第十六話 失敗続きの不首尾客!100%ミスをしないための方法の考察
「どうすればいいだろう!?教えてくれないか!?」
「や、やめてください」
私の肩を掴み、目の前の男性は私に懇願する。この男性は木元、職業私立の教職員、年齢は25歳だ。なぜこのような状況になっているかというと、彼は現在仕事が上手くいっていない。担任をしているが、話を聞く限り現在学級崩壊寸前だという。その日々のストレスと緊張をキャバクラにぶつけに来ていた。しかし中身の薄い人間ほど自分を誇張したがるもの。頭のいい人ほど謙虚で、頭の悪い人ほど自分は頭が良くて何でも知っていると思い込んでしまう認知バイアスがある。それを心理学の用語で、
【ダニエルクルーガー効果】
という。
これは2500人を超える男女に遺伝子組み換え食品についてアンケートを行い、それと合わせて、一般的な基礎的科学知識を問うテストを行う実験がある。これにより、正しく科学知識を持っている人が批判しているのか、それとも、科学知識はないのに自分の中の思い込みで断言しているのかということを調べたのだ。その結果、
【遺伝子組み換えに対する反対レベルが高い人ほど、科学の知識がなく、反対している人ほど客観的に見た科学の知識が欠けていた】
という結果が出たのである。
私はそれを知っていたので、自分の能力と自分の現状を客観的に分析させ、彼に問い詰めた。すると手のひらを返したように私に懇願し、こんな状況にある!助けてくれ!と言い始めて現在に至ると言うわけだ。
「俺は、俺はどうすれば」
私の肩から彼の手強引に引き離すと、今度は自分の頭を抱えだした。正直ドン引きした。一種の軽度な錯乱状態に陥っている。その様子を見た麗から声がかかる。私を客席から引き離して、
「どうしても無理だと思ったら私に伝えなさい」
私の耳元でそう言って、真剣な眼差しで私の目と合わせる。しかし、すでに私には複数の対処法が頭で組みあがっていた。なので、心配要らないことを伝えた。麗は「そう、じゃあ頑張ってね!」と、一転していつもの笑顔に戻り、自分は他の席のお客さんに着いた。
「申し訳ございません。少し席を外してしまって」
「おい、この時間は延長とかされるんだろうな?無駄にお金は使いたくないんだ」
「大丈夫です。私がお店に話しを付け、木元様のお席に着きます」
「そうか、それならよかった」
今の木元の心境を察すると、脳がまるで機能していない。誰も信用できない。そんな様子が発する一言一言に物語っていた。その会話を分析して、本来なら嫌悪するところかもしれないが、私は好奇心を満たされていった。
「それで早く俺を助けてほしい。俺はどうすればいい?」
木元は私に結論を急ぐ。しかしまだ情報が足らない。もう少し木元が求めているものがなんなのか?それを確定できる情報が欲しい。
「そうですね。助けてほしいと言われても何を困っているのかが少し分かりかねます。もう少し具体的にお聞きしてもよろしいでしょうか?」
「何って、そうだな、俺は失敗してばっかりだ。ミスをしない方法は何かないのか?」
「というと?ミスってどんなことですか?」
「例えば、エクセルで生徒の成績などの個人情報を管理している。その入力ミスが最近あった。別の生徒の成績が違う生徒の成績になっていて、それを通知表で配ってしまったんだ。その謝罪を昨日行った。そんなもん誰でも入力ミスくらいするだろう!」
「そうなのですね、それは大変でしたね。ではさらに1つお聞きしたいのですが、そのミスの改善案について元木さんはどのように考えていらっしゃいますか?」
「そりゃ俺だって不本意だけど他の教師にアドバイスを聞いたさ、エクセル自体の情報処理、教室運営、これからの信頼の回復、それらのやり方をさくさん聞いた!ほら見てみろ!?」
自分のバックからメモ帳を取り出し、「ホラ!ホラ!!」と言って私に見せる。しかし私は物怖じせず、そのメモの内容をじっくり見た。
「なるほど、大変勉強家なのですね」
「俺だってなんにも考えてないわけじゃない?バカにしないでくれ」
残っているウイスキーを一気飲みし、ドン!っと音を立て机の上に置く。それを聞いてさらに確信した。おそらくだが元木自身ミスしない方法などないことを知っている。そしてそれを踏まえた上で私に質問してきている。私自身じれったい事は嫌いなので、すでに自分の頭の中で組み立てた話をしていくことにした。
「ミスをしない方法、を聞きたいということですね?」
「ただミスしないってことじゃない!100%ミスをしない方法だ!」
「承知致しました。私事になるのですが、少し自分のことも踏まえてお話させていただいてもよろしいでしょうか?」
「なんだ!?キャバ嬢の分際で?」
「私、趣味が読書でして、一ヶ月に約60冊の本を読むんです」
「60冊!?」
元木は高圧的な態度から一転して、驚きと期待の念を込めた私を見る。
「そして本を読んでいる時に思うことがあるのですが、本を読むたびに、「あ~この作者は大変な生き方をして、その逆境を跳ね返して今成功しているんだな~」と思う事が多々あります。これはこの前図書館で読んだ本に描かれてあったものなんですが、八千万の借金を背負った五十代の男性がいるんです」
「八千万!?!?!?」
元木は先ほどよりもさらに大きな驚きの表情を見せた。
「父親の会社の連帯保証人になり、その後事業を立ち上げるも失敗してそこまで借金が膨らんだそうです。しかし驚くべきはその後に借金を返済して、状況を打開し、そして現在は借金していた額と同じ金額の年収に到達しているそうですね」
「す、すごい!!!」
「私も凄いと思いました。しかし、そこで私は疑問に思いました。それは偶然この人の運が良かっただけなんじゃないか?世の中そんなに上手くはいかないのでは?そして私はいくつも他の事例を調べてみました。すると世の中は本当に広い。似たような事例の方がいくつも存在しておりました」
「なんだって!?」
5分前の表情と今の表情を元木に見せてやりたい。そう思うほど、キラキラした表情で私を見る。
「しかし今重要なのはその話ではありません。今元木さんの100%ミスしない状況をどうすればいいかという点ですよね?」
「そうだ」
「私は以上の経験から少し元木さんに実践してほしいことがあります」
「な、なんだ?俺に借金を背負えということか?」
「そんなことではありません。私は本を読む事により、借金した人の生い立ちや、その打開方法の数例を学ぶことができました。数千万という借金は少し頭を悩ませますが、その十分の一ほどの借金なら返せると思います。そんな手段を本から学ぶことができました。それを元木さん個人の悩みに置き換えて実践してほしいのです」
「本・・・を、読めということか?」
「平たくいうとそうです。でもインターネットで検索してもかまいません。要は元木さんの現状を打開するための方法さえ見つかればいいのですから」
元木は今までの情動的な態度とは一転して、額をくの時にして難しい表情をする。その悩んでいる態度を無視して私は話を進める。
「これは最近読んだ小説の一文にあったものなのですが、
【仕事、お金、人間関係、恋愛・・・人間の悩みとは普遍な物であり、いつの時代でもその本質は同じである。そして本というものはこれまで何億、何十億という人間の悩みを解決するために作ったものだ。その『本』でも解決できない悩みとは何だ?お前の悩みは人生初の新種の悩みなのか?お前の悩みがガラパゴス諸島なのか?】
というセリフがあります。そこまで一言一句覚えていないので多少私なりに脚色していますが、内容はだいたい以上の通りです」
「そ、そうか」
「あ、ガラパゴス諸島とはいわゆる海洋島であり、大陸と陸続きになった歴史を持たない島のことです。それを踏まえてどうですか元木さん?ミスをしないという方法は、果たしてあなただけの悩みでしょうか?他の人は同じ悩みを抱えていらっしゃらないとでもお思いですか?あなたの悩みである100%ミスをしない方法とは難しいかもしれませんが、新種の悩みであり、カラパゴス諸島のような他の場所とはかけはなれたような悩みですか?」
元木は黙り込んだ。その後私も話すこともやめ、一分、二分、そして十分が過ぎた。途中席の時間が過ぎてしまったが、元木に場内指名の提案をすると、あっさり受け入れられた。場内指名の合図を出した後、その場にまた沈黙が流れる。
二回目の席の終了合図が沖田からされる。そこで元木はようやく口を開いた。
「正直、なんの反論もできなかった。もっと具体的な方法を知りたい!と思っていた。だけどそれは人に聞くものではない。自分で調べて、自分で考えて物にするもの。キミはそう言いたいのか?」
私は頷ずくこともせず、口を開くこともなかった。元木はすでに自分で理解しているからだ。
「いや・・・ホント今日は悪かった。もう少し自分で考えてみるよ」
「お帰りですか?承知致しました」
元木の謝罪の言葉を聞いて、私は口を開き黒服のスタッフに合図を送る。元木は席を立ってエレベーターの出入り口へ向かった。
「いや~、キミは凄いね、ホント凄い」
エレベーターに案内している最中に、元木は「凄い、凄い」と呟くように私を褒める。私はこのような深い悩みを聞いた最は、いつものように「あなたの良い人生を願っております。またいらしてください。その時はいつでも歓迎致します」と付け加え、彼の姿が見えなくなるまで、深くお辞儀をした。
参考文献:
『夢をかなえずゾウ2 ガネーシャと貧乏神』水野敬也
参考サイト:
https://daigoblog.jp/dunning-kruger/




