2 1-2 ナザリの祭りとアルフレッド
シルヴァール大陸の大半の人々が魔法に対して抱く印象は、「すごい」「きれい」「便利そうでいいなあ」「でも、あんなの自分には難しそう……」といったところである。
初歩的な程度であれば一般住民も使用する転移魔法でさえ、一歩踏み込んだかたち、例えば屋外の地面から台の上や建物の中への転移となると、想像しただけでそんなこと無理だと白旗をあげる人が多い。上級の攻撃魔法に至っては、同じ人間が成しているとは思えないという。
けれど、自分でやりたがる人が少数派であるのに対して他の誰か、特に上手な誰かが魔法を使っているところを見るのが好きだという人は結構な数にのぼる。そういうわけで今日のお祭りのような魔法を披露するショー、すなわちマジックショーにはたくさんの人が集まってくる。
役場の前の中央広場が今日のお祭りの会場だった。役場の建物を背にして設置された特設ステージの前に、多くの人が座り込んで開始の時を待っていた。地面に直接座り込んでいる人もいたが、アルフレッドは彼の母親が家から持参してきた敷布の上、母親と幼い弟の隣に座った。
広場が人の頭で埋まり、あぶれた者がステージとは反対側のメインストリートにはみ出し始めた頃、役場の屋根の上の鐘が鳴って昼刻を告げた。鐘の余韻が消えるとステージ袖に控えていた楽団が高らかにファンファーレを奏でて、広場がしんと静まった。
「お集まりいただいた皆さま。大変長らくお待たせいたしました」
きっちりとした服装に身を包んだ司会者の男性が、広場に集まった人々に挨拶の口上を述べた。
「本日皆さまにお届けいたしますのは、ナザリ出身の世界的魔導師ローレンシアさんの17歳を祝う特別なショー。彼女の成人祝いのためにエゼルフィはもちろん、世界各国から一流魔導師の方々が駆けつけて来てくれています。それでは始めましょう。今日、ナザリの街に生まれる新しいマジックショー、『ザ・ワンダー』! お楽しみあれ!」
広場いっぱいの拍手に包まれてお祭りは始まった。
最初にステージに姿を現したのは、黒髪赤目のお兄さんランドルフだった。マルチカラーのストライプシャツを身に纏って登場したランドルフは、楽団の演奏する軽快な音楽のリズムに合わせて、17個のカラフルな光の玉を自在に操るパフォーマンスを披露してみせた。
光の玉を風に乗せて空へと打ち上げたところでフィニッシュとし、「シア、17歳おめでとう! これからもいろんな色の光が見つかる毎日であるように!」と言って、拍手に包まれながらステージを降りた。少し前に役場の裏の緑地にいたときは、きっとフィニッシュの風の魔法の確認をしていた。
ランドルフの後に続くように、綺麗なステージ衣装でドレスアップしたお兄さんやお姉さんが次々とステージに現れては、楽団の演奏する音楽に合わせて魔法のパフォーマンスを披露していった。
青と水色のオッドアイのお姉さんはホウセンカと紹介され、「シア、おめでとう。強く美しく羽ばたいていけますように」とゆったりとしたなめらかな旋律に乗せて、2匹の大きな水の蝶が舞い踊るパフォーマンスをみせた。国内外から招待された魔導師たちが、思い思いの演出で祝福の意を表現した。
アルフレッドは母親の隣で、全てのパフォーマンスを食い入るようにじっと見つめていた。馴染みの広場の特設ステージで繰り広げられる何もかもが、初めて見る知らない世界の光景だった。
十何人目かの演者がパフォーマンスを終えてステージを降りた。司会者が次なる演者を紹介して言った。
「皆さま。早いもので終わりの時間が近づいてまいりました。次が最後のパフォーマンスになります」
ひゅうっ、と誰かが口笛を鳴らした。まだステージに出てきていない、街一番の人気者を期待して広場がざわめく。
「ご登場いただきましょう。今日のお祭りのヒロイン! 人々の平和な暮らしのために、世界で活躍する我が街の誇り! ナザリ出身の天才魔導師、ローレンシア! どうぞ!」
司会者の「どうぞ!」の声を合図として、特設ステージの中央に人の背丈ほどの銀色の光の柱が現れた。光がおさまるとふわふわのソフトピンクの髪をしたお姉さん、シアが光の柱が出ていた位置に立っていた。アルフレッドと緑地で出会ったときは普段着の姿だったが、今はスカート部分がチュールになっているオレンジ色のワンピースに着替えていて、髪には花を飾っていた。
シアが姿を見せたことを確認して、楽団が控えめの音量で前奏を始めた。前奏にかぶせてシアが挨拶の言葉を口にした。
「みなさん、こんにちは! 今日はすてきなお祭りをひらいてくれて本当にありがとう! 広場に集まってくださったみなさんに感謝の気持ちを込めて、この日のために準備してきたシアのとっておきの魔法をお見せします! どうぞ楽しんでいってね!」
言い終わるとシアはステージの中央で肩幅に足をひらいて立ち、両手を前方に出して形を構えた。しばし集中し、楽団の前奏にクレッシェンドのかかったタイミングで、思い描く魔法の呪文を唱えた。
「華めく炎! トリプルバースト!」
ボリュームを上げた楽団のメロディラインに合わせて、シアの両手から赤く燃える炎の螺旋が上空へと飛び出した。沸き起こった拍手が手拍子と変わってメロディラインに加わり炎のリボンの舞が始まる。
上空に浮かぶ炎の螺旋の下側の端を手の動きで導いて、ステージの左に駆けては炎のリボンを頭上で波形状に揺らし、右に駆けては腰の高さでジグザグに形取らせる。中央に戻って自身が通り抜けられるほど大きな正円を体の正面に作ると、真ん中から左右に分けて2本のリボンとした。
メロディラインを奏でる音が、木管からスライド式の管を持つ金管楽器の音に変わる。幻想的で高揚感があって、どこか遊び心の垣間みえる旋律に乗って、2本になった炎のリボンが綺麗な手の動きを追いかけてステージの上を駆けめぐる。
十字に組み合わさって風車のようにくるくる回転したら、次にはリングの形となって二つ同時に上空へ打ち上げられていく。最高到達点から高度を下げて、役場の二階の高さにきたところで大きな一つの炎のサークルとなって上空にとどまった。
音楽が期待をあおる。早まる手拍子は広場の鼓動。ステージの上の踊り子が片足ずつ足を上げて靴底をリズミカルにタンタンと二回叩くと、彼女の靴が銀色の光を纏った。輝く靴でステージを力強く蹴り上げると。
ふわりと、華奢な体が空に浮かび上がった。
メロディラインに短い音符が連なって明るい華やかな響きが前面に踊り出る。真昼の高い太陽と憧れのまなざしに照らされて、一蹴りでぐんと上昇し炎のサークルをくぐり抜けていく。役場の屋根の鐘の高さで留まると足元の炎のサークルを再び一本のリボン状に変えて、時計の針の動きのように自身を中心にして回した。上までくると逆回しでもう一回転。
もう一度リボンが上までくると、炎のリボンの下の端を導きながらステージへと下降していく。炎のリボンで図形を形取るフィニッシュに向けて、空中浮遊を駆使しながら図形を描いていった。左斜め上への直線からふくらみを持たせて上へ、中央で少しへこませて右側も対称になるようにふくらみを持たせてから下側の中央に向かう。
音楽の終わりと共ににステージに出来上がったのは、赤く燃える大きな炎のハートだった。
「みなさまに贈る、シアの大きな愛と感謝です!」
ステージの中央、大きな炎のハートを背にしてシアが言った。今日一番の拍手と歓声が彼女のパフォーマンスを称えた。
「シアちゃん!」
「僕らのシアちゃん!」
「ナザリの大スター、シアちゃん!」
「シルヴァールの太陽、シアちゃん!」
黄色い声、野太い声、しわがれた声、子どもの声。役場前の中央広場に集まったあらゆる声が発する「シアちゃん」の呼びかけに、ソフトピンクの髪の乙女は明るい笑顔で手を振って応えていた。