第十五話 勉強苦手の女子高生!ハーバード式集中力を挙げる方法
「あ、先輩!こんにちは!」
今日もベビーシッターの仕事を終えて帰る最中のことだった。高校の後輩の二宮沙希に出会った。茶髪のロングから黒のショートカットに変わっていたので一瞬誰だと思ったが、明るく元気で、その上特徴的なしゃがれたハスキーな声を聞いてすぐに
誰かわかった。
「久しぶりですね!今何してるんですか!?というかお昼食べました?まだだったら一緒にお茶しましょう!」
相変わらずの勢いと元気さで私は彼女とお昼ご飯を一緒に食べた。高校の時もそうだ。特に同じ部活動に所属していたわけでもないのに、彼女はなぜが私の周りをうろつき、私と行動を共にしようとする。最初は正直言うと少し苦手なタイプだった。発言はその場に思いついたことをしゃべるだけで、そこに深い考えはない。
しかしそういう人間に限って、たまに的を得た発言をする。また、必ずしも的を射た解釈とは言えないが、全体像はしっかり掴めていると思わせる発言をする。これは印象に残っていることで、私が陸上で記録が伸び悩んでいる時に彼女に話を聞いてもらっていた時のことだ。
「はぁ、どうしたらいいのかな……」
その時私は練習が終わっても放課後に残り、完全に日が沈んで校舎の明かりしか付いていない時だった。
「あれ?先輩じゃないっすか!部活まだやってるんすね!大変ですね!」
その時下駄箱から彼女が出てきたのだ。なぜこんな時間まで学校にいるかと言えば、単純に明日の漢字の小テストがあるのでその教材を取りにきた。ということらしい。
「まぁさっきまで駅前で遊んでて、家に帰る最中に学校あるんでそのついでってことですかね!」
ということはそのついでがなければ取りに来なかったということか
「ずいぶん余裕なんだね」
「いやそんなことないっすよ!毎回1・2問しか会ってないですもん!私バカなんで!」
どうやら開き直っているらしい。そこまでくればいっそのこと清清しいとすら思えてくる。
「一つ思ったんですけど、先輩が陸上をやる意味ってなんですか?私はずっと帰宅部なんで、スポーツをやる意味とか目的とかよくわかんないんですよね~、だから教えてください!」
「意味か……まぁ一瞬の嬉しさとかかな?タイムが縮まるまで途方もない反復練習が必要だから、その長い時間と比例して喜びってのも上がるの。その苦労が報われる瞬間が私が陸上をやる意味かもしれない」
「なるほど!じゃあ今は喜ぶ途中の道を通っているってことですね!」
私はその言葉を聞いた瞬間、頭の中にかかっていた雲がパっと開けた感覚があった。その後練習の最中にも度々その言葉を思い出しモチベーションを挙げていた。次の大会では私は自己ベストを記録した。
「あ!店員さん!ハンバーグ定食二つお願いしまーす!」
私がメニューを決めると彼女は決まって同じものを頼む。「だって先輩チョイスっていっつもおいしそうなんですもん!」と言って、私はそれ以上は反論しない。するとなぜか彼女は、してやったり顔をする。そのやり取りは相変わらず高校生の時と変わらない。私に向けられる笑顔も変わらない。彼女の笑顔を見るとその時を必ず思い出す。今に思えば彼女に助けられた経験は度々あったように思える。
私はまず自分がベビーシッターと家庭教師をしているという現状を伝えた。すると「ベビッシッター!?先輩に似合わなさそうー!」と言って笑われた。非常に心外だ。
そして私の話を30分ほどした後、彼女の話に移る。沙希は私の一つ下なので現在高校三年生で、来年は大学に進学するという。彼女が進学という進路を選択することに私は驚いた。彼女は学年でビリを争うぐらい成績が低かった。なぜ進学という進路を取ったかというと、
「え?だって心理学部って面白そうじゃないですか?お前の考えてることはまるっとお見通しだ!ってセリフ一度言ってみたくないですか?メンタリストSAKIとして芸能界デビューした時は先輩にサイン書いてあげますからね!」
と言って、興味のある分野が見つかったということが一番の理由らしい。肝心の成績についてなんと現在は学年で真ん中ぐらいにいるということだ。私は柄にもなくその場で「えー!!!」と声を上げて驚いてしまった。
「ふっふ~!すごいでしょ!サキはやればできる子なんですよ!」
彼女は口に大きくハンバーグを放り込み、リスのようにほっぺたをモグモグさせながら、両手を腰に当てて「えっへん!」と言わんばかりのポーズを取る。
「あ、でもでも。最近集中力が続かないことが多いんですよ~先輩なんとかしてくださ~~い!!!」
「これは世界トップレベルのハーバード大学医学部で研究と指導を行うかたわらで、精神科医として患者の診察を行うポール・ハマーネス医師という方が書いた本なのだけど」
「ちょ!ちょっと待ってください!なんで先輩そんなこと知ってるんですか!?」
「なんでって……本で読んだから?」
なぜそんな当たり前のことを聞くのだろう?と思っていると「まぁ~先輩だからありうるか~久しぶりで思い出したわ~」と言って彼女の中で納得したようだった。
「例えば、やらなければいけない仕事があるのに、ついついスマホをいじってしまうとか、部屋の大掃除をする際、気づいたら漫画を読んだら懐かしのアルバムをめくっていたりで全く進まないとか、一つミスしてしまうと連鎖的にミスをしてしまうなど、ごく一般的な「ちょっとそそっかしい人々」「うまく自分の注意力をコントロールできない人々」の改善方法として、この本で表してくれているわ」
「へー!まさに今の私にうってつけじゃないっすか!」
「あ、でもその説明に入る前に最初に念頭に置いて欲しいことがあって、今から説明する内容は短期的なものではないの。だから知ったからと言って速効性のある効果が得られるとは限らないの」
「大丈夫ですよそのくらい!気合でなんとかします!!!」
彼女と話しているととても懐かしい感覚になっていった。彼女はいつもこうだ。私が論理的に説明しようとすると感情論でぶつけてくる。本来の人間関係ならそこでぶつかり合うことが多いが、私と彼女の関係ではなぜかそれが起こりえないことがお互い分かり切っている。その安心感が私には心地よかった。
「その方法とはずばり【トップダウン式整理法】と呼ばれるものよ。今では最先端の脳スキャンや神経画像検査で、様々な状況への脳の反応を実際に「見る」ことができる。「トップダウン式整理法」を使って短時間で多くの用事をこなし、ついでに達成感を味わうためには6つのステップが必要と言われているの。これは脳科学の知識に基づくもので、脳や思考や行動、感情を整理する仕組みについて新たな洞察が得られたものなの」
「相変わらずムツかしい話しますね!内容が1割くらいしか入ってこないですがいいですか!?」
「構わないわ」
私の説明が長いことは私自身も、そして彼女自身も理解している。なので本来行うべき頭で整理するということをしなくていい分、とても楽だ。
「まず第一は【動揺を抑える】ということ、具体的な対処法としては、生活の中での平静と動揺のパターンに気づく。とにかく行動する。興奮状態の根本的な原因を探る。外的な要因を排除する。どう対応するかは自分で選べる。やる気の炎をかきたてる。思いついたアイデアを試してみる。動揺を抑えるスキルを身につける。自分の小さな進歩を褒める、等が挙げられるわ」
「第二に【集中力を持続する】これは、自然に集中できることを見つける。フロー体験を十分に味わう。今この瞬間を意識する時間を作る。自分の強みを理解する。何事もフロー体験に変える。集中した後は一定のスパンで脳を休ませる。ささいなことを満ち足りた体験に変える。余計な刺激への対処法を学ぶ。瞑想など集中力を鍛えるトレーニングをする。時にはぼんやりする等が挙げられるわ」
「第三に【ブレーキをかける】これは思考と感情の力を合わせる。理性と感情を対話させる。自分を知る。運動、睡眠、栄養でエネルギー不足を防ぐ。日常のピンチを訓練として生かす。深呼吸などの自分なりのブレーキのかけ方を見つける。衝動と向き合い仲良くする等が挙げられるわ」
「第四に【情報を再現】これは、しっかり睡眠をとる。寝る前に覚える、反復する。普段読まない類の本を読むなど、新しいことを学ぶ。メモに書き留める。誰かと議論をする。身振りを交えてしゃべる。ウォーキングなど定期的に運動する。等が挙げられるわ」
「第五に【スイッチを切り替える】これは、思考のフットワークを軽くする。意識的にサイロを破壊する。ストレッチなどで体を動かし頭をすっきりさせる。新たな状況の良いところを探す。適切な判断をする。マルチタスクをしない。自信を持って新たなチャンスに飛び移る。等が挙げられるわ」
「第六に【スキルを総動員する】これは、自信がある得意な分野ひとつから始める。信念を持つ。なんでも挑戦と考える。人生の絶え間ない変化を受け入れる等が挙げられるわ」
私が説明している最中は彼女は目を瞑って「う~~~ん」と唸ったり、途中で何か閃いたように「あ!」と声を上げて笑顔になったりする。その表現の豊かさが見ていてとても面白い。
「どう?この中でパっと実践できそうなものってある?」
「さっき話を聞いていてウォーキングとか!あとストレッチなどで体を動かすとかはできそうですけど……本当にそれだけで集中力って上がるんですか?」
彼女は私に疑いの目を向ける。
「最初に言ったように速効性があるわあけではない。ただ思考が整理さている人の事例を見てみると、例えばロブ・シュマーリングさんは医師の方で、国内有数の病院で重病を担う管理職の地位にいるけれど、研究や執筆活動にも携わり、学術論文や共同研究などの論説は41本の著書にまとめられている。それに加えて週に一回のボランティア活動もしている。さらに趣味はピアノやカメラで、週末は州内を自転車で遠出したりもするらしいわ」
「すごっ!バケもんじゃないっすか!そんなのいくら時間あってもたりないでしょ!!!」
「でもそんなすごい方の特徴を見てみると、やはり【集中して手際よくスムーズに仕事を片付ける】ということができており、本人も「以前は、いくつもの問題が同時に起こると動揺しがちだった。でも対処法を身に付けたから、今は一つの用事から次の用事まで素早く頭を切り替え、優先順位をつけれるよ」などと言っているわ」
「はぁ~~~!すごい集中力ですね!」
「といったように、そんな方の事例も取り入れた6つの方法だから普遍性は高いんじゃないからしら?」
「質問!普遍性ってなんですか?」
「普遍性とはすべてのものに通じる性質。また、広くすべての場合にあてはめることのできる性質という意味よ」
「要するに人が抱えている問題は様々な要因があるけれど、多くの人の問題を解決することができるんじゃないか?というを私は言いたいわけ。もちろん、これを実行したからと言って一部の人は解決できないかもしれないけどね。でもサンプル数1の私個人の経験から語るよりはいいんじゃないかと思って提案したのだけれど、あんまりしっくりこなかったかしら?」
「ん~そういうわけじゃないんですけど、とてもためになる方法を教えてもらってありがたいですけど、私やっぱりバカだからそんなに覚えられないですよ?」
「別にいいと思う、すべて覚えなくても、できそうなやつだけでいいんじゃないかしら?だから勉強中にどうしてもスマホを触ってしまうのなら、ランニングやジョギングで外に行き、運動をしてから勉強を始めるとかでも効果があると思うわ」
「わかりました!ありがとうございます!」
その後残っていたランチを平らげ、彼女と分かれた。
そして一ヶ月が立ち、彼女からラインで連絡がくる。
「いえ~い!数学で70点取りましたよ!すごくないですか!?」
テストの答案と満面の笑みを自撮り画像が送られてきた。思わずフフっと笑ってしまったが、彼女の今後の検討を祈るばかりだ。
参考文献:
『ハーバードメディカルスクール式 人生を変える集中力』ポール・ハマーネス、マーガレット・ムーア、ジョン・ハンク、森田由美(訳)




