第十七話 優柔不断男!福沢諭吉式判断力の鍛え方
「あ~俺はどうしていつもこう重要な所で迷ってしまうんだ」
私の目の前で頭を抱えている男は福井と言う。キャバクラに来るのは初めてで、なぜきたのかと言うと、新しい世界を見て自分を変えたいとのことらしい。私が始めてのキャバ嬢と言っていた。ここはなんとか本指名に繋げたいと思い、いつものように相手の心理に迫る接客をした。
「なぜ自分を変えたいと思ったのか?」
「そう思うきっかけはなんなのか?」
そんな質問を五分ほどしていると、数ヶ月前から好きな女性がいたらしい。そこそこ仲良くなっていたので、告白しようと思った矢先、同僚に先を越されて、その同僚と好意を寄せる女性が恋仲になったそうだ。今までの人生でも、肝心な時に勇気が出せず、今までの恋人の一人もいたことはない。そして今度こそは!と意気込んでいる矢先にこのような出来事が起こったので、直のこと意気消沈しているということだ。
「なぁ、キミはキャバ嬢だろう?そういう夜のお仕事に着いている人は言うなれば『恋の専門家』だろう?そこで聞きたい。俺はどうすればいい?」
福井は捨てられた子犬のような目で私を見る。その様子が面白くて、ついクスっと笑ってしまった。こういう素直な人間は面白い。私はいつもの様に自分の中の知識を組み立てて、改善案を提案するための話の組み筋を建てる。
ということはせず、特に考えることもなく気軽に思いついたことを話してみることにした。いつも頭をフル回転していては少し疲れてしまう。今日の相手も素直そうな人間なので、いつもよりだいぶ気が楽だ。
「念のためにお聞きしますが、判断力のない自分を変えたい。そういう悩みでよろしいんですよね?」
「そうだ」
「では判断力の鍛え方で少し面白い本を最近読んだので、それについて少し話せていただいでもよろしいですか?」
「へ~本とか読むんだね、キャバ嬢ははっきり言ってあんまり教養がない人ばかりと思っていたよ」
「そう思われますよね?まぁ事実あまり頭のいい方ではないです。でもだからこそ今はたくさんを読んでいます。いまさらですが、最近福沢諭吉の『学問のすすめ』とか読んでいて、丁度その中にある言葉で福井さんの悩みを改善できるのではないかと思う箇所があるんですよ」
「へ~どんなの?」
「まず大前提として、福沢諭吉は、
【世の常は変化である。何を信じるのか、その判断力こそが重要である。またどのような行動が必要か、どのような行動をしてはならないか、と制御する上でも、判断力が必要である。学問をなすとは、判断力を養うことである】
と説いています。要するに私は判断力は人生を上でとても重要視しており、その判断力を養うためには勉強が必要ですよ。ということですね」
「ま、まぁそうだね。ということは僕が今実行している新しい世界に踏み込もうという、こういう勉強も選択として正しいのかな?」
「私個人としてはその行動力は評価に値すると思いますが、福沢諭吉はその後に、
【行動だけが先行し、判断力に欠けている者は成果にたどり着かず、理想ばかりで行動が伴わない者は、人を批判し、勝手な空想を押し付けるために協力者が得られない】
とも説いており、福沢が目指したのは、【自らの頭で判断して行動し、自らの人生を自らの手で創り上げる強さを持った人を創る】ことである。と書物には記されているので、福沢諭吉的には評価されないのではないかと思います。福井さんの今の行動は、行動だけが先行し、判断力に欠けている。とも言えますからね」
私がそう言うと、福井は「やっぱりそうか~~~」と言って今日一番に頭を抱える。本当にコロコロと表情が変化し、その様子がなんとも私の好奇心をくすぐり、非常に面白い。
「しかし判断力は鍛えることができると思います。先ほどにも言った通り、福沢諭吉が重要視していたのは判断力ですから、その本にも当然鍛える方法が記されていますよ」
「ほ、本当か!是非教えてくれ!!!」
福井はまた捨てられた子犬のような目をして私を見る。逆に素直すぎて心配になってくるが、今まで接客した客の中では一番接客しやすい人間で、その様子がさらに福井を可愛らしくみせる。
「これは学問のすすめの第十五編に書かれてあることなのですが、
【信じることには偽りが多く、疑うことには真理が多いもの。社会が進歩して真理に到達するには、異論を出して議論するほかないんだ】
というものがあります。これは何も福沢諭吉だけが言っているのではありません。かの有名なガリレオも天動説を疑って地動説を生み出し、ニュートンはリンゴが木から落ちるのを見て重力の理論に疑いを生じ、それを解明しました」
「た、たしかに!」
「少し話が長くなってしまいましたが、要するに私が言いたいことは、信じる、疑うということには、取捨選択の判断力が必要で、学問はこの判断力をつけるためにあるんだよ。だから最新化学だから軽々しく信じたり、逆に日本の古い習慣だからといって軽々しく疑ってはならない。そしてその判断をするために必要なのは
【学問である】
ということです。だから福井さん。たくさん勉強してください」
「そうか!本当にその通りだ!」と言って、福井は感激の目で私を見る。その後「さっそく家に帰って気になっていることを勉強してみるよ!」と言って、すぐにお会計を済ませた。その席を立って会計を済ませるまでのスピードは早いこと早いこと。本指名へと繋げる上で重要な連絡先の交換をしようと思っていたが、それすらも許さないスピードで、福井は出口のエレベーターへと向かって店を出る。
「その判断力と行動力の速さを日ごろから発揮できればいいのに」
とも思ったが、私はこの15分間が今までのキャバ嬢人生(といっても数ヶ月だが)で、珍しい体験をしたと思う。その時感じた特別間や高揚感のお陰もあって、その後の接客もいつも以上に心地よく、かつスムーズに運ぶことができた。
やはりキャバ嬢の世界は面白いと思いました。まる!
参考文献:
『現代語訳 学問のすすめ』福沢諭吉




