第十八話 反省会!福沢諭吉の振り返り
「なるほどな~」
この前福井の相談の【判断力がほしい!】という乗っていた時は、少し福沢諭吉の『学問のすすめ』を読んだ程度の知識で話してしまったが、さらに福沢諭吉を知ってみると凄い人だということがわかる。
まず福沢諭吉の功績をまとめると、
・洋書の翻訳をした
・言論人として様々な提言をした
・作家として様々な書物を残した
・慶應義塾大学等の沢山の学校の設立に関わった
・近代日本の商業の発展に貢献した
等が挙げられる。最後は1901年(66歳)に、病気で自宅で永眠した。その生涯をまとめてみると、
1835年(1歳):大阪にて下級武士の家に生まれる。
1954年(19歳):長崎へ遊学する。
1855年(20歳):適塾(蘭学者・医者として知られる緒方洪庵が江戸時代後期に大坂・船場に開いた蘭学の私塾)に入学する。
1858年(23歳):江戸へ、蘭学塾を開く。
1859年(24歳):咸臨丸に乗りアメリカへ英語の勉強をしに行く。
1861年(26歳):お錦と結婚する。
1862年(27歳):ヨーロッパ使節団に参加する。
1863年(28歳):私塾を創設する。
1868年(33歳):私塾の名前を「慶應義塾」とする。
1872年(37歳):『学問のすすめ』初編を発刊する。
1901年(66歳):死去
となる。私が福井に話した内容はその学問のすすめについてだけだ。もう少し私に知識があれば、それ以前の深い話もすることができた。それが出来なかった事を今更だが悔やまれる。
そして『学問のすすめ』は初編から17編までシリーズまで発行されており、近代の啓発書で最も著名で、最も売れた書籍である。最終的には300万部以上売れたとされ、当時の日本の人口が3000万人程であったから実に全国民の10人に1人が買った計算になる。
「す、すごい」
その内容を見ると、初編の、【人間はもともと平等だが、学問を勉強するかしないかで人生が変わる。また、ただ勉強すればいいわけではなく、生活に役立つ「実学」を一生懸命勉強すべきである】この時点で多くの読者を掴む。
そして最後の十七編『人望論』では、世間的な評価の必要性を説き、実力以下の評価しか得られない悩みに対しアドバイスする。他人からの評価を得るためには、実は見た目の印象がまず重要であること、愛想のいい顔つきや話し方の必要性、そしてそのために研究や努力をしなくてはならないと述べる。また孤立せずに努めて交友範囲を広げることを勧めて、全章を締めくくる講成になっていたのだ。
昨日の福井は素直な性格だったからすぐに私の話を信じてくれたがからよかったものの、捻くれている相手では福沢諭吉のバックグラウンドにあるものを説明した後に結論に持っていかなければ、私の耳に傾けさせることができなかったと思う。
私がこの世界に踏み込んで約5ヶ月が経過するが、本当に色んな考えや悩みを抱えている人間がいるものだ。これからどんな悩みが聞けるのだろう?どんな好意や悪意をぶつけられるのだろう?そう思うと私の好奇心がゾクゾクして止まらないのである。
参考文献:
『現代語訳 学問のすすめ』福沢諭吉
参考サイト:
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%AD%A6%E5%95%8F%E3%81%AE%E3%81%99%E3%82%9D%E3%82%81
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E9%81%A9%E5%A1%BE
https://colorfl.net/fukuzawayukichi-matome/




