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シルバークロニクル  作者: しお
ジルウィンダーシーズン
1/29

1 1-1 ナザリの祭りとアルフレッド

はじめまして。

ようやく連載開始できまして感無量です。

お楽しみいただけるよう全力を尽くします。


 それはシルヴァール大陸で暮らす9歳の少年アルフレッド・オーウェンの、彼が今よりさらに小さな子どもだった頃の記憶。

 母親に連れられて地元のお祭りに行った幼き日の彼が見つけた、忘れられない出会いの記憶だ。




 エゼルフィという国にあるナザリの街。


 街の中央にある役場の裏手に回り、石畳で舗装された道を真っすぐ進むと、少しばかり立派なお屋敷が立ち並ぶ区画がある。立ち並ぶお屋敷のうちの一つ、街有数の豪商の邸宅がアルフレッドの生家だった。


 お祭りの日の昼前。邸宅の玄関がひらいて、中から赤子を抱いた小柄な母親が出てきた。


「じゃあ、あなた。行ってくるわね」


「うん、行ってらっしゃい。一緒に行けなくてごめんな」


「大丈夫よ。仕事が忙しいのは分かってるから。アル! あなたも早くいらっしゃい」


「うん、お母さん!」


 母親の呼びかけに応えて、家の奥から小走りで玄関にやって来たのは小さな男の子。


 ところどころに金メッシュの入った瑠璃色のくせ毛に、ぱっちりとした濃紺の瞳。彼の名をアルフレッド・オーウェンといった。年齢は今年度から5歳になったのだが、同い年の子どもたちよりも一回り以上は小さい体格とつぶらな瞳のせいで、街の人々からは「かわいい」と言われるのが常だった。


 小さな手には小さな帽子を持っていた。子ども用サイズのカノチェで、真新しい白地に紺のリボンだった。


 小さな手は持っていたカノチェを両手で目の前の母親に差し出した。母親は片手でカノチェを受け取ると、アルフレッドの瑠璃色の頭にポンとかぶせて言った。


「いい? これから広場まで行くけど、私はテッドを抱っこしていないといけないの。お兄ちゃん、ちゃんとはぐれないで一緒に来れるわね?」


「うん!」


 元気な返事と共に小さな頭がこくんと頷いた。母親はそれを見ると「いい子ね」と言い、そのまま彼を連れて邸宅の敷地を出て、中央広場までの道を歩き始めた。




「ミセス・オーウェンじゃないの! お元気だったかしら?」


「クック夫人! ご無沙汰してますわ。お店の調子はいかが?」


「おかげさまで! ……あら? そちらの赤ちゃんは?」


「テッドです。しばらく前に生まれまして」


「あらま! そうだったの。お兄ちゃんはかわいいお顔だけど、弟くんは凛々しい雰囲気ねえー」


 母親が料理店の奥様との立ち話に花を咲かせ始めたのは、役場の裏手にある緑地の近くだった。


 アルフレッドは話題が幼い弟についてのうちは母親の隣で律儀に相づちを打ちながら聞いていたが、話が料理店の奥様の飼い猫自慢に移り変わった頃合いから、足元の小石をつま先で転がしたり、地面にしゃがんで通常は三つ葉の植物の四つ葉個体を探したりしていた。


 しばらくして植物の四つ葉個体は見つかったが、母親は依然として料理店の奥様と話し込んでいた。


 目の前には丈の短い草が生えている緑地が広がっている。緑地の中央には簡素な作りだが遊具が設置してあった。母親と奥様の話はまだ続きそうだとアルフレッドは判断した。アルフレッドは母親の隣からそろりそろりと静かに離れて、緑地の中央に向かって歩を進めた。


 緑地中央の簡素な遊具のそばまで来たとき。


 アルフレッドの濃紺の大きな瞳に、彼にとって見慣れない光景が映った。


 緑地の奥の大きな木の陰に、若い男女二人の姿。そのうちの片方、ふわふわのソフトピンクの髪をしているお姉さんが、手から火の玉を出したように見えたのだった。


 瑠璃色の頭が、こてんと横方向に倒れた。ピンク色の髪はシルヴァール大陸では何ら珍しくない。それはアルフレッドも知っていた。ただ、アルフレッドの認識では、火の玉は手から突然現れるものではなかった。


 当初の目的だった簡素な遊具の横を素通りして、アルフレッドは緑地の奥側へと歩を進めた。もう少し近づけば声が届きそうな距離まで来たとき。


 ふいに、強く風が吹き抜けた。


 草木のなびく向きを無視して生じた異質な突風に、アルフレッドは腕で顔をかばうことで対応した。が、5歳の想像力では頭の上にある新品の帽子という存在を思い出し、飛ばされないように抑えるという行動には至らなかった。


 彼が気がついて振り返った時には、白地に紺リボンのカノチェは空高く舞い上がり、これから知らない他人の家の敷地内に落ちていこうというところだった。


 母親に「帽子は? どうしたの?」と聞かれることを想像して、アルフレッドがその場で固まっているその時だった。


「ダブルウインド!」


 明るく聞き取りやすい女の子の声だった。アルフレッドが声の聞こえたほうを見ると、先ほどまで大きな木の陰にいたふわふわのソフトピンクの髪のお姉さんが近くまで来ていて、空を舞う白いカノチェに向けて右腕を伸ばしていた。


 細い腕そのものは空を舞う帽子には届かない。けれど、彼女のぴんと伸びた右腕の先、綺麗な手から「ダブルウインド!」の言葉に応じるように生じた銀色の粉末状の光が、空中の帽子に向かって飛んでいった。


 銀色の光が帽子に当たると、他所の家の敷地内に落ちるべく下降していた帽子がふわりと舞い上がり、風に乗ってお姉さんの手元へと向かってきた。帽子からお姉さんの手の平へと敷かれたレールのような、都合の良い不思議な風に乗って。


 帽子が手元まで戻ってくると、お姉さんは右手を帽子にかざすようにして軽く振った。すると、帽子はぼんわりとした銀色の光に包まれて空中で停止した。


 お姉さんはアルフレッドのほうを振り向いて、「ぼくのだよね?」と確認するように聞いた。アルフレッドがうんうんと頷くと、お姉さんは白い帽子をアルフレッドの目の前に持ってきた。


 ぼんわりとした銀色の光に包まれて浮いている帽子を、触れずにかざした手の動きだけで操るというやり方で、彼の目線の高さで停止させた。


「ありがと……?」


 お礼の言葉を言いながらも、そこには疑問符が混ざっていた。アルフレッドの認識では、やはり帽子というものは空中で浮遊するものではなかった。


 それでも、目の前で宙に浮いている白地に紺リボンのカノチェが彼の物であることは違いないので、アルフレッドは帽子を掴もうと恐る恐る手を伸ばした。


 が、彼の手が触れるより前に帽子がヒュッと上に逃げた。逃げた帽子を追って顔をあげると、お姉さんと目があった。髪の毛と同じソフトピンク色の瞳が、イタズラっぽくにいっと笑った。


 どうして帽子が自在に空中を動くのか、アルフレッドには分からない。けれど、目の前のお姉さんの意図は汲み取ることができた。そして彼もまたその意図にのった。


 右へ左へ宙を舞う帽子をアルフレッドが夢中で追いかけているところに、先ほど大きな木の陰にいた二人のうちのもう一人、お兄さんのほうも近くにやって来た。


「シア、何やってんだよ。小さい子いじめたらダメだろ」


 お兄さんはすらりと背が高くて、流行りのスタイルに整えられた黒髪に赤い目をしていた。言葉ではお姉さんの行動を咎めつつも、赤い目は穏やかに笑っていた。


「えー? いじめてないもん、一緒に遊んでるの! ねー!」


「うん! お姉さんと! 追いかけっこ! してる!」


 ぴょんぴょんと跳びはねながら弾んだ声でアルフレッドは言った。


「それに分かってる? ラドっちのせいなんだからね」


「えっ? 俺の?」


 片手で帽子の動きを操りながら、お姉さんはお兄さんに向かって言った。きょとんとした反応を返したお兄さんに対してお姉さんは続けた。


「そうだよー。ラドっちがトリプルテンペスト失敗して変な方向に風吹かせるから、この子の帽子が飛んじゃったんじゃん。シアはそれを追いかけてナイスキャッチしたんだからね?」


「まじで!? あれのせいだったのか。ぼく、ごめんな」


「いいよ! お姉さんと! 遊べたから! あっ、やった!」


 跳びはねるアルフレッドの右手が、ようやく帽子をパシンとはたいた。それでお姉さんは「あちゃー、追いつかれちゃった」と言い、アルフレッドの頭の上にふわりと帽子を戻してくれた。


「お姉さん、ありがとう! ねえ、どうして帽子が空を飛ぶの?」


「どういたしまして! それはね、シアの魔法だよ」


「魔法! 魔法っていうの! 魔法って、すっごく楽しい遊びだね!」


 帽子の位置を整えながら、きらきらした瞳でアルフレッドは言った。それに対してお姉さんは答えた。


「そうだねー。魔法では遊ぶこともできるし、みんなを楽しませるために使うこともできる。でもね。魔法の一番の目的は、戦いなの。魔法は、大陸の魔物を倒すための戦いの力なんだよ」


「魔物を……? 剣とか弓じゃなくて?」


「そう。魔法で倒すの」


 魔物。シルヴァール大陸で暮らす人々の悩みの種。森や平原にある日突然現れては、道行く人に襲いかかる異形の生命体。動物に似た姿をしている種もいるが、多くは動物よりも攻撃的な性をしている。


 また体のどこか、顔らしき部分がある場合はその額に相当する位置に、『コア』と呼ばれる黒い石のような物体が埋まっている点、倒すと体は青白い光となって消滅しコアだけがその場に残る点など、人や動物には見られない特徴がいくつかある。


 大陸の人々にとって頻発する自然災害のような存在である魔物を、お姉さんは魔法で倒すと言った。


「どうやるの? どうやったら魔法で魔物を倒せるの? 戦いの魔法みせて!」


 好奇心に満ちたまなざしでアルフレッドは言った。帽子をふわふわ浮遊させるような平和な魔法とはまた違う、もっと強そうでかっこいい魔法を期待して。


「だってよ! ラドっち」


「俺にふる!?」


「えー、断るのー? こんなかわいい子がキラキラした目でお願いしてるのに断るのー? ひどーい」


「お前さあ……」


 軽い調子で言われた「ひどーい」にほんの少しの不服を唱えながらも、お兄さんは魔法を撃つ準備を始めた。大きな木を目標に定めると、木の後ろに人がいないことを確認してからアルフレッドのほうを振り向いて言った。


「よし! ぼく、見てろよ。お兄さんバッチリ決めるからな」


「うん! 見てるね!」


「ラドっち、今度は失敗しないでよー?」


「やめてくれよ、プレッシャーになるから」


 お兄さんは目標と定めた大きな木に向き直ると、両手を木に向けて構えて言った。


「澄みわたる水! トリプルミスト!」


 言い終わると同時にお兄さんの手から大きな水のボールが現れて、木に向かって飛んでいった。水のボールは木の幹に命中するとパシャンと音を立てて割れ、幹周辺を水びたしにした。お兄さんが「やりい!」と言って指を鳴らした。


「ラドっちナイスー!」


「だろー? どうだったよ、ぼく!」


「すごかった! 魔物倒せそう!」


「はは。倒せそうじゃなくて本当に倒せるんだって。俺たちは今みたいにして魔法で魔物を倒す討伐者、魔導師って仕事をしてるんだ」


「世界中のいろんな街や村に行って戦っているんだよー!」


「世界で! 世界で戦ってるの!?」


「そうそう! こーんなでっかいワイバーンを火で焼いたり氷漬けにしてやったり、それから」


「ランドルフ! シア! こんなところにいたのね」


 お兄さんとお姉さん、アルフレッドが話しているところにもう一人別のお姉さんがやって来た。新しく来たお姉さんは黒髪に青と水色のオッドアイをしていて、綺麗な刺繍の施された水色のワンピースを着ていた。先にいた二人よりも落ち着いた雰囲気のする大人の女性だった。


「センカさん! どうしたんすか?」


「どうした、じゃないでしょ! もうお祭り始まるんだから二人とも戻って準備して。あなたたちったら着替えもまだじゃない」


「ほんとだ、やっばい。戻らなきゃ」


「もう……。シア、あなたは今日の主役なんだからしっかりしてってば。とにかく開始には遅れないでね。私は先に戻るから」


 新しく来たオッドアイのお姉さんはそれだけ言うと、その場でくるりと一回転して消えた。元からいたお兄さんとお姉さん改めランドルフとシアは、「はーい」と何もいないところに向かって返事をすると、アルフレッドのほうを向いた。


「というわけでそろそろ行くね! シアもラドっちも今日のお祭りに出ることになってるんだ!」


「広場でやってるからぼくも見に来るといいよ。今日の魔法は、みんなに楽しんでもらうための魔法だからさ!」


「じゃあねー!」


 そう言うとランドルフとシアも先ほどのオッドアイのお姉さんと同じように、その場でくるりと一回転して消えた。


 なおくるりと一回転して消える行為は転移魔法という補助魔法の一つで、ごく初歩的な程度であれば職業魔導師でなくても使う者のいる魔法だった。ごく初歩的な程度とは、屋外の地面から踏んだことのある屋外の地面への転移を指す。


 アルフレッドが誰もいなくなった空間に手を振っていると、「アル!」と彼の母親の声が聞こえた。料理店の奥様との話が終わったようで、母親がそばまで来ていた。


「勝手に離れちゃだめでしょ! 探したんだから」


「お母さん! 僕お祭り見たい! 広場に行こう!」


「はあ……。ええ、行きますとも。そのために来たんだからね。ほら、一緒においで」


 呆れたようなホッとしたような微笑みを浮かべた母親に連れられて、アルフレッドは広場へと向かった。




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― 新着の感想 ―
[良い点] Twitterより来ました! 簡単な言葉で分かりやすい文章でした(^○^) まだ、一話目しか目を通してませんが、ここまででは王道の魔法の幻想物語。 舞台は西洋を意識してる感じでしょうか?…
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