20 4-1 進歩の日々と年に一度の友達
その知らせがナザリに届いた日から一年と少しが過ぎた。街は新しい日々のために歩き続けている。時おり止まって振り返りながらでも、毎年恒例だった『ザ・ワンダー』の開催されない8節だって乗り越えてきた。少しずつ、前向きな時間を持てるようになってきた。
それは、たとえばこんな時に。
黒地にオレンジ文字の看板を掲げる、街の馴染みのとあるカフェ。
店員の青年は、注文されたミックスジュースをトレーに乗せてテラス席へと運んでいた。手の平から生じる風で、顔の汗を乾かしている少年がいた。
金メッシュの入った瑠璃色のくせ毛に濃紺の瞳。背は一年前の彼と比べれば幾分伸びているけれど、同い年の子たちと比べるとやはりまだ小さい。
彼はジオンディーヌに魔法を習っている。ナザリの大スターの才能を導き開花させたジオンディーヌの門下で、熱心に練習を重ねている。
「お待たせしました! ミックスジュースです」
「ありがとうございます」
カフェ店員の青年は、持ってきたトレーをテーブルに置いた。瑠璃色の頭はトレーを見て、はてと横に傾いた。
「あれ? クッキー頼んだかな……?」
「ああ、今ちょうどキャンペーン中でね! おまけでつけてるんですよ」
「あっ、そうなんだ。ありがとうございます」
カフェ店員の青年はにこやかに説明した。そんなキャンペーン今はやっていないけれど、魔法鑑賞好きの店長はたまのおまけを知ったところでさして咎めはしないだろう、と。
小さなお客がミックスジュースとクッキーを味わっていると、また一人にこやかに彼に話しかける者がいた。
「アルくん、こんにちは! 今日の調子はどんな感じ?」
通りすがりに声をかけてきた彼女は、今日は休みを取っている役場勤務の女性だった。先の大発生の時期は、初歩的な程度の転移魔法を習得していることから連絡員に抜擢され、ナザリとジルウィンダーを行き来していた。
「こんにちは。今日はちょっと、よかったです。初めて上級の風魔法が実戦でうまくできて」
「えっ、本当!? すごいよ、ぜんぜんちょっとじゃないよ!」
「へへ……」
彼女はとても古くから、熱心にシアの成長を応援していた一人だった。大発生の収束後、仕事も手につかないほどだった彼女は、近頃この小柄な少年の成長を見守るようになっていた。
髪の色も瞳の色も違う。この年頃から天才と名高かったシアとは異なり、彼の才能はまだつぼみ。
それでもその一生懸命な姿が、重なるように見えてならなかった。それはきっと、役場勤務の彼女に限ったことではなかった。
今年もまた同じ季節がやって来る。
3度目のミナキ高原訓練会にして初めて、アルフレッドは穏やかな表情で第二訓練棟前の転移エリアに降り立った。
今年は楽しみな気持ちが大きかった。ようやくながら中級魔法を全属性習得し、上級も念動と氷と、最近では風も安定してきたというのもある。その成果を、一年ぶりに会えるであろう、サクラテマリに報告してみたいというのもある。
一昨年遭遇し、去年の訓練会でアルフレッドの目標を知った者。一緒に目指すと言ってくれた子。初日の夜以来、去年もいくらか言葉を交わした。最終日の挨拶も帰り際に早口でなどではなく、ちゃんと「来年もまたね」と言い合ってそれぞれの街に帰還した。
転移エリアに降り立ったアルフレッドはなんとなくキョロキョロとまわりを見回した。すると、近いところに銀柱が現れるのが見えた。そんなにタイミング良くはと思いつつも、アルフレッドは誰が出てくるのか見ていた。
転移してきたのは、やはりというか知らない子だった。黒髪で、澄んだアクアブルーの糸目。顔のパーツの主張が強く「かわいい」ばかり言われるアルフレッドとは違い、あっさりと爽やかに整った顔立ち。そしてすらりと背が高かった。
すらりと背の高い彼はアルフレッドの視線に気づくと、ニコッと笑って元気に言った。
「こんにちは! はじめまして!」
すらりと背の高いアクアブルーの糸目の彼は、名をフレデリックといった。転移エリアでばっちり目が合った流れで、アルフレッドは彼と一緒に訓練棟ホールでの開校式に出ていた。フレデリックは人当たりの良い爽やかな子で、初対面のアルフレッドとも気さくに話した。
「アルはどこに住んでるの?」
「ナザリ」
「えっ、本当に? 近いね、オレはホスラだよ!」
「ホスラ……って、フラリエの丘越えた先だっけ。じゃあ近いね」
ナザリ平原内にあるフラリエの丘を越えた先に、隣街のホスラがある。アルフレッドはまだフラリエの丘のふもとまでしか行ったことがなかったけれど、そろそろ足を伸ばしてもいいかもなと考えていた。
「……フレデリックは」
「あっ、リックでいいよ!」
「……リックはよくしゃべんね」
ホールの壇上にいる学園長の開校の挨拶を聞き流しつつ、アルフレッドは隣の彼に言った。うるさくて困るということではなく、タイミング良く言葉を口に出していける彼への素直な印象だった。
「あー。なんか緊張しちゃって、つい。アルは落ち着いてるね? 緊張しないの?」
「うん、まあ、今年は」
「えっ」
「ん……?」
さらさらとしゃべっていたリックがふと言葉を止めた。隣に座っているアルフレッドの顔をじっくりと見てきた。
「なにか……?」
「……何歳……? オレ、9歳だけど……」
「…………11歳」
「えっ」
「去年も一昨年も訓練会きてる」
「……マジで? 本当に? その顔と身長で本当にオレより2つ上? マジで!」
アルフレッドの年齢を知ったリックは、何かツボにはまったような笑いをこらえ始めた。開校式は終わりグループ分けでざわついていたので、さほど目立ちはしなかった。
確かにアルフレッドは背がかなり低いし、大きな瞳にバサバサのまつ毛、もちもちした頬など顔もかわいらしい雰囲気なので、同い年以下に見えても仕方がなかった。
「なんだよ……そんな変かよ」
やや乾燥気味の形の良い唇を、ちょっとだけ尖らせてアルフレッドが言った。ちょうどその時、グループ分けの係員に彼が呼ばれた。「そんなことないっすよ! めっちゃいいと思うんで仲良くしましょうよ、センパイ!」と言うリックに構わず、指示された場所に移動した。
移動する際、歩きながらホールをちらりと見回したけれど、あざやかなマゼンタの頭は見当たらなかった。
その日の夕食後、アルフレッドは第三訓練棟の隣にある、空中浮遊の練習用の場所に来ていた。今回は食堂棟から転移魔法で来ていた。あの後、結局同じグループになったリックにすっかり懐かれ行動を共にしていたので、転移を使わないとこの場所に来ることは無理だと判断してそうした。
誰も気にかけないようなこの場所に一人で来たのは、人知れずやりたいことがあったからだった。アルフレッドは並び建つオブジェのうち一つの陰に腰を下ろした。
右手で空中に円を描いてアイテムボックスをひらき、遠話石を入れている袋を取り出すと、袋から一つの小石を出して手に乗せた。以前にサクラテマリからもらっていた遠話石だった。
去年、「来年もまたね」と挨拶し合った彼女は、今年の訓練会にはやはりいないようだった。それがどうにも気になってしまい、これまでもらってはいたものの使っていなかった連絡手段を取り出したのだった。
手の平に乗せた白い小石に、アルフレッドはふっと息を吹きかけた。小石は吐息に反応して淡く光り始めた。
サクラテマリが持っている片割れの石も、今おそらく同じように光っている。気づいてくれるだろうか。小石は光るだけで音も鳴らないし振動もしないので、気づかれない可能性も大いにあったが。
「……もしもし」
思いのほか、すぐに石を介して知る声が聞こえた。自分でかけたくせに少しだけ驚いて、けれどさほど間をあけずにアルフレッドは白い小石に語りかけた。
「あっ……サクラテマリちゃん? あの、アルフレッドです。ごめん、急に」
「あっ……ううん、大丈夫。ちょうど、見てたから」
聞こえる声は変わりない様子だったので、アルフレッドはひとまずホッとした。続けて、本題を聞いてみた。
「あの……あのさ。僕、いまミナキの訓練会にいるんだけど、サクラテマリちゃんがいなかったから、なんか……元気かなって、思って。……元気?」
「っ……」
小さく息を呑むような音が、白い小石からかすかに聞こえた。小石はしばらく黙っていた。
「……もしもし?」
「あ…………ごめんなさい、その……昨日、すごく熱が出ちゃって」
「えっ、そうだったんだ。え、今は大丈夫?」
「あっ……うん。今はもう、ぜんぜん平気」
「そっか。よかった。でもさ……悔しいよね。サクラテマリちゃんすごい上手いのに風邪で来れないって。来たかったよね」
白い小石はまた少し黙ったが、今度は彼女が言葉を続けた。
「…………うん。行きたかった。ごめんなさい、私、一緒にがんばるって言ったのに、こんな」
「ううん。それはしょうがないよ。でもさ。来年はまたここで会おうね」
「うん。来年は何としてでも行く」
「うん。うん。じゃあね……」
そこまで言うと、アルフレッドは手の上の小石にふっと息を吹きかけた。淡く光っていた小石は、発光をやめてただの小石に戻った。アルフレッドは遠話石をアイテムボックスにしまってから、転移魔法で第二訓練棟に戻り自主練習の輪に混ざった。
その後は訓練会が終わるまで、主にリックと過ごした。最終日には「センパイ、今度地元で遊びましょうね、連絡くださいね!」と言って帰っていった。なお、遠話石は2日目の朝に、「あっ、そういえばこれまだでしたよね」と言って渡してきた。




