26 4-7 進歩の日々と年に一度の友達
「あっ、もしもし! オレっす。準備はどうすか?」
12歳の年度末、ナザリの街にある邸宅の庭先。バングル内の遠話石を介して、リックの声が尋ねてきた。4度目にしてアルフレッドにとっては最後になる、ミナキ高原訓練会の初日だった。
荷物は小型の手提げバッグだけだった。着替え等は例年通りアイテムボックスに入れていた。
「ん。できてるよ。でもさ……時間合わせて同時に転移する必要ってあんの……?」
「いいじゃないすか! 現地行ってなかなか出てこない、ってなったら不安になりません?」
「あー……。それは、うん。分かる」
「じゃあ、いくっすよ! せーの」
遠話石から聞こえたリックの声に合わせて、アルフレッドはくるりと一回転した。
ミナキ高原の第二訓練棟前の転移エリア。さらさらと青い草が揺れるエリア内に、ほとんど同時に二つの銀柱が出現した。片方からはアルフレッドが、もう片方からはリックが姿を現した。
「こんちわ! 今年もまたここで会えて良かったっすよ」
アルフレッドの近くまでやって来てリックが言った。声は石を介してではなく、目の前の彼から直接聞こえてきた。アルフレッドは穏やかな笑みで答えた。
「な。良かったよ。今年も来れて」
「また同じグループだといいっすよね!」
「あー。それは、たぶんない。12歳は12歳だけでグループになるから」
「あっ、そうだっけ。てかパイセン12歳ってマジっすか」
「るっせー、どうせ僕は……」
チビで子どもっぽいと言葉に出しかけて、止まった。正面にいるすらりと背の高いリックの陰から、風になびいた毛先が見えた。わずかな量でもあざやかな色合いの、青い空と緑の草原に映えるマゼンタの毛先。
アルフレッドは上半身を横にずらした。あざやかなマゼンタのストレートヘアの全てが見えた。髪は腰のあたりまで長く伸びていた。枝のように細い華奢な体つきに小さな顔、シャープな眉。髪の毛と同じ色の大きくて凛とした瞳が、おろおろと様子を伺っていた。
「──サクラテマリちゃん」
「えっ? え、どうしたんすか、センパイ」
アルフレッドはリックの横をすっとすり抜けた。やわらかい草地を踏みしめて歩き、サクラテマリの前までいった。2年ぶりに見る彼女は、今のアルフレッドと同じくらいの身長と目線だった。
「──久しぶり。今年会えて、よかった」
優しく綺麗に笑ってアルフレッドは言った。いつもこの時期にこの地で会うだけの、けれど決して単なる知り合いではない人。学園への入学試験の挑戦権を持つ、12歳時の訓練会でまた会うことができた。
するするっと寄ってきた男の子に、サクラテマリはほんの少しだけ構えて、ほんのふわりと目元と口元をゆるめた。すぐにまた、おろおろとした表情に戻った。アルフレッドの頭の向こう側を見ながら言った。
「う、うん。けど……お友だち……」
「……あ」
そおっと、アルフレッドは振り返った。先ほどまでと同じ位置にいるリックが、ニヤニヤをこらえきれない様子の笑い方をしていた。
「センパイー。そういうの教えてくれてもいいんじゃないすか?」
「リック。これは」
「どうぞどうぞ! オレは新しい友達探してくるんで! あ、帰ってからでいいんで詳しく話してくださいよ」
リックは軽く手を振ると、第二訓練棟の入口へさっさか歩いていった。訓練棟の入口付近で、早くも誰か他の子に話しかけていた。残された妙な空気に耐えかねてサクラテマリが言った。
「……あの、ごめんなさい、お友だちといたのに、私」
「あっ……それはうん、大丈夫。リックはいつでも会えるから」
「……いつでも…………」
しばらくの間、二人は転移エリア内に立ったまま、第二訓練棟の入口を黙って見ていた。後から転移してきた子たちは、ぼおっと突っ立っている二人を不思議そうにちらりと見つつも、すぐにエリア内から出ていった。
何人かに先を越されてから、やっとアルフレッドが言った。
「とりあえず、行く……?」
「うん。行く…….」
例年通り第二訓練棟のホールで開校式が行われ、その後にグループ分けがあった。赤グループと青グループが、12歳の子どもたちのみで構成されたグループだった。
11歳以下の子たちは黄・緑・白の3グループに振り分けられた。白は去年まではなかった色で、今年は集める人数が増えたので新たに用意された。
アルフレッドとサクラテマリは、今年は青グループになった。グループ分けが終わってすぐに、「隣の部屋に移動して入試の説明を聞くように」と指示があったので、他の12歳の子たちと同じように隣の部屋に移動していた。
「えーと、ではこれからエゼルフィ魔導師学園入学試験、前期選抜の説明をしていきます」
学園の教員であるイナバ先生が、部屋内の子たちに向かって言った。アルフレッドは隣にいるサクラテマリにこそっと話しかけた。
「……前期で受かりたいね」
「うん。受かりたい。後期だと大変だし……」
討伐者としての魔導師を養成する国内唯一の機関、エゼルフィ魔導師学園。学園の入試は、前期選抜と後期選抜の二回に分かれていた。前期選抜では男女各10人、後期選抜では各15人の枠がある。
前期選抜はミナキ高原訓練会の最終日に実施される。12歳で訓練会に呼ばれた者は、前期選抜の受験資格を与えられたことになる。40人から50人という比較的少人数で、20人分の入学枠を争う。
後期選抜は中等学校卒業見込みの者が志願すれば、条件無しに受験することができる。ただし、30人分の入学枠に数百人の志願者が集まってくる。さらには前期選抜で落選した子たちの流入もあり、後期選抜で合格を狙うのは現実的ではなかった。
努力報われ12歳時に訓練会に呼ばれたら、そのチャンスを無駄にせず前期選抜で合格したいというのが、ほぼ全ての子たちの思惑だった。イナバ先生が説明を続けた。
「試験は実技試験です。外の草地に場所を用意してあるのでそこでやります。決められた課題を、順番にクリアしていってもらいます。全てクリアするためには、攻撃魔法、補助魔法、空中浮遊のどの技術も磨いている必要があります」
イナバ先生は黒板に課題を書き出していった。書き出された課題は次の通りだった。
・連続しての攻撃魔法。
・中級以上の火魔法。
・大きな木箱があるので収納魔法でしまう。
・空中浮遊を駆使してオブジェの番号札をはたく。
・空中から撃つ攻撃魔法。
・オブジェの上から転移魔法で地面に転移する。
・先ほどしまった木箱をボックスから出して置く。
イナバ先生はそれぞれの課題の要点を説明していった。
「連撃に向いているのは風と念動です。火魔法はもしできる人がいれば上級やってもいいです。やった人は過去一人しかいませんが……」
今度はサクラテマリがこそっと話しかけた。
「……すごいね。そんな人いるんだね」
「…………シアちゃん」
「えっ」
「本当。自分で言ってた。近くで見てたその時の学園長先生が腰抜かして、しばらく立てなかったって」
「……本当にすごいんだね」
「うん。すごいんだよ」
イナバ先生は今度は黒板にオブジェの図を描いていった。数ヶ所に番号を振って、一ヶ所に丸印をつけた。
「ここでは空中浮遊の技術を見せてもらいます。オブジェの高い位置に番号が書いてるフラッグが取り付けてあるんで、番号が若い順番にはたいてください。フラッグは全部で5枚です。最後の札の近くには的があるので、空中から攻撃魔法を撃ってください。好きな属性で良いです」
イナバ先生は残り二つの課題についても簡単に説明した。オブジェの頂上に着地したらそこから見える位置に仕切られた区域があるので、その区域内にはみ出さないで転移すること。試験前半でアイテムボックスに収納した木箱を出して、所定の位置に置けば試験終了となること。
一通り説明し終えたイナバ先生は質問を募ったが特になかった。「あっ、そうだ!」と最後につけ加えて言った。
「ええと、試験の挑戦順は当日に決めます! 閉校式終わった後にくじ引いてもらって、それで決まります。どの順番になっても慌てないように、心の準備もしといてください」
さすがに「ええー……」という反応が部屋にあふれた。けれど、「それじゃあ、さっそく練習しましょう! 赤グループの子たちは部屋出たところにエカテリーネ先生がいるので、指示に従ってください。青グループの子たちは僕が担当です」と指示が出たので素直に皆従った。目前に迫った入試のために、少しでもできることをしようと。
イナバ先生に連れられて、青グループのアルフレッドとサクラテマリも説明会のあった部屋を出た。移動する列の一番後方に二人でいた。ざわざわとしたなかで話していた。
「でもさ。とりあえず今年参加できて良かったよね。あれ……去年みたいなこととかなくて、本当」
「っ──」
「ん……?」
サクラテマリは一瞬答えに詰まった様子を見せた。しばし目線を反らして考えて、くいとアルフレッドに向き直ると言った。
「あのね。ちゃんと言わなきゃいけないことがあるの。だから──今日の夜、あの場所に来てほしい──」




