上を見た。一番上に、3番があるのを見つけた。
あざやかな色を探して振り返ると、髪の毛と同じ濃いマゼンタの瞳から発せられる視線が、真っすぐに彼を呼んでいた。森の奥で宝物を見つけた時のような、きらめく表情で彼に視線を送っていた。
喧騒とため息をかき分けてアルフレッドは駆け寄った。にかっと、明るく優しく笑っていた。
「サクラテマリちゃん。やったよ。よかった」
「うん。本当に。すごくよかった」
向き合った二人は穏やかな笑顔で何度か頷いた。その手と手さえ触れていないけれど、温かさに満ちたまなざしが二人の間を通い合っていた。
一年に一度、数日だけ来る場所だったミナキ高原は、来年度から二人が日々を送る場所になる。腕でひさしを作りながら、アルフレッドは学園の本館を見上げた。
「7節からはここで過ごすんだね」
「本当だね」
サクラテマリも学園の本館を見上げた。近い未来の学舎を眩しそうに見つめながら、彼女が小さな声で切り出した。
「あのね……。学園でも、仲良くしてくれる……?」
祈るようにそっと言われたそれに対して、アルフレッドは彼女のほうを向いて明るく答えた。
「もちろん。だって友達だよ」
「──! ともだち……!」
学園の本館を見ていたサクラテマリは、アルフレッドのほうを向いた。全てが満ち足りたような幸せそうな笑顔で、「ともだち……!」と甘美な響きを小声でこっそりと繰り返した。
大きな濃紺の瞳をまんまるくして不思議そうにしている目の前の彼を今度はちゃんと見て、サクラテマリは言った。
「ねえ、あの──! ともだち、だったらね──!」
「ん?」
「……えっと…………」
勢いのわりにだいぶ間があいた。
しばらく音を伴わないままモゴモゴと口を動かして、それでも彼女は自ら言葉を絞り出した。
「……サクラテマリちゃん、じゃなくてテマリって呼んでほしい…………」
言い終わるなり彼女はくるっと背を向けた。小さな背中がプルプルと震えて、顔が耳まで赤く染まっていた。でも、急に転移はしたりせずその場でじっと留まっていた。
震える背中を見つめていたアルフレッドは、やがて歩き出して彼女の前に回った。優しく笑って、そっと声をかけてみた。
「テマリちゃん」
くいと顔を上げたテマリのマゼンタの瞳に向かって続けた。
「僕のことはアルで。これから……これからも、よろしくね」
こくんと一つ、小さな頭が縦にしっかりと揺れた。
それから二人は家族やお世話になった教室の先生、親しい知人らに連絡して進路が決まったことを伝えた。13歳として過ごす一年が、すぐそばまで近づいてきていた。




