22 4-3 進歩の日々と年に一度の友達
泉のほとりに這いつくばっていた若い男性は、声をかけられたことに気がついてアルフレッドとリックのほうに顔を向けた。立ち上がると、ガタイの良いわりに軽やかな足取りで二人に近づいてきた。
「こんにちは……。僕、いま大ピンチで……。ああ、でも、どうしよう、こんな子どもたちに危ないことは……」
迷う様子で言った男性にリックが答えた。
「大丈夫っすよ! だってオレら、一流の魔導師目指していつも練習してますもん。何かできるかもしれないっすよ」
「えっ、きみたち魔導師なの!? そうか……魔法だったら何とかできるのかな……。ねえ、きみたち、巻き込んで申し訳ないんだけど、僕の話聞いてくれる?」
「もちろんいいっすよ!」
答えたのはリックだけだったが、アルフレッドも男性の目を見てうんうんと頷いた。ガタイの良い男性は、「ありがとお!」と言い話し始めた。
「僕はノクテレオムの国出身の斧使い、サンドル。ギルドの指示でこの近くの魔物を討伐しに来たの。この森は目的地に行く途中の通り道だったから、魔物倒しながら進んでたんだ」
「えっ、斧使いなんすか? あれ、斧は?」
リックはサンドルの姿を今一度確認しながら言った。魔導師以外の討伐者はみな何かしらの武器を持って戦うので、討伐者なら武器を携えているはずだった。けれど、斧使いを名乗ったサンドルは、防具は斧使いらしいものを身に着けていたけれど、肝心の斧を手にしていなかった。
「そうなんだよお……。あのね……僕ね……この泉で休憩も兼ねて、僕の斧を洗ってたの……。そしたら、手が滑って……」
サンドルは大きく息を吐きながら悲しそうに言った。
「僕の斧、泉に落としちゃったんだよね……」
そう言ってサンドルは肩も落とした。立派に鍛えられた大きな体が縮こまっていた。
「ええ……じゃあ今、仕事道具がないってことですか?」
「そうなんだよお……。これじゃ討伐行けない……てか、ギルドにこれ言ったら大目玉だよお……。ねえ、小さな魔導師くんたち……泉に落ちた斧を取り戻せる魔法、何かないかい……?」
サンドルは困りきった様子でそう言ってきた。アルフレッドはサンドルを見てにこっと笑って言った。
「大丈夫! 僕たちが探してあげますよ。サンドルさんが落としたのは、どんな斧ですか?」
「わああ、本当に!? 普通の、ちょっと大きい普通の斧だよ! 柄に僕の名前が彫ってあるの」
「分かりました! 少し待っててくださいね」
アルフレッドは泉のほとりに立って水面を見つめた。水は透き通ってはいたけれど、底までは見えなかった。
「うーん……。上からは分かんないっすね。どこにあるか見えれば念動魔法で引き上げられたけど……水に潜るのは冷たそうだなあ……」
「冷たくないよ」
「えっ?」
「先生に教えてもらったんだ。この使い方」
アルフレッドはリックとサンドルから少し距離を取って立った。両手を風魔法を発動する形に構えて、上級の風魔法の呪文を唱えた。
「吹き抜ける風! トリプルテンペスト!」
アルフレッドの両手から、銀色の粉末が混じった空気の流れが生じた。生じた空気は、アルフレッドの体を中心として球形を作っていった。銀色の粉末が混じる空気のボールが、アルフレッドの体をすっぽりと覆った。
「空気のシェルター。こうすれば水の中や空気の悪いところでも進んでいけるって。ほら」
アルフレッドは泉のほとりにしゃがんだ。泉のふちに手をつきながら、そっと泉に入った。肩より下が水面よりも下の位置になったが、空気のシェルターに包まれているアルフレッドの周囲には水がなかった。服も濡れていなかった。
「なんすか、それ!? オレまだそんなの教えてもらってないっすよ!」
「いいなあ! 僕も魔法の才能あったらやりたかったな」
「よし! オレもやる! 吹き抜ける風、トリプルテンペスト!」
リックも同じようにして空気のシェルターで体を覆った。そして、泉にぴょんと飛び込んだ。バシャンと水の音がしたものの、リックの服も髪も濡れていなかった。
「うわっ、センパイ、すごいっすよ! 魚がめっちゃよく見えますよ!」
「いや、魚じゃなくて探すのは斧だから……。じゃあサンドルさん、ちょっと探してきます」
「気をつけてね! ムリはしなくていいからね、ほんとに!」
アルフレッドはにこっと頷くと、泉のふちから手を離した。ほとりに立つサンドルに見守られながら水中に潜った。
青い泉は水の中も青い世界だった。
光が射し込む水面から薄茶色の砂の水底へ、アルフレッドとリックは潜っていった。
風魔法による空気のシェルターを利用して水に潜るときは、水魔法で水流を起こして進んでいく。初級の水魔法で起こす水流だと歩く速さ、中級だと走る速さで進んでいける。上級は威力が強く勢いがつき過ぎてしまうので、よほど広いところでない限りこの用法には向かない。
また、空気のシェルター内にいるときは、まわりの音が少し聞こえにくくなる。自身の周囲で絶えず風の音がしているからだった。誰かと話したいときは相手と自分のシェルターを連結させて、同じ空間内に入るというやり方がある。
もしくは、遠話できる相手なら遠話を使うと楽だった。遠話を使えば離れた位置で連携することも可能になる。アルフレッドとリックは、今はお互いの石をバングルに入れていたので、遠話しながら水底へと潜っていった。
「底まで来たっすね」
薄茶色の砂の水底に足がつくと、リックの声がした。リックは隣に立っていたけれど、声はバングルの石から聞こえてきた。
「うん。この近くから探そうと思う」
「りょーかい! じゃ、オレはこの倒木から」
リックは近くに沈んでいた倒木の探索から始めた。彼が初級の光魔法で中を照らすと、潜んでいた魚がスイと逃げていった。
アルフレッドも付近の探索を始めた。初級の水魔法でゆっくり移動して、岩壁沿いに進んで斧を探した。
「斧……んー。どこだろう」
大きい斧ならすぐに分かりそうなものだが、少し見回しただけでは見つからなかった。倒木の近くを探していたリックが近くまで来た。
「こっちはなかったっす。どうする? 魚に聞いてみます?」
「いや、それは……」
答えながらアルフレッドは何かに気づいた。水底から生えている繁った水草が、ゆらゆらと揺れる向こう側。岩壁の小さな洞穴に、巨大なカニのような生命体がいるのが揺れる水草の隙間から見えた。
「……リック。見える? あの水草のところ。洞穴になってて、何かいる」
小さな洞穴を指差して、リックのほうを見ながらアルフレッドは言った。
「ん……? あっ、見えた! あれ、たぶんカイリキチョッキーっすね。てか……斧で遊んでる……」
カイリキチョッキーはカニに似たラージクラスの魔物だった。水辺によく出現し、大きなハサミを振り回す攻撃を得意としていた。
水草に隠れた洞穴に居座るカイリキチョッキーは、立派なハサミで斧を掴んで振り回していた。
「ええと……あの洞穴に、攻撃魔法撃ち込めばいいっすかね?」
「うん。でもここは水の中だし、もし外したら怖いから……」
アルフレッドは氷魔法の形に手を構えると小声で詠唱した。
「きらめく氷。トリプルフロスト」
アルフレッドの両手から銀色の光が現れて、洞穴に向かって飛んでいった。銀色の光は洞穴の前までくると、分厚い氷の壁を形作った。
異変に気づいたカイリキチョッキーがハサミと斧を振り回していたが、氷の壁が壊れる気配はなかった。氷の壁は、中央上の部分に少しだけ隙間があった。
「それ、いいっすね! これなら近づけるし落ち着いて撃てる」
「チョッキー! チョキチョキィー!」
「斧、返してもらうっすよ! 導く光、トリプルブライト!」
「チョキィ」
近い位置からリックはビーム状の光魔法を撃った。リックが撃った光魔法は氷の壁の隙間を上手く抜けて、洞穴内のカイリキチョッキーに命中した。抗議するかのように激しく鳴いていたカイリキチョッキーは、短い鳴き声を上げて静かになった。
アルフレッドは築いた氷の壁を消した。魔法で生じさせたものを消すことは、属性問わず少ない魔力でできる。
洞穴に入ると、倒されてコアになったカイリキチョッキーと、大きな斧が見つかった。斧の柄にはサンドルの名前が彫ってあった。
「やった! サンドルさんの斧! て、重いっ」
さっそく斧を持とうとしたリックがそう言った。アルフレッドも続いて持ってみたが、やはり重くてほとんど持ち上がらなかった。
アルフレッドはアイテムボックスをひらくと、人差し指を水色の波紋にちょんとつけた。人差し指を出すと、透明感のある水色が指の動きを追うようにして、ボックスの入口から引っ張り出されてきた。
人差し指の先で斧に触れると、透明感のある水色が斧を包み込んだ。水色に包まれた斧はそのままアルフレッドのボックスに吸い込まれていった。
「あー……。それ上手くできないや……。いいな……」
「僕は攻撃魔法が下手だから、こっちとか空中浮遊を磨いてるってだけで。早く戻ろ」
アルフレッドとリックは洞穴から出た。水面に向かって上昇していった。
泉の静かな水面から、二つの人影が飛び出した。アルフレッドとリックは移動方法を風魔法に切り替えて、泉のほとりに着地した。そして、空気のシェルターを解除した。
「ああ、きみたち! 大丈夫だった!?」
「大丈夫でしたよ! ほら、斧も」
心配そうに駆け寄ってきたサンドルに、アルフレッドは笑顔で答えた。ボックスから斧を取り出して、地面に置いた。
「わああ! 僕の! 僕の斧! ありがとおおお!」
サンドルは地面に置かれた斧をひょいと拾い上げると、くるくると小躍りした。喜びの舞が落ち着くと、アルフレッドとリックに向き直って言った。
「本当にありがとう! こんな物しかないんだけど、お礼ってことでよかったらもらってよ!」
サンドルは背負っていたリュックから何かを取り出して二人に渡した。
「これは……マフラー?」
「そう! 僕の実家は編み物屋で、いつも宣伝用に持ってるの! けっこうあったかいんだよ」
「本当だ……ありがとうございます!」
「そんな! 大事な斧を取り戻してくれたんだから僕のほうがだよ。じゃあ行くね! 本当にありがとう!」
サンドルはそう言って去っていった。アルフレッドとリックは手を振って彼を見送った。
「……僕らもそろそろ帰る?」
「そうっすね。けっこう疲れたし。じゃあパイセン、また遊びましょうね!」
「もちろん!」
そう言って二人はくるりと一回転した。それぞれの街へと転移魔法で帰っていった。




