15 3-3 ジルウィンダーとローレンシア
ナザリの街、中等学校、魔法教室、自宅。アルフレッドが多くの時間を過ごす場所に、ナザリ平原も加わりつつあった。
教室でジオンディーヌに習った内容を、平原の魔物相手に試す。
遠くまで魔法を飛ばす練習や、狙った位置に正確に撃つ練習。疲労を抑えるために、体力から魔力へ効率良く変換して撃つ練習。体力をつけるためにしばしば平原を走る。
疲れてきたら教室に戻って、その日の戦績をジオンディーヌに話す。
上手くできなかったことを話せばトレーニングのメニューを考えてくれ、初めて見た魔物の姿を話せば名前と特徴を教えてくれる。
次の日になれば、ジオンディーヌから得た知恵を持ってまた平原に向かう。
教室では、新しい攻撃魔法の習得練習もしていた。
年末までに中級の風魔法と水魔法を習得し、年が明けてからは中級の火魔法を練習していた。また上級の念動魔法と氷魔法の練習も始めていた。
とても練習熱心だった。自分から休むのは街のお祭りか、家族の記念日の時くらいだった。自分の誕生日の時は、まるで普通の日のように平原に行って魔物を狩った。
時々ジオンディーヌに、「今日はもうやめなさい、それで明日は休みなさい。あんたは練習の虫過ぎる」と制された。
初めて魔物討伐に行った日から半年後、2節の終わり頃のある日。
アルフレッドはめずらしく練習を休んで、家族と一緒に役場前の中央広場にいた。今日は学校も休みで、街の商店の多くも休みだった。
昼刻から中央広場でイベントがあると、『役場からのお知らせ』の掲示板で告知されていた。広場に集まった街の人々の一部として、母親と弟と父親と一緒に立っていた。
広場には特設ステージが設置されていた。人々は他人の頭と他人の頭の隙間から、特設ステージの様子をうかがっていた。ステージの上にはまだ誰もいなかった。
昼刻の鐘が鳴り終わってから、ステージの近くにいた司会担当の役場職員が口をひらいた。
「定刻になりましたので、これよりジルウィンダーの大発生の制圧に向かう、ナザリ出身の白銀の討伐者の方々の壮行会を始めます。まず始めに、討伐者の方々の入場です。広場にお集まりの皆さんは拍手でお迎えください」
集まった人々の拍手に迎えられて、武器を携えている数人の男女がステージに上がった。剣士の男性、槍使いの女性、斧使いの男性。
もう一人ステージに上がったが、武器を持っておらず手ぶらだった。あいている両手を広場に振って、にこにこと笑顔を見せていた。
「シアちゃーん!」
「シアちゃん、がんばれー!」
「シアちゃん、魔物なんか全部ぶっ飛ばしちゃえー!」
拍手に混じって討伐者の名前を呼ぶ声が飛んだ。ステージ上の4人の誰の名前も呼ばれていたけれど、一番多いのは「シアちゃん」と呼ぶ声だった。
「シアちゃん……見えない……あっ、そうだ」
群衆の歓声のなかでアルフレッドは呟いた。彼の身長では前の人の腰しか見えず、シアの姿は分からなかった。なので靴底を叩いた。
隣にいる父親の背丈まで飛び上がると、ステージの様子がよく見えた。アルフレッドは「シアちゃーん!」と大きく手を振った。
ここ最近、シアはいつにも増して忙しいらしく、教室にも遊びに来ていなかった。アルフレッドがシアの姿を見るのは、去年の8節の『ザ・ワンダー』以来だった。ゆっくり話せたことはミナキ高原の夜以来、なかった。
歓声と拍手が一区切りついたところで、司会担当の職員が再び口をひらいた。
「改めましてご紹介いたします。今ステージに上がっている方々は、ナザリ出身の一流討伐者。各々の得意武器を手に、日夜各地の魔物討伐に従事されていらっしゃいます」
司会担当はステージ上の討伐者の名前と得意武器を、順に紹介していった。
「そして! お集まりの皆さんはもうお気づきでしょうか。腕に巻かれた銀色の腕章。そうです。勇気と実力を兼ね揃えた討伐者だけに与えられる、この大陸で最も過酷な戦場で戦うことを認められた証。白銀の渦に立ち向かう討伐者『白銀の討伐者』として、今回も我が街出身の討伐者が大発生の地に向かうのです!」
ステージ上の討伐者たちが腕章をつけている腕を振り上げると、広場は拍手でそれに応じた。銀色の腕章は、それぞれの所属ギルドを通じて彼らに与えられたものだった。
大発生の制圧に向かう討伐者が銀色の腕章をつけることは、大陸各国で共通の慣習となっていた。立ち向かうべき相手、白銀の渦と同じ色の腕章。腕章には渦の発生した街名と発生年、得意武器、討伐者の出身国が示されるのが通例だった。
得意武器はそれぞれの武器を模したマークで示されていた。剣士の男性の腕章には剣のマーク、槍使いの女性の腕章には槍のマーク。
シアの腕章のマークは杖ではなかった。シルヴァール大陸の魔導師は、杖を使って魔法を繰り出すことはない。魔導師を表すマークは、羽根の生えたショートブーツのマークだった。
「では白銀の討伐者の方々に、街を代表して町長より激励の言葉を贈ります。ジョージ町長、お願いします」
司会担当に促されて、ジョージ町長がステージに上がった。エネルギッシュな顔つきをしている中年の男性だった。
「広場の皆さん、こんにちは。そして討伐者の皆さん。いつもありがとうごぜーます。皆さんのおかげで、我々は街で平和に暮らせとります」
エネルギッシュな顔つきにそぐう、ハキハキとした声だった。ジョージ町長はスピーチを続けた。
「今回もまた、我が街ナザリから白銀の討伐者が戦いに出ることはどえらい誇りだがね。ひとえに、皆さんの絶え間ない努力が成せることだがね。大発生の地はえりゃあおそがい戦場だが、積み重ねた日々がありゃ恐れることはにゃー。ほんだで、皆さんに一つだけ頼むて」
一呼吸おいて、ジョージ町長は続けた。
「どうか、元気にこの街に帰ってきてちょーせんか。他には何もええて。我々はそれだけで、心から喜ぶことができるんだがね」
そう言ってジョージ町長はステージを降りた。討伐者たちは感謝の意で、広場の人々は賛同の意で拍手を送った。
その後は討伐者たちが順に決意を語り、役場職員から大きな花束が贈られた。
「それでは最後に、我々のエールを歌に乗せて送りましょう! 町長、よろしいですか?」
司会担当はジョージ町長の様子をうかがった。ジョージ町長が拳を高く突き上げて応じたのを見て、広場は静かになった。ジョージ町長が大きく息を吸った。
ナザリの住民にとって馴染みの歌は、町長のソロで始まった。
あまり上手くはなかったけれど、通りの良い声で堂々と歌っていた。次のフレーズからは役場職員も加わった。
続いて広場全体が歌い始めた。歌詞と楽譜は数日前から、『役場からのお知らせ』掲示板に掲示されていた。ふるさとへの無事の帰還を願う歌だった。
持ち運べる大きさの楽器を所有していて弾ける者は、演奏で参加していた。アルフレッドの母親も邸宅から持参した弦楽器を弾いていた。アルフレッド自身は歌っていた。料理店の奥様もカフェ店員の青年も歌っていた。
ステージ上の討伐者たちも歌っていた。彼らもまた、子どもの頃は広場で歌う側だった。贈られた大きな花束を抱えながら、広場の人々と一緒になってふるさとのメロディを口ずさんでいた。
合唱が終わるとひときわ大きな歓声が広場を満たした。「がんばれー!」「元気で帰ってきてねー!」という声がいくつも飛んでいた。
やがて散り始めた群衆のなか、アルフレッドは家族と一言交わしてから一人でオース通りに向かった。
「シアちゃん、聞いて! 私、トリプルテンペストができるようになったの!」
「ほんとっ? すごい、頑張ったね!」
「シアちゃん、私はね、この前ね、隣街まで一人で行けたの」
「わあっ、ホスラまで行けたの? 迷わなかった?」
「うん、大丈夫だった! 道も続いてるし、看板も立ってたし」
広場での壮行会の後、シアは久しぶりにジオンディーヌ魔法教室に遊びに来てくれていた。教室の子どもたちは会っていなかった間にできるようになったことを、口々にシアに話していた。傍らではジオンディーヌが、教え子が教え子に囲まれている様子を、椅子に座ってゆったりと眺めていた。
「シアちゃん、聞いて! 僕も魔物を倒せるようになったんだよ!」
アルフレッドも他の子に負けじと、己の成長をアピールした。
「ねっ! そうだよね、ラドっちから聞いてる! ねえねえ、最近倒した大きいやつ何がいる?」
「エイコサトレント! 中級魔法で倒したの!」
「えー、もうラージの魔物とも戦ってるの? もう、アルのデビュー戦見れたなんてラドっちいいなー。シアが行きたかったー」
エイコサトレントとは木の魔物で、20本の根っこを使ってカサカサと移動する魔物である。上級魔法なら一撃で倒せるが、アルフレッドは上級魔法はまだ練習中なので、中級魔法を連発して1体倒した。
「ラドっちずるいー」と言っているシアに、アルフレッドとは別の子がまた話しかけた。
「ねえ、シアちゃん……腕章、さわってもいい?」
シアの腕に巻かれた銀色の腕章を、憧れのまなざしで見ていた。シアは「いいよ! はいどーぞ」と言って、腕章を腕から外して渡してやった。嬉しそうに腕章を触るその子に、シアは一言二言の言葉を贈って頭を撫でた。
それからみんなにも腕章を回すように言った。他の子も同じようにシアから言葉をもらって、頭を撫でてもらっていた。
最後にアルフレッドの手元に腕章が回ってきた。
布製の腕章。とても軽いけれど、手にするまでの道のりはおざなりの一言では言い表せない。
「シアちゃん……すごいね。7年前からずっと強いんだね」
アルフレッド自身は、彼が3歳の時に起きた前回の大発生『フィレノの大発生』のことは覚えていない。けれど、両親やジオンディーヌや街の人から当時の様子をよく話に聞いていた。
「えへへ。頑張ってるからね。でもね。アルもきっとなれるよ」
「ほんと? 僕もシアちゃんみたいになれる?」
希望の宿るまなざしで聞き返したアルフレッドを見て、シアは頷いた。
「なれるよ。目の前にあることを大切にして、そばにいてくれるみんなへの感謝と尊敬を忘れないで、苦しい時も諦めないで頑張り続けられたら、きっとなれる」
いつになく真剣な表情でシアは言いきった。じっと聞いていたアルフレッドにシアはそっと尋ねた。
「アル、できる?」
ソフトピンクの瞳は、濃紺の瞳を信じて見ていた。アルフレッドはシアの瞳を見つめて答えた。
「うん、がんばるよ! シアちゃんみたいに世界のみんなを守れるような、強くて立派な魔導師になる!」
アルフレッドはそう言って腕章をシアに返した。
濃紺の瞳に映るソフトピンクの瞳が、その淡いピンクの色合いのように優しくにこっと細められた。6属性の上級魔法を自在に使いこなす手が、瑠璃色の頭をゆっくりと撫でて、そっと離れた。




