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シルバークロニクル  作者: しお
ジルウィンダーシーズン
16/29

16 3-4 ジルウィンダーとローレンシア

残酷な描写あり。



 アレンダの国、ジルウィンダーの地で渦がひらいたという知らせは、その日のうちにナザリにも届いた。連絡員として現地入りしている役場職員が、転移魔法で一時帰還してきて街に伝えた。壮行会の日から2旬期後、日数でいうと20日後のことだった。


 戦いの始まりの知らせが届いた日から、街の中央広場の人通りはいつもよりも多くなっていた。


 通りがかる者は皆、『魔物情報』の掲示板を見ていた。


 大発生の時期の『魔物情報』掲示板は、二つに区切られるのが定石だった。半面がいつも通りの街周辺の魔物情報。もう半面には大発生の情報が掲示されていた。


 ジルウィンダーには制圧のためにやって来た白銀の討伐者(シルバースレイヤー)の他に、大陸各国のある程度大きな街から、若干名ずつが連絡員として出向いていた。


 各街の連絡員たちは一日に一度、転移魔法で街に一時帰還して現地の情報を伝えた。連絡員が持ち帰った情報は、街の掲示板を介して住民に届けられた。


 ジルウィンダーに連絡員を派遣していない小さい街や村の場合は、その地域の代表者がナザリのような大きい街の掲示板を、やはり一日に一度確認しに来ていた。


 誰が何をどれだけ倒したか。


 そのような情報は届かなかった。そのような計測は、現地でもされていなかった。


 連絡員が持ち帰ってくる情報、そして街に残る住民が気にしているのは名前だった。


 制圧の途中で命を落とした討伐者の名前は、連絡員によって各街に伝えられることになっている。そして、街の掲示板に名前が掲示される。


 住民たちはおそるおそる知っている名前を探す。


 地元の大スター。

 遠い街の友人。

 道で魔物に襲われていたところを助けてくれた、通りすがりの外国の討伐者。


 一日に一度、掲示板が更新される。

 一日に一度、掲示板を見る。


 知っている名前がないことを願って。

 叶うなら、誰の名前もないことを祈って。


 心に留めている名前がなければ、ほんのわずかな安堵とともに一日の残りを過ごす。


 だけどその安堵も一時的なものでしかない。戦いは昼も夜も、今も続いている。




 大発生の期間中、アルフレッドはジオンディーヌ魔法教室に行く前に掲示板を確認していた。心に留めている人の無事を知ってからのほうが、練習に集中できそうでそのようにしていた。


 震える心で『魔物情報』の掲示板を見上げる日々が始まってから、今日で21日目になる。彼が知っている名前は、今日まで掲示されていなかった。


「大丈夫……シアちゃんは強い……ラドっちも強い……他のみんなも、みんな強い……」


 自分に言い聞かせるように呟いてから、アルフレッドは掲示板を見上げた。


 心して見上げた掲示板は、昨日の情報のままだった。


「あれ? あっ、もしかして……」


 大発生は毎回、渦がひらいてから2旬期前後で制圧が終わるように討伐計画を立てる。いつもと違う21日目の今日は、もしかしたら戦いの終わりの日なのかもしれないと彼は期待した。


 教室の帰りにもう一度見に来ることにして、アルフレッドは掲示板コーナーから離れた。帰りに見るときには、制圧は終わったと告知されているかもしれない。その時に名前がなければ。


 きっとまた会えて話せて、一緒に遊んでもらえるだろう。




 アルフレッドは今日はナザリ平原には行かず、教室で中級の火魔法の練習をした。今日は他の子も数人が教室内で練習していた。ジオンディーヌの指導を交代で受けながら、的に向けて魔法を撃っていた。


 コンコンとノックの音がして、教室の玄関のドアがひらいた。


 アルフレッドも含めた教室内の子どもたちが、一斉に玄関のほうを見た。


 姿を見せたのはランドルフだった。


 それで、子どもたちは安堵のような歓喜のような表情になった。彼と連れ立って教室に帰ってくることも、時々あることだった。


 けれど、子どもたちの表情は程なくして戸惑いに変わった。


 ランドルフは一人だった。


 そしていつもは軽快に冗談を言い合いながらからからと笑っているのに、今日は沈痛な表情でうつむいていた。


 子どもたちはその場に固まったまま、誰もランドルフに話しかけられなかった。首の動きだけが彼の足取りを追った。ランドルフはジオンディーヌに近づいて言った。


「先生。お疲れ様です」


「……お疲れさん」


「……師範室で、お話できますか」


「……構わん。あんたら。ちょっと自分らでやってなさい」


 ジオンディーヌは指導を中断して師範室に入り、ランドルフも続いて師範室に入った。


 パタンとドアが閉じられてからしばらくは、子どもたちは固まったままだった。


 けれど、一人がそろそろと動き出して師範室の前まで行き、ドアにそっと耳を寄せた。


 それで他の子も皆同じように師範室のドアに耳を寄せて、中の会話を聞くことに集中した。



「……そうか。分かった。ただ、一つ聞いていいか。なぜあんたがそれを言わないかん。連絡員は何してる」


「ナザリの連絡員は、現地で泣き崩れています。『こんなの街のみんなに言えない』って。俺ら討伐者は……悲しいことに、この手の場数を踏んでいますから。それに……こういうことになったら先生には俺から伝えてほしいと、シアに言われていたんです」


「……うちの街のが不甲斐なくて申し訳ない。あんたもありがとうな。あの子は奔放な所があるから大変だったろ」


「いいえ……俺こそ、シアの明るさには何度も助けられました。かわいい妹みたいな存在です」


「……そう言ってくれると救われるな。あんたは、この後どうする。また戻るのか」


「はい。まだ片付けが残っています。役場に報告してから戻ります」


「なら直接ジルウィンダーに戻りなさい。役場と必要な所への報告はあたしが行く。……街で待つ年長者が代わってやれる、数少ない役回りだがね」


「……とても、助かります。申し訳ないですが、お願いします」



 会話はそこで途切れた。会話が聞こえなくなっても、子どもたちは師範室のドアの前から離れられずにいた。


 部屋の中から足音が近づいてきてようやく、ドアの正面から少しだけずれた。


 ドアがあいて出てきたのはジオンディーヌだけだった。師範室のドアのすぐ近くに教え子たちが不自然に集まっていたが、師は驚いた顔はしなかった。集まっていた子どもたちにジオンディーヌは言った。


「……今日の練習はもう終わりだがね。あたしはこれから役場に行く。ランドルフから今聞いたんだ。ジルウィンダーの大発生が終わったことと……シアの名前を貼れと、言いに行かないかん」


 ジオンディーヌはそう言うと、玄関のドアから外に出て行った。













「──ウソだよ! そんなわけないじゃん! だってシアちゃん強いもん!」


 しばらく間があってから、閉じた玄関のドアに向かって誰かが叫んだ。別の誰かは教室の床にへたり込んで、顔を覆って泣き始めた。


 アルフレッドはじっと立ち尽くしていた。


 立ち尽くしたまま声も上げず涙も流れず、ただその場でふるふると震えていた。



本当にごめんなさい。

文化祭の劇における役だと思ってください。

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