27 4-8 進歩の日々と年に一度の友達
その日の夕食後。アルフレッドとサクラテマリは二人で食堂棟の外に出た。出入口からいくらか離れた、大きな木の陰まで行った。
「あの場所、でいいんだよね?」
「うん。あの場所で」
夜の闇のなかで、アルフレッドの問いかけにサクラテマリは頷いて答えた。暗闇でなければ、彼女のいつも以上に真面目な表情がアルフレッドにも見えたはずだった。
「じゃあ、転移で行こう。……もし間違ってたら、いったんここに戻るってことで」
「ふふ……うん」
ちょっとだけ、声が笑った。二人は瞳を閉じて、その場でくるりと一回転した。
埃をかぶった大きな木箱を挟んだ両側に、一つずつ銀柱が現れた。片方からはアルフレッドが、もう片方からはサクラテマリが姿を現した。アルフレッドは木箱を挟んだ向こう側で小さな頭が揺れるのを見て、ふっと笑った。
「やっぱり、ここだったんだ」
「うん。ここが良かったの」
木箱の向こう側でサクラテマリが言った。アルフレッドが転移先として思い浮かべたのは、第三訓練棟の隣の空中浮遊の練習用の場所。そのなかでも、かつて彼女と一緒に中に入った大きな木箱のそばだった。彼女もまた、同じ場所を思い浮かべて転移してきた。
「ちょっと暗いね。ダブルシャイン」
アルフレッドは中級の光魔法で、地面に光のボールを置いた。白い光に照らされて、サクラテマリの髪色があざやかなマゼンタとして見えた。顔は鼻までは見えたが、それより下は木箱に隠れていた。
大きな木箱を眺めて、アルフレッドはぼそっと呟いた。
「……試験で収納する木箱って、これくらいの大きさなのかな……?」
「えっ。分かんない……」
「……ちょっと、しまってみようかな」
アルフレッドは右手の人差し指で大きく円を描いた。現れた波紋状の水色に指先でちょんと触れて、そのまま木箱まで指先でラインを引いた。液体のような不思議な水色に包まれた木箱は、アルフレッドのアイテムボックスに吸い込まれていった。
「あっ。できたできた」
「本当だ。……私も、やっていい……?」
「うん。いいよ。出すからちょっと待って」
アルフレッドは収納したばかりの木箱を、ボックスから出して元の位置に置いた。サクラテマリも同様にして、特に問題なく木箱を収納した。
サクラテマリは「うん。できた……」と言うと、すぐに木箱を出して元の位置に置いた。木箱を挟んだ向こう側にいるアルフレッドをちらりちらりと見て、ようやく「あのね……」と切り出した。
「私、ほら……。去年、いなかったでしょう……」
「あ。うん。覚えてるよ」
去年、11歳時のミナキ高原訓練会にサクラテマリはいなかった。アルフレッドはそれがどうにも気になって、突然の遠話をかけたことを覚えていた。ちょうど良く応答してくれた彼女の声が、訓練会の前日に熱が出たと言っていたことも。
「ほんとさ。熱もタイミング考えてほしいよね。ああいう大事な時に」
「ちがう──」
アルフレッドが言うのを遮って、「ちがう」と彼女は言った。小さな頭がするすると下に下がっていった。視線が下に向いた瞳、眉毛、頭頂部と順に木箱に隠れて見えなくなった。木箱の向こう側から、サクラテマリの声がゆっくりと言葉を紡いだ。
「そんなんじゃないの……。ただ……だめだっただけなの……。去年の今頃は……教室の他の子がすごく良い調子でいたりして、たぶん焦ってて。イメージばかりが先走って、魔力への変換が追いつかないって感じで。それで先生にも、『今年はなしね。今行っても何の収穫にもならないよ』って……」
「サクラテマリちゃんが? あんなに上手いのに」
アルフレッドはサクラテマリの技術に対して、全体的に上手いという印象を9歳の頃から抱いていた。攻撃魔法も常にアルフレッドより多くの種類、上の等級のものができていたし、補助魔法と空中浮遊もそつがなかった。とりわけ補助魔法は、アイテムボックスを左右両側にひらけるなど突出した才があった。
「そんなことない……まだまだ覚えることがたくさんある。だから去年もまた訓練会に行きたくて、でもだめで……。一緒に頑張るって言ったのに、自分ができてないのが悔しくて、いやで。本当のこと、言えなかった」
木箱の向こう側から聞こえる声は、尻すぼみにだんだん小さくなっていった。最後のほうは、じっと集中して何とか聞き取れる程度の音量だった。少し間をあけて、わずかに盛り返した音量で続けた。
「ごめんなさい。ちゃんと本当のこと言えなくて。こんなの、嫌いだよね……」
聞こえていた声はそれきり黙った。
アルフレッドはじっと考えていた。彼女の言葉を聞いて感じたことを、自分の中でまとめようと考えていた。
やがて、うんと頷いた。かすかに微笑んでいた。目の前の木箱に両手をかざして、両手を軽く振った。
二人の間にあった木箱が、ぼんわりとした銀色の光に包まれて宙に浮いた。アルフレッドは木箱を自分の頭の上よりも高くに上げた。遮る物が無くなって、サクラテマリの姿が全て見えた。草地にしゃがんでいた彼女は不思議そうに顔を上げた。
「えっ……?」
「いや、何でもないよ。ただ、顔見て話したかったからジャマだな、って」
アルフレッドは念動魔法で宙に浮かせた木箱を、少し離れた地面にそっと下ろした。あいたスペースの分、一歩か二歩ほど距離を詰めた。サクラテマリはほんの少しだけ体を引いたけれど、その場からは動かなかった。アルフレッドはそっとしゃがんで言った。
「考えてみたんだけどさ。上手く言えないけど……きらいだなんて、思わないよ。だって、今ちゃんと言ってくれたから」
「……それで、いいの……?」
「うん」
アルフレッドはじっと彼女を見た。マゼンタの瞳が不安そうに見つめ返してきた。サラサラとした長いストレートヘアが、夜風になびいて揺れていた。毛先は地面の草の先をなでていた。
「それにさ。去年そうだったのに今年来れたってことは、すごくがんばったってことだよね」
「……うん。それは本当にがんばった。絶対に絶対に、今年は来たくて」
「そうだよね。そこでさ、諦めてたらちょっとだけきらいだったかもだけど。でも、そうじゃなかった。だからさ。また一緒にがんばろうよ」
「……本当に? いいの──?」
「うん。それで──絶対、受かろう」
「────」
サクラテマリはマゼンタの瞳をいっぱいにひらいて目の前の彼を見ていた。やがて、やわらかい表情になると深くこくんと頷いた。
「うん。うん。そうしたい。入試まであとちょっとしかないけど……ラストスパート、思いっきりがんばる」
「うん。僕もがんばる。……戻ろっか」
「うん」
真っすぐ向かいあった二人は、ふわりと微笑んで頷き合った。立ち上がるとその場でくるりと一回転して、木箱のそばから姿を消した。




