13 3-1 ジルウィンダーとローレンシア
ミナキ高原訓練会が終わってから2節が経とうとしていた。年度始めの7節初日を過ぎたので、アルフレッドは10歳になっていた。
誕生日が7節初日というわけではなかった。大陸では誕生日に関わらず、新年度始めに一斉に加齢する。0歳から1歳になるときのみ特殊な数え方をするが、1歳以降は毎年新年度の7節初日に1歳ずつ加齢していく。年齢を聞かれたときは満年齢ではなく、こちらの計上方法の年齢を答えるほうが一般的である。
10歳になっても暮らし方は変わらない。中等学校と魔法教室に通う日々。
そんなある日の、ジオンディーヌ魔法教室。
「──ダブルシャイン!」
「……よし。光と念動は悪くない。氷は安定しとる」
アルフレッドが的に向けて撃った光魔法を評して、ジオンディーヌが言った。
訓練会の成果か、アルフレッドは中級魔法の一部をものにしてきていた。比較的簡単な属性の念動魔法と光魔法。その次に簡単な風魔法を飛ばして、氷魔法を先に習得した。アルフレッドは6属性のうちだと氷魔法が得意で、初級魔法の習得も氷が一番早かった。
悪くないとの評価を聞いて、アルフレッドはほんのり得意顔を浮かべた。ジオンディーヌは少しの間をおいてから彼に言った。
「したらアルフレッド。今から魔物討伐に行ってきんさい」
「えっ」
「えっ、じゃない。あんた何のために練習しとる」
「それは……大陸の魔物を倒すため、です……」
「そうだろう。中級魔法が使い物になってきたんだ。あんたも討伐に出ていい頃合いだと言っている」
得意顔から一転して不安げな顔になった彼に対して、ジオンディーヌは続けた。
「街の外の平原に出て、小さめのやつに魔法ぶつけてきなさい。まずは……そうだな。5体。種類は何でもいいから、5体倒してコア拾ってきなさい」
「5体ですか……」
「なに、あんたは空中浮遊が得意だろ。地面を歩く魔物を相手にすれば、殴られることはない。空中から中級魔法を一発、撃ってやりなさい。小さいやつならそれで倒せる」
街の外の平原はナザリ平原という。
魔物は強さによって5段階にクラス分けされている。ナザリ平原に出現する魔物は、最も弱いミニクラスか、その次に弱いノーマルクラスの魔物が大半だった。
魔法で戦う場合の目安としては、ミニクラスの魔物は中級魔法なら当たれば一撃。初級魔法でもクリーンヒットすれば一撃で倒せる。ノーマルクラスの魔物も中級魔法を使えば一撃で倒せるが、クリーンヒットという条件が付く。
その上のラージクラスの魔物になると、中級魔法では数発撃ち込まないと倒せない。上級魔法ならラージクラスの魔物も一撃で倒せるので、ラージクラス以上の魔物と戦うときは上級魔法がメインとなってくる。
どの魔物も、体のどこかにコアと呼ばれる黒い石のような物体が埋まっている。また、倒すと体は青白い光となって消滅しコアだけが残される。コアは埋まっていた魔物の姿を映し出しているので、討伐証明に使われる。
「じゃ、さっそく行ってきなさい。暗くならないうちに戻るように。無理はしないでいいからね。あと一応、広場の掲示板を確認してからにしんさいよ」
ジオンディーヌはそう言うと、教室内で練習していた他の門下生のほうへ近づいていった。
「えっ……あの、先生は……?」
「何を言っとるんかいね。あたしは行かんよ。ちゃっちゃか走れないし。あんたが一人で行くほうがよっぽど安全だがね」
その後のジオンディーヌは、新しい魔法を習得しようと練習している他の門下生の指導を始めた。
アルフレッドは依然として不安の抜けきらない顔をしていたが、モタモタしていると暗くなってしまうので、ひとまず教室を出て中央広場に向かった。
アルフレッドは中央広場の掲示板コーナーにやって来た。転移魔法で来ても良かったが、近い距離なので歩いて来ていた。
中央広場の掲示板は役場が管理していて、『役場からのお知らせ』『商店情報』など、情報の種類毎に板が分かれている。
アルフレッドは『魔物情報』の掲示板の前に立って板を見上げた。項目名の通り、ナザリ周辺の魔物発生状況についての情報が掲示されている板である。
周辺に強い魔物が出ていると、戦闘技術に自信のない住民は、魔物が討伐されるまで街の外への外出を控えたりする。すなわちジオンディーヌの言った「広場の掲示板を確認してからにしなさいよ」とは、強い魔物が出ていないようなら行きなさい、ということだった。
魔物情報の掲示板には、今日の朝付けで出されている紙があった。
「ゴーレム……30体……」
掲示物の内容を見てアルフレッドは呟いた。
ゴーレムはラージクラスに分類されている魔物だった。体がゴツゴツとした岩で出来ている人型の魔物で、背丈は成人男性よりも頭一つ分高い。
記載によれば、30体のゴーレムが出現している場所は、ナザリ平原内にあるフラリエの丘だった。ただいま討伐依頼中、との文言もあった。
フラリエの丘は街から少し距離がある。丘の方面に行かなければいいだけの話だが、初の討伐に際して近い場所での強敵の発生情報は、新たな不安の種になる情報だった。
掲示板の前に突っ立ったままゴーレム情報の紙を眺めていたアルフレッドに、役場から出てきた役場の職員が声をかけた。
「こんにちは。情報更新するから、ちょっとだけ離れてもらってもいいかな?」
「あっ、はい。すみません」
「いやあ、気にしないでいいからね。ありがとう」
役場の職員はアルフレッドに代わって魔物情報掲示板の前に立つと、ゴーレム情報の書いてあった紙を取り下げた。
「あれ? ゴーレム、討伐されたんですか?」
「ああ、そうだよ! さっき役場まで報告に来てくれたんだ」
アルフレッドの問いかけに役場の職員は答えた。
「もしかしてシアちゃんが?」
「いや、違うな。今回は」
「おっ? アルじゃないか! 元気か?」
「ラドっち!」
役場から出てきた人物に、アルフレッドは笑顔になって駆け寄った。すらりと背が高くて、流行りのスタイルに整えられた黒髪に赤い目。シアと同じく、エゼルフィ魔導師ギルド所属の魔導師として活躍しているランドルフだった。
「ラドっち! ラドっちがゴーレム倒したの?」
「んっ? ああ、掲示板見てたのか! そうそう。いつもならナザリの依頼はシアが行きたがるんだけど──今日は大事な会議に出ててな。俺が来たんだ。で、さっき全部倒し終わったから、役場に報告してたんだよ」
「そうなんだ! ありがとう!」
「いやいや、いいんだって。仕事なんだからさ」
アルフレッドとランドルフは、かつて役場裏の緑地で出会って以来の知り合いだった。シアの里帰りにたまに同行してきて、アルフレッドと遊んでくれていた。シアがいつも「ラドっち」と呼ぶのを聞いて育ったので、アルフレッドもいつからかラドっちと呼ぶようになっていた。
「ところで、アルは何してたんだ? 魔物情報の板見てたってことは、これからお出かけか?」
「あっ。えっと……」
アルフレッドはランドルフの質問に少し詰まった。不安の種の一つだったフラリエの丘のゴーレムは、ランドルフによって討伐された。残るは初めての討伐に出向く勇気。
仲の良い実力派討伐者を前にして、アルフレッドは一つ思いついた。
「ラドっち。今日って、この後まだ依頼残ってる?」
「今日か? いや、ないよ。今日はナザリのゴーレムで終わりだ」
この後の予定はないと答えたランドルフの顔を見上げて、アルフレッドは言った。
「あのですね。お願いがあります」
ぱっちりとした濃紺の瞳でランドルフを見ながら、アルフレッドは己の要望を伝えた。




